デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
8款 早稲田大学
■綱文

第45巻 p.394-396(DK450153k) ページ画像

昭和6年10月8日(1931年)

是ヨリ先昭和五年十月、栄一当大学維持員ヲ辞セントセシモ、当大学当局者ノ懇請ニヨリ思ヒ止マル。是日栄一、維持員ヲ辞任シ、当大学ヨリ感謝状及ビ記念品ヲ贈ラル。


■資料

渋沢栄一書翰 控 高田早苗宛昭和五年一〇月四日(DK450153k-0001)
第45巻 p.394 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 高田早苗宛昭和五年一〇月四日 (渋沢子爵家所蔵)
 早稲田大学
  総長 高田早苗殿            渋沢栄一
拝啓益御清適奉賀候、然ば老生従来貴大学維持員として名を列し居候処、老齢の為め健康上の故障多く、時々御開催の維持員会にも出席致兼、殆んど有名無実の有様にて恐縮罷在候次第に御座候、然し任期中彼是申上候も如何と存じ差控え居候処、今般任期満了に付ては此機に於て拝辞致度候間、事情御諒察の上不悪御承引被成下度候
猶維持員御辞退致候とも必要の場合は何なりとも御相談に相応じ候間御含被下度候、右得貴意度略儀ながら代筆如此御座候 敬具
  昭和五年十月四日


早稲田大学書類(三)(DK450153k-0002)
第45巻 p.394-395 ページ画像

早稲田大学書類(三)         (渋沢子爵家所蔵)
    早稲田大学維持員ノ件
 - 第45巻 p.395 -ページ画像 
昭和五年十月七日、早稲田大学常務取締役田中穂積氏飛鳥山邸《(マヽ)》ニ渋沢子爵ヲ訪ヒ、大体左ノ談話アリタリ
 過日早稲田大学維持員御辞退の御書面を頂戴致しましたが、子爵が維持員を退かれますと、何だか特別の理由があるやうに見へる恐がありまして非常に困る次第で御座いますから、其辺の事情を御察し下さいまして、是非従来通り御名前を御出し下さる様切に御願申上げたい為め、押して御面会を御願ひした訳で御座います。御健康の御都合で会に御出席がないと云ふ事を御心配のやうで御座いますが御出席下さいませんでも御名前を御出し頂ければ結構で御座います猶私共も一生懸命に注意致しまして御心配は掛けませぬから、何卒枉げて御承諾下さる様御願申上げます。
之ニ対シ子爵ハ略左ノ通答ヘラレタリ
 御鄭寧な御言葉で恐縮で御座います。実は老衰致しまして一向御役に立ちませんし、会にも殆ど出席をせぬ有様で、云はゞ有名無実で御座います為め、疾くに辞めたいと思ふて居りました。然し突然辞めましても学校に迷惑を及ぼしてはならぬとの懸念から、段々遷延致しましたが、今度任期満了と云ふことですから、此機会にと思ふて申上げた次第で御座います。然し段々の御話を承つて見ますと強てとも申上げられませぬから、御話の通りに致しませう。
右ノ交渉ニヨリ引続キ維持員タルコトヽナリ、曩ノ書面ハ取消サレタル次第ナリ
  右者子爵より承りたる処を概記したるものなり 白石


渋沢栄一書翰 控 田中穂積宛昭和六年一〇月五日(DK450153k-0003)
第45巻 p.395 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 田中穂積宛昭和六年一〇月五日 (渋沢子爵家所蔵)
 早稲田大学
  総長 田中穂積殿
拝啓益御清適奉賀候、然ば老生従来貴大学維持員として名を列し居候処、都合により御辞退致度候間何卒御承引被下度候
右御断申上度如此御座候 敬具
  昭和六年十月五日            渋沢栄一
(欄外記事)
[昭和六年十月十一日美濃罫紙ニ毛筆ニ認メ書留封速達発送済


早稲田大学書類(三)(DK450153k-0004)
第45巻 p.395-396 ページ画像

早稲田大学書類(三)           (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
拝啓、十月八日定時維持員会ニ於テ、左記事項決議相成候間此段御通知申上候也
一、維持員(会長)侯爵大隈信常氏・同市島謙吉氏・同高田早苗氏・同坪内雄蔵氏・同子爵渋沢栄一氏辞任ノ件報告承認
一、子爵渋沢栄一氏維持員辞任ニ付、永年ノ功労ニ対シ感謝ノ意ヲ表スル為メ左ノ決議ヲナスコト
    決議
   多年学園ノ為深厚ナル御高援ニ対シ、維持員会満場一致ノ決議ヲ以テ謹テ感謝ノ誠意ヲ表明致候
 - 第45巻 p.396 -ページ画像 
   尚記念品ヲ贈呈スルコトヽシ、其選定ヲ理事会ニ一任スルコト
○下略


早稲田大学書類(三)(DK450153k-0005)
第45巻 p.396 ページ画像

早稲田大学書類(三)           (渋沢子爵家所蔵)
    昭和六年十月八日
    定時維持員会決議
多年学園ノ為メ深厚ナル御高援ニ対シ、維持員会ハ満場一致ノ決議ヲ以テ謹テ感謝ノ誠意ヲ表明シ、併セテ永ク学園ノ為メニ御高配アランコトヲ切望致候
  昭和六年十月八日    早稲田大学総長 田中穂積
    子爵渋沢栄一殿
(別紙)
    目録
  一、記念品
  昭和六年十月八日
                      早稲田大学


半世紀の早稲田 早稲田大学出版部編 第四一〇頁昭和七年一〇月刊(DK450153k-0006)
第45巻 p.396 ページ画像

半世紀の早稲田 早稲田大学出版部編 第四一〇頁昭和七年一〇月刊
 ○第一篇 第五章 昂揚期
    第十三節 総長の更送
○上略
 一方、新総長田中は就任以来、評議員・教職員・校友会幹事を招待して、自分の立場を明らかにして援助を求め、被招待者の代表はそれぞれ総長の経験・意志・熱心手腕に依頼する旨を述べた。かうして学園に漲つてゐた暗影は全く払拭せられ、平和と希望との光りが前途を照らした。
 そこで高田・坪内・市島の三元老は安心して、十月に入つて、維持員の任を辞し、大隈信常・渋沢栄一の二人もまた辞任したので、十月八日維持員会は之を承認し、五人の永年の功労に対して感謝状を呈した。○下略
   ○昭和六年六月二十三日高田早苗総長ヲ辞シ、田中穂積就任。