デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
4節 キリスト教団体
5款 其他 2. サン・フランシスコ日本人基督教青年会
■綱文

第42巻 p.308-321(DK420077k) ページ画像

昭和3年12月12日(1928年)

是日アメリカ合衆国サン・フランシスコ日本人基督教青年会会館建築ノ件ニ関シ、渋沢事務所ニ於テ日米関係小委員会ヲ開キ、寄付金ノ事ヲ協議ス。後、栄一ノ尽力ニヨリ金二万三千五百円ノ醵金ヲ得テ送付ス。


■資料

(デーヴイッド・エス・ジョルダン)書翰 渋沢栄一宛 一九二八年六月一七日(DK420077k-0001)
第42巻 p.309 ページ画像

(デーヴイッド・エス・ジョルダン)書翰  渋沢栄一宛 一九二八年六月一七日
                     (渋沢子爵家所蔵)
             SERRA HOUSE
           STANFORD UNIVERSITY
             CALIFORNIA
                     June 17, 1928
Viscount Shibusawa :
  Dear Sir :
  May I have the honor of introducing to your kind attention Mr. Kiyoshi Tomizawa, executive secretary of a branch of the Young Men's Christian Association in San Francisco.
  With great respect, I am,
             Sincerely yours,
          (Signed) David Starr Jordarn
(右訳文)
                (別筆)
                三、七、一二、於飛鳥山邸
                朗読ヲ聞カル
 東京                   (七月十日入手)
  渋沢子爵閣下
         加州スタンフオード大学
              デヴイツド・スタール・ジヨルダン
    一九二八年六月十七日
拝啓、益御清適奉賀候、然ば桑港基督教青年会幹事富沢清氏を御紹介申上候間、何卒御引見被下度願上候 敬具


(ロバート・エヌ・リンチ)書翰 渋沢栄一宛 一九二八年六月一八日(DK420077k-0002)
第42巻 p.309-310 ページ画像

(ロバート・エヌ・リンチ)書翰  渋沢栄一宛 一九二八年六月一八日
                     (渋沢子爵家所蔵)
    SAN FRANCISCO CHAMBER OF COMMERCE
           451 CALIFORNIA STREET
                   June 18, 1928
Viscount Shibusawa,
  Tokyo, Japan.
My dear Viscount :
  This letter will be presented by Mr. K. Tomizawa who is secretary in San Francisco of the Japanese Y.M.C.A.
  Mr. Tomizawa is well known to us, and I understand, is going to Japan in the interest of his organization.
  Knowing how deeply sympathetic you are in these matters, I have given you a letter of introduction to Mr. Tomizawa.
            Sincerely yours,
                    (Signed)
              Robert Newton Lynch
                 Vice-President
RNL/NB
 - 第42巻 p.310 -ページ画像 
(右訳文)
                (別筆)
                三・七・一二、於飛鳥山邸
                朗読ヲ聞カル
 東京                    (七月十日入手)
  渋沢子爵閣下
            桑港、商業会議所
            副会頭 ロバート・ニユートン・リンチ
    一九二八年六月十八日
拝啓、益御清適奉賀候、然ば在桑港日本基督教青年会幹事富沢清氏に依り本書拝呈仕候
同氏は当会議所員中には能く知られ居る方にて、今回青年会の用務を帯び日本に赴かるゝ由に御座候
閣下が此等青年会の事柄に関し深き御同情を有せらるゝを承知致し居候に付、失礼ながら同氏を御紹介申上候次第に御座候 敬具


(ジョン・エッチ・マッカルム)書翰 渋沢栄一宛 一九二八年六月一九日(DK420077k-0003)
第42巻 p.310-311 ページ画像

(ジョン・エッチ・マッカルム)書翰  渋沢栄一宛 一九二八年六月一九日
                     (渋沢子爵家蔵)
        YOUNG MEN'S CHRISTIAN ASSOCIATION
            OF SAN FRANCISCO
  GENERAL OFFICES
220 GOLDEN GATE AVENUE
                   June 19, 1928
Viscount E. Shibusawa,
  Tokyo, Japan.
Dear Sir :
  This will introduce Mr. Kiyoshi Tomizawa, Executive Secretary of our Japanese Young Men's Christian Association in San Francisco.
  For eleven years Mr. Tomizawa has been in charge of this promising and helpful work which has made so many valuable contributions to the friendly relations and better understanding that is growing between our peoples.
  Several years ago Dr. John R. Mott, General Secretary of the National Council of The Young Men's Christian Association, in his great wisdom recognized San Francisco as the important point in America where so many of our friends from the Orient receive their first impression of America. Because of this and his great interest in the promotion of friendly relations he thought an adequate Y.M.C.A building should be provided in San Francisco for the Japanese here and other parts of the State as well as those who are passing through the city. He has raised a fund of $75,000 in the Eastern United States with the understanding that another $75,000 would be raised to match it.
  I commend Mr. Tomizawa to your kindly consideration
 - 第42巻 p.311 -ページ画像 
and wish to assure you of my high appreciation of your splendid interest in The Young Men's Christian Association.
                Very sincerely yours,
                  (Signed) J. McCallum
                          President.
(右訳文)
               (別筆)
               三・七・一二、於飛鳥山邸
               朗読ヲ聞カル
 東京                   (七月十日入手)
  渋沢子爵閣下
           桑港、基督教青年会
             会長 ジヨン・エツチ・マツカラム
   一九二八年六月十九日
拝啓 益御清適奉賀候、然ば失礼ながら本書を以て当桑港日本人基督教青年会幹事富沢清氏を御紹介申上候、同君が拾壱年間尽瘁せられたる当青年会は我日米両国民間に益増進しつゝある親善関係及理解のため多大にして貴重なる貢献をなし、且つ前途有望にして有益なる施設に有之候、数年前米国基督教青年会本部事務総長ジヨン・アール・モツト博士は其深遠なる識見を以て、当桑港は東洋より来る多数の人々が亜米利加の第一印象を受くる重要地点なりと認定せられ候、此の理由の為め並に同博士が日米親善関係増進に対して深き興味を有せらるゝ為めに、当地其他加州各地に在住する日本人及当港通過の日本人のため桑港に凡そ拾五万弗価格の完備せる基督教青年会々館を建設するを至当と考へられ、同博士は其半額金七万五千弗を東部合衆国にて募集し、之れに匹敵すべき金額、即ち残りの半額七万五千弗は他方面にて募集すべしとの条件にて右七万五千弗を桑港日本人基督教青年会に寄附せらる事に相成居り候、何卒富沢氏の為め御高慮賜はり度願上候、又閣下の基督教青年会に対する赫々たる御援助に対し深く感佩罷在候旨申上候
右御紹介旁得貴意度如此御座候 敬具


(ジェームズ・ロルフ)書翰 渋沢栄一宛 一九二六年六月一九日(DK420077k-0004)
第42巻 p.311-312 ページ画像

(ジェームズ・ロルフ)書翰  渋沢栄一宛 一九二六年六月一九日
                   (渋沢子爵家所蔵)
            MAYOR'S OFFICE
             SAN FRANCISCO
                    June 19, 1928
Viscount Shibusawa,
  1 Nichome Yeirakucho Kojimachiku,
  Tokyo, Japan.
My dear Viscount Shibusawa :
  At the rquest of the San Francisco Y.M.C.A., I am taking the liberty of introducing Mr. Kiyoshi Tomizawa, Executive Secretary of the Japanese branch of the Y.M.C.A. here, who hopes for an interview with you in connection with his work.
  He has been with the Association here for some time and
 - 第42巻 p.312 -ページ画像 
 has done an excellent work on behalf of his countrymen. I feel sure you will be interested in hearing from him a first hand account of the endeavor of the Y.M.C.A. to make itself useful to those it is organized to serve.
  With personal greeting and good wishes, I am,
              Very sincerely,
            (Signed) James Rolph, Jr.
                        Mayor.
(右訳文)
                (別筆)
                三・七・一二、於飛鳥山邸
                朗読ヲ聞カル
 東京                   (七月十日入手)
  渋沢子爵閣下
            桑港市長室
               市長 ジエームス・ロルフ(小)
    一九二八年六月十九日
拝啓、益御清適奉賀候、然ば桑港基督教青年会の依頼により、当地基督教青年会日本支部幹事富沢清氏を御紹介申上候、同氏は事業上につき親しく申上度き希望を抱き居候
同氏は永年の間当地の青年会事業に従事し、日本人のため優秀なる働きを為され候、青年会は其設立の趣旨たる奉仕の主義に基き、救人済世のため努力致居候事を、直接同氏より御聴取被下候はゞ、定めし御感興深き事と奉察候
右御紹介旁得貴意度如此御座候 敬具


(増田明六) 日誌 昭和三年(DK420077k-0005)
第42巻 p.312 ページ画像

(増田明六) 日誌  昭和三年      (増田正純氏所蔵)
七月十日 火 曇                出勤
終日来訪者で多忙ニ消光した
1川上清氏《(河上清)》 桑港基督教青年会館建設資金五万円を日本にて得度ニ付き、渋沢子爵ニ御尽力を願度との事である、同氏は同地青年会□《(欠字)》氏を同伴して来た
○下略


集会日時通知表 昭和三年(DK420077k-0006)
第42巻 p.312 ページ画像

集会日時通知表  昭和三年        (渋沢子爵家所蔵)
十二月 三日 月 午前九時  川上清氏来約《(河上清)》(飛鳥山)
十二月 六日 木 午後二時半 河上清氏来約(事務所)
十二月十二日 水 午後三時  河上清氏申出ノ件(事務所)


(河上清) 陳情書 昭和三年一二月六日(DK420077k-0007)
第42巻 p.312-313 ページ画像

(河上清) 陳情書 昭和三年一二月六日 (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
          (栄一鉛筆)
          三年十二月初旬、河上氏事務所ニ来訪シテ本書ヲ提出シテ、切ニ後援ヲ需メラレタルニヨリ、吉田外務次官・武富通商局長トモ協議シ、更ニ関係委員中
 - 第42巻 p.313 -ページ画像 
ノ数氏ト協議シテ、各方面ノ寄附金募集中ナリ、予定ノ寄附出来セハ、其送金ノ方法ヲ桑港ナル正金銀行ニ照会スヘキ積ナリ
一、桑港基督教青年会館は、十数年前埴原総領事時代に、在留邦人中の有志家によりて設立されました。
一、会の目的は、年々増加する我が在米青年に健全なる慰安・娯楽・修養の機関を与へ、且つ我が青年と米国青年との団体的親交を温むるの機会を与ふるにあります。
一、創立以来金が無いので、右の目的に相応する家屋・設備を求め得ませんでした。
一、然るに四年前、米国青年会の総長モツト博士は右の事業に同情し十五万円(七万五千弗)を寄附され、ついで桑港の米人有力者も五万円(二万五千弗)寄附されました。
一、但し右二十万円の寄附は条件附きで、其の条件は日本人の手で更に十万円を作り、合計三十万円を以て完全なる新会館を作るといふ事でありました。
一、右日本人負担の十万円の中、五万円は桑港及附近の在留日本人が寄附しましたが、残りの五万円は如何しても出処がありません。
一、此の五万円を今年中に保証せぬと、米人の寄附した二十万円も無効になります。金を今送らずとも有力者が引受けられたといふ保証があれば二十万円がいきて、直に建築に着手する事が出来ます。
一、「五万円できませんから御寄附の二十万円は返上いたします」といふのは、米国人に対して余りに恥しく感じます。
一、仍て私共は、右青年会関係者の懇望により故国朝野の同情に訴へ五万円を調達致し度く存じます。
一、但し金額は必しも五万円で無くとも宜いと存じます。少くとも三万円あつたら、米人寄附者に対し「日本の方でも諸君の好意を忘れて居らぬ」と申すことが出来ます。是で米人も満足し或は足らぬ処は補充して呉るゝかと思はれます。
一、然し出来るなら五万円つくり度く存じます。
一、私は本会創立者の一人として、又同会関係者の代表者として、僭越ながら此の書面に署名致します、私不在の節は浅野同族会社の小松隆氏(元東洋汽船桑港支店長)に御尽力を願ふ事に致しました。
  昭和三年十二月六日           河上清
 (三行手書)
 附言
  会館が出来たら之を維持する丈けの準備は十分出来て居ります。


日米関係委員会往復書類(二)(DK420077k-0008)
第42巻 p.313-314 ページ画像

日米関係委員会往復書類(二)       (渋沢子爵家所蔵)
(控)
拝啓、益御清適奉賀候、然ば予て長く米国に於て日米親善に努力致居候河上清氏、過般帰朝の節申出候件に関し、至急御相談申上度候に付ては、歳末に際し百事御繁忙の折柄真に恐縮に存候得共、御差繰来十二日午後三時東京銀行倶楽部へ御来会被成下度候、右得貴意度如斯御
 - 第42巻 p.314 -ページ画像 
座候 敬具
  昭和三年十二月八日
               日米関係委員会
                 常務委員 渋沢栄一
                 同    藤山雷太


(阪谷芳郎) 日米関係委員会日記 昭和三年(DK420077k-0009)
第42巻 p.314 ページ画像

(阪谷芳郎) 日米関係委員会日記  昭和三年
                     (阪谷子爵家所蔵)
三、十二、十二 渋沢事務所、日米関係委員、渋沢・阪谷・頭本・河上清申出、加州日本人基教青年会建築補助(三万乃至五万円)ノ件、一月下旬米国観光団(ワシントン州約五十人同大学ガウエン教授団長)ノ件


桑港日本人基督教青年会館建築之件(DK420077k-0010)
第42巻 p.314-315 ページ画像

桑港日本人基督教青年会館建築之件     (渋沢子爵家所蔵)
 昭和三年十二月十二日(水)午後三時、渋沢事務所に於て、河上清氏申出の件に関する日米関係小委員会
  (桑港日本人基督教青年会会館建設費補助の件)
                    委員
                     渋沢子爵
                     阪谷男爵
                     頭本元貞
                    幹事
                     小畑久五郎
子爵 今日御集りを願ひましたのは此処にある摺物によつて明了でありますが、河上清氏が種々奔走して居つて、外務省側とも此問題に就て交渉し、吉田次官・小村情報部長・武富通商局長等の了解を得五千円位は出すと言はれたそうであります。桑港に於ける此運動は東京基督教青年会が今遣つて居るもの、即ちアメリカから百万円の寄附あるに日本側で六拾万円を募集せねばならないといふので、漸く四拾万円程出来て居る筈であるのと稍似て居ります。桑港の方は後参万円集れば、拾七万円が生きて働くといふのであるから、何とかして心配して遣り度いと思ふのであります。七日の銀行倶楽部に於ける松平大使招待茶会に於て、吉田次官及び武富通商局長に会ひましたから、此事を一寸話しましたが、次官は五千円位は出しますと言はれました。
阪谷男爵 此書類によると事柄は極めて明了であります。之れは作つて遣り度いものであります。又作れると思ひます。然し私共が直接に寄附者に当ることは宜敷くないと思ひます。私などは自分の為めに寄附金を募つて居るのでは勿論ないが、頻繁に願ふので近来真に遣り苦くいのであります。就ては外務省が主人側になつて寄附者と交渉をなし、実際の働は日米関係委員会で扱ふといふ事にするが、至極宜しからうと思ひます。
子爵 其れも一案であると思ひますから、私は外務次官を訪問して懇請する事に致しませう。
 - 第42巻 p.315 -ページ画像 
頭本 私も阪谷男爵と同意見で、此企図を成功さして遣り度いと思ひます。就きましては子爵を態々御煩はしするのも恐縮で御座いますから、子爵の使として、私が吉田次官を訪問する事に致しませう。
 私は同次官を能く存じて居ります。
子爵 夫れでは頭本さんに御足労を願ふ事に致します。尚ほもう一つ此処に御相談申上度い事があります。夫れはシヤトル市より来年一月廿五日頃日本へ到着する四・五十名程の観光団歓迎の件であります。
阪谷男爵 団体全体の歓迎方は日米協会に依頼することとして、日米関係委員としてはガウエン団長以下小数の人々を招待することゝすれば結構であると思ひます。
頭本 ガウエン教授には私も会つて能く存じて居ります。何れロウマン氏などより紹介状を有つて来る連中もありますから、子爵にはそういふ人々に会つて戴けば十分と思ひます。
子爵 此観光団の問題に就ても外務省側の意向を碓めて戴き度う御座います。
  ○ハーバード・エツチ・ガウエン歓迎ニ就イテハ本資料第三十五巻所収「日米関係委員会」昭和四年一月二十七日ノ条参照。


集会日時通知表 昭和三年(DK420077k-0011)
第42巻 p.315 ページ画像

集会日時通知表  昭和三年        (渋沢子爵家所蔵)
十二月廿二日 土 午後二時 桑港日本人基督教青年会館建設之件(事務所)


桑港日本人基督教青年会館建築之件(DK420077k-0012)
第42巻 p.315-316 ページ画像

桑港日本人基督教青年会館建築之件     (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、益御清適奉賀候、然ば桑港日本人基督教青年会館建設の件に関しては、已に外務省より得貴意候様承知致居候処、老生よりも篤と申上度と存候間、歳末御繁用の折柄恐縮千万に御座候得共、来る二十二日(土)午後二時麹町区永楽町二丁目一番地仲廿八号館老生事務所へ御尊来被下候はゞ難有奉存候、又御差支の場合は御代人御差出被下候様願上候、右得貴意度如此御座候 敬具
  昭和三年十二月二十日          渋沢栄一

 昭和三年十二月二十二日(土)午後二時於渋沢事務所
桑港日本人基督教青年会館建設の件
                  (太丸ハ朱書)
                   ○渋沢子爵
                   ○白仁武氏
                   ○岡橋林氏
                     代理鮫嶋竜雄氏
                   ○児玉謙次氏
                   代人トシテ本郷栄氏出席
                   ○安川雄之助氏
                 代人トシテ佐々田彰夫氏出席
                   ○三宅川百太郎氏
                  代人トシテ八巻連三氏出席
                   ○白石喜太郎
                   ○小畑久五郎
  (欄外別筆)
  尚関係委員中より基金すべき人々
  大倉男・森村男・古河男・服部金太郎氏・堀越善重郎氏
 - 第42巻 p.316 -ページ画像 
拝啓、益御清適奉賀候、然ば河上清氏申出の桑港基督教青年会館建設の件に関し、篤と申上度義有之候に付ては、拙者事務所員小畑久五郎を代人として差出候間、御多忙中恐縮ながら暫時御引見被下度候、右得貴意度如此御座候 敬具
  昭和三年十二月廿一日          渋沢栄一
    山本条太郎殿
    米山梅吉殿  各通
○下略

拝啓、益御清適奉賀候、然ば予て米国に在りて日米問題に付努力致居候河上清氏過般帰朝致、桑港日本人基督教青年館会建設費の件に付別紙甲号の通り日本に於て金五万円の寄附を得度申出候に付ては外務省当局にも御協議致、別紙乙号の回答を得候、就て彼是考慮の上、同地に支店を有する三井・三菱・住友・横浜正金並に日本郵船の代表者の参集を請ひ、種々協議の結果、各金四千円宛合計金弐万円を醵出せられることに大体相纏まり候、此外外務省の金五千円と米山梅吉氏の金壱千円、及び微力ながら老生金壱千円寄附致、金弐万七千円醵集の目算相立ち候間、せめて金参万五千円に致度切望致候に付ては、毎々御迷惑恐縮ながら、尊台に於ても金壱千円だけ御負担被成下候はゞ難有奉存候、右は甚だ失礼の申上方には候得共、事情御諒察被下度候、右等申上候為め拝趨可致とも考へ候得共、歳末百事御繁忙の際却て失礼と存じ態と差控え書中御願申上度、如此御座候 敬具
  昭和三年十二月廿四日 渋沢栄一
   男爵大倉喜七郎殿(金額ヲ金弐千円トスルコト)
   男爵森村市左衛門殿
   男爵古河虎之助殿
   服部金太郎殿     各通
   堀越善重郎殿


(森村市左衛門)書翰 渋沢栄一宛 昭和三年一二月二六日(DK420077k-0013)
第42巻 p.316 ページ画像

(森村市左衛門)書翰  渋沢栄一宛 昭和三年一二月二六日
                     (渋沢子爵家所蔵)
                   (別筆)
                   十二月廿六日入手
敬復
弥御清安奉賀候、扨桑港日本人基督教青年会館建設資金に対し、不一方御配慮之貴翰逐一拝誦、随仰越玆に別券金壱千円小切手加封申候、歳末御繁用中畏縮候へとも寄贈方可然御手数奉煩度御答兼如此御座候
                           敬具
  昭和三年十二月廿六日
                      森村市左衛門
    子爵 渋沢栄一殿


(服部金太郎)書翰 渋沢栄一宛 昭和三年一二月二六日(DK420077k-0014)
第42巻 p.316-317 ページ画像

(服部金太郎)書翰  渋沢栄一宛 昭和三年一二月二六日
                     (渋沢子爵家所蔵)
 - 第42巻 p.317 -ページ画像 
               (別筆)
               昭和三年十二月廿七日入手
               壱千円寄附承認の件
芳墨拝誦仕候、年末御多端奉拝察候、陳は桑港日本人基督教青年会館建設費中へ金壱千円也寄附之件御垂示之旨委細敬承仕候、何卒可然御取計被下候様奉願上候、不取敢奉答のミ余情拝鳳之節ニ譲り候 敬具
  十二月廿六日
                      服部金太郎
    渋沢子爵閣下


(小池実太郎)書翰 渋沢栄一宛 昭和四年一月二九日(DK420077k-0015)
第42巻 p.317 ページ画像

(小池実太郎)書翰  渋沢栄一宛 昭和四年一月二九日
                     (渋沢子爵家所蔵)
                    (別筆)
                    二月十五日入手
謹啓
陳者、閣下益々御健勝に亘らせられ、国家之為世界平和之為に御尽力遊ばさるゝは、在外之私共も感謝に堪へざる次第であります、殊に当桑港日本人基督教青年会館新築之儀に就ては、本会創立者之一人にして既に名誉顧問たる河上清氏先般帰朝之際、建築費総額参拾万円の内参万乃至五万円の募集に関し閣下の御援助を仰ぎたる処、閣下に於ては他に幾多之重大なる計画に関係せられ、日夕御多忙にして寸暇もあらせられざるに拘らず、本会之事業国家的意義ある所以を御高察被下河上氏之懇請を御容れ下されたるは、同氏今月六日着桑之節本会に関係ある日米人に報告せられたる処にて委細拝承仕り、一同感謝に堪へざる次第であります、就ては不肖不敢取本会を代表して厚く御礼を申上げ、且つ将来も引続き御指導を御願ひ致したいのであります
末筆乍ら邦家之為御自愛を祈り奉ります 敬白
  昭和四年一月廿九日         小池実太郎拝
    渋沢子爵閣下


(河上清) 書翰 小畑久五郎宛 一九二九年三月一九日(DK420077k-0016)
第42巻 p.317-318 ページ画像

(河上清) 書翰  小畑久五郎宛 一九二九年三月一九日
                     (渋沢子爵家所蔵)
          3729 Morrison Street
           Washington D.C.
                   March 19, 1929
Mr. K. Obata
  Tokyo, Japan.
My dear Obata
  Since I arrived in Washington on January 10 I have often tried to write you to thank you for the assistance you so kindly extended to me during my stay in Tokyo, but owing to work accumulated during my long absence I have been forced to forego the pleasure of writing to my friends in Japan.
  Upon my arrival in San Francisco I reported to both the American and Japanese committees of the arrangement which had been made in Tokyo through the kindness of Viscount
 - 第42巻 p.318 -ページ画像 
 Shibusawa. Undoubtedly the committees have already written to the Viscount conveying their appreciation of what he has done for the Japanese Y.M.C.A. I hope that the task of raising the necessary fund through Viscount Shibusawa's good offices has by now been finished, and I wish to thank both the Viscount and you for coming to my rescue when I was almost at my wits' end as to the raising of the fund.
  ………………
  Again thanking you for your kindness, I am
           Yours very sincerely,
                 河上清(署名)
(右訳文)
                 (別筆)
                 四月十八日申上済
 東京市               (四月十二日入手)
  小畑久五郎様
                   華府
    一九二九年三月十九日        河上清
拝啓、益御清適奉賀候、然ば小生事去る一月十日当華府帰着以来、滞京中一方ならぬ御援助に対し御礼申上度幾度か執筆せんと試み候得共永らく留守致候為め雑務堆積、従つて在日本の友人諸君に対し御通信申上兼候次第、不悪御了承被下度候
渋沢子爵の御厚意に依り東京にて取極め由候件は、小生桑港到着の際日米両委員に報告仕候、定めし右委員より子爵が日本人基督教青年会のため御尽力被成下候儀につき、子爵閣下に対し感謝状差上候事と存候、資金募集の儀は、渋沢子爵の御配慮に依り既に完了致候事と信じ右資金募集に関し小生殆ど万策竭き為す処を知らざる急場に差迫り、御救援を蒙り候子爵及び貴下に対し奉深謝候
○中略
右御礼旁得貴意度如此御座候 敬具


桑港日本人基督教青年会館建築之件(DK420077k-0017)
第42巻 p.318 ページ画像

桑港日本人基督教青年会館建築之件     (渋沢子爵家所蔵)
                    (別筆)
                    三月廿七日入手
拝啓、益御清適奉賀候、然ば予て拝願申上候桑港日本人基督教青年会会館建設費補助金の義、此程先方より送金方請求有之候に付、取纏め送金致度と存候間、御手数恐縮に存候得共、御寄附額壱千円麹町区永楽町二丁目一番地渋沢事務所へ御払込被下度候
右得貴意度如此御座候 敬具
  昭和四年三月二十七日
                      渋沢栄一
    子爵渋沢栄一殿


桑港日本人基督教青年会館建築之件(DK420077k-0018)
第42巻 p.318-319 ページ画像

桑港日本人基督教青年会館建築之件     (渋沢子爵家所蔵)
    受領書
一金弐万参千五百円也
 - 第42巻 p.319 -ページ画像 
右ハ桑港日本人基督教青年会々館建築費補助寄附金トシテ受領仕候
  昭和四年四月十九日
             外務省通商局長 武富敏彦(印)
    子爵渋沢栄一殿


(河上清)書翰 小畑久五郎宛 一九二九年四月一三日(DK420077k-0019)
第42巻 p.319-320 ページ画像

(河上清)書翰  小畑久五郎宛 一九二九年四月一三日
                     (渋沢子爵家所蔵)
          3729 Morrison Street
           Washington, D.C.
                   April 13, 1929
Mr. K. Obata,
  Viscount Shibusawa's Office,
  Tokyo, Japan.
My dear Mr. Obata :
  I am again writing to inquire what progress has been made in Viscount Shibusawa's efforts to raise the fund for the San Francisco Y.M.C.A. building. I am informed that the San Francisco committee have already purchased a site for the building and have engaged an architect, but that they are not able to commence work on the building until they know how much money they can expect from Japan. They have had to sign a building contract in order to save the $100,000 promised by Dr. Mott and other Americans. They would have lost this fund if they had not signed a contract. Having signed the contract they cannot wait much longer to commence building.
  I know that Viscount Shibusawa has been doing his best in raising the fund and I have no doubt that the fund will in due time be sent to San Francisco. But I shall be deeply indebted to you if you will kindly write to Mr. Richard R. Perkins, General Secretary of the San Francisco Y.M.C.A., and tell him about how much he may expect from Japan and about when he may expect to receive it.
  Kindly convey my highest esteem and kindest regards to the Viscount. Hoping to hear from you, I am
           Yours very sincerely,
                 河上清(署名)
(右訳文)
       (別筆)
       此書面と行違ひに本件に関して発信せし為め、本書面に対しては別に回答せず
 東京市                  (五月三日入手)
  小畑久五郎様
                   華府
    一九二九年四月十三日        河上清
拝啓、益御清適奉賀候、然ば桑港基督教会館建築資金募集に関する渋沢子爵の御尽力は如何なる程度迄進捗致居候哉、恐縮ながら再度御伺
 - 第42巻 p.320 -ページ画像 
ひ申上候、桑港委員は既に建築敷地を購入し、且つ建築技師を傭聘致し候得共、日本より送金額を確知せざる中は、建築工事に取り掛る事不可能なる由承り候、予而条件附を以てモツト博士及び其他の米国人より寄附の約束を受けたる拾万弗を有効ならしむるため、建築契約締結の余儀なきに立至り候、而して同契約を締結したる上は、建築着手を永く遷延する訳にも参らざる由に御座候
渋沢子爵閣下には該資金募集に最善の努力を賜はりし事と存じ、軈て資金も桑港に御送附有之候事と確信仕候得共、貴下より桑港基督教青年会幹事長リツチヤード・アール・パーキンス氏に、日本より送付の金額及び時期等御一報被下候はゞ誠に難有奉存候
子爵閣下へは貴下より宜しく御上聞被下度候
右得貴意度如此御座候 敬具


(小畑久五郎)書翰控 河上清宛 昭和四年四月三〇日(DK420077k-0020)
第42巻 p.320 ページ画像

(小畑久五郎)書翰控 河上清宛 昭和四年四月三〇日
                     (渋沢子爵家所蔵)
 ワシントン市
  河上清様               小畑久五郎(印)
拝啓、益御健勝の段賀し上げます。○中略 三月十九日御認めの御書面正に落手拝見致しました。又翻訳の上子爵の御目にかけました。子爵よりよろしく申上ぐる様にとの御申聞けがありましたから、御伝へ致します。尚又例の募金の事に就きましては、子爵も是非三万円額に達せしめ度しとの御希望でしたが漸く弐万参千五百円に達したのみで、子爵も聊か遺憾の意を表されました。此旨を愛兄へ御伝へする様にとの事です。右弐万参千五百円は去る十九日小生持参、武富通商局長に御渡し致しました。同局長の配慮により、桑港の当局へ送金して戴くことになつております。
○中略
右御回答申上ます。 敬具
  昭和四年四月三十日


桑港日本人基督教青年会館建築之件(DK420077k-0021)
第42巻 p.320-321 ページ画像

桑港日本人基督教青年会館建築之件     (渋沢子爵家所蔵)
                     (別筆)
                     五月八日入手
拝啓、陳者桑港日本人基督教青年会々館建築資金募集ノ件ニ付テハ、予々渋沢子爵ノ御配慮ヲ煩ハシ居候処、子爵御斡旋ノ結果総額弐万参千五百円也ノ寄附醵金纏マリタル趣ヲ以テ、右先般当方ヘ御送達有之依テ早速在桑港井田総領事ニ対シ、別紙甲号写ノ通リ打電通報致スト共ニ右金額ニ対スル邦貨為替別紙乙号写公信ヲ以テ送付致置候条、委細別紙ニテ御了知相煩度ク、此段御尽力ニ対シ表謝旁得貴意候 敬具
  昭和四年五月四日
                    武富外務省通商局長
    小畑久五郎殿
(別紙甲号)
    田中外務大臣発在桑港井田総領事電報
               発電昭和四年四月二十三日
 - 第42巻 p.321 -ページ画像 
第二六号
桑港日本人基督教青年会館建築資金ノ件ニ関シ、渋沢子爵ノ手ニテ取纏メラレタル総額弐万参千五百円也、円貨為替ニテ近日郵送ス、尚本件寄附金ハ本邦ニ於テハ右以上ハ最早絶対不可能ナルニ付、其旨関係者側ニ可然御伝置アリタシ、寄附内容左ノ如シ、三井物産四千円、三菱商事四千円、日本郵船壱千五百円、白仁武弐千円、児玉謙次壱千円米山梅吉壱千円、森村男爵壱千円、服部金太郎壱千円、住友銀行壱千円、古河男爵壱千円、渋沢子爵壱千円、無名実業家五千円
(別紙乙号)
通三機密第六三号
  昭和四年五月二日     外務大臣 男爵田中義一
在桑港
    総領事 井田守三殿
  桑港日本人基督教青年会々館建築寄附金送付ノ件
往電第二六号ヲ以テ申進置タル貴地日本人基督教青年会々館建築寄附金総額弐万参千五百円也、別紙邦貨為替ヲ以テ玆ニ送付ス、尚別紙寄附者(無名実業家ヲ除ク)ニ対シテハ貴地関係者側ヨリ至急受領書ヲ差出ス様可然御配慮アリタシ、為念申添フ
(別紙)
  桑港日本人基督教青年会会館建築費補助寄附
一金五千円也                           無名実業家
一金四千円也                           三井物産会社
一金四千円也                           三菱商事会社
一金参千五百円也 但シ弐千円ハ白仁社長個人、壱千五百円ハ会社寄附 日本郵船会社
一金壱千円也                           児玉謙次
一金壱千円也                           米山梅吉
一金壱千円也                        男爵 森村市左衛門
一金壱千円也                           服部金太郎
一金壱千円也                           住友銀行
一金壱千円也                        男爵 古河虎之助
一金壱千円也                        子爵 渋沢栄一
 合計金弐万参千五百円也