デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
28款 財団法人バチェラー学園後援会
■綱文

第46巻 p.142-149(DK460035k) ページ画像

昭和5年10月(1930年)

是年七月、徳川義親・新渡戸稲造等、アイヌ民族教化ノタメ尽瘁セルイギリス国人ジョン・バチェラーノ事業後援ノ目的ヲ以テ、当後援会ノ設立ヲ発起シ、栄一ニ顧問ヲ依嘱ス。栄一之ヲ諾シ、是月就任シ、在任歿年ニ及ブ。金千円ヲ寄付ス。


■資料

青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編 竜門雑誌第五一九号別刷・第二五頁 昭和六年一二月刊(DK460035k-0001)
第46巻 p.142 ページ画像

青淵先生職任年表 (未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編
               竜門雑誌第五一九号別刷・第二五頁昭和六年一二月刊
    昭和年代
  年 月
 五 一〇 ―バチェラ学園後援会顧問―昭、六、一〇。―「財団法人バチェラ学園」後援会顧問―昭、六、一一。


(新渡戸稲造) 書翰 渋沢栄一宛昭和五年一〇月一四日(DK460035k-0002)
第46巻 p.142 ページ画像

(新渡戸稲造) 書翰 渋沢栄一宛昭和五年一〇月一四日
                    (渋沢子爵家所蔵)
                   (別筆・朱書)
                   昭和五年十月十四日
                    新渡戸稲造氏来状
謹啓、時下秋涼之候ニ御座候処、子爵閣下ニ於かせられてハ愈々御健勝に被為渉、国家之為めに御尽力被遊候御事目出度大慶の至りニ奉存上候、扨て、北海道ニ於けるバチエラー氏之事業後援之儀につき、嘗て参邸御願申上候処、今回いよいよ後援会組織之件略相纏まり、先日徳川(義親)侯爵にも御目ニ懸り、今月二十一日午後麻布富士見町之侯爵邸ニ一同参集協議致す事と相成り、小生ハ予て申上候如く右会長として聊か微力を尽す事と相成候ニ就而何卒御多用ニて御迷惑様の御事と奉存候へども
閣下之御力添えを賜はり候様奉懇願候
実ハ小生参邸御拝眉の上万縷可申上儀に御座候へども、此頃各地出張旅行致し候事多く東奔西走多忙を極め居候儘、乍失礼得能氏に托して右御願申上候間何卒宜敷奉希上候
尚時節柄御自愛専一ニ被遊候為邦家切ニ奉祈上候 頓首
  十月十四日
                      新渡戸稲造
    渋沢子爵閣下
          御侍下


バチェラー学園後援会書類(DK460035k-0003)
第46巻 p.142-143 ページ画像

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バチェラー学園後援会書類(DK460035k-0004)
第46巻 p.143 ページ画像

バチェラー学園後援会書類          (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
    バチラー学園後援会趣意書
 ジヨン・バチラー先生は、明治十年に我が国に来朝せられて以来、今日に至るまで五十有余年の長き間、一意専心、気の毒なるアイヌの人達の教化救済の為めに尽瘁せられましたことは、私共国民の深く感謝すべきことであります。其の間廔々山間僻地に入りて具さに夫等の人々と起居を共にし、或は幾度か危険に遭遇し、幾多の困難と闘ひながら常に夫等の人々の生活向上の為めに、思想信仰に関し、又教育の普及発達の為めに、先生御自身の一生を全く献げて活動せられたのであります。而して先生の献身的なる御尽力に依りてアイヌの人達が如何に大なる幸福を享け、恩恵を蒙りたるかは、殆んど挙げて数ふるに遑なき程であります。アイヌの人達が皆悉く先生を「自分等の父」として衷心より深く尊敬してゐることは蓋し当然の事と考へられます。
 斯くの如く、先生は従前久しく自費を投じて夫等の多くの教化事業を行はれましたが、前年来は特に教育施設に意を用ひられて居ります而して、札幌にバチラー学園(以前は保護学園と称す)を建設して青年学生を収容し、又学資の補助等を行ひ、人材の養成に努められつゝありますけれども、従前はその基金の造成が思ふ様に運ばざる為め、先生の御意志の一端をも実行すること能はざる状況であります。殊に未だ財団法人の組織すらも出来てゐないことは誠に遺憾の至りに存じます。先生のアイヌ民族に対する溢るゝ如き厚き御同情に対しても、私共国民として申訳なき次第と存ずるのであります。
 先生は今年七十七歳の高齢に達せられ、矍鑠としてお働きになり、尚今後も終生此の教化事業に専心従事せらるるとのことでありますけれども、何分御老体のことゝて以前の様な活動も御無理と存じますので、早く基金の造成を図り、財団法人を組織して先生の御意志を実行し、先生の貴い精神と事業とを将来永く継続せしむる様に致したいと存じます。仍て玆に私共有志相謀り、先生の事業の基礎を造る為めに後援会を組織致したのであります。而して後援会に於ては先づ事業の基本金として金五万円を募集致したいと存じて居ります。何卒江湖の諸賢に於かせられては、此の趣旨に御賛同なし下され、幾分にても御配慮と御援助とを賜はらむことを切にお願ひする次第であります。
  昭和五年七月 バチラー学園後援会発起人
 附記 農学博士・法学博士新渡戸稲造先生が本会々長として万事を御統括下され、又侯爵徳川義親閣下及子爵渋沢栄一閣下には進んで会の顧問として御力添を賜はる事となりました
(後援会事務所、東京府荏原郡世田谷町桜木六五二、得能佳吉方)
 - 第46巻 p.144 -ページ画像 


バチェラー学園後援会規則 第一―六頁刊(DK460035k-0005)
第46巻 p.144-145 ページ画像

バチェラー学園後援会規則 第一―六頁刊
    バチヱラー学園後援会規則
第一条 本会ハバチヱラー学園後援会ト称ス
第二条 本会ハバチヱラー学園及ビ之ニ附随スル事業ヲ援助スルコトヲ以テ目的トシ、学園ノ為メニ基金ノ造成ヲ図リ、其ノ他援助ノ目的ヲ以テ必要ナル事業ヲ行フ
第三条 本会ノ事務所ヲ左ノ処ニ置ク
  東京方面ハ
   東京市麻布区富士見町徳川侯爵邸内
  北海道方面ハ
   札幌市北三条西七丁目バチヱラー学園内
第四条 本会ニ左ノ役員ヲ置ク
   一、名誉会長      一名
   二、会長        一名
   三、顧問       若干名
   四、理事       若干名
   五、評議員      若干名
   六、幹事       若干名
  以上ノ役員ノ外本会ノ事業ヲ援助スル人ニ本会賛助員ヲ依嘱ス
第五条 学園ノ基金ヲ造成スル為メ広ク一般有志ノ寄附ヲ募集スルモノトス
  寄附金ハ其ノ額ノ如何ヲ問ハサルモ、一般ニ概ネ左ノ例ニ依ルモノトス
  一口参拾円以上ヲ正会員トス
  毎月会費五拾銭以上ヲ寄附スル人ヲ普通会員トス
  正会員及特別会員ノ寄附金ハ都合ニ依リ分納スルコトヲ得
  前各項以外一般有志ノ寄附ハ、其ノ額ノ如何ヲ問ハズ随時之ヲ受クルモノトス
第六条 本会ハ一般寄附ノ募集以外、講演・映画・音楽等適当ノ事業ヲ行フコトアルベシ
第七条 本会ニ於テ受ケタル寄附金・会費其他一切ノ収入ハ、本会ノ事務ニ要スル経費ヲ除クノ外総テ之ヲバチヱラー学園ノ基金ニ提供スルモノトス
第八条 本会ハ毎年一回定時総会ヲ開ク、但シ必要アルトキハ臨時ニ之ヲ開クコトアルベシ
      役員氏名
一、名誉会長           侯爵 徳川義親
二、会長                新渡戸稲造
三、顧問             侯爵 蜂須賀正韶
                 子爵 渋沢栄一
                 男爵 阪谷芳郎
                 男爵 佐藤昌介
 - 第46巻 p.145 -ページ画像 
                 男爵 森村市左衛門
             北海道庁長官 池田秀雄
四、理事                美濃部俊吉
                    宮部金吾
                    時任一彦
           北海道庁内務部長 吉田勝太郎
                    ガントレツト恒子
                    丸山茂子
                    得能佳吉
   ○評議員・賛助員・幹事ノ氏名略ス。


バチェラー学園後援会書類(DK460035k-0006)
第46巻 p.145-146 ページ画像

バチェラー学園後援会書類        (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
謹啓、時下厳寒之候に御座候処愈々御清祥に被為渉候段目出度奉賀上候、扨て御多用中唐突之儀にて誠に恐縮の至に御座候へども、予て御存じの如く北海道札幌市在住の英国人ジヨン・バチヱラー氏は、明治十年本邦に来朝以来今日に至る迄実に五十有余年の久しき間、アイヌ民族教化の為めに専心尽瘁せられ、当年七十八歳の高齢を以て尚矍鑠として此の事業に没頭せられつゝあることは、私共邦人として御同様感佩に堪えざる処に御座候、同先生は従前よりバチヱラー学園を札幌に経営し、アイヌの青少年男女を収容して育英に当られ居り候も、その基金乏しく基礎極めて微弱なるの状態にあることは誠に私共の気の毒に感じ居候処に御座候、仍て私共有志玆に相謀り同先生の為めに後援会を組織致し、聊か先生多年の労に酬ひ、又気の毒なるアイヌ民族教化の事業を翼賛致し度存じ候、而して後援会の組織は略々出来上り名誉会長・会長・顧問・理事・幹事等は既に決定致候次第に御座候処御尊台を後援会評議員又は賛助員に御推薦致度存候間、何卒枉げて御承諾給はり候様奉希候、尚本会評議員・賛助員を御願ひ致度き方は概ね別紙の通りに有之候
 追而旧臘十二月二十二日、畏くも宮内省よりバチヱラー学園に対して事業御奨励の御思召を以て金弐千円也御下賜有之、又先般三菱商事株式会社殿及び男爵三井八郎右衛門閣下より各金壱万円宛、子爵渋沢栄一閣下及び服部金太郎殿より各金壱千円也の御寄附有之候、右併せて申添候也 敬具
  昭和六年一月 日
               バチヱラー学園後援会
           名誉会長    侯爵 徳川義親
           会長         新渡戸稲造
           顧問      侯爵 蜂須賀正韶
                   子爵 渋沢栄一
                   男爵 阪谷芳郎
                   男爵 佐藤昌介
                   男爵 森村市左衛門
               北海道庁長官 池田秀雄
 - 第46巻 p.146 -ページ画像 
           理事         美濃部俊吉
                      宮部金吾
                      時任一彦
             北海道庁内務部長 吉田勝太郎
                      ガントレツト恒子
                      丸山茂子
                      得能佳吉
             幹事(イロハ順) 今西静江
                      得能まつ子
                      玉真岩雄
                      高岡愛子
                      ヱミー・ガントレツト
                      志村よし子
    (宛名手書)
    渋沢栄一殿


バチェラー学園後援会書類(DK460035k-0007)
第46巻 p.146-147 ページ画像

バチェラー学園後援会書類         (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
謹啓、時下春寒尚厳敷御座候処愈々御清祥に被為渉候段芽出度奉賀候扨て玆に唐突の儀につき御願申上げ御多用中を煩はし候事誠に恐縮の至りに存候、御海度の程平に仰上候
実は予て御存知の御事と存候へども、北海道札幌市在住の英国人ジヨン・バチヱラー博士は、明治十年本邦ニ渡来以後、今日に至るまで五十有五年の長年月間アイヌ民族教化の為めに献身尽瘁せられ、幾多の困難を冒し山間僻陬の地に留りて、辛さに労苦を嘗められ、而かも今年七十八歳の高齢を以て尚矍鑠として専心此の事業に没頭せられつゝあることは、私等邦人の深く敬意を表し感謝すべきところと存候、近年アイヌ民族の人達の生活・思想・教育共に著しく進歩向上の域に向ひつゝあることは、勿論北海道庁の施設せらるゝところの賜に外ならずと雖、又一面に於て同博士の隠れたる教化指導の効果に帰すべきもの尠からずと被思料候、北海道内一万五千人のアイヌの人達が皆悉く博士を呼ぶに自分等の慈父として、尊敬措かざるもの亦所以あるかなと存候
過日渋沢子爵及び阪谷男爵の御話の中に「若し朝鮮又は台湾に於てもバチヱラー博士の如き献身的大愛の精神を以て、新附の人達の為めに指導教化の任に当る人のありしならんには、新領土統治の上に、将た又新附の国民たる人達の為めに如何ばかりか幸福なりしならん」と申され候こと有之、将来博士の如き親愛犠牲の崇高なる精神に溢るゝ人物の邦人中に出でんことは誠に尭望すべきことゝ被存申候、尚博士は数年前より教化事業の一端として、札幌にバチヱラー学園を経営し、アイヌの青年男女学生を収容して育英に従事せられ居候も、未だ其の基金尠く基礎亦薄弱なるは誠にお気の毒の至りに存候、仍て私等有志相謀り今回後援会を組織致し、一般有志各位の御同情と御援助とを仰ぎ度存候に就而何卒右の趣旨に御賛同被為下、幾何にても右学園の基本金として御寄附被為下候様御願申上候
 - 第46巻 p.147 -ページ画像 
先は右得貴意度如此に御座候 敬具
  昭和六年三月 日
               バチヱラー学園後援会
           名誉会長    侯爵 徳川義親
           会長         新渡戸稲造
           顧問      侯爵 蜂須賀正韶
                   子爵 渋沢栄一
                   男爵 阪谷芳郎
                   男爵 佐藤昌介
                   男爵 森村市左衛門
               北海道庁長官 池田秀雄
           理事         美濃部俊吉
                      宮部金吾
                      時任一彦
             北海道庁内務部長 吉田勝太郎
                      ガントレツト恒子
                      丸山茂子
                      得能佳吉
          殿


紹介状往翰(一)(DK460035k-0008)
第46巻 p.147 ページ画像

紹介状往翰(一)             (渋沢子爵家所蔵)
拝啓益御清適奉賀候、然ば本書持参のバチエラー博士は明治十年以来北海道に於てアイヌ民族教化の為尽瘁せられ、現に札幌にバチエラー学園を経営し、アイヌの青年男女学生を教育せられ居候処、兎角資金不十分の為思に任せず御同情に不堪候、依て有志相謀りバチエラー学園後援会を組織し、老生も顧問の一人として添心致居、小額ながら醵金致候次第に有之候、然る処今回是非拝光事情申上御高援願上度由にて、御紹介申上候様依頼せられ本書相付候間、御引見の上委細御聴取被下候はゞ幸甚に御座候
猶右後援会幹事得能佳吉氏令夫人並に今西静江氏御同行御説明申上候筈に候間御含被下度候
右御紹介申上度如此御座候 敬具
  昭和六年四月十六日             渋沢栄一

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 (別筆) 昭和六、四、一                男爵 大倉喜七郎殿 六、事務所ニテ今西氏ニ交付済 (別筆)                      松本健次郎殿 昭和六、四、一七                  大川平三郎殿 事務所来訪ノ今西ヘ白石氏ヨリ交付済         磯村豊太郎殿   (別筆) (別筆)                      浅野総一郎殿   各通毛筆に認メ交付済6./4./17記 昭和六、四、一七                  池田成彬殿 麻、富士見、徳川邸バチエラー学園得能佳吉氏宛郵送済 植村澄三郎殿                           石井健吾殿 (別筆) 昭和六、四、一七                  原田積善会理事 事務所ニテ今西氏ニ交付済              久田益太郎殿   (別筆)                                    久田氏宛ノモノハ後援会理事得能佳吉氏同行云々ト改メ同令夫人今西静江氏ハ抹消致置候 



 - 第46巻 p.148 -ページ画像 

バチェラー学園後援会書類(DK460035k-0009)
第46巻 p.148 ページ画像

バチェラー学園後援会書類         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
                    (別筆)
                    昭和六年拾月拾日
謹啓、時下秋涼之候愈々御清祥奉賀候、扨て予てより多大の御高配を賜り候北海道札幌所在バチェラー学園は、此度文部省より財団法人の認可有之、将来は財団法人バチェラー学園と改称することと相成候、尚財団の理事其の他の役員は近日中に決定可相成、其の節は更に御報告可申上候、是れ偏に皆様各位の御同情と御援助の賜に外ならずと後援会関係者一同深く感謝罷在候、尚将来共宜敷御同情を賜り候様切に奉希上候
右御報告並御礼申述度、如此くに御座候 敬具
  昭和六年十月 日
               バチェラー学園後援会
                   会長 新渡戸稲造



〔参考〕バチェラー学園後援会書類(DK460035k-0010)
第46巻 p.148-149 ページ画像

バチェラー学園後援会書類         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
    バチェラー学園後援会規則
第一、本会ハバチェラー学園ノ目的及事業ヲ翼賛シ、其ノ基金ノ造成ヲ図ルコトヲ以テ目的トス
第二、本会役員ノ氏名ハ左ノ如シ
              会長一人    新渡戸稲造
*             顧問二人 侯爵 徳川義親
                   子爵 渋沢栄一
              評議員  男爵 森村開作
                      後藤文夫令夫人
                      前田多門
                      牛塚虎太郎夫人
                      丸山鶴吉夫人
                      鈴木貫太郎夫人
                      玉真岩雄
                      法華津孝治
                      ガントレツト恒子
**                    得能佳吉
              幹事      エミー・ガントレツト
***                   今西静江
                      得能まつ
  以上ノ外仍ホ必要ニ応シテ顧問・評議員及幹事ヲ増員依嘱スルコトアルベシ
第三、本会ノ事務所ハ当分ノ内左ノ処ニ之ヲ置ク
**** 東京方面ハ
       東京府下世田ケ谷町桜木 得能方
第四、学園ノ基金ヲ造成スル為メ広ク一般有志ノ寄附ヲ募集スルモノ
 - 第46巻 p.149 -ページ画像 
トス
   寄附金ハ其ノ額ノ如何ヲ問ハサルモ一般ニ概ネ左ノ例ニ依ルモノトス
    一時寄附 一口百円以上ヲ納ムル人ヲ以テ特別会員トス
    毎月会費トシテ一円以上ヲ納ムル人ヲ以テ普通会員トス
第五、前各項以外一般有志者ノ寄附ハ其ノ額ノ如何ヲ問ハス随時之ヲ受クルモノトス
第六、本会ハ一般寄附ノ募集以外、講演・映画・音楽等適当ノ事業ヲ行ヒ、其ノ収入ヲ以テ基金ノ造成ヲ図ルコトアルベシ
第七、本会ニ於テ受ケタル寄付金・会費其ノ他一切ノ収入ハ、本会ノ事務ニ要スル経費ヲ除クノ外、総テ之ヲバチェラー学園ニ提供スルモノトス
*欄外別筆
  徳川侯爵ニ於テ総裁タルコトヲ承諾ス、渋沢子爵ハ顧問ニ残ル、但他ニ多数ノ顧問ヲ依頼スルコト、理事及可成多数ノ評議員ヲ置クコト、右ニ付ハ先ツ出来ル限リ多数ノ発起人ヲ定メ、此等ノ人人ニ評議員タルコトヲ依頼スルコト、此等ノ立案ハ美濃部俊吉氏ニ依頼シ同氏ニ於テ承諾セラレ、得能氏ト打合ハスコトトナリタリ
**欄外別筆
 [得能氏ハ幹事トナリ全般ノ事務ヲ鞅掌スルコトニ打合ハセタリ
***欄外別筆
 [エミー・ガントレツト氏以下ハ幹事ヲ廃メ事務ヲ手伝フコトヽナリタリ
****欄外別筆
  寄附金募集ニ付テハ先ツ大口ヲ決定スルニ付、三井・三菱・安田・大倉等ヲバチェラー・新渡戸両博士訪問勧誘ノコト、但右ニ付渋沢子爵ヨリ電話依頼有之度旨希望アリタリ
  一時寄附一口ノ限度ヲ金五十円ニ引下ゲルコト
  大口(金五百円以上)ノ寄付者ヲ賛助員トシ、一時寄付者及毎月払込ノ人々ヲ会員トス、即チ会員払込ニ二種類ヲ設クル次第ナリ