デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
2節 女子教育
1款 日本女子大学校
■綱文

第44巻 p.581-584(DK440141k) ページ画像

明治44年4月20日(1911年)

是日、当校創立満十周年記念式並ニ大学部第八回、付属高等女学校第十回卒業証書授与式挙行セラル。栄一出席シテ演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四四年(DK440141k-0001)
第44巻 p.581 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四四年         (渋沢子爵家所蔵)
四月二十日 晴 軽暖
○上略 午飧後女子大学ニ抵リ、卒業証書授与式及十年紀念祭ニ出席ス、一場ノ演説ヲ為ス○下略


竜門雑誌 第二七六号・第六一―六二頁明治四四年五月 ○女子大学卒業式(DK440141k-0002)
第44巻 p.581-582 ページ画像

竜門雑誌 第二七六号・第六一―六二頁明治四四年五月
○女子大学卒業式 日本女子大学校にては四月二十日午後一時より大学部並に附属高等女学校の第十回卒業式を挙げたるが、今年は創立満十年に該当せるを以てそが紀念式をも兼ね行ひたり、此日朝来の強風は午後より更らに力を加へて、樹木多き目白台は風に狂ふ梢の戦ぎい
 - 第44巻 p.582 -ページ画像 
とゞ物凄きまでに響き渡れるにも拘はらず、来賓・生徒保証人・父兄等の参集するもの陸続として数百名の多きに及べり、先づ校門内なる接待受附にて来賓には桜の徽章、父兄保証人には楓の徽章と「日本女子大学校の過去現在及び将来」と云ふ一冊子とを交附し、直ちに豊明館内の生徒製作品展覧会場へと案内す、展覧会出品は之れに因つて同校卒業生の成績の如何を知ると云ふよりは、寧ろ参考として見るべきもの多く、陳列の工合少しく統一を欠ける嫌ひはなきにあらざれど、彼の刺繍裁縫造花など美しき品々を陳列せる多くの女学校展覧会よりは流石に一段の上位にあり、仔細に通覧すれば同校の抱負理想も略ぼ了知するを得べきが如し、一時過ぎ式場に着席、同校の財務顧問たる大隈伯・青淵先生・三井氏・森村氏・広岡浅子刀自等は成瀬校長・麻生学監と共に何れも式壇上に着席、麻生学監の開会の辞に次いで君ケ代・証書授与・校長告辞・大学・高等女学校各総代の答辞校歌など式は型の如く終了したるが、本年の卒業生は大学部にて家政学部六十五名、文学部二十三名、英文学部十一名、教育部理科数学科十名、同博物科十二名並に附属高等女学校七十一名なり、之れにて高等女学校生退場、引続き十年紀念式に移り、ピアノ独奏に続て成瀬校長の演説あり、其談に依れば同校が曾て十年の昔此地を卜して開校の式を挙げたる際は、僅に十五万円の寄附金を以て資金として生徒数五百、敷地総数五千坪、校舎建坪三百坪なりしが爾来多大の発展をなして今日にては資金六十余万、生徒現在数千三百五十、敷地一万七千、校舎三十に達し、大学卒業生を出すこと千数十名なりと、続いて毛利公母堂祝辞(代読)、徳川公爵祝辞(青淵先生代読)、青淵先生演説、大隈伯演説桂総理大臣祝辞(森村氏代読)、森村氏祝辞、小松原文部大臣祝辞(代読)等ありて式を終り、それより校庭に於て高等女学校卒業生の春の花の対話は優麗無邪気なる趣向にて演ぜられ、化学館前に高等女学校卒業生の寄附せる紀念樹百合木を栽ゑ、立食の饗応ありて五時散会せりとなり。


花紅葉(桜楓会々報) 第九明治四四年五月 諸子は母校に報ゆるに何を以てせんとするか(母校創立十年記念式上に於て) 日本女子大学校評議員財務委員 男爵 渋沢栄一(DK440141k-0003)
第44巻 p.582-584 ページ画像

花紅葉(桜楓会々報) 第九明治四四年五月 (日本女子大学校桜楓会館所蔵)
    諸子は母校に報ゆるに何を以てせんとするか
      (母校創立十年記念式上に於て)
             日本女子大学校評議員財務委員 男爵 渋沢栄一
 本校創立の十年期並に本日御卒業なさる皆様を御祝ひ申して、私は財務委員として一言の所感を述べます。誠に十年は一昔、回顧すれば此の辺りは未だ野原であつた十数年前、成瀬さんが女子大学設立を主張をなすつたその時、最初の賛成者は此所にお出でになる大隈伯、三井さん、森村さん、土倉さん、広岡御夫人等でありました。十年一日の如し、しかく月日は早くたつものである、又一昔とは十又十と、十を追ふて進み、過去、現在、将来と次第に時の移り変るのを意味したもので御座いませうが、併しそれは決して短いと云ふ意味ではなからうと思はれます。三百六十五日の十倍を経て、今日に至る迄には、日本女子大学校の歴史には種々の困難が少なくはなかつたので、或意味に於ては長い長い年月でありました。
 - 第44巻 p.583 -ページ画像 
 抑々最初から賛成なすつた諸君は、未来を見透して此挙に力を尽された方でありますが、私の様な目の無い者には当時我が国に果して女子大学が必要であるか、又成立すべきものか、どうかと云ふ事にも疑問を持つて居つたので御座います。然るに之れは私の浅薄の為めであつた事が解りました。其の当時社会は既に女子の高等教育を要求して居りまして予想に反したる時代の必要が表はれました、爾来今日迄に卒業なすつた諸君は、此の必要に応じて進んで来られた方々であると思ひますが、卒業と申しても、決してこれで其の要求が満されたとは考へなさるまいと思ひます、先程校長から報告がありました様に、之丈けの要求に応ずる為めには、幾多の困難も御座いますし、財務者の位置から云ふても決して容易な事では御座いません、御存知の通り大学に進むに連れて、大設備を要し、現に決して収支償ふては居りませんが、尚更に進め様と致しますには、数十万の寄附金を要するのであります。森村さんや私共が之れを思つて、昨年信越に出かけて、一方には女子高等教育の必要を説き、一方に寄附金を募集したので御座います。斯様な事からしても、十年間は中々に永い間であつた事を推察して頂き度い。そこで私共は学生諸君に要求する所があります、即ち左様に苦心経営して熱心に尽さるゝと云ふ事を忘れずに、真に世に有効なる人となつて戴き度い、諸君が良妻賢母となるに於て、初めて此の苦心に報ゆる事が出来ると思ひます。
 若し諸君が贅沢に流れ、理想のみを知りて行が伴はないと云ふのならば、粒々苦心の汗である寄附の厚意が、出来上つて見ればあれ丈けの人を作つたのかと云はれますで御座いませう。さすれば将来の女子の高等教育はどうなるか、否婦人の発展すべき道は再び閉す事でありませう。之れは学生諸君が今後最も注意して戴き度い事で御座ります十年一日の如く苦心したる結果を、諸君に依つて初めて表はして戴くのであります、それによつて家庭も出来、国家・社会にも貢献し得る事と私は信ずるのであります。
 過日私はカーネギー翁の演説の翻訳を得ましたが、之れは今日の卒業生諸君には、適当した話と存じますから御紹介致します。もとより之れは学術的のもので御座いません。翁が年若き婦人達に向て、結婚に就て云はれた一場の座談で御座います。先づ翁は、人間の利益、即富貴と働きとより生ずる幸福は何れにありやとの問を出し、富貴の百万弗と、働きより生じたる三弗との価値を説かれまして、百万弗ある妻・娘が必ずしも幸福ではない、彼等はあらゆる贅沢を尽しては居るが、己れを立つる為めに知能を磨かうとはしない。私が知つて居る人で、世上に批難さるゝ人は、多くは妻君から受くる批難である、と結ばれて居りますが、今日卒業の諸君は、よく此の道理を理解せられたい、諸子の富は金ではありますまい、又名誉でもなからうと思ふ、諸子の財産は御自分御自分が働いて作られた努力の結果、それが諸子の力であり、富であり、動かぬ財産では御座りますまいか、将来社会に出てから、此の力を資本にして御奮闘あらん事を切望いたします。諸子が母校に報ゆべき最上の方法も、この道の外にないと信ずるので御座ります。翁の言を借りて併せて私の希望を述べた次第で御座ります。
 - 第44巻 p.584 -ページ画像 
                      (文責在記者)