デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
7節 其他ノ資料
2款 日米関係諸資料
■綱文

第40巻 p.435-445(DK400131k) ページ画像

昭和3年1月17日(1928年)

是ヨリ先栄一、ハワイ大学図書館ニ、日本ニ関スル図書ヲ寄贈セン為メ、ソノ資金募集ニ尽力セシガ、金五千円ニ達シタルニヨリ、是日之ヲ同大学教授原田助ニ通告ス。


■資料

(原田助)書翰 増田明六宛 大正一五年九月一七日(DK400131k-0001)
第40巻 p.435-436 ページ画像

(原田助)書翰 増田明六宛 大正一五年九月一七日
                    (渋沢子爵家所蔵)
先日ハ御多忙中御妨申上候、偖其節子爵ニ御願致候布哇大学図書館ニ寄贈相願タキ日本書籍ノ件ニ付テハ、貴下及小畑君ノ御手ヲ煩ス事ト可相成、御迷惑乍ラ宜敷願上申候、小生ノ愚考デハ時日モ多カラザルニ付、子爵ヨリ十名位ノ方々ニ御頼ミ被下相纏リ候得者幸ト存申候、三井・三菱・徳川公・古河男・藤山・井上準之助氏等ヲ初メ、日米関係委員又ハ太平洋問題調査会等ニ関係ノ人々ノ中ヨリ御依頼被下候得者結構ト相考申候、金額ハ五千円程ヲ希望致居候
書籍撰択ニ付テハ姉崎博士ヲ顧問トシテ決定致候筈ニ候、日本ノ歴史文学ノ重モナルモノヽ外、日本美術・宗教・人種・言語等ニ関スル日本語及外語ノ書籍、其外ニ地図・統計・報告書類ヲモ希望致居申候、其御含ニ願上申候
参上ノ上是等ノ件御相談致度存居候処、先夜不慮ノ事ニテ耳部ニ負傷シ静養中ニ御坐候間失礼致候、治癒次第帰西、健康ニ差支ナケレハ直ニ渡支ノ心算ニ御坐候、十一月匆々ニハ帰朝又出京可仕積ニ御坐候
以上以書中得貴意候也 拝具
   大正十五年九月十七日            原田助
 - 第40巻 p.436 -ページ画像 
    増田明六様机下
 尚々御用ノ節ハ、十九日迄ハ下渋谷一一六三竹友方(電青山六六七五)、其後ハ神戸下山手通八丁目一六〇川本方ニ願上申候


(増田明六)日誌 大正一五年(DK400131k-0002)
第40巻 p.436 ページ画像

(増田明六)日誌 大正一五年      (増田正純氏所蔵)
十一月十日 水 晴 出勤
本日の来訪者並用件如此
○中略
原田 助 布哇大学へ寄贈書籍選定の件
○下略
   ○中略。
十二月八日 水 曇 出勤
○上略
本日の来訪者と其要件
1、原田助 明日布哇大学ニ帰任ニ付、挨拶と同大学図書館に日本ニ関する書物寄贈資金醵集に関する件、並米国グリフイス博士来邦後の接待に関する件
○下略


原田助往復書類(DK400131k-0003)
第40巻 p.436-437 ページ画像

原田助往復書類             (渋沢子爵家所蔵)
                       明六
(印刷物)
拝啓、時下愈々御清栄慶賀の至りに存上ます、陳者布哇大学は布哇に於ける唯一最高学府でありまして、我同胞子弟の同大学に就学する者年々増加し、今や学生全数の約三分の一を占めんとする有様であります、同大学にては三年前壮麗なる図書館が出来、学生及公衆の便宜に供して居りますが、遺憾なるは日本関係書籍の極めて乏しきことであります、年々割当の図書購入費では迚も古文書を初め諸般の参考書を設備する訳には参りません、原田教授深く其欠陥を感じ、昨年帰朝中渋沢子爵に対し委細の事情を陳述されたるに、子爵は大に賛意を表され自ら五百円を出金し、尚同額の寄附者九名を勧誘して全額五千円を寄附すべき旨を約されたのであります、同教授は帰布後更に総領事を初め同胞有志の方々に此事を諮りたるに孰れも深く賛同し、布哇にて少くも一千五百弗乃至二千弗を醵金し此美挙を補助せんとの希望を表白されました、申迄もなく是れ一は大学に対する好情の表白と、一は我日本の文化を広く紹介し、又併せて学生及公衆の便利を計らんとするの微意に外ならぬのであります、就ては布哇大学卒業生諸君及同大学に子弟を托さるゝ父兄其他御賛成の方は金額の多少を論ぜず御協力下されたく、此段有志者一同に代りて願上ます 匆々頓首
  昭和二年四月            委員
                       竹内駒治
                       原田精市
                       原田助
                    幹事 小野寺徳治
 - 第40巻 p.437 -ページ画像 
 追而御送金は総領事館内竹内副領事宛御送付を願ます、    《(四字抹消)》日を〆切としたいのですが、可成早く御一報を願ひます


(増田明六 小畑久五郎)書翰控 原田助宛 昭和二年五月二五日(DK400131k-0004)
第40巻 p.437 ページ画像

(増田明六 小畑久五郎)書翰控 原田助宛 昭和二年五月二五日
                     (渋沢子爵家所蔵)
   原田助様
○上略
過日来御手紙ヲ辱フシ拝読仕候、御申越ノ貴大学ニ書物寄贈代金醵出ノ件ハ、先般全国的パニツクノ不祥事ニ会シ候ニ付、後日適当ナル時機ヲ考慮シ御約束ノ通送金可致ト期居候○中略
   昭和二年五月廿五日         増田明六
                     小畑久五郎


(原田助)書翰 増田明六宛 昭和二年七月九日(DK400131k-0005)
第40巻 p.437 ページ画像

(原田助)書翰 増田明六宛 昭和二年七月九日 (渋沢子爵家所蔵)
                 (別筆)
                 二、七、二三落手 明六
 東京                七月九日
  増田明六様               原田 生
貴翰両通正ニ拝誦、愈御健勝恭賀ノ至ニ奉存候、偖太平洋会議開会切迫、我邦代表者諸氏モ昨朝ヲ以テ無事到着ニ相成皆健在ニテ、昨日来着匆々ヨリ直ニ調査其他ノ準備ニ忙シキ様子ニ御坐候
当大学ヘ寄贈ノ書籍費募集之件、本春来財界動乱ノ為御延引之事誠ニ止ヲ得ザル次第ト存申候、然ルニ予テ申上候通リ当地ノ有志家ヨリ募集ノ金額已ニ一千七百弗(約三千五百円)ニ相達シ、尚予約中ノモノモ有之候間、万一姉崎氏ノ手元ニ於テ書籍購入費又ハ書記手当等至急入要ノ節ハ、之ヲ一時御立替致シテ不苦ト存申候間、其旨同君ヘ通シ置申候
大学図書館蔵書(日本書籍)目録甚タ延引漸ク数日前発送致申候
○下略


(原田助)書翰 渋沢栄一宛 昭和二年一一月五日(DK400131k-0006)
第40巻 p.437 ページ画像

(原田助)書翰 渋沢栄一宛 昭和二年一一月五日 (渋沢子爵家所蔵)
                       明六
             昭和二年十一月五日ホノルル
 東京                   原田助
  渋沢子爵閣下 栄一
粛啓、爾来愈御安泰奉恭賀候、偖予而申上候通当地ニ於テ布哇大学図書館ヘ日本書籍寄贈基金募集中ニ御坐候処、其結果別紙新聞○次掲 ニ記載之通ニ有之候、尚此外ニ三百弗程之予約有之候、可成総計金弐千五百弗(邦貨五千円)ニ達セシメ度希望ニ御坐候
今回姉崎博士ヨリ申越ニ依リ其内金三千円丈前週同氏宛送金仕候間御承知奉願候
元来ノ計画ニ従ヒ貴方及当地ニテ募集額ヲ折半シ、一半ハ日本書籍、他ノ一半ハ日本ニ関スル外国語書籍購入ノ希望ニ御坐候間、貴方ノ御募金ノ内ヨリ金三千円丈ハ御都合次第当方ヘ御送金之程願上候
先者右御報告併セテ御願申上度 匆々敬具
 - 第40巻 p.438 -ページ画像 


日布時事 昭和二年 布哇大学図書館へ日本図書を寄附 購入費として同胞有志より寄附を仰ぎ既に千九百四十三弗に達す日本の有志から五千円寄附(DK400131k-0007)
第40巻 p.438 ページ画像

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布哇知人往復(一)(DK400131k-0008)
第40巻 p.438-439 ページ画像

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(増田明六)書翰 原田助宛 昭和二年一二月一四日(DK400131k-0009)
第40巻 p.439-440 ページ画像

(増田明六)書翰 原田助宛 昭和二年一二月一四日 (原田助氏所蔵)
(写)
原田助様
拝啓、其後は存外の御無音に罷成り先以て深謝仕候、爾来貴方よりは御多忙の処屡々御書翰を賜はり候に対し、小生よりは常に拝答怠り勝と相成、誠に申訳の言葉も無之、只管御寛恕希上候外無之候
扨予て御尽力中の布哇大学図書館へ日本関係書籍寄贈の件は、貴方及東京に於ける寄附金を折半し其一を以て日本書籍、他の一を以て日本に関する外国語書籍を購入する事とし折角御心配の由にて、新聞切抜相添へ貴方に於ける寄附金の状況御報告被下委細拝見致、不遠御所期の金額に達せらるべきを御悦申上居候
当地に於ても予て渋沢子爵に於て金五千円醵集方御引受致候処、御承
 - 第40巻 p.440 -ページ画像 
知の通今春財界の動揺に際会し爾来其余波未た治まらす、為之醵集に少しく躊躇致候間未た予定の金額に不達候得共、明年一月下旬迄には必す全額御送金可致候間御承知置被下度候
東京に於ける書籍の蒐集方は姉崎博士に御依頼の由にて、其代金参千円同氏に御送金被成候趣も拝承致候、過日同博士に面会致候処蒐集の書籍段々多数に上り、容積多大となりて其処置に窮するに付き、貴地へ発送する迄の間適当の置場を周旋せよとの御相談を受け、目下心配中に御座候
渋沢子爵へも時々御書翰被下御申越の趣拝承致居候も、彼是と日々多忙に紛れ拝答遷引と相成候段何卒不悪御承引被下度旨、小生より申上候様と被申付候 以上 匆々拝具
  昭和二年十二月十四日
                      増田明六


(増田明六)書翰控 原田助宛 昭和三年一月一七日(DK400131k-0010)
第40巻 p.440 ページ画像

(増田明六)書翰控 原田助宛 昭和三年一月一七日
                     (渋沢子爵家所蔵)
  原田助様
新年の御慶芽出度御喜申上候、過日は小畑並小生へ御年賀状被下難有拝受仕候、扨昨冬申上候布哇大学寄贈書物購入資金の義、子爵に於て御約束致候通金五千円相整候に付、内金参千円也は予て御申越に依り別紙当地横浜正金銀行為替手形を以て御送金致候間、御落手被下候はば御一報被下度候
 尚残金弐千円は御預り致置候、姉崎氏又は其他へ支払可申哉、又は貴方へ送金可致哉、何分の御廻示を御待申居候 匆々敬具
  昭和三年一月十七日
                      増田明六


(増田明六)書翰控 原田助宛 昭和三年一月二六日(DK400131k-0011)
第40巻 p.440 ページ画像

(増田明六)書翰控 原田助宛 昭和三年一月二六日
                     (渋沢子爵家所蔵)
  原田助様
                      増田明六
拝啓、益御清適賀上候、然ば去十七日附を以て布哇大学寄贈書籍購入資金として金参千円也横浜正金銀行為替手形を以て貴台宛御送付申上候に付、既に御査収被下候事とは存候得共、為念右手形の副証玆許加封御送付申上候間御落手被下度、此段重て得貴意候 敬具
  昭和三年一月二十六日


(原田助)書翰 増田明六宛 昭和三年二月三日(DK400131k-0012)
第40巻 p.440-441 ページ画像

(原田助)書翰 増田明六宛 昭和三年二月三日 (渋沢子爵家所蔵)
           (別筆)
           三、二、二一落手 明六 同日返事済
                    二月三日ホノルル
                     原田助
 東京
  増田明六殿
        侍史
 - 第40巻 p.441 -ページ画像 
去一月十七日附貴翰拝誦、愈御清祥奉賀候、偖予而渋沢子爵ヘ御願申上候当大学図書館寄贈書購入資金之義、子爵ニ於テ金五千円御整被下候由ニテ其内金三千円也御送金被下正ニ領収仕候、御出資多端殊ニ昨年来財界動揺ノ折柄ニ係ラズ御援助ヲ賜リ候段感謝之外無之、誠ニ難有奉存候
姉崎博士ヨリ第一回送本弐百十五冊先月末到着、引続キ回送之筈ニ御坐候、大部分相纏リ候上ニテ御報告可申上候間左様御承知願上申候、残額弐千円ハ当分貴方ニ御預リ被下度、姉崎氏ヨリノ請求ニ依リ御支出被下候様願上申候
尚貴方ニテ御寄付被下候芳名及住所御一報願度候、追テ報告及謝辞ヲ呈シ度候間、此段併セテ願申候、右御礼迄不取敢 匆々拝具


(増田明六)書翰控 原田助宛 昭和三年二月二一日(DK400131k-0013)
第40巻 p.441 ページ画像

(増田明六)書翰控 原田助宛 昭和三年二月二一日
                   (渋沢子爵家所蔵)
 ハワイ大学
  原田教授殿
拝啓、時下益御清適賀上候、然ば去三日付尊書拝見致候処、過日正金銀行送金手形を以て御送附致候貴大学寄贈書物購入資金参千円御受取被下候由にて、御申越の趣敬承致候、渋沢子爵の醵集したる右資金は前御通知致候通金五千円に候間、差引残金弐千円は御申越の通此儘保有致貴方の御指示を俟て支出可致候間御承知被下度候
姉崎博士より第一回送本弐百拾五冊御受取相成、尚引続き同博士にて蒐集廻送の由、当方にても博士に面会の節御礼可申上候
右醵金者に対し貴方より御礼状発送被下候由にて、其氏名及住所を御通知致候様拝承致候、即別紙の通玆に封入致置候間御受取被下度候
先は拝答申上度 匆々拝具
  昭和三年二月二十一日
                 渋沢事務所
                    増田明六 明六
   ○名簿ハ後掲ニ付キ略ス。栄一他十二名ニシテ、後掲資料寄贈者名簿東京之部中ヨリ浅野総一郎ヲ脱セルモノナリ。


(ディー・エル・クローフォード)書翰 渋沢栄一宛 一九二八年三月三一日(DK400131k-0014)
第40巻 p.441-442 ページ画像

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渋沢栄一書翰控 ディー・エル・クローフォード宛 昭和三年八月一四日(DK400131k-0015)
第40巻 p.442-443 ページ画像

渋沢栄一書翰控 ディー・エル・クローフォード宛 昭和三年八月一四日
                  (渋沢子爵家所蔵)
    案                明六
 ハワイ
  ホノルヽ市
  ハワイ大学
   総長 デイ・エル・クローフオード博士殿
                       東京 渋沢栄一
拝復、三月廿一日付《(卅)》の尊書落手致候、疾に御返事可申上の処去四月以降病臥致居、此程に至り漸く常態に復して貴書拝見致候次第にて遷引今日に相及び候、不悪御諒承被下度候
 - 第40巻 p.443 -ページ画像 
昨年貴大学原田教授と御協議の結果、友人等と申合はせ貴大学附属図書館に日本に関する書籍を寄附致候事と相成候、併し其書籍の選択に付ては貴方に御一任するを便宜と存じ、其購入資金を御寄附致たる義に候処、貴学当局を代表して御懇篤なる御謝辞を賜はり却て恐縮に存候、太平洋の中心に重要なる位置を占むる貴大学のため、幾分御助力を致得たるは寧ろ老生等の光栄とする処に御座候
右貴答旁得貴意度如此御座候 敬具
  昭和三年八月十四日
   ○右英文書翰ハ同日付ニテ発送セラレタリ。


布哇知人往復(二)(DK400131k-0016)
第40巻 p.443-445 ページ画像

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〔参考〕竜門雑誌 第五二〇号・第一五三頁 昭和七年一月 渋沢子爵と布哇の関係 布哇大学教授原田助(DK400131k-0017)
第40巻 p.445 ページ画像

竜門雑誌 第五二〇号・第一五三頁 昭和七年一月
    渋沢子爵と布哇の関係
                   布哇大学教授
                      原田助
 渋沢子に就ては同志社時代より知つてゐたが、特に親しく知る機会を得たのは一九二〇年加州に日本人排斥土地問題の起きた時、これが調査をなすよう渋沢子から依頼された時に始まる、以来、日本に帰つた時はきつとお目にかゝるし、又始終文通を続けて今日に及んだ、渋沢子は日米関係の事に就ては非常に熱心で、加州の同胞や布哇の同胞の事を絶えず心配してゐられた、五年前日本に帰つた時布哇大学の図書館に日本の書籍を備え度いと相談すると、直ちに自分で五百円を寄附されたのみならず、他の人をも誘つて五千円の金を作つて下さつたこれに布哇で集めた金二千五百弗を加えて、今日布哇大学図書館にある日本の書籍は購はれたのである。当地の太平洋問題調査会を起すに就ても渋沢子は色々尽して下さつたのである、単に日米親善のみでなく世界平和と云ふ事に関心を持たれ、日本に於ける斯う云ふ種類の団体で渋沢子の関係して居られぬものはないと云つていゝ位である○下略
   ○加州問題調査ニ就イテハ本資料第三十三巻所収「日米関係委員会」大正九年八月三日ノ条参照。
   ○太平洋問題調査会ニ関シテハ本資料第三十七巻所収「太平洋問題調査会」参照。
   ○本文ハ「実業の布哇」昭和六年十二月号ニ掲載セラレタルモノヲ転載セルモノナリ。