デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
19款 亜細亜学生会
■綱文

第46巻 p.47-50(DK460013k) ページ画像

大正13年6月(1924年)

是月栄一、当会第五次旅行班派遣費トシテ金若干円ヲ寄付ス。七月六日、栄一、右旅行班一行ヲ飛鳥山邸ニ招キテ、送別茶会ヲ催シ、訓話ヲナス。


■資料

亜細亜学生会書類(DK460013k-0001)
第46巻 p.47 ページ画像

亜細亜学生会書類            (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
 謹啓 初夏の候御高堂御清勝の段奉賀候
 陳者本会御蔭を以つて益々隆昌の域に到達致候段有難く奉万謝候、次に集会所を震災にて焼失仕り候処、五月より麹町区飯田町五ノ十九に設置致し候間左様御了承被下度候
 亦新会員歓迎会を兼ね春季大会を開催致し候条、何卒万障御繰合せ御来駕賜はり度く御案内申上候 敬白
  期日 五月廿八日(水)午后一時より
  会場 憲法紀念館(青山権田原下車)
  五月廿四日             亜細亜学生会


亜細亜学生会書類(DK460013k-0002)
第46巻 p.47-48 ページ画像

亜細亜学生会書類            (渋沢子爵家所蔵)
(控)
謹啓 時下高堂益御清栄之段大慶之至りに奉存候
陳者支那学生の吾国を訪問し、学術上の意見を交換し或は制度文物風俗習慣を視察するもの多々有之、此の傾向たるや彼我親善の実を挙くる上に於て好結果を齎らすものと確信仕り候、依つて吾が亜細亜学生会に於ても本会成立の意義遂行の手段として、例年之通り夏季休暇を利用し、別紙の如く亜細亜各方面に視察旅行団を派遣し、広く亜細亜之実状を明かにし同時に彼我意志の疎通を謀らん事を企画仕り候、就ては此書面持参之学生より詳細御聴取之上何分の御援助被下度、本会としては此有意義なる企画も大方有志諸彦の御後援により遂行致さするの外無し、此儀相叶はゞ幸甚之れに過ぎずと存候、先ハ御願用迄如此に御座候 敬具
  大正十三年 月           亜細亜学生会長
                      男爵 阪谷芳郎
                    副会長  木下友三郎
                    顧問子爵 渋沢栄一
                    顧問子爵 後藤新平
 追而計画大要左の如し
 一、派遣人数ヲ二十人トシ、之レヲ二組ニ分チ、方面ヲ定メ旅行セシム
 一、一名ニ付平均二百五十円ヲ補助ス故ニ合計五千円ノ寄附ヲ要ス
 一、御寄附金ハ、神田区駿河台明治大学内亜細亜学生会主事中島常吉宛、又ハ麹町区永楽町海上ビルデイング内第一銀行丸ノ内支店
 - 第46巻 p.48 -ページ画像 
本会当座口ヘ御払込被下度候
   ○別紙ヲ欠ク。


紹介状往翰(一)(DK460013k-0003)
第46巻 p.48 ページ画像

紹介状往翰(一)            (渋沢子爵家所蔵)
(控)
(謄写版)
                  (別筆、太字ハ朱書)
                  大正十三年六月十六日付
                   亜細亜学生会之紹介状
               亜細亜学生会ニ寄附金願ニツキ
拝啓益御清適奉賀候、然ハ亜細亜学生会の義ハ学生之会にハ候ヘとも毎年之旅行報告によるも相当実質的にして且有益なるものと存し、老生も顧問として大方之御賛助を願居候次第に有之、其会計に付てハ明治大学長木下友三郎氏厳重ニ監督致、遺漏無きを期し居候間、御好意に背き候様之義ハ無之義と存候、就ては何卒趣旨御賛同之上御寄付被下度、更めて御願申上候 敬具
  六月十六日                渋沢栄一
    (宛名手書)
    小野英二郎殿
    川崎八右衛殿
    児玉謙次殿    各通
    馬越恭平殿
    男大倉喜八郎殿
    川村竹治殿


亜細亜学生会書類(DK460013k-0004)
第46巻 p.48 ページ画像

亜細亜学生会書類            (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
拝啓益御清穆奉賀上候
陳者今般本会員南支並南洋方面ニ見学旅行可致ニ付テ多大ノ金員御寄附被成下御芳志奉感謝候、別紙領収証同封仕候間御査収被成下度、何レ出発ノ節詳細御報告申上候ヘ共不取敢御礼旁得貴意候 敬具
  六月十九日
                 亜細亜学生会
                   主事 中島常吉
                   同  長野清秋
    (宛名手書)
    渋沢栄一殿


南船北馬 第五次夏期旅行班報告 第一七〇頁大正一四年五月刊(DK460013k-0005)
第46巻 p.48 ページ画像

南船北馬 第五次夏期旅行班報告 第一七〇頁大正一四年五月刊
    会誌
      大正十三年度
○上略
同○六月九日 寄附募集に着手。
同十七日 寄附募集打切。
○下略


集会日時通知表 大正一三年(DK460013k-0006)
第46巻 p.48-49 ページ画像

集会日時通知表 大正一三年       (渋沢子爵家所蔵)
七月六日 日 午前九時 亜細亜学生会海外視察員送別茶話会(飛鳥山
 - 第46巻 p.49 -ページ画像 
邸)


中外商業新報 第一三七六六号大正一三年七月三日 支那其他の視察 アジア学生会 渋沢顧問招待(DK460013k-0007)
第46巻 p.49 ページ画像

中外商業新報 第一三七六六号大正一三年七月三日
    支那其他の視察
      アジア学生会
      渋沢顧問招待
渋沢子を顧問として阪谷男が会長であるアジア学生会では、今夏の暑中休暇を利用して会員中の帝・早・慶・明・拓各大学の左記学生十五名を三班に分けて支那・満蒙・インド支那・シヤム・南洋方面に主として産業状態及び社会文化施設等の視察旅行に派遣することになつたので、渋沢顧問は六日午前九時より飛鳥山の自邸に一行を主賓として古在・鎌田・団・塩沢・木下・永田市長等諸名士も出席、送別の宴を張ることになつて居る、しかして一行の出発は未だ決定して居ないが多分十五日頃東京駅発とのことである、一行は
 △第一班(中部支那及満蒙)小谷・吉沢(慶)・小川・田沼(明)・平林・高橋(拓)・上村・野田(帝)△第二班(南支那及台湾)今村 浅井(早)・岡本(拓)・小林(明)△第三班(仏領印度支那・シヤム及南洋)笹本(拓)・立木(早)・三吉(慶)・島の諸君である


南船北馬 第五次夏期旅行班報告 第一七〇頁大正一四年五月刊(DK460013k-0008)
第46巻 p.49 ページ画像

南船北馬 第五次夏期旅行班報告 第一七〇頁大正一四年五月刊
    会誌
      大正十三年度
○上略
同○七月六日 午前中旅行会員全部渋沢子爵顧問邸に参集。顧問より懇篤なる訓話あり。午後尾久清水滝に於て送別会開催。
○下略


南船北馬 第五次夏期旅行班報告 第一七三頁大正一四年五月刊(DK460013k-0009)
第46巻 p.49 ページ画像

南船北馬 第五次夏期旅行班報告 第一七三頁大正一四年五月刊
    第五次夏期旅行 会計報告
      収入之部
一金六千参百拾五円也     寄附金
   ○支出之部・差引残高略ス。
(御断リ)慣例ニヨリ寄附者各位ノ寄附金額ハ掲ゲマセヌ


亜細亜学生会書類(DK460013k-0010)
第46巻 p.49-50 ページ画像

亜細亜学生会書類            (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
拝啓、益御清穆奉賀上候
陳者今般本会員学生、支那及印度方面ヘ視察旅行隊派遣致候ニ付テ多大ノ御援助ヲ賜リ候段奉感謝候、以御蔭別紙ノ如キ効果ヲ得、一行十五名ハ去ル七月十五日三班ニ分レ夫々目的地ヘ向ケ出発致居候処、各班共無事帰朝ノ途上ニ有之候間御了知被成下度、何レ帰朝ノ上ハ詳細ナル旅行報告書ヲ貴覧ニ供ヘ可申、右不取敢御報告旁御礼申上候
                           敬具
  大正十三年九月
 - 第46巻 p.50 -ページ画像 
                 亜細亜学生会
                   会長 阪谷芳郎
    (宛名手書)
    子爵渋沢栄一殿
(別紙、謄写版)
    旅行隊派遣寄附金芳名(順序不同)
○上略
渋沢栄一殿
○中略
  合計 金六千参百九拾五円也
      内未収 金壱百参拾円也


集会日時通知表 大正一三年(DK460013k-0011)
第46巻 p.50 ページ画像

集会日時通知表 大正一三年       (渋沢子爵家所蔵)
十一月廿九日 土 午后壱時 アジア学生会報告演説会(小石川植物園)
   ○栄一、是月十九日ヨリ病気静養中ニ付、是日出席セザルゴトシ。(「竜門雑誌」・「南船北馬」ニヨル)