デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
5節 修養団体
1款 財団法人竜門社
■綱文

第43巻 p.233-236(DK430022k) ページ画像

大正15年11月24日(1926年)

是日、当社第七十五回会員総会、日本工業倶楽部ニ於テ開カル。栄一出席シテ演説ヲナス。


■資料

竜門雑誌 第四五九号・第八五頁大正一五年一二月 ○本社第七十五回会員総会(DK430022k-0001)
第43巻 p.233 ページ画像

竜門雑誌  第四五九号・第八五頁大正一五年一二月
○本社第七十五回会員総会 十一月廿四日(水)午後五時より、日本工業倶楽部に於て、本社第七十五回会員総会を開催す。出席会員二百二十余名、定刻、阪谷理事長病気欠席の為、佐々木評議員会長代つて開会の辞を述べ、次で講演に移る。法学博士福田徳三氏の『日本の人口増加に関する労農国識者の見解』と題し、約二時間に亘る有益なる講演あり、本講演は、博士が他日自ら論文を綴りて外国に於て公表せらるゝものにして、其以前、特に本社会員の為めに発表せられたるものなり。終つて、青淵先生には、久し振りに出席したるを喜ばれたる後、尽瘁せられつゝある国際聯盟協会並に対支文化事業に関する感想を陳べられて、講演を終り、佐々木評議員会長の閉会辞ありて、引続き晩餐に移り、宴後余興の活動写真、アンデレーフ原作、ロンチエニー主演『殴られる彼奴』の映写あり、和気靄々裡に十時散会したり。


竜門雑誌 第四六〇号・第八二―八五頁昭和二年一月 青淵先生説話集 竜門社総会に於ける挨拶(DK430022k-0002)
第43巻 p.233-235 ページ画像

竜門雑誌  第四六〇号・第八二―八五頁昭和二年一月
  青淵先生説話集
    竜門社総会に於ける挨拶
 久々で竜門社の大会に参上致して、皆様に御目に懸かることを、此上もない愉快に存じます。特に申上げます問題はないので、況や余り時間もないやうでございますから、唯先づ無事で居ると云ふことを、此顔をお目に懸けて、御安心を乞ふと云ふに過ぎませぬ。唯今福田博士の云はれた、最も日本に於て注意し攻究せねばならぬ問題に付て、当の敵と云ふ言葉は穏当でないが、露西亜の人々と御討論になつた顛末は、どうもマルクスの学問のない私等には、少し能く理解し能ひませぬけれども、洵に段々に説去り説来つた有様を伺つて、追々発明し得られるかと思ふのであります。諸君と共に、重要な御講演を伺つたことを、深く喜ぶのでございます。私は爾来稍達者で、当年は余り患
 - 第43巻 p.234 -ページ画像 
ひも致しませぬ。併し相変らず、唯雑務に追廻されて居るだけですから、なかなか新らしい発明なり、意見等も出ませぬので、始終あつちこつちと、種々の事に奔走して、日を送つて居るに過ぎませぬけれども、もう皆様御承知の通りに、来年は米寿を迎へるやうになりますので、先づ稍々丈夫だと申上げ得るかと思ひます。頃日来あれこれと奔走しましたことをば、皆あり振れたことながら、一・二申上げて、斯の如く達者ですから御安心下さいませと、唯自分が丈夫の御披露をする外、変つた御報告はないのであります。此月の十一日が平和克復の記念日でありました為に、国際聯盟協会としては、特に注意したいと云ふことで、其会長を務めて居る関係から私が、特にラヂオで放送をしました。中にはお聴き下さつた方があらうかと思ひます。私が会長であるから、余計に平和が好きだと云ふ訳でなく、国民が皆好でなければならぬは申すまでもありませぬ。それから丁度昨日少し雨降りではありましたが、亜米利加のペーン氏を先づ主として、其他の赤十字関係の人々が、東洋赤十字大会で日本にお集りになつたのを慰労の積りで、矢張り国際聯盟協会の催で、王子の宅へ御招待しました。其時今のラヂオ放送のことを余り喋々申すのも何やら憚り多い、去りながら言はぬも残念と思ひ――福田博士の露西亜のお話とは違ひますけれども――殊に亜米利加の人などが多数居りまして、悪くすると、従来好戦国だなどと言はれる我国でありますから、吾々は決してさうでないと云ふことを、知らせて置きたいのみならず、此世界の平和を図る為には、各人の覚悟が肝要であると云ふことは勿論だけれども、相当な法立がなければ、平和は維持出来ない。則ち欧羅巴大戦の後、平和克復の場合に、国際聯盟と云ふものが成立したのは、即ち一つの法立に依つて、未来の平和を維持しやうと云ふのである。併し私は之に対して一言申添へたいのは、如何にも相当な法立がなければ、平和を維持することは、むづかしいと云ふのは勿論である。併しながら、其法立だけで平和が維持出来ると思ふのは、大なる誤解である。決して人類は、唯法立だけでそれにのみ覊束されるものでない。丁度今福田博士の人口の増加は、其増加を維持するだけの力があるから増加するのである。さうでなければ過剰だと云ふ論理は、或は移して以て私の今申上げる所にも、適合するかも知れませぬ。唯法立だけで決して行くものでない。其法を作り、さうして人心が完全に其法を維持する力があつて始めて出来るのである。仕方と心と能く分解して論じなければならぬ、と云ふことにならうと思ふのであります。如何に宜い法立があつても、如何に其規則が緻密であつても、又之に従事する国々が強大であつても、其国民全体の心が、真に人に譲り博く愛すると云ふ観念が若し無かつたならば、必ず後には物議が自然に生じて、真正な平和を維持することは出来ない。而して智慧の進むと云ふことは、甚だ喜ぶべきことではあるが、或る場合には、其進んだ智慧が災害を多くすることがある。例へば爆弾を投下させて人を殺すとか、毒瓦斯を発射して人を殺すとか云ふに至つては、若しそんな智慧がなかつたならば、惨害を世の中に及ぼさずに済むではないか、果して然らば知識と云ふものは、善い方に進むと共に、悪い方にも行走る訳である、と論
 - 第43巻 p.235 -ページ画像 
じ得らるゝであらうと思ふ。吾々日本の国際聯盟協会の者は、斯かる趣意を以て、国際の平和を希望するものであると云ふことを、敢て御客様に是れ見よがしには申しませぬが、さう云ふ意味を以て、殊に亜米利加の人々などに、幾分かの理解をして貰ひたいと思ひ、ラジオでの講演を英訳したものを、印刷して渡したのであります。是はまあ肩の凝つたのに、按摩をする位の効能しかありますまいけれども、一寸さう云ふことを致したと云ふことを、斯んな機会に、竜門社の諸君にお話をするのは、満更無用でなからうと思うて、申上げた訳であります。今日は又、此頃見えて居る支那の東方文化事業総委員の学者連中が七・八人、王子の宅へ御出でゝありまして、是も私が日華実業協会の会長を致して居る所から、矢張お宿を言ひ付かつて、先刻まで御接待を致した訳であります。丁度汪公使なども見えて、いろいろ相和して話しましたが、洵に少い人数で、それが日支の間に融和したと云ふ程のことではありませぬけれども、頻に私が論語を好み始終読んで居ると云ふことを、洵に些細なことではありますが、御客さんは頗る喜ばれて、多分お集りの皆様方へも、一部宛呈したことがあつたと思ひますが、あの論語を是非俺も貰つて行く、俺も貰つて行くと言つて持つて行かれまして、是れある以上は、所謂同種同文の仲間である、人種が同じだとか、文字を斉しうすると云ふことばかりではない、全く同流儀の仲間であるから、其考を以て、多少の物議はあるにせよ、吾吾共は決してさう云ふ感じは持たぬから、御安心下さいと言はれたことであります、僅かの人数であるから、さう言はれても何の効能も無いと云へばそれまでゝあるが、併し汪公使を始め、参られた人が、論語主義には同論だと言つて喜んで帰られました。敢て此等の細事を、此場合に御披露申す事柄ではありませぬが、蓋し誰かの詩に、自分の健康を知らせる為に、釣を垂れて魚を獲らずと云ふのがあつたと思ひますが、丈夫なことを示す為に、先づ昨日も今日もさう云ふことに奔走して居る。かくの如く健全であると云ふことの証拠に、一・二自分に関係したことのお話を致したのでございます。洵に久々で多数の竜門社員にお目に懸つて、実に愉快に思ひまして、丈夫な有様を御披露して一言の喜びを述べたのでございます。
        (大正十五年十一月廿四日、日本工業倶楽部にて)


(増田明六)日誌 大正一五年(DK430022k-0003)
第43巻 p.235-236 ページ画像

(増田明六)日誌  大正一五年       (増田正純氏所蔵)
十一月廿四日 水 晴                出勤
○上略
同○午後五時より、工業倶楽部ニて開催の竜門社秋季総会に出席す、本日ハ阪谷理事長風邪の気味ニて咽喉を害し不参せられしを以て、佐々木評議員会長司会者となり、福田徳三博士を紹介し、同博士ハ二時間ニ亘りて、日本の人口増加ニ対する労農国識者の観察と題し演説、次ニ青淵先生は近時の健康と題し、昨日世界赤十字代表者を、今日は支那の学者諸氏を飛鳥山邸に招請して緩談したる次第を語りたり、夫れより食堂ニ移り、佐々木司会者より挨拶の後、青淵先生の万歳を三唱し、増田常務理事より、是より余興として活動写真を映画する旨を陳
 - 第43巻 p.236 -ページ画像 
へ、一同以前の会場に参集したり、小生ハ胃の工合を顧慮し映画を見すして帰宅す
○下略


中外商業新報 第一四六四〇号大正一五年一一月二五日 竜門社総会(DK430022k-0004)
第43巻 p.236 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕渋沢栄一 日記 昭和二年(DK430022k-0005)
第43巻 p.236 ページ画像

渋沢栄一 日記  昭和二年         (渋沢子爵家所蔵)
一月六日 快晴 寒気昨ト同シ○中略
午前○中略白石喜太郎・岡田純夫二氏来リテ、竜門雑誌ノ記事ニ付、大正帝ノ御事績ニ関シテ、記憶ノ二・三ヲ述フ
○下略