デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
1節 儒教
1款 聖堂保存会
■綱文

第41巻 p.5(DK410001k) ページ画像

明治42年7月16日(1909年)

是日栄一、東京市役所ニ東京市長尾崎行雄ヲ訪問シ、湯島ノ聖堂保存会ニ関シテ協議ス。


■資料

竜門雑誌 第二四一号・第四一頁 明治四一年六月 聖堂保存(DK410001k-0001)
第41巻 p.5 ページ画像

竜門雑誌 第二四一号・第四一頁 明治四一年六月
○聖堂保存 湯島二丁目の旧聖堂は文部省直轄の下にあるも、年一年に荒廃に帰するを以て、青淵先生は痛く之を憂慮せられ、聖堂保存会を組織して永久に之れを保存すると共に、夫子の徳化を万世に伝へんとし、其保存方に就き東京市に交渉中なるが、福島甲子三氏の如きは之れを公園と為すの議を唱え、夫々協議中なりと云ふ。


渋沢栄一 日記 明治四二年(DK410001k-0002)
第41巻 p.5 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四二年         (渋沢子爵家所蔵)
七月十六日 晴 大暑
○上略 東京市役所ニ抵リ尾崎市長ニ面会シテ、聖廟保存会ノ事○中略ヲ協議ス○下略
○聖堂保存会ニ就イテハ他ニ資料ヲ見ズ。従ツテソノ詳細不明ナルモ、保存ノ意図ハ後年斯文会ニ引継ガレ、ソノ寄付行為中ニ聖堂保存ニ関スル一項アリ。