デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
5節 修養団体
1款 財団法人竜門社
■綱文

第43巻 p.247-249(DK430026k) ページ画像

昭和2年11月25日(1927年)

是日、当社第七十七回会員総会、帝国ホテルニ於テ開カル。栄一出席シテ演説ヲナス。


■資料

竜門雑誌 第四七一号・第九三頁 昭和二年一二月 ○本社第七十七回会員総会(DK430026k-0001)
第43巻 p.247 ページ画像

竜門雑誌 第四七一号・第九三頁 昭和二年一二月
○本社第七十七回会員総会 十一月廿五日(金)午後五時より、麹町区内山下町帝国ホテルに於て、本社第七十七回会員総会を開く。青淵先生以下会員二百余名(特別会員百四名、通常会員百五名)出席す。定刻、阪谷理事長開会を宣し、次で「現下の日本製品が外国製品と互格の勢ひを以て発展しつゝある事を自ら意識せん事を希望する」旨の演説あり、終つて講演会に移り、文学博士三上参次氏の『明治天皇の徳育に就ての軫念』と題する謹話あり。明治大帝が如何に国民の徳育に就て日夜軫念を悩まし給ひしかを謹聴し、会員一同思はず襟を正したり。これにて講演会を閉ぢ、次で晩餐会に移り、席上、阪谷理事長の挨拶、青淵先生の所感談あり「現時の社会を静観すれば、邦家の為め益々経済の進歩を計ることは元より論を俟たざる所なるも、それと同時に道義を高むることを必要とするに、遺憾ながらこの両者が未だ併立しつゝあるとは思惟せられず『人生百に満たず、常に懐く千歳の憂』と詠ぜる詩あることを記憶せるが、これ千歳の憂ひに非ずして、実に現在の憂ひなるが故に、諸君に於ても切に予の意を体し、道徳経済合一の主義を飽くまでも厳守し、発揚して、邦家の隆昌に向つて努力せられんことを望む」旨の訓示あり、会員一同深く先生の教諭を肝銘す。依つて一同杯を上げて、先生並に本社会員の健康を祝して、玆に撤宴し、別室に於て一竜斎貞山師の「紫野大徳寺焼香の場」の講談に興じ、午後九時三十分散会したり。


竜門雑誌 第四七一号・第一〇一―一〇三頁昭和二年一二月 青淵先生説話集其他 竜門社総会に於て(DK430026k-0002)
第43巻 p.247-248 ページ画像

竜門雑誌 第四七一号・第一〇一―一〇三頁昭和二年一二月
  青淵先生説話集其他
    竜門社総会に於て
 竜門社の会が年毎に盛大となつて行くのを、斯く目のあたりに見まして、老人ながら愉快に堪へないので御座います。殊に今日は三上博士の有難い御講演がありましたので、年を逆に取つたやうな気持が致します。然しながら今何か申上げやうと致しましても、斯様に喜ばしい話を聞いたに拘らず、単に平素から思ふて居ること位しか述べられませぬのを、頗る遺憾に存じます。又それだけ諸君に於かれましてもさぞ御聞苦しからうと思ひます。
 偖て御承知の通り、私は米寿を迎へましてから軈て一年を経過する
 - 第43巻 p.248 -ページ画像 
のであります。誰の作つた詩であるか「人生百に満たず常に懐く千歳の憂」と云ふのがあります、私は百歳に満たずと云つても今十年一寸しかないし千歳の憂などと申すのも少しく言ひ過ぎるやうであり、斯う何か不平を申すやうでもありますが、此の憂の生ずることを、どうすることも出来ないのであります。曩に阪谷男爵が言はれた通り、或る方面には外国以上に成つて居る事柄もありませう。而して又三上先生の御丁寧なる、明治天皇に関してのお話何れも我が身にとり非常に嬉しく感ぜられるのでありますが、或る方面から見ると、海外から取入れたものは好いものもあるが、悪いものも沢山あり、又長を捨てゝ短を採つたことも、まゝあるやうに考へられるのであります。就中政治上のこと、経済上のことに就て、心苦しいことが沢山あります。故に我々は、此経済界に対して、殊に竜門社の皆様と共に、其の合理的改革を為さねばならぬと存じます。どうも現在の成行を見ますると、何れも功利を主として、自己の説が通ればよい、自己の地位が進めばよいと云ふ風で、権利のみは強て主張するが、さて義務の方は忘れて居り、自身の固く保持する観念がない様であります。然る如きであつて果して完全なる世の中を為して居るかどうか、物質的には大いに進んで居るか知りませぬが、おしなべて世の中が進んで居ると申すことは出来ないのでありませう。私は只今自身経済界を退いて居りますから、之に対してどうすることも出来ませぬが、それを少しでも正すのは、道徳と経済との合一より外にはないと信じて居ります。そして私微力にして、多年此の説を唱へて居りますけれども、世間へ通らぬ、残念ながら尚ほ通じないのであります。従つてこれは竜門社として、少しでも世の中へ拡まるやう、輿論として頂き度いと思ひます。勿論今日、社会の進歩は経済を大いに進めねばなりませんが、それと共に道義をも高める必要があるので、此両者を一致せしめることを、竜門社員は一同片時もお忘れないやうに願ひ度いのであります。
 誠に現今社会の有様を静かに観察致しますれば、遺憾なく進んで居るとは申されぬのでありまして、千歳の憂処ではない、現在の憂を取り去ることが出来ないのであります。此様なことを申せば、恰度旨いものゝ後に芥子を出したやうで、最後の言葉としては甚だ不祥でありよい話の後とて悪い感じを与へることになるかも知れませぬが、此処に私は道徳と経済との背馳して居る事実に就て、いよいよ憂を深くせずには居られぬと云ふことを申上げる次第であります。(十一月二十五日帝国ホテルにて)


中外商業新報 第一五〇〇五号昭和二年一一月二六日 竜門社の秋季総会(DK430026k-0003)
第43巻 p.248-249 ページ画像

中外商業新報 第一五〇〇五号昭和二年一一月二六日
    竜門社の
      秋季総会
 竜門社第七十七回総会は、廿五日午後五時半より、帝国ホテルにおいて開催、来会者は渋沢子爵・阪谷男爵・浅野総一郎・塩沢昌貞・麻生正蔵・白岩竜平・西野恵之助・石井健吾・山下亀三郎の諸氏を初め二百数十名にて、先づ理事長阪谷男爵開会の辞に引続き、国産品博覧会を来年上野において開催するに就て、現在我国の国産品の進歩せる
 - 第43巻 p.249 -ページ画像 
有様、並に太平洋横断飛行断行と機械製作のこと、日本の事業も諒闇明けと共に立直るであらうと感想を述べ、次で文学博士三上氏は「明治天皇の徳育に就ての軫念」と題し大要左の講演をなした。
      三上博士講演
 明治天皇は申すまでもなく、英邁不世出の御方であられますが、教育特に徳育に就て意を用ひられました、それに関し私は職責上、色色資料を拝読する毎にたゞたゞ感激致して居る次第であります、例へば明治十一年、東海北陸の地方御巡行後に於ける御軫念のさま、殊に岩倉右大臣に対する御言葉の如きは、申すも畏ききはみでありまして、下つては、あの教育勅語となりてわが国民教育の大本を定められたのであります、云々
それより晩餐会に移り、席上渋沢子爵の大要左の談話があつた
      渋沢子爵講演
 誰の詩であつたか「人生百に満たず、常に懐く千歳の憂」と申のがあります、然し百に満たずと申しても後十年程でありますし、千歳の憂と申すのも申し過ぎますが、どうも静かに経済界の成行を観ますと功利に走り過ぎて、自己の説が通ればよい、自分の地位が高くなればよい、といふ風であるやうに思はれます、これに対して具体的にかうすればよいとは、私が経済界を去つて居ますだけ申せませんが、これこそ道徳と経済との一致を、合理的にあらしめることが何より必要でありませう、誠に千歳の憂のみでない、現在の憂が多いのであります、云々
右終つて後、余興として貞山の講談「紫野大徳寺焼香場」一席があり盛会裡に同九時半散会した
   ○此時期ニ於ケル当社ノ前掲以外ノ主ナル会合左ノ通リ。
     昭和二年十一月二日 理事会・評議員会(午後四時半ヨリ、於東京銀行倶楽部)栄一出席セズ。
     昭和三年二月八日 理事会・評議員会・講演会・会員有志晩餐会(午後四時半八時半、於東京銀行倶楽部)栄一病気静養中。
     同年三月六日 理事会・評議員会(午後四時ヨリ、於東京銀行倶楽部)栄一出席セズ。
     同年三月二十六日 理事会・評議員会(午後四時ヨリ、於第一銀行)栄一出席セズ。



〔参考〕渋沢栄一 日記 昭和三年(DK430026k-0004)
第43巻 p.249 ページ画像

渋沢栄一 日記 昭和三年           (渋沢子爵家所蔵)
一月九日 曇 寒威強カラス
午前○中略 白石・岡田二氏来リ、竜門雑誌ニ意見ヲ述フル事ヲ要求セラル、依テ昭和三年ヲ迎フルノ意ヲ説示ス○下略