デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
2節 女子教育
2款 財団法人東京女学館 付 女子教育奨励会
■綱文

第45巻 p.37-40(DK450010k) ページ画像

昭和4年11月18日(1929年)

是日、当校幹事西田敬止ノ校葬当校講堂ニ於テ挙行セラル。栄一弔辞ヲ述ブ。


■資料

集会日時通知表 昭和四年(DK450010k-0001)
第45巻 p.37 ページ画像

集会日時通知表 昭和四年         (渋沢子爵家所蔵)
十一月十六日 土 午後三時半 東京女学館臨時評議員会(同館)


竜門雑誌 第四九五号・第六七頁 昭和四年一二月 青淵先生動静大要(DK450010k-0002)
第45巻 p.37 ページ画像

竜門雑誌 第四九五号・第六七頁 昭和四年一二月
    青淵先生動静大要
      十一月中
十六日 ○中略 東京女学館臨時評議員会(同館)


東京女学館所蔵文書 【決議】(DK450010k-0003)
第45巻 p.37 ページ画像

東京女学館所蔵文書
    決議
一東京女学館幹事故西田敬止葬儀ハ館葬トス
 但館葬予算ヲ金壱千円也トシ、内金五百円ヲ白菊会ヨリ香奠トシテ寄附ヲ受クルコト
右決議ス
  昭和四年十一月十七日      於東京女学館来賓室
                  出席評議員
                    服部金太郎
                    大倉粂馬
                    長崎省吾(印)
                    桜井錠二
                 子爵 渋沢栄一(印)


東京女学館書類(二)(DK450010k-0004)
第45巻 p.37-38 ページ画像

東京女学館書類(二)            (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
    故西田先生館葬式次第
      十一月十八日午後零時半ヨリ講堂ニ於テ
一 奏楽
二 導師焼香
三 弔詞
  館長 職員総代 生徒総代 卒業生総代
  柳河学友会 町長
 - 第45巻 p.38 -ページ画像 
四 読経
 焼香(読経中)
  遺族 親戚 館長 評議員 職員 生徒総代
  卒業生 柳河学友会 町長 一般
五 退場

  一般告別式 同日午後二時――三時


渋沢栄一弔詞(DK450010k-0005)
第45巻 p.38 ページ画像

渋沢栄一弔詞             (西田享次郎氏所蔵)
維時昭和四年十一月十八日我ガ東京女学館幹事西田敬止君ノ葬儀ニ当リ、余ハ本館職員ヲ代表シテ謹テ哀悼ノ意ヲ陳ス
嗚呼天ノ人ヲ奪フ其レ命ナルカナ、樗櫟斧ヲ免レ文材誅セラル、正邪淑慝豈ニ欺誣ナカランヤ、君資性誠精懇篤恪勤其職ヲ尽シ、又自ラ信スルコト篤ク尤モ進取ノ気象ニ富メリ
顧フニ明治廿一年七月本館開設セラレ廿二年四月就職以降今日ニ至ルマデ、実ニ四十有一年間能ク女徳薫陶ノ任務ニ従事シ、大正十二年麹町三年町ニ於ケル旧校舎ノ大震火災ノ厄ニ遭フヤ直ニ応急ノ施設ヲ行ヒ、尋テ昭和三年四月本館新築竣工ニ至ルマテ拮据経営内外太タ努メ更ニ本年七月指定認可ヲ文部省ニ得テ進学ノ途ヲ拓キ、又本年三月以降小学科ヲ附設スルアリテ校模漸ク張リ、百事整備ノ緒ニ就カントスルニ際シ、倐忽トシテ仙逝シ再ビ君ト相見ル能ハサルニ至ル、嗚呼悲シイ哉、然リト雖モ君ノ女子教育ニ貢献セシ功績ハ永ク後昆ニ伝ヘテ朽ルコトナカルヘシ、今日玆ニ校葬ヲ行ヒ聊カ君カ霊ヲ慰メントス、庶幾クハ饗ケヨ
  昭和四年十一月十八日          子爵 渋沢栄一


集会日時通知表 昭和四年(DK450010k-0006)
第45巻 p.38 ページ画像

集会日時通知表 昭和四年         (渋沢子爵家所蔵)
十一月廿三日 土 午前九時 東京女学館国分操女史来約(飛鳥山邸)
   ○中略。
十一月廿六日 火 午后一時 東京女学館評議員会(渋沢事務所)


東京女学館書類(二)(DK450010k-0007)
第45巻 p.38 ページ画像

東京女学館書類(二)           (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
拝啓 陳者今般左記の通り評議員会開催可仕ニ付御多用中恐入候得共御出席相成度此段得貴意候 謹言
  昭和四年十一月廿二日 東京女学館
    (宛名手書)
    子爵 渋沢栄一殿
一日時及場所 十一月廿六日火曜日午後一時
       丸ノ内中通り廿八号館渋沢事務所
    議題
一故西田幹事へ弔慰金贈与の件
一後任幹事撰任の件
 其他

 - 第45巻 p.39 -ページ画像 

東京女学館書類(二)(DK450010k-0008)
第45巻 p.39 ページ画像

東京女学館書類(二)           (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
拝啓 陳者去ル廿六日評議員会開催之結果左記ノ通リ決定仕候間御了承被成下度此段得貴意候
一東京女学館幹事故西田敬止ヘ弔慰金贈与ノ件
 但シ金壱万円也ヲ十ケ年間ニ分割シ、毎年金壱千円宛ヲ毎月適当ニ贈与ス
一東京女学館附属西田幹事住居ニ供シ居タル木造瓦葺平家壱棟ヲ同遺族未亡人初瀬ニ贈与ス
一副館長選定ノ件
 向後長崎省吾氏ヲ東京女学館副館長ニ委嘱ス
一後任幹事撰任ノ件
 向後東京女学館幹事ヲ根来泰信氏ニ委嘱ス
以上
  昭和四年十一月廿六日         東京女学館
    (宛名手書)
    子爵 渋沢栄一殿


(国分操子)書翰 渡辺得男宛(昭和四年)一二月一九日(DK450010k-0009)
第45巻 p.39 ページ画像

(国分操子)書翰 渡辺得男宛(昭和四年)一二月一九日
                    (渋沢子爵家所蔵)
年末御多忙の御事とお察し申上候、さて西田先生弔慰金本日迄にて五千四百三十八円と相成り、猶弐・参百円は参ることゝ存候間左様御承知下され度候、猶一人の出金壱百円八人、あとは五十円・参拾円・弐拾円・拾円・五円・三円に御坐候、根来先生よりの御申付により白菊会よりの手紙差あけ候まゝ何卒宜敷御願申上候、とりいそき用事のみ
                         かしこ
  十二月十九日                国分操子
    渡辺得男様
        侍史
   ○右ノ書翰ノ封筒裏面ニ「金壱千円子爵ヨリ四、一二、二一、御承認」ノ別筆書入アリ。



〔参考〕東京女学館書類(二)(DK450010k-0010)
第45巻 p.39-40 ページ画像

東京女学館書類(二)           (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
秋も深く相成りものゝあはれを覚ゆる折柄、我西田敬止先生には兼ねての御病気俄に重らせられ十一月十六日の暁終に長逝遊されしは悲しとも悲しき極に候、越えて十八日母校講堂に於て校葬を以て盛大なる御葬儀相営まれ候、私共一同今更ながら先生の御温顔まのあたりに見ゆる心地して愛惜の情更に切なるを覚え候、御承知の通り先生は四十一年の長き年月母校に御勤務遊され、御教を受けたるもの実に壱千八百名の多きを数へ、教子達より慈父の如く慕はれ給ひ、御心の中は只東京女学館あるのみと御察し申上ぐる次第に御座候、さて御病中の御見舞並びに御香奠は白菊会員一同の名にて会の積立金の内より差上げ置き候間、皆様方よりは別に応分の御出金を願ひ之を取りまとめて御遺族に贈呈し御慰問の微意を表し度存候に付、時節柄御多端の御事と
 - 第45巻 p.40 -ページ画像 
は存上げ候へども御賛成の上何卒御出金下され度平に懇願仕候、猶御出金の額は御一名参円以上の事に御含み下され度願上げ候、就いては甚勝手ながら十二月十五日迄に別紙振替用紙を以て御払込み下され候はば有がたく存じ奉り候、先は右御願ひ迄 かしこ
  昭和四年十一月二十日
                      白菊会幹事


〔参考〕東京女学館書類(二)(DK450010k-0011)
第45巻 p.40 ページ画像

東京女学館書類(二)           (渋沢子爵家所蔵)
(葉書、印刷物)
拝啓、寒気厳敷折柄御機嫌よく渡らせ候御事とおめで度存上候、さて予て御配慮願上候故西田敬止先生弔慰金の儀御蔭を以て非常に好成績を収め、合計金八千弐百弐拾四円を三井信託預金と致し、故西田先生令夫人に贈呈致し候間左様御了承下され度候、先は御礼かたかた御報告申上候、尚詳細は白菊誌上にて御報告申上ぐべく候 かしこ
  昭和五年一月二十七日
                      白菊会幹事
   ○此ノ葉書ノ表側ハ栄一宛、「西田敬止氏弔慰金ノ報告」ナル朱書別筆書入アリ。