デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
17款 財団法人静岡育英会
■綱文

第46巻 p.16-20(DK460005k) ページ画像

大正15年11月(1926年)

是ヨリ先、大正十一年八月、当会総裁徳川家達・会長平山成信等、新ニ基金百万円ノ募集ニ着手セシガ、関東大震火災ノタメ一時頓挫ス。是月、再ビ募集ヲ開始スルヤ、栄一、顧問トシテ之ニ与ル。別ニ当会明徳寮建設費トシテ金三千円ヲ寄付ス。


■資料

財団法人静岡育英会基金募集趣意書 第一―七頁大正一五年一一月刊(DK460005k-0001)
第46巻 p.16-17 ページ画像

財団法人静岡育英会基金募集趣意書 第一―七頁大正一五年一一月刊
    基金募集趣意書
本会ハ明治十八年ノ創立ニ係リ、専ラ旧幕臣ノ子弟ニ学費ヲ貸与シテ有為ノ人材ヲ養成スルヲ以テ目的ト為シ、爾来三十余年間其実行ヲ継続シタリ。
然ルニ静岡県下三州ノ地ハ旧幕ト離ルヘカラサル縁故ヲ有スルカ故ニ大正六年本会ノ規則ヲ改正シ、育英ノ範囲ヲ拡メテ静岡県人ノ子弟ヲ加ヘ、大正九年ニハ寄宿舎明徳寮ヲ東京市外千駄ケ谷町ニ建設シテ、府下ヘ遊学スル学生ヲ収容スルコトヽシ、更ニ本会ノ基礎ヲ永遠ニ鞏フスル為、大正十一年八月文部大臣ノ許可ヲ得テ財団法人トナレリ。大正十年静岡県ハ本会事業ノ有用緊切ナルヲ認メテ、補助金年額五千円ヲ下附セラレ、次テ六千円ニ増加シ、大正十二年以来年々壱万円宛ヲ下附セラルヽニ至レルハ、貸費学生及寄宿生ノ大多数カ県人子弟ナルノ事実ニ鑑ミ、本会事業ノ遂行上最モ欣幸トスル所ナリ。
本会ノ事業ハ貸費、寄宿舎ノ経営、学生大会、中等学校生徒ノ奨励、講演会ノ開催等ニシテ、現ニ貸費生百三名、在寮生四十六名ノ多キニ上リ、尚将来施設スヘキモノ尠カラス、然レトモ之カ為必要ノ経費巨額ニ上リ、之ヲ補給スルニ足ルヘキ確実ナル財源ニ乏シキヲ遺憾トス是ヲ以テ已ムヲ得ス貸費ヲ成ルヘク小額ニ止メ、且諸経費ヲ節約シテ基金利子・県補助金及会員醵出金・貸費償還金等ニ依リ之ヲ支弁スルモ、尚年々収支相償フコト能ハス、最近ニ至リ遂ニ寄附金ノ一部ヲ流用シ、又ハ借入金ヲ以テ一時ノ急ヲ救フカ如キ不安ナル状態ニ在リ。仮リニ大正十五年度予算書ノ示ス所ノ実収入額ヲ以テシテ、学生一人ノ貸費月額弐拾五円トスレハ、之カ支給ヲ受クヘキモノ僅ニ四十名内外ニ過キス、然ルニ向学ノ風潮益旺盛ニシテ、貸費出願者年々数十名
 - 第46巻 p.17 -ページ画像 
ノ多キニ達シ、本会ニ於テ之ヲ採用セサルトキハ、学資欠乏ノ故ヲ以テ幾多ノ俊才ヲシテ其ノ志ヲ遂クル能ハサラシムルニ至ルヘキヲ以テ已ムヲ得ス成ルヘク採用ノ人数ヲ増シテ、貸費額ヲ減スルノ方針ヲ執リシカ故ニ、現在貸費生百三名ニ対スル平均補給額ハ一人僅ニ一ケ月拾六円余ニ過キス、然ルニ尚且出願者ノ半数ヲモ採用スルコト能ハサルハ、本会ノ常ニ甚タ遺憾トスル所ナリ。
曩ニ本会ハ近キ将来ニ於テ此事アランヲ慮リ、且永遠ノ基礎ヲ鞏固ナラシムルノ必要アルヲ認メ、相当巨額ノ基金ヲ醵集センコトヲ企テ、大正十一年総裁徳川公爵自ラ静岡県ニ於テ此事ヲ唱ヘ、将来募集スヘキ基金ヲ百万円トシ、其ノ内弐拾五万円ヲ先ツ県内ニ於テ募集スルコトヽシ、翌年四月以降県当局ニ多大ナル尽力ト民間有力者ノ熱心ナル配慮トヲ煩ハシタルモ、未タ予期ノ成績ヲ挙クル能ハス、引続キ募集ニ努力シツヽアリ、県内ニ於ケル募集ト前後シテ、県外ニ在ル縁故者ヨリモ亦同額ノ寄附金ヲ募集スルノ計画成リ、着々進行セントシタルノ際、大正十二年九月不幸ニシテ関東大震災ニ遭ヒテ頓挫シ、為ニ県内ノ募集ニモ少ナカラサル影響ヲ見ルニ至レリ。
惟フニ本会ノ事業ハ主トシテ有為ノ学生ニシテ高等ノ学校ニ入ルノ資ニ乏シキモノヲ援助シ、之ヲシテ能ク其志ヲ遂ケシメ延イテ国家社会ノ福祉ヲ増進センコトヲ期スルニ在リ、所謂高等教育機会均等主義ノ実行ハ欧米先進国ノ夙ニ採用スル所ニシテ、我国ニ於テモ佐賀・山口鹿児島・和歌山・熊本・石川等ノ各地方ニ於テ既ニ卒先シテ其基礎ヲ立テ、旧藩主ヲ初メトシ官民一致熱心此事ニ従ヒ、其成果実ニ見ルヘキモノアリ、本会ノ創基ハ是等各地ノモノニ比シテ必シモ遅キニ非スト雖モ、永ク萎靡不振ノ状態ニ在リ、今日ノ現状ハ譬ヘハ多数学生ヲ援助シ背水ノ陣ヲ布キ、然カモ後援ノ踵クモノナキカ如シ、斯ノ如クニシテ十数年ヲ経過センカ、彼等ト相距ルコト益々遠ク、遂ニ再ヒ及フコト能ハサルニ至ランコトヲ恐ル、是豈本会ノ忍フヘキ所ナランヤ唯我経済界ノ現状ハ本会基金募集ニ便ナラスト雖、庶幾クハ数年ヲ期シテ予定ノ額ニ達セシメ、以テ此至重ノ急要ニ応セントス。
是ニ於テ本会ハ左記要項ニ依リ広ク寄附金ヲ募集スルコトヽナセリ、希クハ大方ノ各位叙上ノ趣旨ヲ諒察セラレ、後進子弟ノ為奮テ此挙ヲ賛助セラレンコトヲ。

      基金募集要項
一、基金総額ヲ金壱百万円トス
一、寄附金ハ一口金拾円トシ応募ハ一口以上ノコト
一、寄附金ハ即納ノコト
 但五口以上ハ五ケ年以内ニ、多額ノ寄附ハ十ケ年以内ニ分納スルモ差支ナシ
  大正十五年十一月 日
                財団法人静岡育英会
                 会長 男爵 平山成信


静岡育英会・葵図書館書類(DK460005k-0002)
第46巻 p.17-19 ページ画像

静岡育英会・葵図書館書類         (渋沢子爵家所蔵)
 - 第46巻 p.18 -ページ画像 
(印刷物)
    公爵徳川総裁演説(大正十五年十二月四日於招待会)
今夕ハ静岡育英会ノコトニ付キマシテ、親シク御懇談ヲ願ヒタイト存ジマシテ、御来臨ヲ乞ヒマシタトコロ歳末御多用ノ折柄ニモ拘ラズ、多数有力ナル各位ノ御臨席ヲ得マシテ、洵ニ欣幸ノ至リニ存ジマス。静岡育英会ハ、明治十八年以来育英事業ヲ経営シテ居リマスガ、近年マデ余リ大ナル発展ヲ遂ゲマセンデシタ、是レハ其組織ガ旧幕臣ノミデアリ、其ノ事業ガ旧幕臣ノ子弟ノミニ対シテ学費ヲ貸与スルコトニ限定セラレテ居リマシタカラデアリマス、然ルニ大正六年、此ノ事業ヲ拡張シテ、静岡県人ノ子弟ニモ同一ノ便宜ヲ与フルコトヽナリマシテ以来、多数ノ県下出身学生ガ之ヲ利用スルコトヽナリ、又県内多数有志ガ会員トナルニ至リマシテ、俄ニ発達ノ道程ニ就イタノデアリマス、而シテ今ヤ寄宿生ノ殆ンド全員ト貸費学生ノ大多数ハ、県下ノ出身デアリマシテ、会員モ亦タ県出身者ガ多数ト相成リマシタノデ、恰モ静岡県ノ高等教育補助機関タルノ観アルニ至リマシタ、私モ其時ヨリ本会ノ総裁トナリマシテ、及バズナガラ微力ヲ尽スコトヽ成リマシタ次第デゴザイマス。
諸君、最近時勢ノ進歩ノ急激ナルコト、従テ各方面ニ有為ナル人材ヲ要スルノ急ナルコトハ、爰ニ喋々ヲ須ヰマセヌガ、自然ノ趨勢トシテ高等教育ヲ受ケタイト云フ希望ガ、一般青年子弟ノ間ニ行亘ツテ参リマシタ、而シテ此ノ希望ハ将来益々強烈ヲ加フルコトヽ確信イタシマス、凡ソ高等教育ヲ受クルニハ、少クトモ、相当ノ材幹ヲ具ヘ、十分ナル資力ヲ有シナケレバナリマセヌ、相当ノ材幹ヲ具フル者、必スシモ富裕ナル訳デハアリマセヌ、却テ有為ノ俊才ガ、学資ニ乏シキ人々ノ中ヨリ出ヅルノ例ハ甚ダ多イノデゴザイマス、静岡育英会ハ旧幕ト云フ関係ヨリ、将又、静岡県ト云フ関係ヨリ吾々ノ最モ手近ニ在ル有為ナル学生ニシテ、学資不足ナル者ヲ補助シテ、之ヲシテ安ジテ学業ヲ終ヘシメ、以テ各其志ヲ遂ゲシメ、且ツ同時ニ国家社会ニ貢献センコトヲ期スルモノデゴザイマス、ソコデ我育英会ノ現状ヲ見マスルノニ、最近ノ発達ハ著シイモノガアリマスケレドモ、尚到底之ヲ以テ満足スルコトハ出来マセヌ、即チ其ノ主要ナル事業ニ付テ見マスルニ、年々貸費志願者ノ数ガ著シク増加スルニ拘ラズ、其ノ要求ヲ聴キ容レテ、相当ノ援助ヲ与フルコトガ甚ダ困難デアリマシテ、寔ニ遺憾ニ堪ヘマセヌ、ソレ故ニ私ハ大正十一年ニ静岡市ヘ参リマシテ、官民有力者ニ此ノ事ヲ申述ベタコトモアルノデゴザイマス、幸ニシテ県知事初メ能ク此ノ次第ヲ了知セラレマシテ、年々若干ノ県費補助ト、全県ニ亘ル基金募集トヲ実行セラレマシタコトハ、真ニ本会ノ為メニ欣幸ノ至リデアリマス、併ナガラ前ニ申上ゲマシタ通リ、尚々一大努力ヲ要スルノ状況デアリマスカラ、爰ニ態々各位ノ御来臨ヲ仰ギマシテ、親シク御賛助ヲ乞フコトニ致シマシタ次第デアリマス。
平山会長ハ、永ク本会ノ為ニ尽瘁セラレ、本会ノ今日アルハ、会長ノ力ニ負フ所甚ダ多イノデアリマス、唯今、会長ヨリ本会ノ将来ニ対スル計画ニ付テ、詳細ニ御説明申上ゲマスカラ何卒御聴取リノ上、奮テ御尽力アランコトヲ切望イタシマス。
 - 第46巻 p.19 -ページ画像 
    男爵平山会長演説(大正十五年十二月四日於招待会)
只今徳川総裁ヨリ御陳述ニ相成リタル所デ大体御諒解下サレタルコトト存シマスカラ、少シク私ヨリ具体的ニ御話シヲ致シテ総裁ノ御言葉ヲ補ヒ度ト考ヘマス。
静岡育英会ハ総裁ノ申シ述ヘラレマシタ通リ明治十八年ノ創立デ、専ラ旧幕臣ノ子弟ニ貸費シテ、先輩榎本子爵・赤松男爵等ガ世話ヲ為サレタノデ、大正六年規則ヲ改正シ、規模ヲ拡張シテ静岡県人ノ子弟モ同一ニ貸費スルコトニナリマシタトキカラ、徳川公爵ヲ総裁ニ御推戴申上ケタノデアリマス。
当時ノ貸費生ハ僅ニ五人ニ過キマセンガ、今日ハ百三人ニ及ンデ居リマスカラ長足ノ進歩ト申シテ宜シイノデアリマスガ、無理ヲ致シテ成ルヘク多数ノ青年ヲ補助シテ居ルノデアリマスカラ、実際甚ダ困難デアリマス、一人ニ貸シマス最上額ハ月弐拾五円デハアリマスガ、実際ハ拾五円又ハ拾円支給シテ居ル者モアリ、平均一人拾六円位ニナツテ居リマス、弐拾五円ト申ス金額ハ已ニ不十分ナルニ、夫レスラ支給スルコトガ出来ナイノデアリマス。
県カラ補助トシテ、最初一年五千円、次ニ六千円、今日デハ壱万円宛下附セラルヽノデ大助カリデハアリマスガ、中々希望者ノ全部ヲ採用スル訳ニハ参リマセン、最初県当局者ト相談ノ結果、他県ノ育英会デ百万円以上ノ基金ヲ持テ居ルモノモ一ツナラズアリマスカラ、本会モ百万円ノ基金ヲ積ム方針ヲ立テ、県地デ五拾万円、東京デ五拾万円トシマシタガ、先ヅ第一期ニ弐拾五万円ヲ募集スルコトニナリ、県地テハ拾弐万余円出来、残額モ最非募集スルコトニナツテ居リマス、ソコデ東京デモ疾ク募集ニ着手スル積デアリマシタ処、震災ノ為メ延期スルノ已ムナキニ至リマシタガ、最早捨テ置キ難キ場合ニ立チ到リマシタ故此度愈募集ニ着手致ス次第デアリマス故、十分ニ事情御諒承ノ上特別ノ御同情御援助ヲ願ヒマス、只今御手許ニ差上ケマシタ募集趣意書其他ノ書類モ御覧下サレタク、猶当局者ガ参上シテ御相談申上グルコトモ御座リマセウカラ、其辺モ宜敷御含ミヲ願ヒマス。


静岡育英会・葵図書館書類(DK460005k-0003)
第46巻 p.19 ページ画像

静岡育英会・葵図書館書類         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
拝啓、時下益々御清穆奉賀候、陳者先般本会基金募集ニ付御依頼申上候処、其後大方各位ノ御賛同ヲ得テ着々進行致居リ候ニ就テハ、何卒事情御諒察之上御援助奉願度此段御依頼迄得貴意候 敬具
 追而別紙御参考迄供御高覧候
  昭和二年二月廿一日
            財団法人静岡育英会
             会長 男爵 平山成信 財団法人静岡育英会会長印
    (宛名手書)
    子爵 渋沢栄一殿


財団法人静岡育英会会報 第四号・第四四頁昭和四年一月 【明徳寮建設費御寄附者左…】(DK460005k-0004)
第46巻 p.19-20 ページ画像

財団法人静岡育英会会報 第四号・第四四頁昭和四年一月
明徳寮建設費御寄附者左ノ如シ
一金七万弐千九百弐拾七円五拾銭也
 - 第46巻 p.20 -ページ画像 
    内訳 (順序不同)
○上略
金三千円 子爵 渋沢栄一 殿
○下略



〔参考〕静岡育英会・葵図書館書類(DK460005k-0005)
第46巻 p.20 ページ画像

静岡育英会・葵図書館書類         (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、益御佳適之段奉大慶候、陳者今般多年之御功績ニ対シ特ニ叙勲之恩命被為蒙候段洵ニ恭賀之至ニ御座候、就テハ有志輩相諮リ聊祝意ヲ表シ度候間、御多用中恐入候ヘ共来ル十七日正午電気倶楽部(省線有楽町駅前)ヘ御光来ノ栄ヲ得度、此段御案内迄如斯御座候 敬具
  昭和三年十二月六日     静岡育英会有志者総代
                   男爵 平山成信
    子爵 渋沢栄一 殿



〔参考〕財団法人静岡育英会会報 第四号・第四七頁昭和四年一月 表彰祝賀会(DK460005k-0006)
第46巻 p.20 ページ画像

財団法人静岡育英会会報 第四号・第四七頁昭和四年一月
    表彰祝賀会
 時維レ昭和三年十二月十七日ノ吉辰ヲ卜シ、吾ガ静岡育英会有志者相諮リ、本会々員ニシテ今般曠古ノ御大典ニ際シ陞勲叙位表彰等ノ栄誉ヲ蒙レル左記拾六氏ヲ、麹町区有楽町一丁目電気倶楽部ニ招待シテ表彰祝賀会ヲ開催セリ、席上有志者総代本会々長平山男爵ノ挨拶ニ次デ、鈴木島吉君来賓ヲ代表シテノ挨拶アリ、又本会理事河井弥八君ノ会長平山男爵ノ先考故省斎翁従四位ヲ追贈サレタル祝辞、並ニ平山男爵ノ挨拶アリ、之レニテ祝賀会ヲ終リ各自歓談午後二時半散会シタリ
      招待者 (順序不同)
  授旭日桐花大綬章   東京 子爵 渋沢栄一君
  叙勲六等授瑞宝章   庵原 片山九郎左衛門君
  叙正六位       東京 鈴木島吉君
  叙正六位       東京 米山梅吉君
  叙従六位       榛原 中村円一郎君
  叙従六位       東京 植村澄三郎君
  賜緑綬褒章      東京 平尾賛平君
  賜緑綬褒章      浜松 宮本甚七君
  賜藍綬褒章      台湾 鈴木重臣君
  文部大臣ヨリ賞品授与 東京 気賀勘重君
  同          東京 神戸寅次郎君
  同          東京 松下専吉君
  同          静岡 上木浩一郎君
  同          沼津 木下秀四郎君
  同          小笠 伊藤文一郎君
  同          静岡 宇式かん君
○下略