デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
13款 財団法人私立高千穂学校
■綱文

第45巻 p.516-518(DK450190k) ページ画像

大正4年3月20日(1915年)

是日栄一、当校卒業式ニ出席シテ、訓話ヲナス。


■資料

集会日時通知表 大正四年(DK450190k-0001)
第45巻 p.516 ページ画像

集会日時通知表  大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
三月十五日 月 午後二時 川田鉄弥氏来約(兜町)


渋沢栄一 日記 大正四年(DK450190k-0002)
第45巻 p.516 ページ画像

渋沢栄一日記  大正四年         (渋沢子爵家所蔵)
三月二十日 晴
○上略 午前十時高千穂学校ニ抵リ、卒業証書授与式ニ列シ、一場ノ訓示ヲ為ス○下略


竜門雑誌 第三二三号・第一一―一三頁 大正四年四月 ○教育に関する感想 青淵先生(DK450190k-0003)
第45巻 p.516-518 ページ画像

竜門雑誌  第三二三号・第一一―一三頁 大正四年四月
    ○教育に関する感想
                      青淵先生
  本篇は高千穂学校は幼稚園・小学校・中学校及高等商業学校より成立せるが、左に掲載せるは同校卒業証書授与式席上に於ける青淵先生演説の要旨なり(編者識)
 校長来賓並に生徒御一同、私は此の目出度い式に臨んでお話する光栄を有します。
 昨日も深川区で丁度今日の様な式に臨んで話をしましたが、元気に充ち充ちた諸君と共に、お話を聞きお話をいたします事は私の非常に愉快に感ずる次第でございます。
 只今は校長の懇篤なる告辞、森村翁の切実なる訓話がありました。幸ひ私も唯一言申述べたいと思ひます。
 維新以来今日まで教育の進歩は著しいものでありまして、私共は深く喜ぶ次第であります。さりながら、現在日本の教育が高等程度の教育に重きを措き過ぎて、低い所に薄きは今日の通弊で、即ち小学校が不完全でありながら、上の方の学校のみに重きを置く事は根本を誤つてゐる事と思ひます。なるほど現行学制に基いた国民教育はありますけれども、其の教育の任に当る人はきはめて薄給な人を用ゐて居るの
 - 第45巻 p.517 -ページ画像 
で、献身的に力を用ゐる事が出来てゐないのであります。而して今日の生徒は将来国の重任を負ふべき蘖である、栴檀は二葉より香し、即ち其の始めが大切であります。支那の墨翟といふ人が人を白糸に喩へて、まだ赤黒何れともならざる間に充分に感化薫陶すべしと云ふたのも即ち之であります。斯の如き大切なる時期を教育する先生等は宜しく相当の待遇が無てはならぬ、と同時に薄志弱行の人であつては決して能ふ所ではないのであります。かゝる点に付て大いに小学校教育に重きをおく事を常に私は希望して居ます。幸に本校は校長をはじめ教職員の方々は、右に申した私の希望に副ふ方である事を信じて居ります。夫故に本校に修学なさるゝ生徒諸君は大に奮励努力せらるべきであります。又中学卒業の方々はこれから更に高等専門の学校に進まるるのであるが、此の中学時代も、一般から申しますと、まだまだ感化薫陶といふ事を重んぜなければならぬ年代であると思ひます。
 一体現今の教育は仕入向の学問であつて、誂向の学問でないと私は申したい。仕入向の学問と云ふのは自分といふ事を考へずして只学問をやりさへすればどうにかなれるといふのが仕入向の学問であります誂へ向といふのは例へば、自分の地位とか、職業財産などをよく考へて自己の将来に適した学問をするのが誂向の学問であります。仕入向の学問は必ずしも悪いとは申しませんが、さういふ学問をやつて居れば遂には供給過多となり、従つて就職難といふ問題が生じて来て多くの遊民を作るといふ事になるのであります。但し自分の地位職業に省みて学問をするが宜いといふたからとて、果して百姓の子は百姓たるべしといふのではありません。人間には常に向上発展といふ事が大切でありますから、此の点にはよく心掛けねばなりませんが、たゞ俄かに自己の分際を忘れ矢たらに階段を飛越さうとすると直ちに蹉跌を来す事になるのであります。誂向の学問にはかゝる弊がない。故に何事も堅実に勉むるといふ事が極めて大切であります。森村翁の酒煙草の害に付てのお話は至極同感でありまして、私なども二十年以前に癌を病つた時以来酒を止めましたが、今日では私と同年輩の内では丈夫な方であると私自身思つて居ります。凡て何事を為すにも第一健康でなくては立つて行けない。只今武道の精勤賞をお貰ひになつた方が沢山ありましたが、誠に結構であります。私も青年時代には大に寒稽古などをやつたものです。それから身の健康と共に意志の健康といふ事が必要であります。今日教育の進歩は一般に科学的の進歩でありまして知識の点に於ては今日の小学生には老人の私共は及ばぬほどで、況や中学生に比しては到底比較にならない。
 然るに科学的知識の供給は今日の社会にはあまり喜ばれない様であります。固より知識は必要でありますけれど真の働きのない知識は世に喜ばれない。今日社会が求めつゝあるものは精神堅固の人物であります。然も現今に於ては精神堅固といふ事は恐らく知識の進歩と反比例に行きつゝあるやうに感じまして誠に遺憾千万に存する次第であります。世人が正直ならず虚言を吐き、或は虚栄に走つて遂には社会より葬られて仕舞ふといふのは全く精神の虚弱なるに因る事と信じます斯の如くでありますから、今日は世の望む所は知識にあらずして堅固
 - 第45巻 p.518 -ページ画像 
なる精神純潔なる人物であるからして、此点をよく皆様もお考へなさるやうに希望いたします。
 玆に論語の一節を引いて此の式に捧げたいと思ひます。只今校長のお話中に塩谷宕陰先生と安井息軒先生との話がありましたが、丁度、論語の中に曾子曰、士不可以不弘毅、任重而道遠、仁以為己任、不亦重乎、死而後已、不亦遠乎、とあります。即ち士たる者はよろしく不覊独立の精神がなくてはならぬ。而して仁を行ふを以て己の任務とするのであるから実に重い任であり、仁を行ふに死して後已むと云ふのであるから実に遠い事である。かの安井息軒先生の消息は全く此処に表はれてゐると思ひます。
 又子張が孔子に行はれん事を問ひしに答へて曰く、言忠信、行篤敬雖蛮貊之邦行矣、言不忠信、行不篤敬、雖州里行乎哉と、而して今日の社会に求むる所は此の言忠信、行篤敬の人であります。
 今日の栄誉ある卒業生諸君は宜しく此の点に御留意あつて国の為め世の為め大に努められん事を希望いたす次第であります。一言蕪辞を述べまして諸君のお目出度前途を祝しまする。


集会日時通知表 大正四年(DK450190k-0004)
第45巻 p.518 ページ画像

集会日時通知表  大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
三月廿四日 水 午後四時 川田鉄弥氏来約(兜町)


渋沢栄一書翰 川田鉄弥宛 (大正五年)四月一一日(DK450190k-0005)
第45巻 p.518 ページ画像

渋沢栄一書翰  川田鉄弥宛 (大正五年)四月一一日  (川田鉄弥氏所蔵)
拝啓、爾来益御清適奉賀候、転地以後再三御懇書ニて御慰問被下忝奉存候、客月末天野屋投宿以降真ニ理想的之摂生法ニて日々消光いたし候病後之養生としては毎日相応之来客も有之、且調査すへき目的にて携帯も相応に有之、其上来状も多く中々清閑抔と申訳ニハ無之随分世話しく勉強いたし候
過日熱海へも罷越森村翁を訪問いたし候、貴学校之事ニ付而も御内談仕候、右等ハ帰京後ニ詳細申上候様可仕候
湯河原ニては大倉氏之別業も一覧し、公園へハ再三散歩いたし御撰文之養生庵之碑も一覧仕候、総して土地ハ狭隘なるも客舎も温泉も清潔にして居り心よき浴場と存候、老生も最早十五六日を経過候ニ付、来ル十六日ニハ帰京之積ニ御坐候、其上ニて拝眉百事御協議可仕候、右再三之尊書ニ対し御礼且拝復まて如此御坐候 敬具
    四月十一日
                      渋沢栄一
    川田盟台
       拝復
  尚々スミス氏飛行之模様御通知被下拝承仕候、同氏とハ桑港ニ於て両三回握手せしも、来朝後老生病気之為め一面会もいたし兼候義ニ御坐候、真ニ飛行界之快男児とも可申ものと有候
  ○右ハ栄一伊豆湯河原温泉ニ滞在中発送ノモノナリ。