デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
1款 埼玉学友会
■綱文

第45巻 p.114-117(DK450041k) ページ画像

明治45年2月11日(1912年)

是日栄一、当会ノ例会ニ臨ミ、演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四五年(DK450041k-0001)
第45巻 p.114 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四五年        (渋沢子爵家所蔵)
一月三十日 晴 寒
午前七時半起床入浴シテ朝飧ヲ食ス、畢テ○中略若山徳氏来リ学友会大会ノ事ヲ談ス○下略
  ○中略。
二月十一日 晴 寒
○上略 諸井恒平氏来訪ス、午飧後直ニ諸井氏ト共ニ埼玉学生誘掖会ニ抵リ、学友会例年大会ヲ開キ、勅語ヲ朗読シ学生ニ賞品ヲ授与ス、後学生一同ニ人格修養ニ付一場ノ訓示演説ヲ為ス○下略


委員日誌(二)(DK450041k-0002)
第45巻 p.114 ページ画像

委員日誌(二)            (埼玉学生誘掖会所蔵)
二月十一日(日)○明治四五年
 埼玉学友会第廿二回大会寄宿舎ニ開カル。
 炊事部ハ学友会若山幹事ノ申シ出シニ応ジ、出席会員ニ供スル夕飯ヲ調理スル為メ寄宿舎炊夫ヲ用フル事ヲ承諾シタリ。


学友会報 埼玉学友会編 第二〇号・第二―七頁大正二年二月 講演 青淵先生の訓示(DK450041k-0003)
第45巻 p.114-117 ページ画像

学友会報 埼玉学友会編  第二〇号・第二―七頁大正二年二月
  講演
    青淵先生の訓示
 私が此処に御話して置くのは相変らず学生の人々に対する一言の訓示でございまして、詰り一口に申せば充分に勉強して一身の為めにも国家の為めにも御尽しなさるやうになさいませ、斯う申すに過ぎぬのである、もう是だけで、私の申すことは足りたやうな訳であるが、併し人が此世に立つては、どうしても其人たるの本分を尽さんならぬと云ふことを平常に心掛けねばならぬであらう、其人たるの本分を尽すと云ふことはどうしたら本分を尽せるかと云ふことを一つ能く観念して見ねばならぬ、己自身が世に立つて、己一身を支へ、又両親があるとか、親族があるとか云ふならば、さう云ふものゝ差支ないやうに己の身を立つて、己の職を尽して行けば、それで人たるの分は尽るか、決して尽ることはない、人が若し自己本位とするならば銘々自己を尊んで、自己だけの都合を図つて行つて必ず行き通せぬことはないと、或は思ふ場合がないではない、是は極く主観的に己を本位とする見解からして、それで本分が尽せるとも言ひ得るであらう、けれども併し凡そ人が世に立つには決して人一人で世に立つことは出来ない、況んや其一人が、若し仮りに世に立つとした所が、皆銘々個々別々であつたならば、其社会は如何であるか、広く言ふたならば其国家はどうなるか。
 斯う考へますると云ふと、今の自己本位と云ふものは決して完全な見解ではない、故に人が人たるの本分を尽すと云ふことは前に申す自
 - 第45巻 p.115 -ページ画像 
己本位、己さへ満足に智恵もあり、勉強も致して相当な生活が出来るならそれで足りると云ふことは、決して真正の国家社会を成す場合に於ては言へぬことであらうと斯う思ひますのです。
 するとどうしてももう一つ進んで其今の主観的自己本位でなしに、客観的に其社会、国家本位に於て倶に進み、倶に栄を来すと云ふことでなければ、完全な人たることが尽せぬと云はねばならぬと思ひます而して其多くの国、又社会の極く局部に存して己一身の完全な働を為して行くには、先づ第一に知識と云ふものを進めんならぬ、知識なくして世を益し、己を立つて行くことは出来ない、即ち学問の必要と云ふことが以て生ずる訳である、諸君が今各方面に己の好む所、己の長ずる所の学に就いて居るのは、即ち今日の場合其世に立ち、己を修めて行く所の今修行である、左様に知識を進めると云ふことは、勿論人に此上もない肝要なことでありますけれども、知識の進むと同時に其精神の修養を尚ほ進めて行かねばならぬ。是が尤も自己本位ではいけないと云ふ所に充分論じ詰め得らるゝことゝ思ふのであります。
 既に精神を充分に修養して行かうと云ふに付いては、それに相応する考案を付けて行かねばならぬ、私は此処に諸君に先づ知識を修練するに付いての学問は、各学校のことは勿論、我長ずる所、我好む所が錬磨されるであらうけれども、前に申す精神の修養に属することに於ては、斯種の会合に於て常に御心を用ゐて、成るたけ此学生にして学生たる人格、又追々学成つて世に立つ場合に於ける人格の修養と云ふことは最も必要であらうと思ふ、勿論智恵を磨くが為めに各種の学問を修めるは論を俟ちませぬけれども、唯其学問を修めるのみに止まつて、智恵だけは余りあるけれども、精神の修養が不足で人格の低い人であつたならば、決して独り一身だけでも完全に修め得られぬのみならず、今の希望するが如き国家社会に効能を為し得らるゝ人たることは殆ど期し難いと申さねばならぬやうに考へます。
 故に斯く愉快に学生諸君が各種の方面に知識を磨くに於ては学問修錬は勿論充分に切磋琢磨の功を積まんことを希望しますが、併し其知識を磨くと同時に是非精神を修養し、完全の人格を作ると云ふことを深く御心掛あるやうに致したい、此人格を作ると云ふことは、唯単に学識の上で人に先立つのが格式でもない格と云ふ字を如何に解釈するか、学者に言はしたならば、人格と云ふものは抑如何なるものかと云ふ定義を生ずるでありませう、併し私は先づ俗に人格と云ふことを語り、常識が発達して居つて、品行が方正で、気性が高尚で、而して仕事は能く行渡る「欲訥於言而敏於行」とか、言忠信、行篤敬とか云ふやうな所が完全に届いて、而して其気性が卑下に陥らないやうにあつたならば、即ち完全な人格と言ひ得らるやうになるであらうと思はれるのです。
 故に人格と云ふものに付いては、唯目前諸君が各学校に於て修めるばかりでは実際出来るものでない、それに所謂精神を修養して、仁義忠孝に基いた心の養ひが学校で受ける教育と、家庭教育と倶に進んで是が全く自身の身体から活用して得らるゝやうになつて、初めて完全な人格を得る訳になるのである、併ながら此人格と云ふ字が幾分人と
 - 第45巻 p.116 -ページ画像 
成つてから、即ち学校を済んでそれから先き社会に出るばかりが人格と云ふのではないのです、学生其者にも即ち人格と云ふものがあると云ふことを御忘れにならぬやうにしたい。
 尤も人格と云ふやうな文字が兎角に極く若い時分は暴れちらかす、暴れるのが人格だと云ふのは可笑しいやうである、人格と云ふ字は兎に角年取つた人の唱へる言葉のやうに聞えるけれども、唯単に老人とか壮年以上でなければ、人格は具はらぬとは私は思はぬ、若い時分から其心掛を以て、或る場合には所謂威武にも屈せず、富貴にも蕩かされず、立てた志を完全に立てす、又若い時分であるから時々は勇気を出して暴れるも宜し、自分で好んだものは少々は勢に乗じ、度を過すと云ふやうなことも果して青年時代にないとは言はれぬのである、唯青年と云うても人格を作りたいと云うて志すと、余り小さく固まつて了へと云ふ意味で申すのではありませぬ、さう云ふ志を以て追々と修養して行つて、而して今の学校教育に対する知識を得て其知識と志とが相合して初めて世に立ち事を処する。其処することが宜しきを得る此処に初めて人たるの本分が尽せる。斯う私は思ひますのです。
 故に其人格の根本を論ずるならば、即ち教育勅語にも御示がある通り「父母に孝に兄弟に友に」、それから幾分人と成つて「夫婦相和し朋友相信じ」、其「夫婦相和し朋友相信ずる」前に即ち諸君の今努めて御座る如く「学を修め業を習ひ」、斯の如くして「知能を啓発し徳器を成就し」にある所である。若し前に申す如く唯一身の利得、一身の栄達、自己本位、主観主義であつたならば、必ず人格と云ふものは悪くすると「不奪不饜」と云ふ弊に陥つて、殆ど人格は取失はれるやうになる、若し後に述べたる如く全く国家の観念を以て社会に尽すと倶に己の身を立てると云ふことを主義として行くならば、高尚な威厳も始終保つて居らるゝであらう、忠勇の行も始終尽して行けるであらう、即ち完全なる人格が養成し得らるゝと申して宜からうと考へますのです。
 常々申して居りますのは、此国家が四十年の間に斯くの如く拡張して列強の模範になつたと云ふのは実に御互国民として愉快に存ずる訳である、マア之を第一期とか、第二期とか、仮りに時を経つて例へて見たならば、最近天保とか、嘉永とか、安政とか、云ふ間に生れて来た者が維新の政治を成し遂げて、其以後の経営に依つて今日までに続けて行つたならば、第二の進歩を図るのは即ち今の若い諸君、各々方の職責と云はねばならぬ、是はマア独り最近の人ばかりが国家を担ふと云ふ訳ではない、けれども併し時代より論ずればどうしても吾々の第二期線として継ぐのは青年諸君であると言はねばならぬ、此四十年の間、天保・嘉永・安政の人は是だけの力を尽したと云ふのに、明治の人間は是に一歩後れると云ふことであつたならば、明治の人間甚だ意気地がないと言はねばならぬから、矢張現在の人は責任が寧ろ重いのである、況や吾々は一つ諸君に余程強く言ひ得る権利がある、何故なれば私は天保時代に生れた、けれども私共の稽古と云ふものは誠に少なかつた、学友会も何もかもなかつた、寺子屋稽古であつた、碌な稽古はせんだがそれでも幾らか此世の中にさう丸るで昼寝はして居ら
 - 第45巻 p.117 -ページ画像 
なんだ、所が学んだ諸君で学ばぬ者よりも一向働きが鈍いと言つたらば、能く能く意気地なしと斯う先づ年寄から言はれる訳であります。
 今日も或る修養団員の人に会て、頻りに今の学生青年が大事である此青年に是非此元気を鼓舞せねばならぬ、青年の知識を進めねば迚も此国はいかぬ、然るに今の青年は勇気が少しもない、誠に重箱の隅に跼蹐として居るやうな風があつて困ると云ふことを頻りに申して、其年取つた人が青年の元気をモツト附けさせるやうにせぬが悪いと云ふやうな説を頻りに言つて居つた、私は其処に議論をして、其やうに君は青年ばかりを大切に言ふけれども、其青年は誰から出来たのだ、年寄から出来たのだ、さうすれば其青年が大切ならば老人をも大事にせねばならぬぢやないか、而して其青年の勇気を鼓舞すると云ふことは頗る宜いけれども、併し其青年の学問の程度がどうしても昔と今と違つて居るものだから、是はどうしても教育制度が余程変更でも来たさねば、年寄たらしむる間に人間を余計働かせることは出来ない、今さう云ふ議論をした所が是は間に合はぬことである、併し其青年に対する議論は其人は頗る青年であつて、決して私は不同意は言はぬ、御前の如く青年が一生懸命肩身を入れて青年は即ち国家の元気であると云ふと、年寄は国家の元気でもなくなるやうに聞えるから甚だ迷惑である、けれども決して之れに対して反対はせぬ、併し其青年を勇気あらしむると云ふのは、青年自身も吾自から矢張年取つた、吾々も之れに力を添へねばならぬのであるから唯青年だけを珍重して老年の吾々をどうでも宜い、疾く死ねば宜いと云ふやうな挨拶は甚だ怪しからんぢやないかと云つて笑ひましたがね、兎に角此人などは諸君の味方で是非青年に勇気あらしめたい、青年をしてモツト能く活躍させたいと云ふやうに論じて居るのであります。
 如何にも誰も彼も私の憂ふる程此世の中を心配するのも無理ならぬので、私共も年を取つたが随つて益々此未来の懸念を増すやうに思ふのです、斯の如きことは所謂老婆親切で、青年諸君は必ず「御安心なさい、さう年寄に心配は掛けませぬぞ、吾々は立派に国家を進歩させて御覧に入れるから」と必ず答をするでありませう、併し其答を満足せしむる為めに前に申す通り何卒人格を高めると云ふことが甚だ必要である、而して此人格を高めると云ふことは個人主義ではいけませぬ故に是非充分に学業を進められると倶に、人格の修養に御勉強あらんことを希望します。