デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
20款 財団法人国士館
■綱文

第46巻 p.78-81(DK460021k) ページ画像

昭和2年12月15日(1927年)

是年十月十三日、栄一、当館理事柴田徳次郎ヨリ、当館専門学校並ニ実務学校計画案ニ就キ詳細ニ聴取シ、是日、昭和二年ヨリ向三ケ年賦ヲ以テ金一万円ノ寄付ヲ決ス。


■資料

渋沢栄一 日記 昭和二年(DK460021k-0001)
第46巻 p.78 ページ画像

渋沢栄一 日記 昭和二年          (渋沢子爵家所蔵)
三月十一日 晴 寒気少ク減
○上略 国士館主任柴田徳次郎氏来リ、学校経営及寄附金募集ノ事ヲ談話ス○下略


集会日時通知表 昭和二年(DK460021k-0002)
第46巻 p.78 ページ画像

集会日時通知表 昭和二年          (渋沢子爵家所蔵)
十月十二日 水 午后四時 国士館芝田氏来約《(柴田)》(事務所)


国士館書類(DK460021k-0003)
第46巻 p.78 ページ画像

国士館書類                 (渋沢子爵家所蔵)
    (栄一鉛筆)
    昭和二年十月十三日柴田徳次郎氏持参
    面接シテ口頭詳細ノ事由ヲ聴取ス
国士館実務学校計画案
    (栄一鉛筆)
    本校発展ノ為メ爾来東京市内ノ富豪ニ就テ資金募集ニ尽力セラレ、三井家始メ夫々応募セラルルニ付、当方ニテモ従来ノ関係上金壱万円ヲ、来ル昭和二年ヨリ向三ケ年賦ヲ以テ寄附スル事ニ定メタリ、就テハ本月ノ同族会ニ右寄附金ニ付議案ノ提出有之度事
  昭和二年十二月十五日 栄一
   ○右ハ国士館実務学校計画案ト墨書セル封筒ニ栄一ノ鉛筆書キセルモノ。


国士館書類(DK460021k-0004)
第46巻 p.78-79 ページ画像

国士館書類                 (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
    専門学校並実務学校計画
     学校種別   施設学科          修業年限
    専門学校   本科(国語、漢文、武道兼修) 四年
     専門学校本科ニ於テハ、国士館ノ本領タル真摯堅実ナル精神ヲ涵養シ、斯道ノ中等教員タル者ヲ養成スルヲ以テ目的トス
 - 第46巻 p.79 -ページ画像 
国士館  修養年限ハ、若シ文部省内規ノ変更ヲ見ル場合ニハ三年トスルコト
    実務学校 商工科(昼夜)        一年
         拓植科            一年
     実務学校ニ於テハ、中学校卒業程度以上ノ者ヲ収容シ、商工・拓植ニ必要ナル教育ヲ施シ、短期間ニ会社・銀行其他ノ実務ニ従事スル真摯ナル実業家ヲ養成スルヲ以テ目的トス
    特別講座
     特別講座ニ於テハ、定期ニ或ハ臨時ニ地方青年ヲ寄宿舎ニ収容シ、共同生活ヲ為サシメ、特ニ精神訓練ヲ行フヲ主眼トシ、特別講義ヲ聴講セシム
 備考
  既設学校
    中等学校 中学校                 五年
         商業学校(夜)             四年
      同上創設費予算
 一金拾万七千八百四十六円也      校舎建築費
                    {総坪数七百八十五坪二八木造坪当リ百三十円、外ニ九十六坪、坪当六十円}
 一金五千円也             地均シ外柵等
 一金二万五千円也           寄宿舎建築費(百名収容シ得ル見込)
 一金五千円也             図書購入費
 一金八千円也             設備費
  合計金拾五万八百四十六円也
   外ニ基本財産金拾五万円也


国士館書類(DK460021k-0005)
第46巻 p.79 ページ画像

国士館書類               (渋沢子爵家所蔵)
    国士館専門学校創設寄附金
一金五万円也    三井男爵家殿
一金弐万円也    毛利公爵家殿
一金壱万円也    田中義一殿
一金壱万円也    馬越恭平殿
一金壱万円也    渋沢栄一殿
一金壱万円也    大橋新太郎殿
一金壱万円也    団琢磨殿
一金壱万円也    藤原銀次郎殿
一金壱万円也    山本条太郎殿
一金壱万円也    服部金太郎殿
一金壱万円也    牧野元次郎殿
一金五千円也    植村澄三郎殿
一金五千円也    小坂順造殿
一金壱千三百円也  大阪毎日新聞社殿
一金壱千円也    大阪朝日新聞社殿
 - 第46巻 p.80 -ページ画像 

渋沢栄一 日記 昭和三年(DK460021k-0006)
第46巻 p.80 ページ画像

渋沢栄一 日記 昭和三年        (渋沢子爵家所蔵)
一月二十七日 曇 寒
○上略 柴内徳次郎氏来《(柴田徳次郎)》リ、国士館ノ事ヲ談ス○下略


国士館書類(DK460021k-0007)
第46巻 p.80 ページ画像

国士館書類               (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
啓上、来ル十八日午后二時日本工業倶楽部ニテ、国士館維持委員会ニ付御枉駕相願候処、無余儀都合有之十月二十二日ニ延期、来ル十月二十二日午后二時日本工業倶楽部ニ御光来被成下度、此段改メテ御願申上候 敬具
 追伸 上記延期ノ段ハ甚タ恐縮ノ儀ニ候得共、事情宜敷御諒恕奉願上候
  昭和三年十月十五日
                   子爵 渋沢栄一
                   子爵 栗野慎一郎
                      頭山満
                      徳富猪一郎
                      山崎達之輔
  (宛名手書)
  子爵
    渋沢栄一閣下


国士館書類(DK460021k-0008)
第46巻 p.80-81 ページ画像

国士館書類               (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
粛啓、益御清栄の段奉慶賀候
陳者予て御高配相仰ぎ居り候財団法人国士館の儀、御蔭を以て関係各位の多大なる御尽力に依り、去る十月二十二日午後二時より工業倶楽部に維持委員会開催仕り左記諸氏御出席、徳富委員より発起人を代表して、大正十五年十一月二十五日会合以来の経過と、故野田卯太郎翁の別懇諸彦への遺言的依頼等を述べられ、次に山崎委員より、国士館新計画の内容に就き詳細説明の上種々懇談、孰れも満場一致承認、更に山崎委員より、前文部大臣水野練太郎氏《(水野錬太郎)》を学長に迎へたき旨提案、是亦満場一致承認の上散会致し候、依つて本月一日山崎・徳富両委員及柴田理事同道水野氏を訪問、委員一同の希望を開陳の結果、同氏の快諾を得候間、以上併せて御報告申上候、尚詳細は近日御手許に贈呈可申上国士館々報に就て御諒承被下度、不取敢右御報告を兼ね従来の御厚情を深謝し、更に今後共一層御高配賜り度御依頼迄如斯御座候
                           敬具
 当日御出席の各位は下名発起人の外、文部省武部普通学務局長殿・有賀長文殿・末永一三殿・服部金太郎殿・本山彦一殿(代)・井上準之助殿・団琢磨殿・望月内務大臣殿(着順)
 国士館役員柴田・上塚・山田各理事、関野幹事
  昭和三年十一月七日
                   子爵 渋沢栄一
                   子爵 栗野慎一郎
 - 第46巻 p.81 -ページ画像 
                      頭山満
                      徳富猪一郎
                      山崎達之輔
    (宛名手書)
    渋沢栄一殿
        侍史


国士館書類(DK460021k-0009)
第46巻 p.81 ページ画像

国士館書類               (渋沢子爵家所蔵)
粛啓、高堂益御清栄の段奉賀候
陳者予而甚大なる御同情に浴し居り候国士館儀、創立玆に十三年彼の大正七・八年以来の矯激なる思想動揺期に当り魏然として君国の柱石を以て一貫し、大正十二年には御高配に依り中学校を併設し、同十四年には地元世田谷・駒沢・玉川・目黒・碑衾・松沢六ケ町村長有志の醵金により、甲種商業学校の増設を見、勤労実践的学風は形式画一の悪弊革新の先駆として漸次朝野の認むる処となり、大正十三年畏くも秩父宮殿下の御台臨を始め、各位の御来臨御高援を得、著々として同憂当初の期待に副ひ来り候間、昭和三年曠古御盛典の紀念として、真呼士魂商才養成の純日本式教育の府として之を完成せしめ度く協議仕候結果、別紙の如く就職難の憂なき、文部当局の最も緊要とし而も甚だ不足せる中等学校武道兼国漢文教授養成の為めの四年制専門学校と中学校卒業後満一ケ年寄宿制の極めて実際的商工実務、海外拓殖従事員養成の実務学校新設助成の事に相運び、昭和四年三月認可四月より旧校舎にて開校、五月より新校舎建築にかゝらせ、已に八・九分進工仕り居り、之にて多年の御高配一段落相つき、百代不滅の基礎確立致す次第に有之、就ては御多用の処誠に恐縮に候へ共御理解深き
尊台に御翼賛御願の為め関係者等参上可仕候間、何卒御高援賜はり度御依頼申上候
尚精神事業に対しては貴重なる応援を為す側も之を受くる側も往々一片の領収書の受授のみにて、其結果成績の看過せらるゝを甚だ遺憾と存じ時々御同様参観仕り候処、予想以上に著々として充実発達致し居り候は国家百年の為め誠に意を強く仕候次第に有之、御寸暇の節には何卒御親臨、此上とも御高教賜はり度く併せて御依頼申上候 敬具



〔参考〕中外商業新報 第一四七五七号 昭和二年三月二三日 野田氏追悼会 国士館に於て(DK460021k-0010)
第46巻 p.81 ページ画像

中外商業新報 第一四七五七号 昭和二年三月二三日
  野田氏追悼会
    国士館に於て
故政友会副総裁野田卯太郎氏の追悼会は、廿二日午後二時から府下世田ケ谷の国士館講堂において
 田中政友・若槻憲政・床次本党三総裁、徳川・粕谷両院議長、牧野内大臣、一木宮内大臣、倉富枢密院議長、黒田侯、清浦・後藤・渋沢三子、高橋是清、犬養毅、鎌田栄吉、頭山満諸氏
の発起で、渡辺海旭師が大導師となり、僧徒十数名を具して厳そかに営まれ、追悼文は田中政友・若槻憲政・床次本党三党首に依つて朗読せられ、生前の功を称へ、故人と生前往来した朝野の名士多数参拝し盛儀であつた