デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
12款 東京帝国大学関係 1. ヘボン氏寄付講座
■綱文

第45巻 p.461-464(DK450171k) ページ画像

大正10年3月15日(1921年)

是月、当講座寄付者エー・バートン・ヘボン、息女コーデリアヲ同伴来日シ、是日渋沢事務所ニ栄一ヲ訪問ス。三月十七日、東京銀行倶楽部ニ於テ、日本銀行総裁井上準之助主催ノヘボン招待晩餐会催サル。栄一出席シテ演説ヲナス。四月二十六日、栄一飛鳥山邸ニ於テ、招待午餐会ヲ催ス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正一〇年(DK450171k-0001)
第45巻 p.461 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正一〇年        (渋沢子爵家所蔵)
二月二十五日 曇 寒
○上略 九時半帝国大学ニ抵リ、仁井田法科学長○仁井田益太郎ニ面会シテ米国ヘボン講坐ノ事ヲ詳説ス、且関係書類ヲ袋入ニシテ交付シ、ヘボン氏三月七日頃日本着ノ事ヲ告知ス○下略
   ○中略。
三月十五日 晴 軽寒
○上略 十時半事務所ニ抵リ、米人ヘツパン氏其娘ト共ニ訪問セラル、浜岡五雄氏同伴ス、大学ニ設立スル米国講座ノ事ニ関シ種々ノ談話ヲ為ス○下略
   ○中略。
三月十七日 晴 寒
○上略 夜六時半銀行倶楽部ニ抵リ、井上日銀総裁ノ招宴ニ出席ス、米人ヘツパン氏ヲ紹介スル饗宴ナリ、食卓上一場ノ演説ヲ為ス、夜十一時散会帰宅ス


集会日時通知表 大正一〇年(DK450171k-0002)
第45巻 p.461 ページ画像

集会日時通知表 大正一〇年        (渋沢子爵家所蔵)
三月十五日 火 午前十時半 ヘボン氏令嬢兜町ニ来約
 - 第45巻 p.462 -ページ画像 

中外商業新報 第一二五七二号 大正一〇年三月一八日 競争歓迎 ヘ氏日米親善論(十七日夜晩餐会席上)(DK450171k-0003)
第45巻 p.462-463 ページ画像

中外商業新報 第一二五七二号 大正一〇年三月一八日
  競争歓迎
    ヘ氏日米親善論
      (十七日夜晩餐会席上)
日銀総裁井上準之助・子爵渋沢栄一・団琢磨氏等日米関係有志発起の下に、目下来朝中のヘツボーン氏を知名未見の人士に紹介する目的を以て、十七日午後七時より銀行集会所に晩餐会を開きたり、参会者は司会者・主賓の外に、米国代理大使ベル氏を始め阪谷男・鎌田(栄)池田(謙)・串田・米山・松方(巌)・浅野(総)・平沼(淑)・添田氏等約五十名に達し、デザートコースに入るや、井上総裁の挨拶に次でヘツボーン氏左の如き答辞を述べ、更に渋沢子は日米親善に関し感動深き演説を試み、十時盛況裡に散会せり
 日米両国民が世界平和の為め又特に隣接国民の間の難局を解決するがために相提携協力し居ることこそ認識すれ、苟も両国が相互に戦ふが如き事あるべしなどゝは考へ及ばざる所なり、戦後の惨禍は這般吾人が参加したる大戦役に於て好く其恐るべき実例を表示せられたり、米国に於ては日本に対して戦はんとするが如き感情は全く存することなし、ルーズベルト氏は嘗て曰く「日本の友情が吾人の有する最上の国際的資産たることを知らざる者は愚人なり」両国間に横はる太洋は決して両国を分離するものに非ず、遠く四千哩を隔つる米国は東洋の開発につきて興味を有せるが
 特に日本 に対して一層の興味を有し居れり、近藤男が巴里会議より帰途紐育に於て大晩餐会を開催せられたる際、氏は日本が海運業に於て米国を凌駕し、英国に拮抗せんとしつゝあり、今日既に重要諸国に通ずる十七の航路を有し、将来一層之を増加するの企図ある由を述べられたり、吾人は日本との激烈なる競争を予期し且つ之を歓迎するものなり、両国は世界貿易界に於ける最も激烈なる競争者たるの運命を有し、従て此商業上の競争に伴ふ種々の軋轢を見ることも或は已む得ざるべし、然りと雖も競争は又同時に協同を意味す最近発表せられたる日本の二大銀行の報告書は、各位が国民として最も誇るに足るべき一事を記載せり、日本の多くの支店或は代理店によりて世界の貿易界は著敷発展を告げたり、其正貨の保有高は以て東京をして世界金融の一中心市場たらしめたる所、而して之に比肩す可きものは独り我紐育あるのみ、日本の銀行制度は過去に於ける幾多の経験に基きて改善せられ、今や理想的にして何れの国に比するも敢て遜色あることなく驚く可き多くの利益を挙げつゝあり、日米両国は其金融上の実力により、貨幣価値の下落と信用の破壊とに苦しめる諸国が、常態に復するの日迄世界の金本位制を維持し、信用の権威を失墜せしめざるの大責任を双肩に担ふものなり、世界の諸国は
 日米両国 に対し其負債の全額を金又は其他の物にて支払ふべく、彼の支払拒絶或は債権抛棄説の如きは全然採るに足らざるものなりとす、日本は米国同様開戦以来債権国となりたるを以て、右の如き
 - 第45巻 p.463 -ページ画像 
責任を負ふ可き義務あれども、国民は須く其眼界を広くして普く全世界に及ばしめ、其行動の上には他国民の利益をも之を考量せざる可らず、国際聯盟には種々の支障あり、其行動も亦遅々たる可しと雖も、主要諸国は相互に協力し得可く、又せざる可らざるなり、余の見解によれば伊・仏・英・米及日の五国が協同すれば足れり、今や日本は二十二億円の正貨を擁し、其債務は比較的小にして、債権の超過せる点に於て他国に勝れり、故に世界は金本位制を維持し、信用組織を保持するものとして日米両国に嘱望しつゝあり、貴国全権大使は巴里会議に於て人種平等の宣言を要求せられたるが、各位は芸術に於ても、科学に於ても、将又貿易産業の点に於ても、軍事外交に於ても他国民に優超せることを示されたり、今や世界が諸君に向つて期待せるの事実は、即ち諸君の平等なることを紙上の宣言よりは更に強く認識せる所以なりとす


集会日時通知表 大正一〇年(DK450171k-0004)
第45巻 p.463 ページ画像

集会日時通知表 大正一〇年       (渋沢子爵家所蔵)
三月廿一日 木 午后零時半 ヘボン講座ノ件ニ付古在総長ヨリ御案内(大学本部)


渋沢栄一 日記 大正一〇年(DK450171k-0005)
第45巻 p.463 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正一〇年       (渋沢子爵家所蔵)
三月二十三日 晴 寒
○上略 十一時帝国ホテルニ抵リ、米人ヘバン氏ヲ訪問シ、近日支那旅行ニ付種々ノ注意ヲ与フ○下略
三月二十四日 曇 軽寒
○上略 九時半帝国大学ニ抵リ、仁井田学長ニ会見シテ米人ヘバン氏ノ事ヲ談ズ○下略


集会日時通知表 大正一〇年(DK450171k-0006)
第45巻 p.463 ページ画像

集会日時通知表 大正一〇年       (渋沢子爵家所蔵)
三月廿三日 水 午前十一時 ヘボン氏ヲ御訪問(帝国ホテル)
   ○中略。
四月廿六日 火 正午 ヘボン氏招待会(飛鳥山邸)
   ○右飛鳥山邸招待会ニツイテハ本資料第三十九巻所収「其他ノ外国人接待」大正十年四月二十六日ノ条参照。


ヘボン講座関係書類(DK450171k-0007)
第45巻 p.463-464 ページ画像

ヘボン講座関係書類    (東京帝国大学本部庶務課所蔵)
○上略
大正十年三月ヘボン氏は息女コーデリヤ嬢同伴渡日したれども、健康勝れざりし為め、諸方よりの招待を固辞せり。唯井上日銀総裁の主催になる銀行倶楽部の晩餐会に出席せられたり。当夜の演説に戦争の悪影響と日本の経済状態の堅固なること等に言及せり。
五月帰航到着後間もなく日本の印象記を公表せらる。帰国後謝礼として五千円を慈善事業に寄附されたしとて、井上準之助氏に宛て送り来り、井上氏の決定に依り、渋沢子爵の五十年以上管理せらるゝ東京市養育院に寄附せられたり。右に対しヘボン氏は大正拾年六月六日付を以て子爵の従事せらるゝ事業に向けられし事も喜ぶ旨書通せり。ヘボン氏日本を去るに当り、勲二等瑞宝章を授けらる。又養育院に対する
 - 第45巻 p.464 -ページ画像 
寄附行為に対して
天皇陛下より賞状を賜はる。
○下略