デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
1節 実業教育
12款 高千穂高等商業学校
■綱文

第44巻 p.498-500(DK440111k) ページ画像

明治45年5月(1912年)

是ヨリ先、明治四十三年十一月、当校校舎竣工ス。是月高等商業学校設立ノ認可ヲ得。栄一評議員トシテ基金勧募其他ニ努ム。大正三年四月、当校開校ス。


■資料

高千穂学報 二十八 第四一頁昭和四年十一月 沿革(DK440111k-0001)
第44巻 p.498-499 ページ画像

高千穂学報 二十八 第四一頁昭和四年十一月
 - 第44巻 p.499 -ページ画像 
    沿革
○上略
明治四十五年五月高千穂高等商業学校設立の件認可せらる
○下略


渋沢栄一書翰 川田鉄弥宛(大正二年)一月七日(DK440111k-0002)
第44巻 p.499 ページ画像

渋沢栄一書翰 川田鉄弥宛(大正二年)一月七日 (川田鉄弥氏所蔵)
  尚々時令折角御調護之程祈上候也
歳末年始ニ渉りし三回之尊翰一々落手仕候、堀之内地面一覧之事ハ春暖之気候を見計ひ、森村翁・小池氏・葛西氏抔も御誘引被成一日緩々巡覧いたし候方可然と存候、幸ニ右等之人々打揃候機会有之候ハヽ、将来之御企望ニ付而も或ハ存外ニ早く相運可申と存候、依而三・四月之交ニ於て御注意御取定之方と存候
揮毫之御注文ハ大磯滞在中必然出来とハ申上兼候、是ハ去年来種々之文債有之日々勉強いたし候も果し得不申程ニて困却罷在候、御推恕可被下候、併精々差繰り執筆可仕と存候ニ付暫時御猶予可被下候、右拝復匆々如此御坐候 不備
  一月七日
                      渋沢栄一
    川田賢契
       坐下


渋沢栄一書翰 川田鉄弥宛(大正二年)二月一五日(DK440111k-0003)
第44巻 p.499 ページ画像

渋沢栄一書翰 川田鉄弥宛(大正二年)二月一五日 (川田鉄弥氏所蔵)
本月一日以降前後四回之尊書拝読、御近状愈御清適之由欣慰之至ニ候最近之学報も御恵投被下一覧仕候、高等商業学校設立ニ付而之御計画廉書も閲了貴案逐一ニ了承仕候、但何を申も衆望一致いたし御見込之寄附金集合之事確定せされハ百事画餅ニ帰し可申ニ付、目下賢台之御高配御尤千万と御察申上候、要するニ三月末又ハ四月初ニ於て堀之内地所一覧之為め森村翁始有力之人々一会相開き、其際貴学校将来之方針ニ関し充分之協議を尽し然る後寄附金之事を決し進行候様致度と存候、就而ハ此際閑適之御摂生を以て完全之御身体ニ御回復被成弥以方針決定之上飽迄御奮励有之度候、右拝答旁可得貴意如此御坐候 敬具
  二月十五日
                      渋沢栄一
    川田盟兄坐下
         拝復


渋沢栄一書翰 川田鉄弥宛(大正二年)二月二四日(DK440111k-0004)
第44巻 p.499-500 ページ画像

渋沢栄一書翰 川田鉄弥宛(大正二年)二月二四日 (川田鉄弥氏所蔵)
拝読来示之趣ハ其中森村君と御打合ハ可仕候得共、既ニ広瀬氏との会見ニて相分り居候義ニ付、余り此際御あせり被成候ハ却而御不利益歟と存候、時機ハ常ニ御注意ニて看過せさる様被成度候も無理ニ御取急相成候も其効無之ものニ御坐候、其辺御領意可被下候、右不取敢拝復如此御坐候 不宣
  二月廿四日
                      渋沢栄一
 - 第44巻 p.500 -ページ画像 
    川田賢契
       拝復


渋沢栄一 日記 大正二年(DK440111k-0005)
第44巻 p.500 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正二年          (渋沢子爵家所蔵)
三月三日 曇 寒
○上略 三時川田鉄弥氏ト堀ノ内ノ土地ヲ一覧ス、小池国三氏同行ス、畢テ富士見町ニ抵リ富士見軒ニ於テ森村開作・葛西二氏モ来会シ、高千穂学校ノ将来ニ付種々ノ協議ヲ為ス○下略


渋沢栄一書翰 川田鉄弥宛(大正二年)八月二三日(DK440111k-0006)
第44巻 p.500 ページ画像

渋沢栄一書翰 川田鉄弥宛(大正二年)八月二三日 (川田鉄弥氏所蔵)
拝読益御清適奉賀候、然者兼而御企望之堀内土地一覧之事ハ、小生其中森村翁面会之機会無之と存候ニ付、九月中旬位ニ罷越候様被成度候ハヽ其積ニて先森村翁之御承諾を得、其上葛西氏抔も打合候方と存候小生ハ右等之都合次第精々繰合候様可仕候
賢台之御理想常ニ御脳裏ニ離れさる為め中夜之夢ニ入候事と御心事御察申上候、併世之中ハ兎角ニ思ふ様ニハ相成兼候ものニて所謂まゝならぬこそ浮世なれと申候事ニ候、此境遇処《(ニ脱カ)》し候ニハ勉而気を永く致候外無之歟と存候、古人之天命ニ任せ候も決而抛擲之意ニハ無之義と存候、呉々御耐忍専一ニ御坐候、但し辛抱と申候と何か大苦痛ニ相聞候得共既ニ天命を知り候ハヽ優悠として其間ニ処し候工夫も有之事と存候、右御返事まて匆々如此御坐候 拝復
  八月廿三日
                      渋沢栄一
    川田賢台
       坐下


高千穂学報 十二 第六四頁大正四年二月 沿革(DK440111k-0007)
第44巻 p.500 ページ画像

高千穂学報 十二 第六四頁大正四年二月
    沿革
大正三年四月 高千穂高等商業学校開校
大正四年一月 高等商業部文部省認定を受く