デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
25款 財団法人日本国民高等学校協会
■綱文

第46巻 p.127-130(DK460031k) ページ画像

昭和2年2月27日(1927年)

是日、当協会第二回通常総会、日本青年館ニ於テ開催セラル。栄一出席シテ日本国民高等学校校長加藤完治ノデンマーク国視察報告ヲ聴取ス。


■資料

渋沢栄一 日記 昭和二年(DK460031k-0001)
第46巻 p.127 ページ画像

渋沢栄一 日記 昭和二年        (渋沢子爵家所蔵)
二月二十七日 晴 寒気少ク減ス
○上略 午後三時過青山青年会館ニ抵リ石黒忠篤氏監督セラレ加藤氏校長タル学校協会ニ出席シ、加藤氏丁抹国往訪ノ報告ヲ聴取シ、且農事又ハ家畜ニ関スル活動写真ヲ一覧ス、晩飧ヲ共ニシ夜九時過帰宿ス○下略


集会日時通知表 昭和二年(DK460031k-0002)
第46巻 p.127 ページ画像

集会日時通知表 昭和二年        (渋沢子爵家所蔵)
弐月廿七日 日 午后参時 日本国民高等学校第弐回通常総会(日本青年館)


社団法人日本国民高等学校協会議事録 其ノ一 第一―七頁刊(DK460031k-0003)
第46巻 p.127-130 ページ画像

社団法人日本国民高等学校協会議事録 其ノ一 第一―七頁刊
    第二回通常総会議事録
一、開催日時 昭和二年二月二十七日午后三時開会
二、開催場所 東京市外明治神宮外苑日本青年館内
三、出席者
     金井十郎平    浜口担         矢作栄蔵
     田中長茂     井上雅二        岡本英太郎
     安田善次郎    橋本伝左右衛門《(衍)》 那須皓
     代結城豊太郎
     阪本正治     斎藤米吉        二荒芳徳
     高須虎六     渋沢敬三        岡田温
     山崎匡輔     細川義方        渋沢栄一
     深作雄太郎    石黒忠篤        渡辺侱治
     小平権一     加藤完治        江阪弥太郎
     野々山彦諡
 尚当日ハ、他ニ丁抹国代理公使ウエールム氏外二十余名ノ出席アリ
 - 第46巻 p.128 -ページ画像 
タリ
四、会務報告(石黒理事報告)
 私カ会務ノ報告ヲ致シマス。報告ハ昨年二月七日以後ノ分テアリマス。昨年ノ四月十六日ニ加藤校長夫妻カ開校迄丁抹ニ行クコトニナリマシタ。其ノ前四月二日茨城県知事・内務部長・深作理事等ノ熱心ナル斡旋ニ依ツテ、水戸ニ有志大会ヲ開クコトニナリ、協会側ヨリハ石黒・那須・小平・加藤・渡辺ノ各理事ガ出席シマシタ。其ノ結果県下有力者ノ多数ノ賛成者カアリマシタ。
 ソレカラ元種羊場建物払下ノ件ニ付キマシテハ、昨年六月二十六日其ノ指令ニ接シマシタ。建物棟数ハ四十八棟、坪数千七百三十四坪デ払下価額一万四千円デ、一坪当約八円ノ割テアリマス。建物敷地及学校附属農場用ニ供スル為、種畜場ノ跡地ハ只今ノ処ハ之ヲ借入レテ、経営スルコトヽ致シマシテ、今後数年間モ亦借地ノ儘経営スルノ外ハナイコトヽ思ヒマス。之ハ経費ノ関係上止ムヲ得ナイノデアリマス。
 其ノ借入レニ関シテハ大正十四年五月申請致シマシタ処、昨年九月許可セラレマシタ。借入面積ハ五十七町九反九畝三歩デ、コレハ開墾シ得ルモノデアリマシテ、外ニ防風林ヲモ加ヘマスト八拾一町ニナルノデアリマス。ソレデ種羊場跡地ノ三分ノ一ハ茨城県種畜場ヘ他ノ大部分ハ霞ケ浦飛行隊ノ不時着陸場トシテ取ラレ、学校用地ハ其ノ残部デアリマス。又建物ハ県ガ拾ヒ抜キシタ其ノ残部ヲ一括シテ払下ケタノデアリマス。学校開設ニ付キマシテハ前回ノ総会ニテ御話申上ゲタ通リ、加藤校長以下補導九名ヲ任命致シマシタ。ソレカラ学校設立ニ付テハ学則其ノ他諸形式ヲ整ヘマシテ茨城県知事ヘ設立許可申請中ノ処、昨年五月十九日附ヲ以テ認可ノ指令ガアリマシタ。生徒募集ニ関シテハ昨年十月二十七日ニ理事会ヲ開キ、生徒募集手続ヲ定メテ夫々関係者ニ印刷物ヲ送附シマシタ。
 本会理事加藤校長ハ校長トシテノ責任重大ナルヲ感シマシテ、夫人ヲ伴ヒ自費ヲ以テ四月欧洲ニ出発シ、伊・仏・丁・独ナドニテ研究ヲ致サレ、十二月五日帰国致シマシタ
 ソレカラ話ハ変ツテ亦前ヘ戻リマスガ、友部停車場附近ノ建物一棟(羊舎)ヲ、友部小学校カ余リ貧弱ナ為寄附致シマシタ。
 事務所ノ移転ハ多額ノ費用ヲ要シマスシ亦不便デアリマスル為メ、県下石塚町役場ノ懇望ニヨリ価格二千三百円ニテ払下ノ約束ヲシマシタ、代金ハ他ノ建物ノ移築ノ費用ニ充テタイツモリテ居リマス。
 最後ニ本会会員ノ現在数トシテハ名誉会員九名、特別会員四十三名、正会員六十七名、合計百十七名デアリマシテ、之ヨリ多少ノ増加ハアル見込デアリマス。開校ノコト経営方針ノコトナドニ付キマシテハ、加藤校長ヨリ話シテ戴クコトニシテ大体私ノ申上グル処ハ此ノ位デアリマス。
五、学校開校状況及ビ経営方針(加藤校長説明)
 開校ノ状況、経営方針ハ之カラ私ガ御話シマス。生徒ノ募集ノ事ニ付テハ一切他ノ理事ニ御任カセシテ居ルノデ、集マツテ来タ生徒ノ名モ知ラス、又何処ヨリ来タノカモ知ラズニ居ル様ナ次第デス
 - 第46巻 p.129 -ページ画像 
 本年ノ第一回募集ハ長男教育ノミデアリマシテ、応募者約五十名程アリマシタ。現在テハ四十三名居リマス。募集方法ニ付テハ公告モセス試験モセス、紹介者ノアツタモノト、開校前ヨリノ希望者ヲ入学セシメ、又入学ニ際シテハ徒ラニ虚名ニ狩ラレタ様ナ者モアルヤノ感カアリマシタガ、其レハ能ク正シタ上デ入学ヲ許シマシタ。
 集マツテ来タ生徒ハ長男テアリマス。将来農民トシテヤリ通スト云フ意思ヲ持タシムルニハ、相当ノ努力ヲ要スルコトヽ思ヒマス。現在ハソレニ力ヲ注イデ居リマス。
 農場ノ方面ハ農場開設ノ準備トシテ約八町歩ヲ臨時ニ借受ケマシタソレハ研究ニ資セムカ為メテアリマス。払下致シマシタモノヽ内、原位置ニテハ不便多イ為メ、必要ニ応シテ移築シテ居リマス。鶏舎ハ目下移築中デアリマス。移築ニハ多額ノ費用ヲ要スルモノト思ヒマス。校舎ハ階下ヲ教堂ト食堂トシ、便宜ノ為メコンクリートニシマシタ。廊下・便所・洗面所等モスヘテコンクリートニ作製中デアリマス。階上ヲ畳敷ニシテ宿舎トシテ居リマス。
 授業ハ創立当時ナル故二時間トシ、アトハ労働ヲヤリマス。生徒ハ皆理解シテ愉快ニヤツテ居リマス、生徒ハ山形ト気候及青年ノ性質ニ差異アリテ、訓練上支障ナキヤノ懸念ガアリマシタガ、目下ノ処斯クノ如キ憂ハナイモノト思ハレマス。ソレニ山形ト異リ気候カ良イ為メ殆ンド一年中仕事ガ出来マス。
 入学当時最初ノ一週間ハ学校ノ主旨ヲ充分ニ徹底セシムル為メ、私カ本校主旨ニ付テ講義ヲ為シテ来マシタ。以後ハ外ノ職員ト普通ノ授業ヲナスコトニシテ来マシタ。
 仕事トシテハ土掘リ、ペンキ塗リ、下肥汲ミ、除草、薪炭採リ、経営ニ必要ナ肥料作リ、又草ヲ集メテ肥料ヲ作ルコト等ヲヤツテ居リマス。又豆腐・ガンモトキ・油揚ナドモ製ツテ居リマス。
 現在ノ処起床ハ五時ト思ヒマシタカ余リ寒サガ強イノデ六時ニシマシタ。六時半ヨリ七時半迄体操(皇国運動・武道)ヲヤリ、食事前ニ皆集マツテ君ケ代ノ合唱、勅語奉読ヲ毎日行ツテ居マス。
 生徒ノ費用ニ付テハ成ルヘク節約ヲ主トシテ費用ヲ要セヌ様ニ心懸ケテ居ル。授業料ハ徴収シマセヌガ食費・電灯料、其ノ他ノ雑費ヲ含メテ一ケ月僅カ十二円ヲ要スルノミテアルカラ、食事ハ一日僅カ三十五銭、一食十二銭ノ割デアリマス。食物ニ付テハ少シク改善ヲ要スルモノト思ツテ居リマス。明後年度ニ於テハ食費・電灯料モ徴収セヌ予定ヲ立テヽ居ルノデアリマス。此ノ一食十二銭ノ食費ヲ補フ為ニ豆腐・油揚・蒟蒻・ガンモドキ等ニヨルノ外ナク、之等ヲ作ル為ニハ釜ヲ要スル次第デアル。又学校全体ヨリ注文ヲ云フト、現在ニ於テハ寄舎ノ構造ガ余リ粗雑デ不完全デアリマスカラ、学生ノ安眠ヲ相当害スルコト多ク、健康上ヨリ亦能率上ヨリモ甚ダ遺憾ノ点ガ多イカラ、此等ノ点ハ改善ヲ要スルコトヽ思ハレマス。次ニ現在学校ニ於テハ余リ労働ガ多イ為メ充分読書ヲモサセルコトカ出来ヌ、故ニ其ノ点モ種々ノ設備ト何等カノ形ニ於テ漸次改善ヲ要スルコトヽ思ハレマス。右ノ意味ヨリシテ石黒・小平・渡辺理事等ノ尽力ニヨリマシテ、目下図書室ノ完成ニ急キツヽアリマス。
 - 第46巻 p.130 -ページ画像 
 経営ノ方針トシテハ国民高等学校ノ目的ヲ貫徹セバソレデ宜シイト思ツテ居ル。即農村経営ノ改善ヲ他日家ニ帰ツテ実行シ得ル人ヲ養成セバソレデ宜シイノデアリマス。農場経営ノ方法ノ説明ハ困難ナルモ、生徒ノ数ニ応シテ、又機械ノ数ニ応シテ経営ヲ為スガ故ニ、生徒ガ一人モ居ラナクナツテモ農場経営ニハ迷惑ヲ懸ケヌツモリデ居リマス。農場経営方法ニ関シテハ黙ツテ視テ居テ戴キタイト思ヒマス。
 開校ハ一月ノ予定デアリマシタガ種々ノ都合上二月一日トナリマシタ。後ニ開校記念日ヲ設ケテ為スツモリテ居リマス。開校ノ日ニハ那須・深作・山崎ノ諸理事カ来テ生徒ニ対シテ訓話ヲナシテ帰ラレマシタ。只今ノ処デハ全生徒ガ愉快ニヤツテ居ルト云フコトヲ充分申上ゲテ置キマス。他ハ質問ニ願ヒマス。
○下略