デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
5節 修養団体
1款 財団法人竜門社
■綱文

第42巻 p.662-668(DK420110k) ページ画像

大正7年12月17日(1918年)

是ヨリ先、是月七日、当社評議員会、築地精養軒ニ於テ開カレ、栄一出席ス。次イデ是日、当社第六十回秋季総集会、飛鳥山邸ニ於テ開カル。栄一出席シテ演説ヲナス。


■資料

竜門雑誌 第三六五号・第七〇頁 大正七年一〇月 ○本社評議員会(DK420110k-0001)
第42巻 p.662-663 ページ画像

竜門雑誌 第三六五号・第七〇頁 大正七年一〇月
    ○本社評議員会
 本社に於ては、十月七日午後五時より、築地精養軒に於て評議員会を開きたり、評議員会長阪谷男爵、会長席に着きて開会を宜し、幹事八十島親徳君、左の議案を報告せり。
 第一号議案 本社会員入会諾否の件。
 第二号議案 本社秋期総集会開催の件。
  一会場  青淵先生別邸曖依村荘。
  一時日  十月廿七日午前十時開会。
  一講演及諸般設備 幹事一任の事。
右議案は順を追うて会議に諮りたるに満場一致を以て全部原案通り可決して評議員会を終り、次いで別室に於て晩餐会あり、食後工学博士渋沢元治君の米国視察談ありて、散会せるは午後十時頃なりき、当夜の出席評議員及関係者は即ち左の如し。
  青淵先生
    現評議員
  石井健吾君     穂積重遠君
  土肥脩策君     尾高次郎君
  大川平三郎君    植村澄三郎君
  八十島親徳君    山口荘吉君
 - 第42巻 p.663 -ページ画像 
  明石照男君  男爵 阪谷芳郎君
  佐々木勇之助君   清水釘吉君
  諸井四郎君
    前評議員
  斎藤峰三郎君    諸井恒平君
  清水一雄君     山田昌邦君
  服部金太郎君    佐々木慎思郎君
  高根義人君     井上公二君
  渋沢義一君     竹山純平君
  渋沢元治君
    会員
  渋沢武之助君    渋沢正雄君
  渋沢秀雄君     横山徳次郎君
  増田明六君     白石喜太郎君
  利倉利吉君     田中太郎君
  矢野由次郎君


竜門雑誌 第三六六号・第四七―四九頁 大正七年一一月 ○竜門社秋季総集会(DK420110k-0002)
第42巻 p.663-666 ページ画像

竜門雑誌 第三六六号・第四七―四九頁 大正七年一一月
    ○竜門社秋季総集会
 本社に於ては、十月廿七日午前十時より、例に依り飛鳥山曖依村荘に於て、第六十回秋季総集会を開きたり。前夜来風雨頻にして、到底予定の場所に於て開会すること能はず、俄に模様替を為し、講演場は男爵邸の大広間に、又園遊会場は総集会場の天幕内に移すことゝなり朝来その設備に忙殺されぬ。降雨猶未だ歇まず、来会者如何あらんかと気遣ひたるに、午前十時頃には既に百数十名に達し、軈て設備も悉く整ひたるを以て、同十一時講演会を開けり、評議員会長阪谷男爵開会の辞を述べて曰く
    阪谷評議員会長の挨拶
  評議員会長として皆様に御挨拶を申上げて置きます。只今から第六十回総集会を開きます。明年の春季総集会は、竜門社の総集会の数から申しますれば丁度還暦に当りますので、皆様と共に盛大なる会を催したいと予期致して居ります。今日は諸般の設備が、庭園に於て会員諸君相会合して、秋光を賞するといふ催でありましたが、生憎雨天のために其目的を達することを得ませぬのを遺憾と致します。それがために急に会場を変更致します等の事よりして、非常に時間が遅れました。是も悪しからず御了承を願ひます。
  此際に一言申上げて置きたいのは、白耳義のブラツセルの恢復がモウ近々の中にありますと考へますので、白耳義国民は何等の罪無くして、独逸の無法なる又暴戻なる侵略を被つた。之に対して自由と独立との為に、五年に亘りまして、不屈不撓の精神を以て戦つた今や将に其国都を恢復せんとするに至りましたことは、大和魂に富める吾々日本国民として、洵に同情の祝賀に堪へぬのです。就きましては、ブラツセルの恢復の日を以て、全国一般国旗を掲揚して祝賀の意を表するといふやうな催もあるやに聞及びましたが、我が竜
 - 第42巻 p.664 -ページ画像 
門社は彼の白耳義の如き不屈不撓の精神を尊しとして、成立つて居る社団でございますから、白耳義で国都恢復の快報を得ました時には、相当な方法を以て、白耳義の公使館に、祝賀の意を表したいといふ考を持つて居りますが、是は未だ先刻来幹事とも打合す暇がございませぬ。皆様別に御異存の無いことゝ考へますので、当日鰹節に角樽といふ日本式の祝賀の品物を持つてゞも、或は幹事が白耳義の公使館を訪うて、日本国民の禁じ能はざる愉快の誠心を呈して、日本国民の伝来式精神の一端を表したいといふ考でございます。其辺の所は幹事に御一任を願つて置きます。
  是より福田先生の「来るべき講和と世界経済の将来」といふ題目に付ての御講演がございます。尚其後に青淵先生の御訓話がございます。それが畢りましてから、例年の通りに、庭園でお弁当を差上げます筈でありますが、雨の降りましたがために、場処の不便もございますが、御寛りと御談話なり、又余興もありますさうでございますから、どうぞ御緩り御覧下さるやうに致したうございます。一言評議員会長として御挨拶を申上げます。(拍手)
 次に法学博士福田徳三氏の「来るべき講和と世界経済の将来」と題する雄渾卓抜の講演あり、最後に青淵先生には、早稲田大学創立記念祝典参列の時間迫れりとて、簡単に挨拶旁々一片の訓辞に止めて退席せられ、是れにて講演会を終りて園遊会に移れり。
 折柄雨も少歇みとなり、会員は思ひ思ひに生麦酒・煮込・燗酒・天麩羅・蕎麦・寿司・団子・甘酒の露店を狩りつゝ、陸軍戸山学校軍楽隊の奏楽、鈴木義豊一行の自転車曲芸及コミツク、松旭斎一光一座の西洋曲芸及奇術・魔術の余興に、日頃の労苦を慰めたるは、蓋し両手に花の歓ありしなるベし、当日の来会者諸君は左の如し。
△来賓
 青淵先生  法学博士 福田徳三君
△特別会員(いろは順)
 伊藤登喜造君  伊東祐忠君   石川道正君
 一森彦楠君   萩原源太郎君  林武平君
 原胤昭君    西田敬止君   新原敏三君
 星野辰雄君   堀越善重郎君  堀内明三郎君
 土肥修策君   戸村理順君   利倉久吉君
 大橋光吉君   尾高幸五郎君  尾高次郎君
 岡本忠三郎君  渡辺嘉一君   片岡隆起君
 川田鉄弥君   川島良太郎君  吉野浜吉君
 横山徳次郎君  吉池慶正君   吉田芳太郎君
 横田好実君   竹田政智君   高橋波太郎君
 滝沢吉三郎君  高橋金四郎君  塘茂太郎君
 植村金吾君   浦田治郎君   野口半之助君
 矢野由次郎君  山本徳尚君   山口荘吉君
 山田敏行君   簗田𨥆次郎君  矢島俊吉君
 八十島親徳君  山中善平君   八十島樹次郎君
 町田豊千代君  松平隼太郎君  松谷謐三郎君
 - 第42巻 p.665 -ページ画像 
 増田明六君   明石照男君   安達憲忠君
 佐藤正美君   斎藤章達君   白石甚兵衛君
 清水釘吉君   芝崎確次郎君  渋沢治太郎君
 白岩竜平君   渋沢正雄君   白石喜太郎君
 肥田英一君   弘岡幸作君   諸井四郎君
 持田巽君    鈴木紋次郎君  鈴木善助君
 鈴木金平君   鈴木清蔵君
△通常会員(いろは順)
 市川武弘君   伊沢鉦太郎君  石井与四郎君
 伊藤寛治君   石田豊太郎君  井田善之助君
 磯村十郎君   井出敏夫君   飯沼儀一君
 板野吉太郎君  板倉甲子三君  家田政蔵君
 岩本寅治君   林興子君    原梅三郎君
 原久治君    伴五百彦君   西正名君
 堀家照躬君   堀口新一郎君  東郷郁之助君
 落合太一郎君  岡崎寿市君   奥川蔵太郎君
 太田資時君   織田槙太郎君  大須賀一郎君
 渡辺轍君    渡辺雄馬君   河崎覚太郎君
 金古重次郎君  鹿沼良三君   金子四郎君
 金沢弘君    横尾芳次郎君  高橋静次郎君
 俵田勝彦君   田島昌次君   高橋森蔵君
 武笠達夫君   高橋毅君    田淵団蔵君
 武沢顕二郎君  田子与作君   高橋毅一君
 塚本孝二郎君  蔦岡正雄君   根本源一君
 長井喜平君   永田市左衛門君 中山輔次郎君
 長宮三吾君   上田彦次郎君  黒沢源七君
 熊沢秀太郎君  久保幾次郎君  久保田録太郎君
 国枝寿賀次君  九里真一君   八木仙吉君
 山村米次郎君  山本宣紀君   山下三郎君
 山口乕之助君  松村修一郎君  松本幾次郎君
 吉田元清君   藤木男稍君   藤井信二君
 小林茂一郎君  小島鍵三郎君  小山平造君
 小林武之助君  河野間瀬次君  古作勝之助君
 安部藤蔵君   有田秀造君   阿部久三郎君
 青木寛君    阪谷俊作君   佐野金太郎君
 斎藤又吉君   木村弘蔵君   木村金太郎君
 北脇友吉君   木下憲君    湯浅孝一君
 御崎教一君   箕輪剛君    塩川薫君
 平塚貞治君   関口児玉之輔君 鈴木源次君
 鈴木房明君   鈴木豊吉君   鈴木富次郎君
 鈴木正寿君   鈴木勝君
 尚ほ当日の総集会費中に金円を寄附せられたる諸氏左の如し。玆に録して厚く諸君の御高誼を感謝す。
 一金弐拾円也       阿部吾市君
 - 第42巻 p.666 -ページ画像 
 一金拾円也        今井又治郎君
 一金拾円也        大川平三郎君
 一金拾円也        神田鐳蔵君
 一金拾円也        白石元治郎君
     以上


青淵先生演説速記集(二) 自大正七年十月至大正十年四月 雨夜譚会本(DK420110k-0003)
第42巻 p.666-668 ページ画像

青淵先生演説速記集(二) 自大正七年十月至大正十年四月 雨夜譚会本
                     (財団法人竜門社所蔵)
                (別筆)
                大正七年十月廿七日
                於竜門社秋季総集会席上
    青淵先生の演説
今日の竜門社の総会は天気の悪いために、甚だ折角の皆様の尊来が、大に興味を減じましたのを遺憾に存じます。私は何時も此会には愚見を述ぶるを例として居りますから、お話をしやうと考へて居りましたが、丁度悪い都合で、今日は早稲田大学の三十五年の記念式を挙行するといふので、私に一場の話をせよといふ注文を受けまして、大抵一時頃迄には此処が済まうといふ積りでありましたから、必ず出るといふことを約して置きました。然るに今朝の雨からして場処を変更する等の関係を以て、大に時間が遅れましたために、甚だ時期が切迫しましたから、どうも十分に愚見を申述ぶることが出来ませぬ。此時間の迫りましたのは、私のお話をするのを頗る妨ぐるのみならず、又諸君の御空腹を大に思ひ遣らねばならぬといふこともあるやうでございます。旁々以て爰にお話をすることは、極く簡単に致しますが、どうぞそれは御用捨を願ひます。
只今福田博士の所謂大演説と申しても宜からう。英吉利のホルデーン子爵とか仰しやつた――此人の演説は経済に係つた演説のやうに承知しましたが、福田博士のは、寧ろ政治経済を併せた御演説のやうに思ひます。諸君と共に拝聴して、甚だ其意志の大きい所、又目指して居る所が極く緊要な所に触つて居ると伺はれます。私は悉く廉々に対して評論・称讚の辞を加へたうございますけれども、時の無いのを残念に思ひます。唯諸君と共に、右様な実に趣味有る、大に未来の注意を御与へ下さる、大演説を伺つたことを感謝するものであります。
私が、今申上げたいと思ふ事は、福田先生の御考の如く、戦争も軈て終熄に立至るであらうが、其後は何うなるであらうか。此経済上よりは再び斯様な惨禍の生ぜぬやうなる方法が、どうかして講じ得られぬ《(るカ)》ものではなからうか。斯る事柄は約めて申せば、どうしても是は政治界の問題である。或は宗教界・教育界等の問題であらうから、吾々経済界のみの人が左様考へても、決して望み得るものではなからうけれども、さりながら経済界の者が考へぬでも宜い、言はぬでも宜いとは申されない。矢張り吾々も希望しなければならぬ。福田先生の独逸のカイゼルに対してのお話は、或は国民に其希望が多かつたために、同カイゼル一人の貪戻が、今度の戦を起したのではなからうと仰しやつた。或は然らんか知らぬけれども、往古の聖賢の言葉に依ると「一人貪戻なれば一国乱を作す。其機此の如し。此を一言事を僨り一人国を
 - 第42巻 p.667 -ページ画像 
定むと謂ふ。」と大学の本文にあります。今度の此大戦乱は、一人若くは一箇国の貪戻にして、他を暴圧しやうといふのを、それはならぬといふ結果が、斯の如き大戦乱を惹起したと観ると、中々に是から先に、さういふ人が必ず起らぬとも言へぬのである。以前の奈破翁などは、寧ろ英雄的に世界を併呑したいと思つたらしいが、独逸の経営はもう少し執念深い。経済的にまでも併呑しやうといふ事は、どうしても世の中が之を許さぬといふことになる。私が始終竜門社などで申すのには、世の中の人類は皆平等にはいかぬ。併呑といふ心は悪いけれども、又必ず平等といふことは期し難い。優勝劣敗は人類として免れぬけれども、弱肉強食は必ず忌むべきものである。否な忌むどころではない、撲滅しなければならぬものである。是は政治家も考へなければならぬが、亦実業家も考へなければならぬ。実業家が弱肉強食を屡屡やりたがる。現在日本のみならず、英吉利にも亜米利加にも、弱肉強食が行はれて居る。若し将来真に国際関係を平和たらしむるならば其優勝劣敗に止めて、弱国強食の貪戻を防ぐの方法がなければいかぬそれは宗教でやるか、道徳でやるか、政治でやるか、軍力でやるか、何れさういふやうなものゝ幾つもの必要があるではなからうか。併し其必要の中の最も重いのは、私は矢張経済界の希望が、何時も今日は余計に其原因を成すではなからうか。従来は卒知らず、是から先はどうも国の戦争が、多くは利益より戦争が段々強くなつて来るやうに思ふ。斯う考へますると、此大乱終熄後の平和を希望するに付て其一番の要件は何んであるかと云ふと、私が常に謂うて居る。道徳経済の合一が果して行はれるならば、之を終熄することが出来ると言ひ得るであらうと思ふ。併ながら、唯道徳経済の合一と言つても、個人々々の考では、単に今の一人の貪戻な人が出て是が僨やれたならば、之を妨ぐには実業界の人ばかりでは出来ますまいが、併ながら、国際聯盟といふものが出来て、国際間に或る一の強い万国公法のやうなものが若し行はれたとしても、経済界の間の弱肉強食が段々行はれるやうになつたならば、遂に政治家を動かして、又或る堤が此虐政のために崩れるといふことが必ず無いとも言はれぬ。斯く考へますと本を正さにやいかぬ。それが一つは精神上、宗教の力もございませうが、もう一つ肝腎なのは、実業界の行為が、道理ならでは富を求めぬ。富を求めるには必ず仁義に依るといふことが、世界に強く行はれるやうなことになつたならば、玆に初めて黄金世界が現はれるであらうと思ふ。
経済の有様は、他の国々も我が日本も、実に所謂有史以来の大戦乱ならば、有史以来の大変劇である。斯る大変劇は繰返すべき歴史が無いかも知らぬ。歴史は繰返すといふが、既往に有る事ならば、学者が古い歴史に依つて、斯ういふ有様は斯くなるといふ事の指示も、出来るだらうと思ひますけれども、如何に福田先生と雖も、古来未だ曾て無い事であつたならば、如何に之を処置して宜いかといふことは、歴史は繰返すといふ事だけを以て、御言ひなさることは出来得ないだらうと考へます。今日は恰も高天原に神留つて、神集へに集つて、神謀りに謀らなければならぬ如き有様と申しても、過言ではなからうと思ふ併し私は今申します如く、どうしても人間が道理を重んずるといふこ
 - 第42巻 p.668 -ページ画像 
とでなければ、人類の平和は保てないと思ひます。若し一人の暴戻が全世界の動乱を為し得たとするならば、或は私の言葉が独逸のカイゼルを誣ふることになるかも知れませぬけれども、現に古聖賢が一人貪戻なれば一国乱を作すといふ事を、格言として謂はれて居ります。若し果して然うなれば、此竜門社の吾々多数が、真に道徳経済合一論を押立てゝ実行するならば、或は其気脈が日本全体に通ずる。否な更に進んで、之を世界に普及せしむることが出来ぬことはなからう。縦しやそれが出来ぬとしても、さう思ひたいと思ふのであります。経済界の将来は、福田先生の御説に依つて、大に注目しなければならぬといふことは、実に然りであります。殊に貨幣制度或は経済の発展等に付て、甚しきは松方さんの御心配に比較して、私などが会社組織等に力を尽したいといふ事を御称讚を戴きまして、甚だ感謝に堪へませぬが併ながら、道徳経済の真の一致は、甚だ望み難いのを遺憾と致すのであります。爰に御集りの方々も、其点は実際に苦んで居る事であるから、どうぞ今申します事は、唯一場の空談と御聴き下さらずに、十分の御抱負を持つて、是非之を実行せしむるやうに御力添を乞ひます。是で御免を蒙ります。(拍手)


中外商業新報 第一一七〇四号 大正七年一〇月二八日 ○竜門社秋季会 廿七日曖依村荘(DK420110k-0004)
第42巻 p.668 ページ画像

中外商業新報 第一一七〇四号 大正七年一〇月二八日
    ○竜門社秋季会
      廿七日曖依村荘
竜門社第六十回秋季総会は、廿七日午前十時、飛鳥山曖依村荘に於て開会す、阪谷男爵の挨拶に次で、法学博士福田徳三氏は「来るべき媾和と世界経済の将来」と題し、講演して曰く
○中略
次で渋沢男は、恰も早稲田大学記念講演に臨むベく時間切迫したりとて、簡単に演説して曰く
 如何にせば世界をして、再び戦争の惨禍より免れしむる乎が、最も緊切の問題たり、素より人類は平等に何事も進み能はざるは言ふ迄もなけれど、弱肉強食丈けは断じて撲滅せざる可らず、要は道徳・経済・法律によりて、或程度迄の保障は之を得べけむも、遡つて其本を正さゞれば能はず、宗教・道徳並に経済・法律よりも、道理に叶はざるの富を求むる事を差控へざれば、根本的の平和は保障するを得ず、道理を重んずる事、是何よりも人類永久の平和に於て必要也
終つて園遊会に移り、陸軍戸山学校軍楽隊の奏楽、鈴木義豊一行の自転車曲芸及コミツクと松旭斎一光其他の西洋曲芸・奇術・魔術あり、午後三時散会したり、当日の来会者は、阪谷男を始め、尾高幸五郎・町田豊千代・堀内明三郎・八十島親徳・吉池慶正氏等百数十名なりき