デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
15款 二松学舎 1. 財団法人二松義会
■綱文

第45巻 p.539-544(DK450203k) ページ画像

明治43年5月(1910年)

是ヨリ先明治四十二年七月、財団法人二松義会設立セラル。是月栄一、当会顧問ヲ依嘱セラル。


■資料

二松学友会誌 第二四輯・附録第四―六頁 明治四二年一二月 補遣 財団法人二松義会紀事(DK450203k-0001)
第45巻 p.539-543 ページ画像

二松学友会誌  第二四輯・附録第四―六頁 明治四二年一二月
  補遣
    ○財団法人二松義会紀事
本会創立ハ明治三十六年六月一日ニシテ、創立当時ノ趣意ハ実ニ左ノ如シ
 二松学舎ハ三島中洲先生ノ明治十年十月ヲ以テ創立セラレタルモノニ係ル、顧フニ維新以来欧米ノ学術漸ク盛ナリシヨリ、世人往々新ニ趨キ旧ヲ去リ、東洋固有ノ道徳文学ハ措テ之ヲ講究セサルニ至レリ、是時ニ当リ先生独リ能ク中流ノ砥柱トナリ、之ヲ維持セラルヽコト玆ニ二十七年、門人ノ学籍ニ上ルモノ五千人、其風教ヲ裨補シ世道人心ニ功アルコト何如ゾヤ、然ルニ先生漸ク老年ニ及ハレ、其百歳ノ後ヲ思ハヽ学舎ノ存続懸念ニ勝ヘサルモノアリ、吾輩乃チ之ヲ先生ニ稟ス、先生曰ク、余モ亦之ヲ思フコト久シト雖モ、年既ニ老ヒ加フルニ公事ニ鞅掌スルヲ以テシ、之ヲ経画スルコト能ハス、学舎ノ存続ハ挙ケテ諸君ニ属セン、諸君善ク之ヲ図レト、是ニ於テ吾輩二松義会ヲ設ケ、広ク義捐金ヲ募集シ、先生ノ子孫門人及有志ノ士ト倶ニ学舎ヲ永遠ニ維持シ、以テ道徳文学ノ拡張ヲ図リ、且師業ヲ不朽ニ伝ヘント欲シ、更ニ之ヲ先生ニ稟ス、先生喜テ之ヲ許シ因テ嗣子桂君ト相謀リ、所蔵ノ書籍、自著ノ版権及金壱千円ヲ出捐センコトヲ許シ、且其銅像(門人先生ノ古稀ヲ寿スル為メ献セシモノ)ノ奉護ヲ托セラレ、舎主広(先生ノ第二子)復(先生ノ第三子ニシテ舎主代理タリ)二君ハ、各金五百円ヲ投センコトヲ約セラル世ノ同感ノ士吾輩ノ微衷ヲ諒シ、別紙規約ニ照シ応分ノ賛助ヲ与ヘラレンコトヲ冀フ
而シテ創立委員ハ左ノ如シ
 伊藤祐成    池田精一   子爵入江為守
 池田四郎次郎  橋本武    細田(旧姓笠原)謙蔵
 本城蕡     堀内伊太郎  富田健助
 大塚立男    岡田起作   尾立維孝
 小川明太郎   大城戸宗重  川田鷹
 河野宇三郎   吉田安治   田辺為三郎
 伯爵宗重望   那智典    永見貞武
 久保輗次郎   山田準    柳井貴三
 藤井幸槌    児島献吉郎  手島知徳
 - 第45巻 p.540 -ページ画像 
 斎藤良一    佐倉孫三   三島桂
 三島広     三島復    平野猷太郎
創立以来ノ役員ハ会長入江子爵、幹事細田謙蔵・池田精一・伊藤祐成会計大塚立男氏ニシテ池田精一氏辞任速水柳平氏之ニ代ハリ、伊藤祐成氏辞任池田四郎次郎氏之ニ代ハリ、以テ今日ニ至レリ、今玆六月二十二日財団法人認可ヲ願出デ、同七月二十一日左記文部大臣ノ許可ヲ得タリ
 文部大臣官房文書課酉東専七八号
                財団法人二松義会設立者
                      細田謙蔵
 明治四十二年六月二十二日付願財団法人二松義会設立ノ件民法第三十四条ニ依リ許可ス
  明治四十二年七月二十一日
              文部大臣 小松原英太郎 (印)
同八月七日総会ヲ開キ、左ノ役員ヲ選挙シタリ
評議員(定員二十五名) (姓名いろは順)
 子爵入江為守  池田四郎次郎  速水柳平
 林直方     堀内伊太郎   細田謙蔵
 本城蕡     岡田起作    尾崎嘉太郎
 大城戸宗重   吉田安治    田畑大造
 那智典     久保輗次郎   柳井貴三
 藤井幸槌    児島献吉郎   赤沢晃
 佐倉孫三    斎藤良一    三島毅
 三島桂     三島広     三島復
 日笠祐一郎
 (備考)評議員藤井幸槌氏ハ公務多端ノ為メ辞任セラレタリ
理事(定員四名)
 入江為守  池田四郎次郎  速水柳平
 細田謙蔵
会長(定員一名)
 入江為守
顧問
 子爵牧野伸顕  男爵阪谷芳郎  伯爵土方久元
左ニ寄附行為ノ全文ヲ掲グ
      財団法人設立認可願
民法第三十四条ニ依リ別紙寄附行為ニヨル財団法人二松義会設立仕度候間、御認可相成度此段奉願候也
  明治四十二年六月二十二日
              東京市麹町区飯田町六丁目十二番地
                      細田謙蔵
    文部大臣 小松原英太郎殿

      財団法人二松義会趣意書
二松義会ハ東洋固有ノ道徳文学ヲ講習セル二松学舎ヲ補助スルノ目的
 - 第45巻 p.541 -ページ画像 
ヲ以テ、明治三十六年六月一日創立シタルモノニシテ、爾来事業ヲ経営スルコト玆ニ六年、其資金既ニ五千余円ニ及ヘルヲ以テ、倍々其基礎ヲ鞏固ナラシメンコトヲ企図シ、其組織ヲ改メテ財団法人トナス
      財団法人二松義会寄附行為
        第一 目的
第一条 本会ハ三島復所有ノ二松学舎ヲ、其所有者及創立者三島毅並ニ毅ノ子孫門人及有志者ト共ニ相当ノ義捐物ヲ醵集シ、以テ之ヲ永遠ニ存続シ、東洋固有ノ道徳文学ヲ維持拡張スルヲ目的トス
        第二 名称
第二条 本会ノ名称ハ財団法人二松義会ト称ス
        第三 事務所
第三条 本会ノ事務所ハ東京市麹町区一番町四十五番地ニ置ク
        第四 資産
第四条 本会ノ資産ハ左ノ如シ
  一、三島毅ノ出捐シタル書籍及其著作権、甚他有志者ノ寄附又ハ遣贈ニ係ル書籍並ニ物品
  二、三島毅・三島広・三島復及有志者ノ寄附金
  三、本会ノ資産ヨリ生スル収入
第五条 本会ノ資産ハ評議員会ノ決議ニヨリ確実ナル方法ヲ以テ之ヲ保管ス
        第五 会員
第六条 本会ハ一口以上ノ寄附者ヲ以テ会員トス
   但一口ハ金五円トス
第七条 寄附金ハ一時若クハ年月賦ヲ以テ之ヲ納付スルコトヲ得
第八条 土地建物若クハ動産ヲ寄附スルモノアルトキハ、時価ニ換算シ口数ヲ定ム
第九条 本会ニ寄附セントスルモノハ入会申込書ニ金円又ハ物件ノ数額ヲ明記シ申込ムヘシ
第十条 会員ハ本会ニ意見ヲ提出スルコトヲ得、会長ハ之ヲ評議員会ノ決議ニ付スベシ
   但意見提出者ハ評議員会ニ出席シテ弁明スルコトヲ得
第十一条 会員ハ何時ニテモ本会ノ会計帳簿ヲ査閲スルコトヲ得
        第六 役員
第十二条 本会ニ左ノ役員ヲ置ク
      理事  三名乃至七名
      評議員 二十名乃至三十名
      委員  若干名
      書記  若干名
第十三条 理事ハ評議員会ノ議決ヲ以テ会員中ヨリ東京市内在住ノ者ヲ選任ス
   但其任期ハ満三ケ年トス
第十四条 理事ハ評議員ヲ兼ヌルコトヲ得
第十五条 評議員会ハ理事中ヨリ特ニ会長ヲ選任スヘシ
   但其任期ハ満三ケ年トス
 - 第45巻 p.542 -ページ画像 
第十六条 会長ハ会務ヲ総理シ、会ヲ代表シ、評議員会及総会ノ議長トナル
  其他ノ理事ハ会長ノ命ヲ受ケ会務ヲ掌理ス
第十七条 会長ニ欠員ヲ生シタルトキハ、会長ノ職務ヲ行フ為メ理事ノ互選ヲ以テ仮会長ヲ定ムルコトヲ要ス、仮会長ハ遅滞ナク会長選任ノ為メ評議員会ヲ開クヘシ
第十八条 理事ニ欠員ヲ生シタルトキハ、会長ハ補欠選挙ノ為メ評議員会ヲ開クヘシ
  会長ハ補欠選挙前ニ評議員中ヨリ仮理事ヲ定ムルコトヲ得
第十九条 評議員ハ総会ニ於テ会員中ヨリ東京市内在住ノ者ヲ選任ス
   但其任期ハ満四ケ年トス
第二十条 評議員ハ評議員会ニ出席シ、本会一切ノ事項ヲ議決ス
第二十一条 評議員ノ欠員五名ニ及ヒタルトキハ、評議員会ヲ開キ、補欠選挙ヲ為スヘシ
第二十二条 補欠ニ於テ会長・理事・評議員ニ選任セラレタル者ノ任期ハ、前者ノ残期ヲ以テ満了トス
第二十三条 会長・理事・評議員ニ於テ其職務ヲ怠慢スルカ、又ハ不当ノ行為アリタルトキハ、評議員会ノ議決ヲ以テ之ヲ免ス
第二十四条 委員ハ会長之ヲ嘱托ス
第二十五条 委員ハ会員募集ヲ担当スルモノトス
第二十六条 書記ハ必要ニ応ジ会長之ヲ任免ス
第二十七条 書記ハ理事ノ指揮ヲ受ケ庶務ニ従事ス
○中略
        第十 附則
第三十八条 本会ハ総会四分ノ三以上ノ同意アラザレハ之ヲ解散セザルモノトス
第三十九条 本会ノ寄附行為ハ評議員会ニ於テ評議員全員ノ四分ノ三以上ノ同意ト、主務省ノ認可トアルニアラザレバ之ヲ変更スルコトヲ得ズ
第四十条 会長ハ評議員会ノ決議ニ依リ、若干名ノ顧問ヲ嘱托スルコトヲ得
第四十一条 顧問ハ評議員会ニ出席シ意見ヲ述ブルコトヲ得
第四十二条 第十二条ノ役員選任マテハ理事・評議員及会長ニ属スル事務ハ寄附行為者之ヲ行フ
右寄附行為ヲ作リ、玆ニ記名調印ス
  明治四十二年六月二十二日
           東京市麻布区笄町百十七、百十八番地
               華族     入江為守
                   明治元年四月二十日生
           東京市赤坂区青山南町五丁目三十三番地
               平民     池田四郎次郎
                   元治元年六月十九日生
           東京市京橋区三十間堀町二丁目九番地
               平民     速水柳平
 - 第45巻 p.543 -ページ画像 
                   元治元年十二月十日生
           東京市麹町区飯田町六丁目十二番地
               平民     細田謙蔵
                   安政五年四月九日生


渋沢栄一 日記 明治四一年(DK450203k-0002)
第45巻 p.543 ページ画像

渋沢栄一日記  明治四一年         (渋沢子爵家所蔵)
十二月六日 晴 軽寒
○上略 三島中洲父子及細田氏来訪、種々ノ談話ヲ為ス○下略


竜門雑誌 第二六六号・第五七頁 明治四三年七月 ○青淵先生と二松義会(DK450203k-0003)
第45巻 p.543 ページ画像

竜門雑誌  第二六六号・第五七頁 明治四三年七月
○青淵先生と二松義会 二松義会は三島中洲先生の漢学塾の維持発達を目的とするものなるが、青淵先生は同先生の懇請を容れ、今般其顧問たることを承認せられたり


青淵先生公私履歴台帳(DK450203k-0004)
第45巻 p.543 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳           (渋沢子爵家所蔵)
一、二松義会顧問     四十三年五月 大正七年九月会長トナル

二松学友会誌 第二五輯・第五四―五五頁 明治四三年八月 財団法人二松義会紀事(DK450203k-0005)
第45巻 p.543 ページ画像

二松学友会誌  第二五輯・第五四―五五頁 明治四三年八月
    ○財団法人二松義会紀事
○上略
○本会顧問ハ、前号記載ノ土方久元・牧野伸顕・阪谷芳郎三氏ノ外、更ニ渋沢栄一・福島安正・股野琢・小松原英太郎・細川潤次郎・山県伊三郎ノ六氏ニ嘱託セシ所、其ノ承諾ヲ得タリ。
○中略
○本会ハ明治四十三年四月十日ヲ以テ通常評議員会ヲ開キ、寄附行為修正ノ件、二松学舎拡張ノ件等数件ヲ議定セリ。
○下略

二松学友会誌 第二七輯・第八四頁 明治四五年一月 財団法人二松義会紀事(DK450203k-0006)
第45巻 p.543 ページ画像

二松学友会誌 第二七輯・第八四頁 明治四五年一月
    財団法人二松義会記事
  自明治四十三年一月至同十二月二松義会第八回会報
      第一 経過紀要
○上略
一、寄附行為第四十条ニ基キ左ノ諸氏ヲ顧問ニ聘請セリ
  伯爵土方久元君  男爵阪谷芳郎君
  同 牧野伸顕君  同 渋沢栄一君
  同 福島安正君  同 細川潤次郎君
    股野琢君     小松原英太郎君
    山県伊三郎君   馬越恭平君
    三島毅君
○下略


渋沢栄一翁 白石喜太郎著 第五九六頁 昭和八年一二月刊(DK450203k-0007)
第45巻 p.543-544 ページ画像

渋沢栄一翁 白石喜太郎著  第五九六頁 昭和八年一二月刊
○第四篇 八 漢学
 - 第45巻 p.544 -ページ画像 
    その三 二松学舎
 二松学舎は明治十年十月三日中洲三島毅の創立する所であつて『主として漢学を教授し、東洋固有の道徳文学を維持拡張するを以て、目的』として居る。子爵は明治十六年頃より中洲と相知つたが、学舎の事に関係したのはそれから約二十年後、明治三十六年二松学舎拡張の為め二松義会を起し、基金を募集した頃からで、明治四十二年八月財団法人に組織を更め、翌四十三年五月其顧問たるに至つて具体的になつた。
○下略
  ○栄一顧問就任ノ月日ヲ前掲「二松学友会誌」ニ明記セズ。右掲「渋沢栄一翁」及ビ前掲「青淵先生履歴台帳」ハ五月トセリ。依ツテ綱文月次ヲ姑ク明治四十三年五月トナス。