デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
5節 修養団体
4款 財団法人修養団
■綱文

第43巻 p.437-438(DK430073k) ページ画像

明治44年7月9日(1911年)

是日、静岡県藤枝町ニ於テ当団静岡県支部大会挙行セラル。栄一祝辞ヲ送ル。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四四年(DK430073k-0001)
第43巻 p.437-438 ページ画像

渋沢栄一日記 明治四四年          (渋沢子爵家所蔵)
六月十三日 曇 軽暑
○上略朝飧ヲ食ス、畢テ蓮沼門三氏ノ来訪ニ接シ修養団ノ事ヲ談ス○下略
   ○中略。
六月十八日 曇 冷
○上略朝飧ヲ食ス、後修養団員林平馬氏ノ来訪ニ接シ団務ヲ談ス○下略
   ○中略。
六月二十五日 曇 暑
○上略朝飧ヲ食ス、後○中略蓮沼門三氏来リ修養団ノ事ニ付種々ノ談話ヲ為ス○下略
   ○中略。
七月二日 雨 暑
○上略朝飧ヲ食ス、後瓜生修養団幹事ノ来訪ニ接シ、静岡県下藤枝支部ヨリ請求ノ事ニ付本月九日同地ヘ出張ヲ乞ハレシモ、差支アルヲ以テ之ヲ謝絶ス○中略更ニ事務所ニ於テ○中略修養団蓮沼門三氏及藤枝町橋本氏等ヘ書状ヲ発ス○下略
   ○中略。
八月二十八日 曇 暑
○上略朝飧ヲ食ス、後○中略蓮沼門三・松沢某二氏来リ修養団ノ事ヲ談ス○下略
   ○中略。
 - 第43巻 p.438 -ページ画像 
十月七日 晴 冷
○上略朝飧ヲ食ス、畢テ蓮沼門三・宇津木多一・白木千秋三氏来訪修養団ノ事ヲ談話ス○下略


向上 第四巻第九号・第六四頁明治四四年九月 渋沢男の手紙(DK430073k-0002)
第43巻 p.438 ページ画像

向上 第四巻第九号・第六四頁明治四四年九月
    渋沢男の手紙
      (其一)
拝啓益御清適奉賀候、扨て静岡県下藤枝町に於て本月九日支部大会開催には老生出席の請求有之、今朝も瓜生氏来訪にて更に懇々被相望候も、何分種々の差支有之繰合せ出来兼ね候に付、不得已一書を橋本清之亮氏へ御送り丁寧に御申訳いたし候、御承知有之べく候、向上雑誌の表紙印刷代高価の由致方無之候、右雑誌書店にて販売云々のことは前以て篤と書肆と御引合之上慥かなる見込相立候後御実行然るべくと存候(下略)
      (其二)
昨十日静岡より御発之尊翰今朝落手仕候、炎暑中も御厭無之東西御奔走被成候段御精力只々感服之外無之候、人は老境に入り候ては身体に不自由相生し、乍思因循に相成候ものに付、青年の際別て努力を要し候儀に候、各地団員の風気一般振興之由、爾来の御丹精追々貫徹いたし候義と御悦申上候、尚不相替御尽力願上候、総て此般の事業は勤勉耐忍の効多きものに付、一時の景気に馴れ候か又は何等の障碍に挫折無之様御申合専一に御座候、去り迚余り客気に乗じ百事余に過激なる行動は呉々も御注意有之度候、いつれ其中拝眉の節に伺致すべく候、不取敢御答如此御座候 不宣


向上 第四巻第七号・第八二頁明治四四年七月 △静岡県支部大会(DK430073k-0003)
第43巻 p.438 ページ画像

向上 第四巻第七号・第八二頁明治四四年七月
△静岡県支部大会
幹事橋本清之亮氏は奮闘努力、実行実働、幾多先輩に本団を紹介して賛助員たるの承諾を得、七月九日午後一時より藤枝町にて発会式挙行する筈。本部よりは顧問主筆宮田修氏、芝浦製作所長大田黒重五郎氏及主幹蓮沼氏出張。
渋沢男爵の御出演を乞ひしも、恰も其当日阪谷男御渡欧のため其儀不叶、依て御熱誠なる祝辞を賜はりたり。尚九月には出張下さることの御承諾を得たり、岡田次官は松井静岡県知事に懇篤なる御紹介状を賜はり、支部会には祝辞をも賜はる。森村顧問及田所普通学務局長も非常に悦はれて、同じく祝辞を遣すべしと申され居たり。