デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
12款 東京帝国大学関係 1. ヘボン氏寄付講座
■綱文

第45巻 p.453-455(DK450168k) ページ画像

大正7年2月9日(1918年)

是ヨリ先栄一、エー・バートン・ヘボンノ指定ニヨリテ、東京帝国大学総長ヨリ、当講座委員ヲ依嘱セラル。是日、東京帝国大学法科大学第三十二番教室ニ於テ、当講座開始式挙行セラレ、栄一出席シテ演説ヲナス。


■資料

ヘボン講座関係書類(DK450168k-0001)
第45巻 p.453 ページ画像

ヘボン講座関係書類      (東京帝国大学本部庶務課所蔵)
  大正七年二月二日送達済
    按   (御紋章入辞令用紙ヲ用フ)
エー・バルトン・ヘボン氏寄附講座委員ヲ依嘱ス
  年 月 日
                         総長
    米国大使
    石井子爵
    渋沢男爵宛(各通)
    井上準之助
    目賀田男爵(帰京ノ上発送ノ事)
○下略


ヘボン講座書類(一)(DK450168k-0002)
第45巻 p.453 ページ画像

ヘボン講座書類(一)          (渋沢子爵家所蔵)
(写)
時下益御清栄ニ御座候半奉賀候、扨御聞及も御座候半米国人ヘッボルンと申す人より、当大学へ公債(五分利)にて額面拾弐万円、外ニ現金にて三千円寄附に相成、其の利子を以て当大学ニ講座を設け、米国憲法歴史外交を講せしむることに相成、寄附者の指定にて米国大使・石井子爵、渋沢・目賀田の両男爵並ニ老台の五名、委員として御当り被下候様申来り、委員諸君ニは別ニ御面倒ヲ願候訳ニは無之、只右講座ニ関し時々或ハ御意見を伺候事可有之か位の事ニ御座候間、御迷惑ながら御引受被下度奉願候、米大使・石井子爵・渋沢男爵ハ既ニ御承諾被下候儀ニ御座候、右ハ参殿御願可仕の処、公私多用の為乍略儀以御手紙御依頼申上候 敬具
  大正七年一月廿三日
                 東京帝国大学総長
                      山川健次郎
    井上殿
       侍史


渋沢栄一 日記 大正七年(DK450168k-0003)
第45巻 p.453-454 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正七年        (渋沢子爵家所蔵)
二月九日 晴
○上略 午後二時帝国大学ニ抵リ、ヘポン氏寄附講演発会ニ列席ス、山川
 - 第45巻 p.454 -ページ画像 
総長ノ演説ニ次テ一場ノ演説ヲ為ス、後新渡戸博士ノ講演アリ○下略


集会日時通知表 大正七年(DK450168k-0004)
第45巻 p.454 ページ画像

集会日時通知表 大正七年        (渋沢子爵家所蔵)
二月九日 土 午後二時 ヘボン氏寄附講座講演開始(法科大学三十二教室)


ヘボン講座関係書類(DK450168k-0005)
第45巻 p.454 ページ画像

ヘボン講座関係書類 (東京帝国大学本部庶務課所蔵)
拝啓、来る九日(土曜日)午後二時法科大学第三十二番教室ニ於テ、ヘボン氏寄附講座ニ属スル講演開始候間、御臨席之栄ヲ得度此段御按内申上候 敬具
  年 月 日
                        総長
 ヘボン氏寄附講座委員各員宛
 外ニ目賀田氏ヘモ差出スコト


ヘボン講座書類(一)(DK450168k-0006)
第45巻 p.454 ページ画像

ヘボン講座書類(一)           (渋沢子爵家所蔵)
  大正七年二月二日送達済
    按
                       学生々徒
来ル九日(土曜日)午後二時、法科大学第三十二番教室ニ於テヘボン氏寄附講座ニ属スル講演ヲ開始ス、随意聴講スヘシ
 但満員ノ節ハ入場スルヲ得サルコトアルヘシ、又二時後ハ入場ヲ許サス

      又
来ル九日(土曜日)午後二時、法科大学第三十二番教室ニ於テヘボン氏寄附講座ニ関スル講演開始相成候間、貴学職員聴講御随意ニ有之候条夫々通牒方可然御取計相成度、命ニ依リ此段及御通知候也
  年 月 日               庶務課長
    各分科大学長宛

      又
…………講演開始相成候間御聴講御随意ニ有之候、此段及御通知候也
  年 月 日               庶務課長
    名誉教授宛


竜門雑誌 第三五八号・第二三―二四頁 大正七年三月 東京高等商業学校に於て(大正七年二月八日第五回講演、未校閲) 青淵先生(DK450168k-0007)
第45巻 p.454-455 ページ画像

竜門雑誌 第三五八号・第二三―二四頁 大正七年三月
    東京高等商業学校に於て
      (大正七年二月八日第五回講演、未校閲)
                        青淵先生
○上略 既に明日帝国大学で一の講座が開かれて、其初の講演がある筈であります。此程総長から承ると差向いた所では従来の教授で亜米利加憲法を美濃部達吉さんが持ち、亜米利加の外交史を吉野作造博士が持ち、亜米利加の歴史を新渡戸稲造氏が持つて、日本の帝国大学に於け
 - 第45巻 p.455 -ページ画像 
る亜米利加講座が玆に成立しまして、明日初講演があります。是はどう云ふ事からさう云ふことに進んで来たかと云ふと、紐育のチース・ナシヨナル・バンクの頭取をして居るヘボンと云ふ資産家、字引の著者にヘボンと云ふ人がありますが、あれと同姓の人であります。丁度昨年の七月頃でありました、私に手紙を寄越して、日米関係は大に良くなつて来たけれども未だ安心とばかりは言へぬ。どうしても此両国の間にお互に而も学問的に能く事情を疏通せしむるが、日米関係を良くせしむるに最も必要であると思ふ。渋沢は長い間其事に尽力されて居ると云ふことを聴いて甚だ喜ぶが、未だ私は完全とは思へぬ。亜米利加の人も日本を知ることは尠いけれども、日本の人も亜米利加を知ることの尠いのは憂ふべきことである。依て私の務めとして、東京帝国大学に亜米利加講座を設けて貰ひたい。それにはどの位金が掛るか一年に五千円若くは六千円の費用を生ずるだけの元本を、即ち十万円乃至十二万円の公債証書を帝国大学に寄附したい、之に依つて年々生ずる金を以て永久的に亜米利加講座を帝国大学に設けて貰ひたい。此事を頼む。帝国大学へ直接申込んでも宜いのだけれども、併し成るべく従来日米の間に深く心を用ゐ力を尽して呉れた人の手を労するが私は適当と思ふて此希望をお前に言ふてやる、どうかお前が其事を周旋して呉れろ。斯う申して参りました。洵に喜ばしい事であるから、早速山川さんに御相談しました所が、至極結構だ、然らば引受けやうと云ふて、追々に相談して丁度昨年の冬其手続がスツカリ出来まして、玆に愈々講座が成立した。それが今申す明日始めて講演の初回が開かれると云ふ訳で、私にも参るやうにと云ふ御案内を得て居りますが、既に亜米利加にさう云ふお人まで生じて居る位であります。唯一人の企てに依つて講座が起つたと云ふ事のみを以て、日米の関係が満足とは言へませぬけれども、知識階級のさう云ふ有力の人が段々殖えて来ると云ふことは、以て両国の親善を頼むに足ると申しても、決して間違つた言葉ではなからうと思ひます。○下略