デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
2節 女子教育
1款 日本女子大学校
■綱文

第44巻 p.630-632(DK440168k) ページ画像

大正9年4月20日(1920年)

是日、当校ニ於テ、創立第二十回記念式並ニ前校長故成瀬仁蔵一周年忌催サル。栄一出席シテ演説ヲナス。


■資料

集会日時通知表 大正九年(DK440168k-0001)
第44巻 p.630 ページ画像

集会日時通知表 大正九年        (渋沢子爵家所蔵)
四月二十日 火 午前九時 日本女子大学創立記念日(同校)


家庭週報 第五六一号大正九年四月二三日 日本女子大学校並桜楓会記事(DK440168k-0002)
第44巻 p.630-631 ページ画像

家庭週報 第五六一号大正九年四月二三日
    日本女子大学校並桜楓会記事
△創立記念式 既報の通り日本女子大学校にては二十日午前九時より創立第二十回の記念式並に故成瀬校長の一周年記念式を挙行せり。塘幹事長司会のもとに麻生校長記念の辞を述べられ、井上秀子氏は桜楓会を代表して、過去一ケ年の経過及び綜合大学基金三十万円の予定額に達せし報告を故校長の霊前に捧げ、次で姉崎博士・渋沢男爵・大隈
 - 第44巻 p.631 -ページ画像 
侯爵の記念の辞ありて後、例年の如く校庭にて記念植樹(記念樹榧)をなし、了つて家政館に茶話会を開きたり。


家庭週報 第五六三号大正九年五月一四日 老躯を提げて故成瀬氏の遺志完成に 男爵 渋沢栄一(DK440168k-0003)
第44巻 p.631-632 ページ画像

家庭週報 第五六三号大正九年五月一四日
    老躯を提げて故成瀬氏の遺志完成に
                    男爵 渋沢栄一
 今日の本校創立二十年の記念日に際して御同様に御目出度い事であります。併し一方には前校長の一周年と云ふ悲しみをも意味してをりますから、今日の記念式は悲しみと喜びの両様であります。只今麻生校長から前校長の生前に於ける苦心の有様等詳細に且つ又明確に御話しがありました。而して故成瀬校長の人物を三大教育家に並称されましたが、こは実に評し得て頗る宜しきを得た言であると思ひます。兎角人間は最初はなかなか認められぬものであります。私は明治二十九年に始めて成瀬校長と会見いたしましたが、其の時には私も校長の考に懸念を持つた一人で、理想はよいが果してそれが実現されるかどうかを随分疑ひました。これは私ばかりではなく当時の大方の人はさうであつた様であります。中には大教育家の一人たる某氏等の如き、絶対にだめだと云はれた位であります。斯の如き大家ですら懸念した程でありますから世間一般はおして知るべしでありました。
 私は女子を大学迄進める事は一方には経営の困難を思ひ、一には教育を与へた婦人が世に立つてどうかを懸念いたしました。高等女学校ですら問題になつてゐる時に、まして女子の高等教育機関が何のよるべき所もなくて果してよく組立てられるゝかどうかを大なる疑問としました。併し成瀬校長はかゝる事には少しも顧慮せざるものゝ如く、一意専心其理想を行つて行かれました。果して関係者は其熱誠に深き感動を与へられ次第に助力する人を増して参りました。私もその一人なのであります。その後女子教育は如何なる考をもつて行くべきかは私共の始終問題となつた事でありますが、或る時英人ミス・ヒユーズ氏から彼の国に於ける教育の状態を聞き、必ず其処迄進めたいと私も考へました。かくて内外の助力を得て今日あるに至つたのでありますが、それ等を思ふにつけても二十年の歳月は決して短いとは言はれませぬ。成瀬校長の一生懸命なる力、熱誠と言ふものは実に私共の敬慕し感謝せねばならぬ所であります。最初の内は私もこの学校の人達がハイカラに過ぎるといふ事を聞くと直ちに前校長に注意して来たものであります。教育は貞淑を欠いてはならない。女の性質美徳を変らせずして男のする様な大きな事の出来るのはいゝが、女が男の様になつて終つては教育の効能はありません。この事は消極にばかり考へられませんが、異性が同じものになつてしまつては日本は以ての外のものになつてしまうと思ひます。近頃折々新しい婦人等に男女どちらだかわからぬ様な婦人がありますが、私はかゝる人があればいつまでも訓戒を与へぬわけにはゆきませぬ。これは故成瀬校長も大に心にかけて居られた事であります。
 併し二十年の前と今日とは女子教育に対する人々の考へも、亦教育の現状も実に雲泥の相違を見る様になつた事を皆さんは御喜びなさら
 - 第44巻 p.632 -ページ画像 
なければなりません、これは世間一般が変つて来たには違ひありませんが、之又成瀬校長の労の多かつた事を忘れてはなりません。最後に一言申し上げたい事は、最前桜楓会総代井上秀子氏から綜合大学基金三十万円を霊前に捧ぐる御報告がありましたが、これは皆さんの苦心に対して感謝せねばならぬと共に、成瀬校長の意を体したものと見て実に感激に堪へぬのであります。私共男子側ではまだ相談が充分に出来なかつたがために、今日いまだ故校長の前に報告し得ぬ事を遺憾に思ひますが、併しこの目的は決して忘れては居らないのであります。何れも老躯をひつさげて大に成すある事を期して居りますからこれを一言霊前に言つておきたいと思ひます。