デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
1節 実業教育
16款 其他 5. 仙台商業学校
■綱文

第44巻 p.534-535(DK440124k) ページ画像

明治45年4月22日(1912年)

是ヨリ先栄一、奥羽同盟銀行会ノ招請ニ応ジ、仙
 - 第44巻 p.535 -ページ画像 
台市ニ赴ク。是日当校ヲ訪ヒ、生徒ニ対シ訓話ヲナス。


■資料

竜門雑誌 第二八八号・第四九頁明治四五年五月 ○青淵先生仙台に赴かる(DK440124k-0001)
第44巻 p.535 ページ画像

竜門雑誌 第二八八号・第四九頁明治四五年五月
○青淵先生仙台に赴かる 青淵先生には奥羽同盟銀行会の招待に応じ四月廿日零時五十分上野発汽車に搭じて仙台に赴かれ、二十一日は奥羽同盟銀行大会に臨みて一場の演説を為し、翌廿二日には午前十時市立仙台商業学校講堂に於て同校生徒の為めに一場の講話を為し、尚ほ午後二時より遠藤市長・八木仙商会頭・小野県会議長等の発起に係り県会議事堂に於て催されたる経済講演会に臨みて財政経済に関する演説を為し、同四時より東一ブラザー軒の歓迎会に臨まれ、翌廿三日午後無事帰京せられたり。


竜門雑誌 第二八八号・第二一頁明治四五年五月 ○市立仙台商業学校に於て 青淵先生(DK440124k-0002)
第44巻 p.535 ページ画像

竜門雑誌 第二八八号・第二一頁明治四五年五月
    ○市立仙台商業学校に於て
                      青淵先生
  本篇は青淵先生が奥羽銀行同盟会の招待に応じ仙台に赴きたる際市立仙台商業学校長の懇請に応じ四月二十二日午前十時同講堂に於ける講演の大要にして、河北新報に掲載せるものなり。(編者識)
抑も国力の発展と国威の宣揚とは教育の力に因る事勿論にして、教育の目的は実力を養ふにあり、然るに学生中には徒らに階級を進むことにのみ是れ努め、学問の程度の高きことをのみ是れ望みて実際を顧みることをなさゞるもの多きが如し、役人万能主義にのみ傾く如きことあらば教育は却て亡国の禍根となる憂なきを得ず、元来学問は事実に基くものなるべく、事実は学問に依て発達すべきものなり。故に国家は学理と事実と相一致し、始めて健全なる発達を為すと云ふ可し、我国の教育界は今尚ほ旧弊を脱せず、学生の卒業後動もすれば官途に就きて、自己の名誉と位置とを高むることにのみ心を傷め、実地を顧みざるもの少なからず、之れ国家の為め実に慨く可き事柄ならずんばあらず、幸ひ本校には斯の如き弊害分子の存在なく、卒業生の過半は家庭の営業に従事し居る由、是れ実に生徒と父兄のみならず、仙台市延ては国家の為め甚だ喜ぶべきことなり、蓋し国力の増進は常識の発達に俟つ処多く、諸君は理論空想に走らず、今日学校に於て修めつゝある学術を他日社会に出でたる頃実際に之を応用する心掛けなかる可らず、若し然らずんば折角の学術も所謂宝の持腐れとならん、而して実際の働きは努力と勉強と耐忍にあることを忘る可らず云々。