デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
15款 二松学舎 2. 財団法人二松学舎
■綱文

第45巻 p.579-581(DK450218k) ページ画像

大正11年10月8日(1922年)

是日、当学舎恩賜講堂ニ於テ、孔子卒後二千四百年記念祭典挙行セラル。栄一出席シテ講演ヲナス。


■資料

集会日時通知表 大正一一年(DK450218k-0001)
第45巻 p.579 ページ画像

集会日時通知表  大正一一年       (渋沢子爵家所蔵)
四月三十日 日 午後三時 二松学舎ニテ御講演(同舎)


二松学舎六十年史要 国分三亥編 第一一七頁昭和一二年一二月刊(DK450218k-0002)
第45巻 p.579 ページ画像

二松学舎六十年史要 国分三亥編  第一一七頁昭和一二年一二月刊
 ○第二編 財団法人二松学舎沿革
    第三章 財団法人二松学舎時代
○上略
 十一年○大正九月二十九日、評議員会開催、理事子爵渋沢栄一、尾立維孝・速水柳平・池田四郎次郎・佐倉孫三、監事男爵大倉喜八郎・男爵古河虎之助、再選重任す。
○下略


二松学報 第六号大正一一年一二月 孔子二千四百年祭(DK450218k-0003)
第45巻 p.579-580 ページ画像

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二松学報 第六号大正一一年一二月 孔子二千四百年祭に就て 子爵渋沢栄一演説 尾立維孝筆録(DK450218k-0004)
第45巻 p.580-581 ページ画像

二松学報  第六号大正一一年一二月
    孔子二千四百年祭に就て
                  子爵渋沢栄一演説
                    尾立維孝筆録
今日は先聖孔子二千四百年の祭典を当学舎に於て執行せらる、誠に結構の事なり、老生は常に孔子の道を載せたる論語を眷々服膺し、八十三歳の今日まで処世の師と仰げり、孔子の高徳のごときは今更老生の賛揚を待たず、支那・朝鮮及び我国到る処に二千四百年祭の行はるゝを見ても如何に孔子を景仰する人の衆きかを知るべき也、老生は常に孔子の道を体して世に処するも、学問に至ては幼年の頃四書五経を素読したるに止る、唯論語に就ては多少獲る所ありと自信するも、専門の儒者にあらず、二十五歳の時より世事に奔走し、或は官吏となり、明治六年の夏三十五歳にしては仕官を罷め経済界の事業に従ふ、第一銀行の頭取を勧むること四十三年に及べり、孔子の時は勿論銀行の名なかりしも、貨賄運用の経済事実は存在せしに相違なし、経済と道徳とは一致結合すべきものにして、道徳を離れたる経済なきと同時に、経済を離れたる道徳も亦存せざるべし、是を以て老生は平生経済を持て道徳に合せしめんと欲して論語と算盤を唱道し来れり、故中洲先生は道徳を将て経済に適せしめんとする説を立てらる、則ち先生と老生の所見一致する点より深く御交際致すことゝなり、先生薨去の後は図らず老生が理事諸君の懇望に依り先生の後を承けて二松学舎長となりし次第なり、さて銀行の事業の如きも決して孔子の道に悖らざるのみならず、利用厚生の聖道に合致す、而かも四十三年の久しき斯業に従事し多少の功をも奏したれば、此点に於ては孔子様よりも怠惰者との御叱りは蒙らざるべしと信ず
支那にても尭舜の世や禹湯文武の時代には、道徳と経済とは全然一致し決して別物にあらざりしが、周の末春秋の世に至て道徳と経済とが漸く分離したるが故に、孔子孟子は之を憂ひ常に道徳を論じて経済の道を之に合致せしめられたるが後世宋学に至ては程子・朱子の如き大家と雖も二者を引き分つ傾あり、我日本に於ても藤原惺窩・林羅山の如き道学者は皆道徳と経済とを区別して取扱ふた様である、然るに中洲先生は流石に卓識を備へ道徳経済合一論を道破せらる、老生の尤も感服する所は此処に存す、願くは後々までも二松学舎に於ては此教旨を失はぬやうに生徒を教授せられたきもの也、斯くてこそ孔子在天の
 - 第45巻 p.581 -ページ画像 
霊も嘉納あらせられ、二千四百年祭を行ふ所詮にも叶ふべけれ
孔子の没後悠々二千四百年を経と雖も其道は益々世界各国に尊崇せらる、近頃米国の有名なる「カーネギー」氏の自叙伝を見るに、処々論語を引けり、例へば氏の一知人がある善事業を起したるに、是れ徳不孤必有隣といふべしと評し、又氏の母は心掛け正しき信仰家なりしが或人の改宗を勧めたるを断りし事ありき、氏は論語に敬鬼神遠之とあるは是なりと記述せらる、此くの如く氏の論語家たることを早く知りせば渡米して話を交ふべかりしに今は既に故人となれるこそ残念なれ老生の親戚穂積博士は、自ら好める道とて論語の異本を蒐集し居るが既に百余種に達す、亦以て世の学者が如何に之を重宝視するかを知るに足らん、而して論語の注釈解説如何程多数に上るも、其要は道徳が政治経済日用常行の間に実践躬行せらるゝ事が孔夫子の御精神ならん先刻三島学長の読れたる祭文の中にも、天未喪斯文匡人其如予何とありたるが、孔夫子の自ら信ずる厚きこと斯の如し、知行合一道徳経済二致なき孔夫子の大教旨を体得して世に処し社会に活動せんことを願ふの余り、聊か愚見を述べ孔子二千四百年祭の辞となす



〔参考〕二松学舎六十年史要 国分三亥編 第六一頁昭和一二年一二月刊(DK450218k-0005)
第45巻 p.581 ページ画像

二松学舎六十年史要 国分三亥編  第六一頁昭和一二年一二月刊
 ○第一編 第二章 歴年沿革
    大正十一年
課外講演

  二月十二日            三月三十日
孔夫子の政治観   島田三郎   山陽逸事      五弓安二郎
支那古詩人の人情美 西村天囚   孔子教と米国    渋沢栄一
現代思潮      荘田要二郎  
○下略