デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
2節 女子教育
2款 財団法人東京女学館 付 女子教育奨励会
■綱文

第45巻 p.18-21(DK450005k) ページ画像

大正8年秋(1919年)

是ヨリ先、当校虎之門ノ校舎腐朽ノタメ、校舎新築ノ企アリテ、七年十二月建築資金募集ノ議決定ス。仍ツテ栄一、是年秋神田乃武・長崎省吾ト連名ニテ、校舎建築資金募集趣意書ヲ各方面ニ発送ス。


■資料

渋沢栄一日記 大正八年(DK450005k-0001)
第45巻 p.18 ページ画像

渋沢栄一日記 大正八年            (渋沢子爵家所蔵)
五月二十一日 曇 軽寒
○上略 西田敬止氏来リ女学館ノ寄附金勧募ノ事ヲ協議ス○下略


御揮毫物控 【大正八年五月廿一日 来談之要旨女学館ノ件ニ就而 西田敬止】(DK450005k-0002)
第45巻 p.18 ページ画像

御揮毫物控                  (渋沢子爵家所蔵)
大正八年五月廿一日
来談之要旨女学館ノ件ニ就而 西田敬止
 (宮相ヘ願出、阪谷男評議員依頼)


集会日時通知表 大正八年(DK450005k-0003)
第45巻 p.18 ページ画像

集会日時通知表 大正八年           (渋沢子爵家所蔵)
六月二日 月 午前十時 女学館基本金募集委員会(兜町)


渋沢栄一 日記 大正八年(DK450005k-0004)
第45巻 p.18-19 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正八年           (渋沢子爵家所蔵)
六月四日 晴 軽暑
午前六時起床入浴朝飧ヲ畢リ、波多野宮相其他ヘ電話ヲ通ス、午前九時波多野宮相ヲ官舎ニ訪ヘ、女学館ヘ御下賜ノ事及同学館ノ土地ニ関シテ請願ス○下略
   ○中略。
六月十四日 曇又雨 冷気
○上略 午飧後三井同族会ニ抵リ団琢磨氏ヲ訪ヘ○中略 各種寄附金ノ事ヲ依頼ス、更ニ三菱会社ニ抵リ桐島像一氏ニ面会シテ同様ノ事ヲ托ス、又古河鉱業会社ヲ訪問シテ前段ト同シク、女学館○中略 ヘノ寄附金ヲ昆田文次郎氏ニ依頼ス○下略
   ○中略。
六月十六日 雨 冷気
 - 第45巻 p.19 -ページ画像 
○上略 事務所ニ抵リ西田敬止氏来訪女学館寄附金ノ事ヲ談ス○下略
   ○中略。
六月二十七日 晴 暑
○上略 午前九時宮内大臣ヲ官舎ニ訪ヘ女学館○中略 ニ付御下賜金ノ事ヲ請願ス○下略
   ○中略。
七月七日 雨 冷
○上略 服部・西田諸氏ト共ニ女学館寄附金勧募ノ事ヲ協議ス○下略


集会日時通知表 大正八年(DK450005k-0005)
第45巻 p.19 ページ画像

集会日時通知表 大正八年           (渋沢子爵家所蔵)
七月七日 月 午前十時 東京女学館ノ件(兜町)


東京女学館書類(二)(DK450005k-0006)
第45巻 p.19 ページ画像

東京女学館書類(二)             (渋沢子爵家所蔵)
                     (西田)
    女子教育奨励会東京女学館 沿革概要 (印)
      女子教育奨励会
○上略
校舎新築資金募集 大正七年末校舎新築資金募集ノ議ヲ決シ翌年秋ニ至リ生徒父兄、卒業生及ヒ縁故ノ向々ヘ勧誘状ヲ発スルコト数回、而シテ集レル寄附金額約弐拾壱万円、コレニ「バザー」総収入ト文部省貸附ノ低利資金四万壱千円ト銀行預金利子ヲ加ヘテ約参拾壱万余円トナル
   然ルニ大正十二年春帝室林野局ヨリ現在ノ羽沢御料地ヲ貸附セラルヽニ当リ、東京感化院ヘ立退料トシテ金五万円ヲ支払ヒ同年秋大震火災ノタメ旧校舎悉ク烏有ニ帰シタルヲ以テ仮校舎新築其ノ他応急施設費約金拾余万円ヲ費シ、更ニ新築工事内払トシテ金拾壱万余円ヲ支出シタルヲ以テ今ハ剰ス所幾何モナシ
    新築工事費内払トシテ新築後援会ヨリノ支出ヲ受クルコト金拾壱万余円トス
   新築工事落成ノ上ハ猶金五万余円ノ不足ヲ告グル状態ニ在リ


東京女学館所蔵文書(DK450005k-0007)
第45巻 p.19-21 ページ画像

東京女学館所蔵文書
    京浜有力家に発する文案
拝啓、益々御多祥奉賀候、陳者今より三十余年前当時在朝在野有志の士相謀り、女子教育奨励会を組織し範を世に示さんが為め、一の高等なる女学校を設立したるが、即ち今の虎の門内東京女学館に有之候、同館は創立以来次第に隆盛に赴き、卒業生を出すこと既に一千二百名に及び、何れも成績良好にして上中流家庭の人となり、所謂良妻賢母の実を発揚し、随て同館の名声も海の内外に聞え候事は、兼て御承知の御事と奉存候、然る処同館の校舎は宮内省所管の建物にて、旧工部大学の一部に属し極めて旧式の建築にて逐年廃頽の傾向有之候に付、新築移転の必要有之候のみならす、時勢の進運に伴ひ教育上諸般の設備に改善を要する儀も多々有之旁々多額の資金を要する次第に有之候然るに最初二百名に近き本会々員も年所を経るに従ひ漸次凋落に帰し現存の会員は僅に其の三分の一に過ぎざる程に相成り候に付、会員協
 - 第45巻 p.20 -ページ画像 
議の結果、此の際会員及ひ相続者に追加出資を求むるの外、新に朝野有力の方々に請ひ、本会に御加名の上、御出資相願ひ候事に決定仕候就ては貴台にも何卒右の事情御酌取之上、相当の御助力被成下候様不堪希望之至、此段乍略儀以書面拝願仕候 敬具
 追て御参考之為め本会並に女学館に関する印刷書類呈上仕候間御一覧被下度奉願候
                女子教育奨励会評議員長
                    男爵 渋沢栄一
                同評議員東京女学館設立代表者
  大正八年 月 日             長崎省吾
                同評議員東京女学館長
                    男爵 神田乃武
          殿

    女子教育奨励会員に発する文案
拝啓、益々御多祥奉賀候、陳者本会に於て設立致したる虎の門内東京女学館之儀兼て御案内之通り創立以来既に満三十箇年を経過し、卒業生を出すこと一千二百名に及ひ成績極めて良好にして名声四方に聞え候段御同慶に奉存候、然る処同館従来の校舎は宮内省所管の建物にて旧工部大学の一部に属し極めて旧式の建築にて逐年頽廃の傾向有之候に付、新築移転の必要有之候のみならす時勢の進運に伴ひ、教育上諸般の設備に改善を要する儀も尠からす、旁々多額の資金を要し候儀に付、此の際本会会員並に其の相続者たる方々の御助力を仰き永遠維持の基礎を鞏固にし、益々本邦女子教育の発展を図り以て本会設立の趣旨目的を完全に相達し候様致度候間、貴台にも従前の御関係に依り、何卒御賛成之上相当の御助力被成下候様不堪希望之至、此段乍略儀以書面奉拝願候 敬具
               女子教育奨励会評議員長
                   男爵 渋沢栄一
               同評議員東京女学館設立代表者
  大正八年 月 日            長崎省吾
               同評議員東京女学館長
                   男爵 神田乃武
          殿

    父兄に発する文案
拝啓、益々御多祥奉賀候、陳者兼て御案内之通り本会に於て設立致したる虎の門内東京女学館之儀創立以来既に満三十箇年を経、卒業生を出すこと一千二百名何れも上中流家庭の人となり所謂良妻賢母の実を発揚し随て同館の名声も年月と共に隆昌に赴き候段御同慶に奉存候、然る処同館の校舎は宮内省所管の建物にて極めて旧式の建築に属し、逐年廃頽の傾向有之候に付新築移転の必要有之候のみならす、時勢の進運に伴ひ教育上諸般の設備に改善を要する儀も多々有之旁々多額の資金を要する次第に有之候、就ては此の際本会々員及ひ其の相続者は
 - 第45巻 p.21 -ページ画像 
申すに及はす卒業生父兄の方々の御助力を仰き、永遠維持の基礎を鞏固にし益々本邦女子教育の発展を図り、以て同館設立の趣旨目的を十分に相達し候様致度候間、貴台にも何卒御賛成之上御助力被成下候様不堪希望之至、此段乍略儀以書面得貴意候 敬具
               女子教育奨励会評議員長
                   男爵 渋沢栄一
               同評議員東京女学館設立代表者
  大正八年 月 日            長崎省吾
               同評議員東京女学館長
                   男爵 神田乃武
          殿
   ○右文案イヅレモ発送日付不明。
   ○此時ノ建築資金募集ニ際シテ、栄一ハ金五千円ヲ寄付ス。大正十二年大震火災ニヨル校舎焼失ノタメ仮校舎建築ニ際シ、校舎新築基金ノ一部ヲ流用スルニ至リテ、新築計画挫折セントス。当館卒業生等新築後援会ヲ組織シテ資金勧募ニ努ム。栄一夫人金二千円ヲ寄付ス。右後援会ノ集メタル資金十四万七千七百十三円余ヲ、同会ヨリ東京女学館ニ寄贈シ、昭和三年十月新校舎落成ト共ニ同会ヲ解散ス。(渋沢子爵家所蔵「東京女学館書類」(二)ニ拠ル)