デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
2節 女子教育
2款 財団法人東京女学館 付 女子教育奨励会
■綱文

第45巻 p.17-18(DK450004k) ページ画像

大正7年12月(1918年)

是月栄一、当校経営母胎タル女子教育奨励会評議員長ニ就任ス。


■資料

集会日時通知表 大正七年(DK450004k-0001)
第45巻 p.17 ページ画像

集会日時通知表 大正七年 (渋沢子爵家所蔵)
十二月七日 土 午前十一時 東京女学館ノ件(帝国ホテル)


女子教育奨励会東京女学館の沿革概略(DK450004k-0002)
第45巻 p.17 ページ画像

女子教育奨励会東京女学館の沿革概略
大正七年評議員長土方伯薨去せられたるを以て間もなく評議員会を開き、互選の結果渋沢男評議員長とならる
   ○本資料第二十六巻所収「東京女学館」明治二十一年九月十一日ノ条参照。


青淵先生関係事業調 雨夜譚会編 昭和三年六月二六日(DK450004k-0003)
第45巻 p.17-18 ページ画像

青淵先生関係事業調 雨夜譚会編 昭和三年六月二六日
                    (渋沢子爵家所蔵)
    東京女学館(西田敬止氏談)
渋沢子爵は明治十八年に女子教育奨励会が創立されて以来、今日迄四十余年間御尽力下さつて居ります。東京女学館は女子教育奨励会の経営でありまして奨励会の事業は即ち女学館を経営する事であります。子爵は卒業式には大抵御出席になつて御講演下さいます。大正七年館長の土方久元伯が歿せられて十二月評議員会の互選に依つて子爵は評議員会長に就任されました。同年冬には女学館の校舎新築資金を募集
 - 第45巻 p.18 -ページ画像 
する事に就て、女子教育奨励会会員及び女学館卒業生の重なる父兄を集めて子爵から種々懇談がありました。翌八年子爵及館長の神田乃武男爵、服部金太郎及長崎省吾四氏の連名で建築資金募集の勧誘状を出されました。
大正十二年館長神田乃武男歿せられたので、翌十三年春評議員会は子爵に館長事務取扱を御依頼申しました。昭和二年春資金醵集を得て、愈々現在の羽根沢に新築工事を初める事に就き、評議員会を開き子爵服部金太郎・大倉粂馬の三氏に新築委員として御尽力願ふ事としました。建築は昭和三年四月落成して早速使用して居ります。今秋落成式を行ふ事にしてあります。
   ○西田敬止ハ当校幹事ニテ校長ノ実務ヲ執ル。