デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
29款 其他 7. 銀行倶楽部主催教育関係者招待会
■綱文

第46巻 p.182-185(DK460043k) ページ画像

明治42年6月23日(1909年)

是日、東京銀行集会所ニ於テ、銀行倶楽部主催ニヨル教育関係者招待懇談会開カル。栄一出席シ、挨拶ヲ兼ネテ希望ヲ述ブ。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四二年(DK460043k-0001)
第46巻 p.182 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四二年       (渋沢子爵家所蔵)
六月二十三日 曇 冷
○上略 午後六時銀行倶楽部ニ抵リ晩餐会ニ出席ス、文部次官、各学校長諸氏来会ス、食卓上各自ノ演説アリ、夜十時散会帰宿ス


銀行通信録 第四八巻第二八五号・第三八頁 明治四二年七月 ○録事 銀行倶楽部第七十五回晩餐会(DK460043k-0002)
第46巻 p.182 ページ画像

銀行通信録 第四八巻第二八五号・第三八頁 明治四二年七月
○録事
    ○銀行倶楽部第七十五回晩餐会
銀行倶楽部にては六月二十三日午後六時より小松原文部大臣・岡田同次官・浜尾帝国大学総長・加納東京高等師範学校長・真野東京高等商業学校事務取扱・新渡戸第一高等学校長・手島東京高等工業学校長・高田早稲田大学長・鎌田慶応義塾長の諸氏を招き第七十五回会員晩餐会を開きしに小松原・浜尾・新渡戸三氏の外何れも出席あり、食後渋沢委員長の挨拶に続きて、岡田・鎌田・高田・加納の四氏順次一場の演説を為し、夫より席を別室に移し一同歓談の上、午後十時散会せり


時事新報 第九二四五号 明治四二年六月二五日 銀行家と教育家(DK460043k-0003)
第46巻 p.182-183 ページ画像

時事新報 第九二四五号 明治四二年六月二五日
    銀行家と教育家
東京銀行集会所にては二十三日午後六時より岡田文部次官、嘉納・手島・真野等の各専門学校長、鎌田・高田両私立大学長等を招待し懇談会を開けり、出席者約三十名にして、食後会頭渋沢男爵は来賓諸氏の臨席を謝したる後、我等銀行家は平素俗務に鞅掌して、清談に接する事稀なれば、今夕は教育に従来せらるゝ方々を御招待し、御高説を拝聴して俗腸を一洗せんとするに過ぎざれば、続々御高話あらん事を希望す、就ては先づ発論者として、現今の教育に関し聊か所感を陳述したし、第一に我等日本人は、欧米人に比して其勢力は決して劣る所なきも、体力は遥に及ばざるものありて、早老の嫌あれば今少し修学年限を短縮する方法なきや、修学年限の長きに失するは実地活動時期を短縮するの弊害あり、第二今日の教育制度の然らしむる結果なりとは云へ、一般子弟が一身一家の事情等を斟酌せず、兎角小学より中学、大学と逐次階級を経て、最高教育を受けんとの希望余りに強きに失するの嫌あり、第三に教育機関に就て官私の区別を立てず、共に同一の待遇を与へて其発達を一規に出でしめなば、百花妍を競ふの美観を呈
 - 第46巻 p.183 -ページ画像 
するに至らんと思はる、如何と提論せるに対し、岡田次官は、修学年限の短縮は吾人の宿望なるも、如何せん、我国人は不幸にも習学の前提として語学の習熟に費す時間多く、漢学の外、欧洲語の何れか一を学び、尚ほ専門に進むに従ひ第二外国語をも学ぶの必要あるは、修学年限を短縮し得ざる所以なり、第二青年の修学に就き無闇に有ゆる階級を踏まんとするの弊は、父兄及び青年自身の注意によりて自然に離脱すること欧米先進国の如くなるべく、否現に斯る傾向あるは吾人の既に認め得る所なり、第三の官私学校を区別せざるべしとの御高説は従来文部省の採り来れる方針にて、尠くとも小官の在職中は此方針を固執する考なり、然し従来世間にては何か誤解せるが如くにて、文部省は私学を冷遇するとか、虐待するとかの批難あるも、こは良否種々なる私立学校を監督する上に於て、其制規としては悪しきものを標準として立てざるべからざるより、斯る批難のありたるなるべし云々、次に鎌田慶応義塾長は曰く、所謂教育を施すに二義あり、一は学校にて為すものと、今一は社会にてなすものと是れなり、社会にてなす教育の中銀行業者の如きは商業道徳を発達せしむるに最も力あるものにて、商業道徳の盛なる英国・支那等にては金融業者の最も発達せるにても知らるべし、支那人の語る疑人而勿用、用人而勿疑とあり、以て鑑銘とするに足るべし、希くは斯る思想を以て取引せられ、商業道徳を盛ならしめられんことを望む、次に教育に関する渋沢男爵の御意見は余の全然一致する所なるが、日本人は兎角狭軌道主義にて、自ら其所為を狭くするの嫌あり、我が文部省は幸に寛大なる岡田君の如きありて、其施設宜しきを得て広軌道主義を採用せらるれど、輿論の常に之を否定せんとするは些少狭軌主義の煙位はあるなるべく、尚ほ此上にも広軌道主義を拡充せられんことを望まざるを得ず、或る芸人の噺に、今日我古来の音楽の発達せざるは家元制度のあるか為なりと云へるが、我国の学問にも亦此家元制度の存在せるやを疑はしむるものあり云々、次に高田早稲田大学長は、支那人の教育に就て日本が今少しく努力せざるべからざる所以を述べたる後ち、修学年限の短縮は語学を一ケ国位とせば敢て困難事に非ざるべしとの旨を説き、散会せるは十時過ぎなりき


竜門雑誌 第二五四号・第五九頁 明治四二年七月 ○青淵先生の教育談(DK460043k-0004)
第46巻 p.183 ページ画像

竜門雑誌 第二五四号・第五九頁 明治四二年七月
○青淵先生の教育談 六月二十三日午後六時開会の銀行倶楽部晩餐会に於て、青淵先生が主人側を代表して陳べられたる挨拶の要領及岡田文部次官の答辞は左の如しと
   ○前掲ニツキ略ス。



〔参考〕時事新報 第九二四七号 明治四二年六月二七日 実業家と教育家(DK460043k-0005)
第46巻 p.183-185 ページ画像

時事新報 第九二四七号 明治四二年六月二七日
    実業家と教育家
此程銀行集会所に於て、銀行家主催と為り銀行家及び教育家諸氏の懇談会あり、官辺よりは岡田文部次官以下各専門学校長、民間よりは鎌田慶応・高田早稲田の両大学長これに招待せられ、其席上会頭渋沢男爵の教育上に関する演説あり、次で岡田・鎌田・高田の諸氏もおのお
 - 第46巻 p.184 -ページ画像 
の其所説を開陳する所ありて、時節柄有益なる会合の如く見受けられたるは、我輩の甚だ喜ぶ所にして、是種の催が今後とも時々行はれ、教育上の事に関して隔意なく、双方の意見を交換し、互に相協助することもあらば、自ら教育の効果を増進する上に、多大の利益ある可きを疑はず、是種の催の多々益々多からんことを希望する次第なりとして、扨今度会合の席上に於て話頭に上りたる問題に就き、一応我輩の希望を述べんに、先づ渋沢男爵の演説に対しては、一々同感の意を表せざるを得ず、即ち第一修学年限の過長なること、第二現在の教育制度が余りに大学のみに重きを置くの結果、一般学生は唯大学に進むを以て我国教育上の正道と心得るの風あり、為めに一方一身一家の都合上より速成自修の道を踏まんとするものゝ便を欠き居ること、第三教育機関に公私の別を立て、兎角その待遇を二・三にするの事実あること是にして、第一問に就ては世上既に定説あり、我輩も従来幾度か本紙上に論述する所ありたる次第なるが、我日本人の体力は遺憾ながら未だ遥に欧米人に及ばざる点ありて、彼等に比しては兎角早老の嫌あるに拘はらず学生修業年限は不相応に長きに過ぎ、之を欧米諸国に比すれば何れも二・三年長き有様なり、斯くては啻に人間一代の実地活動の時期を短縮するの弊あるのみに止まらず、又一方には青年の実際社会に立ち実地練習に最も適する時期を逸するの恐あれば、多年の宿題とは云へ、此際更に其改正方に就き斯道大家の研究を尽くさんことを希望せざるを得ず、文部省側の説明に拠れば、此弊害除去に対する第一の障碍は、我国学生に語学の修得を必要とする事情殊に多きの一点に帰するが如くなれども、外国語の修得は多々益々奨励こそす可けれ、其修学時間の割当を削減するなどは思ひも寄らぬことゝして、差当り学年の短縮方に就き大に研究の価値ある方面は教授の方法その他各学科の割当を改正すること是れなり、是等の点に於て我輩は、必ず時間の節約を得、学生の学力を損することなくして、其修学年限を短縮し得るの好結果の挙けらる可きを信ずるものなり、例せば講師の講義の如き、其一つにして、学校に於て成る可く教科書を使用することと為すが如きも一大改良に相違なかる可し、我輩の見る所にては、現在の諸学校講師中には故なく大家の著書を排斥し、自己の教案を朗読して其筆記を強要し、学生を謄写器同様に取扱ひて得々たるもの少なからず、是等は速に改正を要する一事にして、若しも筆記の代りに教科書を用ふることゝせば、確に時間節約の点に於て大に得る所ある可きを疑はず、又第二問に就ても渋沢男の所説に賛成にして、世の父兄及び青年が徒に大学のみを以て教育の一手専売所と心得、一身一家の都合如何をも顧みず漫に此処に入らんとして、結局一身を過まるに終るもの多きの事実に対しては、文部省固より其責任ありと雖も、其後こゝに心附き、近来は追々諸種の実科的学校設立せられ、世人も漸く覚醒するに近からんとするは頗る慶す可きに似たり、然れども之を欧米各国に比し来れば、未だ其設備の欠如するもの少なからず、甚だ遺憾の至りなれども、是れに就ては独り文部省の当局者を責む可きに非ずして、世間の所謂実業家なるものに向ても、自ら奮発を望まざるを得ざることあり、即ち欧米に在りては、是種の諸学校は何れも各市の
 - 第46巻 p.185 -ページ画像 
商業会議所の如きものより直接間接の庇護を受けつゝあるを常とすれども、我国に於ては斯くの如き事例殆ど絶無と云ふも可なり、畢竟実業家なるものが学問の大切なることを未だ充分承認せざるに由る次第なれば、今回の如く東京の有力なる銀行家が教育家を招待して、自己の所説を開陳すると云ふ程に殊勝の心懸あるを示せる以上は、今後、尚ほ一段の奮発を以て、目下我国に最も欠乏せる教育機関、即ち実業その他の事業に従事せる青年の為めに、彼等の余暇を以て有用の学問を修得するの道を開き与へんことを切に勧告せざるを得ず、又第三問に就て岡田文部次官は、従来文部省の方針は官私の学校に差別を設けざるを以て其旨と為し、少なくも自ら在職中は此方針を変更せざる可しと宣言したり、文部省従来の政策に就ては頗る批議す可きもの多くして、依怙贔屓の事例に乏しからざれども、暫く同次官の宣誓を信用し、将来は文部省に於ても多年来の弊習を固執し、私学に無用の干渉沙汰を試み、結局学問の発達、教育の普及を害するが如き失態なからんことを敢て希望し置く所なり、偶々教育家及び実業家の懇談会開かれ我国実業界の元老たる渋沢男が先づ発論して教育家の意見を徴する所ありしと聞き、聊か一言を試みたる次第のみ