デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
2款 財団法人埼玉学生誘掖会
■綱文

第45巻 p.193-194(DK450062k) ページ画像

明治44年6月24日(1911年)

是日栄一、当会ノ茶話会ニ出席シ、欧米漫遊ノ途ニ上ラントスル当会寄宿舎監督矢作栄蔵ノタメ、送別ノ辞ヲ述ブ。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四四年(DK450062k-0001)
第45巻 p.193 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四四年       (渋沢子爵家所蔵)
六月二十四日 曇 暑
○上略
此日午後二時ヨリ埼玉学生誘掖会ニ抵リ○中略又矢作氏海外行ニ付送別ノ辞ヲ為ス、午後六時頃散会ス


埼玉学生誘掖会十年史 同会編 第一四六頁大正三年一〇月刊(DK450062k-0002)
第45巻 p.193 ページ画像

埼玉学生誘掖会十年史 同会編  第一四六頁大正三年一〇月刊
 ○第二篇 寄宿舎史
    一、寮史
○上略
六月二十四日○明治四四年午後四時よりホールに於て、矢作博士欧米漫遊の送別の意を含み、茶話会を開催す。恰も好し、当日は誘掖会評議員会ありたれば、其れ等先輩諸先生の御出席を得たり。平野委員の開会の辞に尋いで、渋沢会頭登壇、今や本会は財団法人となり、基礎の鞏固を加ふるに従て朝野の注視漸く深からんとする際、舎生諸士に於ても呉れ呉れ寄宿舎要義の精神を服膺し、益々舎風を振粛すべき様心掛けよとの訓辞並びに矢作博士送別の辞あり。○下略


委員日誌(二)(DK450062k-0003)
第45巻 p.193 ページ画像

委員日誌(二)           (埼玉学生誘掖会所蔵)
六月廿四日○明治四四年
 午後四時より楼上ホールに於て矢作先生欧米漫遊の送別之意を含み茶話会を開く。当日会以前に評議員会ありたれば其等の人々皆出席す。平野氏開会之辞を述べ、尋いで渋沢会頭の訓辞、並びに矢作先生送別の辞あり、次に矢作先生の挨拶、最後ニ本多先生監督辞任の挨拶あり、五時少し過ぐる頃、山口氏の会頭訓辞に対する答辞あつて閉会す。○下略


渋沢栄一 日記 大正二年(DK450062k-0004)
第45巻 p.193 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正二年          (渋沢子爵家所蔵)
三月五日 晴 寒
○上略 三時半新橋停車場ニ抵リ矢作栄蔵氏ノ帰朝ヲ歓迎ス○下略


委員日誌(二)(DK450062k-0005)
第45巻 p.193-194 ページ画像

委員日誌(二)             (埼玉学生誘掖会所蔵)
 - 第45巻 p.194 -ページ画像 
三月五日○大正二年
 午後三時二十三分矢作先生帰朝ニ付、各委員矢島・加藤・堀・瀬田四名出迎ヒタリ、会頭渋沢男モ出迎ヒタリ
○下略


埼玉学生誘掖会十年史 同会編 第九九頁大正三年一〇月刊(DK450062k-0006)
第45巻 p.194 ページ画像

埼玉学生誘掖会十年史 同会編  第九九頁大正三年一〇月刊
 ○第一篇 埼玉学生誘掖会史
    第二期 財団法人組織時代
○上略
大正二年三月五日、曩に官命を帯びて欧米視察に赴きたる寄宿舎監督法学博士矢作栄蔵氏帰朝せり。○下略