デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
13款 財団法人私立高千穂学校
■綱文

第45巻 p.522-523(DK450193k) ページ画像

大正6年5月27日(1917年)

是日、当校創立第十四周年記念式挙行セラル。栄一出席シテ演説ヲナス。


■資料

集会日時通知表 大正六年(DK450193k-0001)
第45巻 p.522 ページ画像

集会日時通知表  大正六年       (渋沢子爵家所蔵)
五月廿四日 木 午前十一時 川田鉄弥氏来約(兜町)
  ○中略。
五月廿七日 日 午後一時 高千穂学校記念会 (大久保町ノ方ノ同校)


竜門雑誌 第三五七号・第四三―四四頁 大正七年二月 ○校風 青淵先生(DK450193k-0002)
第45巻 p.522-523 ページ画像

竜門雑誌  第三五七号・第四三―四四頁 大正七年二月
    ○校風
                      青淵先生
  本篇は昨年高千穂学校創立記念式当日青淵先生の演説せられたるものゝ由にて「高千穂学報」十六号に掲載せられたるものなり
                         (編者識)
 諸君、当高千穂学校も、今年で最早創立後十有五年の年月を経過いたしまして、論語に所謂志学の年に達したのでありまして、之れによりて、尚三十而立、四十不惑、追々順当なる発育を遂げて行く筈でありまして、私も年一年と成長して行く学校の有様を、わが身の老衰をも打忘れて、楽しく見て居る次第であります。今日も、是非来て何か話すやうにとの校長の御招によりて、参上した次第であります。幸ひ本野外相閣下の御訓令もある筈でありますから、私はほんの前座を勤
 - 第45巻 p.523 -ページ画像 
めます。
 さて、私が此の学校に御力添をするのは、川田校長の教育の方針に深く感ずる処ある為めでありまして、抑々今日の教育と昔のそれとを比較すると、長所も無論ありますが、其の弊も亦決して少くはない。今日の形式教育は、多数に知らせるを本旨とする故、真に知り度いと云ふ者のみを対手とした昔の教育から見れば、大分趣を異にしたものでありまして、今日の教育の弊害は、其処から出て来るやうに思はれます。昔は、三尺離れて師の影を踏まずと申したものでありますが、今日の教育には、左様云ふ感化訓育の温い感じは御座りませぬ。学生の心持もまるで、寄席を聞くやうな心得のものがあります。
 川田校長は此の点を大に憂慮されて、学生一人一人を恰も兄弟父子の心持を以て注意し、教育し、忠孝の道に厚き、国家の良民を養成するを主として居られるので、斯の果実が追々と現れて、次々と人を出したならば、冀くば、形式教育の弊害を救ふ事が出来やうかと存じまするので、そこで、私共が当高千穂学校に同情し、微力ながら御力添をいたして居る次第であります。
 今日の中学生諸君に御願ひしたき事は、物質と精神との関係でありまして、如何なる方面に進むにしても、二者の権衡を失する時には、不具者と云はなければなりませぬが、今日は既に其の不具者を出しかけて居ないと云はれませぬ。
 兎角物事は物質にのみ傾く時には、成りさへすればよいと云ふ弊害に陥つて、其の結果、弱肉強食の浅ましい情態に陥らねばなりませぬ欧洲の大戦乱も早晩形が付くでありませうが、其終熄の後には、吾が日本に於ても、総ての方面に、異なりたる風が吹くに相違ありませぬ而して今日の中学生は、直接其の局に当る事になります。諸君は今より其の覚悟がなくてはなりませぬ。即ち物質と精神との権衡を保ち、道徳と経済との一致を計り、健全なる国家の基礎を築かねばなりませぬ。論語に質、文に勝てば則ち野、文、質に勝てば則ち史、文質彬々然して後に君子と云ふ句がありまするが、正に其の通りであります。どうか精神の修養と物質の発達とを偏する事なく心掛けられて行かれるやうに希望致します。