デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
4節 キリスト教団体
5款 其他 4. 東京三崎会館
■綱文

第42巻 p.324-328(DK420079k) ページ画像

 --


■資料

(増田明六) 日誌 昭和二年(DK420079k-0001)
第42巻 p.324 ページ画像

(増田明六) 日誌  昭和二年      (増田正純氏所蔵)
五月四日 水 雨                  出勤
○上略
本日の来訪者
1、斎藤惣一君 ○中略アキスリング博士経営事業資金援助ニ関する件ニ付き協議した
○下略


(増田明六)書翰 森村開作宛 昭和二年七月一五日(DK420079k-0002)
第42巻 p.324-325 ページ画像

(増田明六)書翰  森村開作宛 昭和二年七月一五日
                     (森村男爵家所蔵)
拝啓、時下炎暑日々相加ハり候処御障も無之御清適之段奉賀上候○中略 次ニ毎々懇願之義申出恐入候へ共、三崎会館を経営致居候アキスリング氏、同館事業経営之資金を中井銀行ニ預け入置候処、支払停止と相成候為め、本年度費用中千五百円不足と相成、其支出ニ窮し居候を、斎藤惣一君大ニ同情して、之を貴台と渋沢子爵とニ縋りて御補助願度とて来談有之候、多分貴台へハ斎藤氏より懇願申出候事と存候が、同氏ハ目下太平洋問題研究会之為ニホノルヽニ出張致居候為、如何願出居候哉不明ニ候処、此程アキスリング氏来訪にて、貴台へ拝願ニ出て差支無き哉と相談有之候ニ付、小生より一応貴台へ御尋致候上参上致候方宜しからんと申聞けたる次第ニ御坐候間、勝手之御願ニハ候へ共御差支無き折右アキス氏御引見被下、委細之事情御聞き糺し、金七百五拾円御補助被下間敷候哉、幸ニ御引見被下候ハヽ同氏早々伺ハせ候事ニ可仕候間、何卒御都合御回示被下度候、尚渋沢子爵ニハ七百五拾
 - 第42巻 p.325 -ページ画像 
円丈補助せられ候、先ハ尊翰御受旁申上度匆々如此御坐候 拝具
  (三字別筆)
  昭和二、七月十五日           増田明六
    森村男爵様
        侍史

芝区高輪南町 森村男爵様
封 事務所印 増田明六

(前文返書草稿)
拝復、御清栄奉賀候、○中略 三崎会館経営費一条ハ御説明ニ因リ事情判明候間、此炎暑の砌別段アキスリング氏に会見の要も可莫之被存、従仰越玆に半額分担金七百五拾円別券小切手封中申候、何卒右同館へ寄贈方此上御手数相煩し度、御答旁以上御依嘱如此御座候 敬具
  昭和二年七月十六日
                       森村開作
   渋沢事務所
    増田明六様
  ○中井銀行ハ昭和二年春ノ金融恐慌ニ休業シ、他ノ十二行ト共ニ昭和銀行ニ合併セラル。本資料第三編第二部実業・経済第一章金融所収「中井銀行」ノ条参照。


(増田明六)書翰 森村開作宛(昭和二年)七月一六日(DK420079k-0003)
第42巻 p.325 ページ画像

(増田明六)書翰  森村開作宛(昭和二年)七月一六日
                     (森村男爵家所蔵)
拝啓、時下益御清適奉賀候、然ハ過日書中拝願仕候アキスリング氏事業援助の件ハ早速御快諾にて、炎暑之折参上ニ及ばすとて、特ニ小切手を以て金七百五拾円御遣し被下難有正ニ拝受仕候、直ニ尊意同氏ニ相伝ハせ安心為致可申候○中略
先ハ不取敢御礼申述度、書中匆々如此御坐候 拝具
  七月十六日
                      増田明六
    森村男爵様
森村男爵様 侍史
封 事務所印 増田明六

 - 第42巻 p.326 -ページ画像 

(ウィリアム・アクスリング)書翰 小畑久五郎宛 一九二五年一〇月一六日(DK420079k-0004)
第42巻 p.326-327 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

(小畑久五郎) 書翰控 ウィリアム・アクスリング宛 一九二五年一〇月二六日(DK420079k-0005)
第42巻 p.327 ページ画像

(小畑久五郎) 書翰控  ウィリアム・アクスリング宛 一九二五年一〇月二六日
                     (渋沢子爵家所蔵)
               (COPY)
                   K. Obata
                   Viscount Shibusawa's Office
                   2 Kabutocho, Nihonbashiku,
                   Tokyo.
                    October 26 1925
Dr. William Axling
  4 Itchome, Misakicho, Kanda.
Dear Dr. Axling :
  Your esteemed letter of the 16th inst., was duly to hand and I thank for it. Its translation was submitted to him. He requests me to tell you in my reply to your note that as he is in the stage of convalescence and getting old, he can not definitely promise to be present at the function of the 14th November, However, it will be well for you to call on, and remind him of the services on that day.
  Trusting that your trip to the North was successful I beg to remain,
            Very cordially yours,

               Secretary, Viscount Shibusawa.
  ○ウィリアム・アクスリングニ就イテハ、本資料第三十四巻所収「日米関係委員会」大正十四年九月二十六日及ビ大正十五年三月九日ノ条参照。



〔参考〕外国係往復書(二)(DK420079k-0006)
第42巻 p.327-328 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。