デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
4節 キリスト教団体
5款 其他 2. サン・フランシスコ日本人基督教青年会
■綱文

第42巻 p.301-308(DK420076k) ページ画像

大正15年10月12日(1926年)

是日、日米関係委員会、東京銀行倶楽部ニ開カル。栄一出席シテ、アメリカ合衆国サン・フランシスコ日本人基督教青年会会館建設補助ノ件ヲ議ス。


■資料

集会日時通知表 大正一五年(DK420076k-0001)
第42巻 p.301 ページ画像

集会日時通知表  大正一五年       (渋沢子爵家所蔵)
十月十二日 火 午前十一時 堀越善重郎氏ト御会見(銀行クラブ)
        正午    日米関係委員会(銀行クラブ)


日米関係委員会集会ニ関スル控(DK420076k-0002)
第42巻 p.301-302 ページ画像

日米関係委員会集会ニ関スル控       (日米関係委員会所蔵)
 大正十五年十月十二日正午、於東京銀行倶楽部、桑港日本人基督教青年会々館建設ノ件ニ付、日米関係委員案内者氏名
                  (太字・太丸ハ朱書)
                  旅行 欠浅野総一郎
                     欠江口定条
                     欠団琢磨
 - 第42巻 p.302 -ページ画像 
                     欠男古河虎之助
                     ○藤山雷太
                     欠服部金太郎
                     欠原富太郎
                     ○欠堀越善重郎
               出欠不明 旅行井上準之助
                     ○一宮鈴太郎
                     欠梶原仲治
                     欠串田万蔵
                    ○男森村開作
                    欠男大倉喜八郎
                     欠大谷嘉兵衛
                     欠小野英二郎
                     ○白仁武
                    ○子渋沢栄一
                     欠内田嘉吉
                  旅行 欠山田三良
                     ○増田明六
                     ○小畑久五郎


日米関係委員会集会記事摘要(DK420076k-0003)
第42巻 p.302 ページ画像

日米関係委員会集会記事摘要      (渋沢子爵家所蔵)
 大正十五年十月十二日正午、於東京銀行倶楽部、日米関係委員会開催
 出席者
  会員 藤山雷太・堀越善重郎・一宮鈴太郎・男爵森村開作・白仁武・子爵渋沢栄一
  幹事 増田明六・小畑久五郎
    議事記録
渋沢子爵座長 渋沢子爵先づ増田幹事をして本日の問題たる二件に関し、外務省よりの書類を朗読せしめ、次で懇談に移る、而して右懇談の結果左の如く問題を扱ふことゝなれり
  シヤトル市に於て故ジヤツジ・トマス・バーク氏記念銅像建設の為め金壱万円を募集することは、日本郵船会社々長白仁氏及横浜正金銀行東京支店副頭取一宮氏に於て斡旋の労を取らるゝ事
  桑港に日本人基督教青年会々館を建設するに付、本邦より五千弗以上一万弗に達する額の募金をなすことに関しては、渋沢子爵、外務省当局と会談の上、追つて報告せらるゝ事
右終りて午後二時十分前散会
  ○本資料第三十四巻所収「日米関係委員会」同日ノ条参照。


(ジョン・アール・モット)書翰 富沢清宛一九二五年三月二七日(DK420076k-0004)
第42巻 p.302-304 ページ画像

(ジョン・アール・モット)書翰  富沢清宛一九二五年三月二七日
                    (渋沢子爵家所蔵)
             (COPY)
 - 第42巻 p.303 -ページ画像 
    THE NATIONAL COUNCIL OF THE YOUNG MEN'S CHRISTIAN ASSOCIATIONS of the United States of America
        347 Madison Avenue, New York.
                    March 27, 1925
My Dear Mr. Tomizawa :
  I look back with keenest pleasure to the hours of fellowship and conference which I had with you and the other Japanese leaders and friends of the Young Men's Christian Association of San Francisco a few days ago. To my mind, the project you have in view of securing a modern Y.M.C.A. building for the Japanese of San Francisco and of neighboring communities is one of the most important which has been proposed in recent years, and it will have an enormous influence near and far. It will serve as a home for Japanese young men from your great country and from up and down the Pacific Coast, and from other parts of the United States, who visit San Francisco. It will be, in the best sense of the word, a democratic club in which ambitious and deserving Japanese young men may meet one another and have helpful fellowship together. It will be a great lighthouse, attracting the youth to the highest and best associations who might otherwise miss the way. It will be a training school where Japanese boys and men may equip themselves for larger success and usefulness in business and professional life and as citizens. It will be a generating ground for important altruistic movements for the betterment of Japan, America, and the wide world. It will be a mount of vision where the young men and boys of Japan may catch glimpses of the great opportunities and needs before our generation. In view of services like these which this building will render, what could be more important? I think of no use of money which would be more highly multiplying. I have such complete confidence in the public spirit and patriotic devotion of your countrymen that I fully believe they will all wish to participate in providing the funds necessary. For reasons like these, I have considered it a privilege and an honor to pledge on behalf of the International Committee of Young Men's Christian Associations $75,000 gold toward the project, on condition that an equal sum (that is, $75.000) be provided by the Japanese and other friends in San Francsico and elsewhere. This offer is made on condition that the whole amount be subscribed during the year 1925, and also with the understanding that the building will be erected and furnished free of indebtedness.
  With kindest regards to yourself and the other Japanese
 - 第42巻 p.304 -ページ画像 
 friends,
              Very sincerely yours,
               (Signed) John R. Mott.
Kiyoshi Tomizawa, Esq.,
  1409 Sutter Street,
  San Francisco, Cal.
(右訳文)
          (別筆)
          三・七・一三、此意味ヲ言上シテ子爵ニ御聴取ヲ請ヒタリ明六
 桑港                   (七月十日入手)
  富沢清殿
          紐育市米国基督教青年会本部事務総長
                 ジヨン・アール・モツト
    一九二五年五月廿七日
拝啓、益御清適奉賀候、然ば数日前貴兄及其他の桑港基督教青年会の幹部及会友諸君と、数時間会談商議したるを追懐して欣快に堪へざる次第に候、惟ふに、諸兄御懐抱の桑港及附近にある日本人のために、近代的基督教青年会々館建設の御計画は、近年に提出されたる重要問題の一にして、竣功の上は遠近に亘り広く感化を及ぼす事と存候、同館は貴国太平洋沿岸及合衆国の各方面より来り桑港を訪問する日本人のために、温かき家郷(home)となり、又最も善良なる意味に於ける民主的倶楽部となり、此処に希望に燃ゆる有為の日本青年が相会し、共に有益なる友誼を結ぶに至るべく候、右会館は青年を誘引して至高至善の交際に導き、前途を誤ることなからしめんとする一大灯台と相成可申、日本の少年青年達に実業界其他の社会に於て且市民として一大成功を収めしめ、又有益なる人物ならしめんとする訓練所となり、日本・亜米利加及全世界を一層善化せんとする重要なる愛他主義運動の原動力発生地となり、日本の青少年が現代の前途に横はる大機会及要求を瞥見し得る一大理想郷たるべくと存候、本館の用途斯の如くに有之候へば、之れが建設は焼眉の急務と存候、金銭の費途も之れより高尚にして且有効なるは無かるべくと相考へ候、小生は貴国人の公共的精神及愛国的熱誠に対し満腔の信任を有し、本会館建設に要する資金調達に参加する事を一同希望せらるゝ事と堅く信じ居り候
前述の理由に依り、小生は基督教青年会国際委員を代表し、本計画に対し、左の条件の下に金貨七万五千弗を桑港日本人基督教青年会に寄贈するの光栄と名誉とを担ふ者に有之候、而して其条件とは、桑港及其他に於ける日本人及有志者より同額(即ち金貨七万五千弗)を調達する事、右金額が全部一九二五年中に募集せらるべき事、及本館及造作等に債務の附帯し居らざる事、等に有之候間、左様御承知置被下度候
日本人の御友人方に宜敷御伝へ被下度候、右当用まで得貴意度如此御座候 敬具
  ○右書翰写ハ、昭和三年七月十三日増田明六ヨリ栄一ニ言上トアル如ク、其頃来日セル富沢ノ提示セルモノナルベシ。尚次条参照。

 - 第42巻 p.305 -ページ画像 

外務省関係書類(三)(DK420076k-0005)
第42巻 p.305-308 ページ画像

外務省関係書類(三)          (渋沢子爵家所蔵)
                     (別筆朱書)
                     十月六日落手
機密
拝啓、日本人基督教青年会々館新築寄附金ニ関シ、今般在桑港武富総領事ヨリ別紙写ノ通申越有之候ニ付テハ、同会館新築費寄附調達方御配慮ヲ得度、尚ホ右武富総領事ヘ回答ノ都合モ有之ニ付、貴意御回報相煩度候 敬具
  大正十五年十月五日          幣原外務大臣
    渋沢子爵殿
 追テ客年八月二十日附武富総領事来信写御参考迄玆ニ添付致候
(別紙一)
    大正十四年八月二十日
写                 在桑港
                   総領事 武富敏彦
    外務大臣 男爵 幣原喜重郎殿

    当地日本人基督教青年会会館新築
    寄附金ニ関スル件
当地日本人基督教青年会ハ大正七年在米邦人ノ創立ニ係リ、当時在紐育万国青年会本部及当地米人青年会カ、時機ヲ見テ新館建築ノ援助ヲナスヘシト約束セル関係モアリ、同会ハ仮リニ規模甚タ小ニシテ不完全ナル借家ニテ開館シタルモノナルカ、其後米国ハ世界大戦ニ参加シ国ヲ挙ケテ多事ナリシ為メ、前記両青年会ノ約束モ何時シカ沙汰止ミノ形トナリシヲ以テ、大正十一年在米邦人側ノ寄附金ノミニ依テ兎ニ角右借家ヲ其儘買取リ、現在ニ至リタルモノナル処、客年六月米国議会カ新移民法ヲ通過シ、日本ノ感情ヲ痛ク害シタルヲ遺憾トシ、米国識者中日本ノ好感回復ニ努力シ居ルモノモアル際、先年約束シタル日本人会館建築費ヲ提供スルハ米国側ノ意向ヲ示ス絶好ノ時機ナリトシ前記万国青年会本部主事「ジヨン・アール・モツト」博士ハ本年五月来桑米貨拾五万弗ノ金額ヲ以テ会館改築ノ議ヲ提起シ、右金額ノ半ヲ在米日本人間並ニ日本ニ於テ募集引渡ヲ為スコトヲ条件トシ、他ノ半(七万五千弗)ヲ同本部ニ於テ寄附スヘキコトヲ申込ミタル処、当地米人青年会モ亦之ニ応シ、当地米人間ヨリ弐万五千弗ノ寄附金募集ヲ約シタリ、依テ日本人側ニ於テモ米人側ノ好意ヲ空スルコトヲ得ス、種々協議ノ結果、目下在米邦人及本邦ノ状況ニ照シ、其時機ニ非サルハ勿論ナルモ、寄附募集期間ヲ相当長期トスルナラハ五万弗ノ募集必ス《*》シモ難事ニ非サルヘシトシ、募集期間ヲ大体二ケ年トスル条件ニテ其好意ヲ受入ルルコトニ決定セリ、而シテ其実行方法トシテ、差当リ在桑港邦人間ニテ二万弗、桑港以外ノ米国各地邦人間及日本内地ニ於テ参万弗ヲ募集スルコトトシ、先ツ数月前ヨリ桑港ヲ中心トスル地方ノ募集ニ着手シタル処、百弗以下ノ小口ノミニテ今日迄ニ漸ク約五千弗ヲ集メ得タルカ、尚数千弗ヲ得ル見込ニテ努力中ニテ、大口トシテ
 - 第42巻 p.306 -ページ画像 
ハ出来得ヘクンハ大会社ニテ各一千弗ノ振合トスル趣ナリ
就テハ同会カ在米邦人ノ□《(欠字)》タル米国出生日本人青年ニ対スル指導教養ノ重大機関ナルハ勿論日米人ノ接触ト其親和ヲ計ル最モ適切ナル機関ナルノ関係モアリ、且又這回米人側ノ好意ニ対シテモ出来ル丈ケノ応答ヲ為スノ必要モアリ、当館ニ於テモ何等カノ形式ニ於テ相当寄附ヲナスコトニ致度シ、目下財政御緊縮ノ折柄ナルハ勿論ナルモ前陳ノ事情御賢察ノ上特別ノ御詮議ヲ以テ寄附金御支出方御取計アリタク、御決定ノ上ハ取急ク当地事情モアルニ付電報ニテ御回訓仰キ度シ、尚本邦内地ニ於ケル寄附金募集方法ニ就テハ今日迄ノ処何等具体的考案モ定マリ居ラサル模様ナルモ、結局在米邦人間ニ於テ極力募集《**》シタル後不足額ヲ本邦ニ於テ求ムルコトトナルヘシト察セラル右稟請ス
*欄外別筆、朱書

   $75,000
   -25,000……米人桑港青年会寄附金
  ――――――
   50,000
   -20,000……邦人桑港在留者 〃
  ――――――
   30,000……米国各地在留邦人   寄附金
        日本内地人

**欄外別筆、朱書
 在米邦人ヨリ募集ノ後其不足ヲ本邦ニ仰クコトトナルベシ

(別紙二)
機密公第五一三号
  大正十五年八月三十日

                 在桑港
                  総領事 武富敏彦
    外務大臣 男爵 幣原喜重郎殿
     日本人基督教青年会会館新築ニ関スル件
本件ニ関シ客年八月二十日附往信稟請ニ対スル御回電ニ基キ、金五百弗也ヲ小官個人ノ名義ニテ該新築費中ニ寄附ノコトニ取計置キタル処其後関係者ニ於テハ極力各方面ノ寄附募集中ナルモ、種々ノ故障アリテ邦人側ノ集金容易ニ捗取ラス、桑港及其附近ノ外加州全体、南加方面ニ迄遊説ニ努メ居レルモ、今日迄ノトコロ邦人側ノ寄附金申込額漸ク壱万五千弗ニシテ、未タ予定額ニ達スル能ハス、前信ニモ申進セシ通リ、本件新築ノ議ハ在紐育万国基督教青年会本部ノ熱心ナル主唱ニ係リ、所要金額ノ半ヲ本邦人側ニテ応募スルヲ条件トシテ、既ニ米貨七万五千弗ヲ提供シ居レルノミナラス、当地方米人側ニテハ誠実ニ之ニ賛成シ、其ノ寄附金ハ参万弗ニ達セントスル勢ナルニ不拘、本邦人側ノ申込遅延シ居レルハ甚タ面白カラス、サリトテ御承知ノ通リ当地方邦人間ニハ各種ノ寄附金募集近来相次キ、而モ基附者《(寄)》ハ大体ニ於テ限ラレ居ル情勢ナル為メ、何レモ其ノ支出ノ多岐多端ナルニ苦シム現状ナルヲ以テ、此上如何ニ運動スルモ所期ノ金額ヲ得ルコトハ甚タ覚束ナキ次第ニシテ、関係者側ハ目下苦心焦慮中ナリ、然ルニ本件新築
 - 第42巻 p.307 -ページ画像 
ノ提唱者タル前記青年会本部ノ趣旨ハ、新移民法ノ制定ニ基ク日米間ノ感情融和ノ為ニハ、日米人共同ニテ出資シテ新会館ヲ日米交通ノ大関門タル桑港ニ建設シ、一ハ日米関係ノ連鎖タル邦人子弟第二世ノ指導教養ニ資スルト共ニ、他方比較的薄資ノ日本人旅客学生ノ利便ヲ計リ、以テ日米人ノ接触ト親和トヲ計ル機関タラシメントスルニ在リ
従テ本件新築ニハ国際的意義ヲ含ム次第ニシテ、本官等モ其意味ニ於テ微力ヲ尽シツツアル儀ナルモ、事情前陳ノ通ニシテ折角ノ米人側ノ好意ト努力トニ副ヒ得サルカ如キ結果ニ立到ラサルヤヲ懸念シツツアル実情ナリ、現ニ本部ノ主事「モツト」博士ノ如ク、昨年五月特ニ来桑シテ前記新築ノ議ヲ提唱シテ以来一年有半、其間同博士ハ本邦ニモ赴キ、本邦ニ於ケル基督教青年会館新築ノ為五十万弗ヲ寄附シ、欧洲ヲ経テ帰米シタルニ不拘、当地ニ於ケル会館新築ノ議捗取ラヌコトニ不安ヲ感シ居ル模様ニテ、当地米人側ニテモ申訳ナシトテ、極力各方面ニ勧説シ、米人側ノ基金ハ更ニ増加スヘキ情勢アリ、他方当地ニ於ケル米人基督教青年会側(「モツト」博士ト連絡シテ本件新築ニ尽力シツツアル中心団体)ハ、本邦学生青年等将来ノ国家担当者ヲ好遇スルコトハ、結局日米関係ニ資スルコト大ナル所以ナリトノ趣旨ニテ、切リニ我方ノ諸事業ニ好意好感ヲ表シ、現ニ今回ノ中村代議士ノ率ユル百余名ノ日本学生ノ来桑ニ際シテモ、理事会ノ決議ヲ以テ率先シテ宿舎ヲ提供シタル外、斡旋尽力至ラサルナカリシハ、何人モ其国際心ノ発露ヲ感知セサルハナキ有様ナルカ、米人側ニテ此ノ如ク熱心ナル努力ヲ為セハ為ス丈ケ、前陳ノ邦人側ノ寄金募集ノ不成績ハ益々面目ナキ次第故、関係者ニ於テハ極力事情ヲ訴ヘ、邦人間ニ遊説スル所存ナル趣ナルモ、一般ノ事情前記ノ如キモノアル外、寄附金ノ性質カ直接眼前ノ利益ヲ受クル能ハサル事業ニ対スルモノナル関係上、仮令国際心ニ訴フルモ此上幾何ノ寄金ヲ集メ得ルヤ、甚タ望少ナキヲ予期セサルヘカラス、尤モ本邦大会社銀行ノ当地支店ヨリノ寄附金額ハ未定ナルモ、此等モ支店トシテノ支出額ハ到底多クヲ望ミ難キ事情アリ、就テハ此上ハ唯本邦内地有志ニ幾分ノ寄附金ヲ求ムル外其途ナキ処、実ハ本件新築計画ノ当初内地ニモ一部寄金ヲ求ムル予定アリタルモ、可成当地方ノミニテ解決シタク、今日迄辛抱シ居リタル次第ナルカ、前陳ノ始末故、出来得ヘクンハ、之ヲ内地ニ求ムルモ最早不得已儀ト被存ノミナラス、要ハ当地方邦人及内地有志ノ間ニテ最善ヲ尽シテ醵金シタリト云フコトニナラハ、仮令予定額ニ達セストモ、米人側ヘノ面目モ相立チ、又日米共同出資ニテ新築シタキ趣旨ニモ副ヒ得ル次第ナルニ付、本邦内地ニ於ケル有志トシテ、渋沢子爵ヲ首脳トスル日米関係委員会ニ於テ、本件寄附金募集方何分ノ尽力ヲ得ルコト相叶ヒマシキヤ
実ハ小官ノ得タル報道ニ依レハ、大山前任総領事帰朝後、同氏ハ日米関係委員会集会ノ席上ニテ本件ヲ諮リタルニ、大体ノ意嚮ハ、財界ノ現状ニテハ此種ノ寄金募集ハ困難ナリトノコトニ一致シ居リタルヤニ認メラレタル趣ナルモ、前陳ノ事情ニ顧ミ、又日米共同ニテ新館ヲ建築スルコトノ国際的意義ニ照シ、若シ日米関係委員会ニ於テ本邦内地ヨリ五千弗乃至壱万弗(金額ハ内地ノ事情ニヨリテハ更ニ減少セラレ
 - 第42巻 p.308 -ページ画像 
又已ムヲ得スハ弐年乃至参年ニ分チテ現金ヲ集メラルルモ致方ナシ)ニテモ調達セラルルコトヲ得ハ、甚タ好都合ナリト思考セラル、同委員会関係者タル頭本元貞氏及姉崎正治氏ヘハ、両氏ノ昨年中当地通過ノ際関係者ヨリ一応本件新築ニ関スル事情ヲ具陳シ置キタル趣ナルヲ以テ、同委員会ニテモ成否ハ兎ニ角何分ノ考慮ヲ吝マルルカ如キコトハ之無カルヘクト被察ニ付、此際同関係委員会ニ対シ、前陳ノ趣旨ヲ以テ何分ノ考慮ヲ与ヘラルル様、閣下ヨリ勧誘方可然御詮議相煩度、此段稟請ス、尚本件新築提唱ノ当時「モツト」博士ノ小官等ニ語ル所ニ依レハ、同本部ニテハ本件会館新築地ヲ特ニ桑港トシタルハ、大正七年現在ノ日本人基督教青年会館設置ノ際ノ経緯モサルコトナガラ、要ハ桑港ヲ以テ米国太平洋沿岸中最大ノ日米接触地点ト看做スカ為メニシテ今日ノ処ニテハ他ノ地方ニ対シテハ本部トシテノ寄金ヲ提供スルカ如キ意嚮ナキ模様ナリ、御参考迄申添フ
 追而本件御詮議ノ結果ハ、日米関係委員会ノ意嚮丈ケナリトモ可成至急御回示ニ預リ度シ



〔参考〕外務省関係書類(三)(DK420076k-0006)
第42巻 p.308 ページ画像

外務省関係書類(三)          (渋沢子爵家所蔵)
 桑港日本人基督教青年会館ニ関スル件大正十五年十月(武富総領事電報)
一、大正七年在米邦人ニヨリテ設立借家
一、同十一年在米邦人ノ寄附金ニヨリテ借家買取ル
一、同十四年万国青年会本部主事「ジヨン・アール・モツト」博士ノ提議ニヨリ、米貨十五万弗ニテ会館改築ヲ決シ、内七万五千弗ヲ在米日本人間並日本ニテ募集スル条件付ニテ、七万五千弗ヲ同本部ニテ寄付スベキコトヲ博士ヨリ申込マレタリ
  即チ米貨拾五万弗
   七万五千弗  万国青年会本部ヨリ寄附
   七万五千弗  在米日本人並日本ニテ募集
     内
   弐万五千弗  桑港米人青年会ニテ引受寄附
   弐万弗    桑港在留邦人ヨリ募集
   参万弗    桑港以外ノ在留邦人ヨリ募集
右桑港米人青年会引受寄附弐万五千弗ハ予定ヲ超エテ参万弗ニ達スル状況ナルカ、桑港在留及其他ノ在留邦人ノ寄附金ハ漸ク壱万五千弗ニ達シタルニ過キサル状況ナリ
モツト博士ノ寄附金配慮並桑港米人青年会ノ寄附金ニ対シ、在留邦人ノ寄附金ノ少額ニシテ予定ニ達セサルハ実ニ遺憾ナリ、依テ本邦日米関係委員会ニ於テモ金五千弗乃至壱万弗ノ御醵集ヲ請フ