デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
5節 修養団体
4款 財団法人修養団
■綱文

第43巻 p.518(DK430099k) ページ画像

大正6年8月27日(1917年)

是日栄一、渋沢事務所ニ於テ当団坂本幹事ノ渡支送別会ヲ開キ、併セテ当団幹事後藤静香ノ帰任ヲ送ル


■資料

集会日時通知表 大正六年(DK430099k-0001)
第43巻 p.518 ページ画像

集会日時通知表 大正六年         (渋沢子爵家所蔵)
八月廿七日 月 午後七時 坂本修養団幹事送別会(兜町)


向上 第一一巻第一〇号・第一〇五頁 大正六年一〇月 ○坂本幹事送別会(DK430099k-0002)
第43巻 p.518 ページ画像

向上 第一一巻第一〇号・第一〇五頁大正六年一〇月
    ○坂本幹事送別会
 渋沢顧問は坂本氏の渡清を送り、後藤氏の上京を犒はんとせられ、八月二十六日午後七時渋沢事務所《(七)》に於て盛大なる送別の宴を開かる。席に列する者坂本・後藤両氏を始め田沢義鋪氏・北爪子誠氏及増田明六氏、各幹事凡て十一名。



〔参考〕向上 第一一巻第一〇号・第一〇五頁 大正六年一〇月 後藤静香氏来団(DK430099k-0003)
第43巻 p.518 ページ画像

向上 第一一巻第一〇号・第一〇五頁大正六年一〇月
    ○後藤静香氏来団
 本団創立以来の地方幹事にして憂国済生の大望を抱き、道を求むること渇者の水を求むる如く、身を修むること慧可の少林山に在るが如し。入りては老母に事へ出でては志士と交り、常に神の心を心として十年一日の如く女子教育に涙を濺ぐ氏の往く所善化あり、留る所感化あり、現今香川女子師範学校に教鞭を執り、香川支部を指導されつゝありと雖も、蚊竜永く地中に潜むべきにあらず、雲霓に乗じて昇天する将に近きにあらむ。八月十七日上京本部に滞在して北爪・田沢両氏及各幹事と往来し、蓮沼主幹と共に渋沢・森村顧問と会し、田尻団長宮田編輯顧問と語り二十九日帰郷の途に就く。