デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
29款 其他 11. 入間学友会
■綱文

第46巻 p.188-189(DK460048k) ページ画像

明治43年9月4日(1910年)

是日、川越中学校ニ於テ、当会第六回大会開催セラル。栄一出席シテ講演ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四三年(DK460048k-0001)
第46巻 p.188-189 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四三年         (渋沢子爵家所蔵)
九月四日 晴 暑
午前六時起床、入浴シテ朝飧ヲ食ス、又来人ニ接ス、午前八時二十分王子発ノ汽車ニテ川越ニ赴ク、車中高田早苗氏及国民新聞社員同伴ス荒川流域ノ洪水後荒涼ノ有様ヲ車中ヨリ一覧ス、大宮ヨリ電車ニ乗替ヘテ川越ニ抵リ、迎ノ為メ数名来リテ同車ス、特別ノ列車ニテ送迎ス川越ニ抵レハ商業会議所員数十人来リ迎フ、先ツ喜多院ニ抵リテ古記録及古宝物ヲ一覧ス、後商業会議所ニ於テ午飧ス、午後一時ヨリ中学校ニ於ル演説会ニ出席シテ、大国民ノ襟度ト題スル演説ヲ為シ、畢テ三時発ニテ帰京ノ途ニ就ク、午後六時王子ニ帰着○下略
   ○演説筆記ヲ欠ク。
   ○是年八月中旬洪水アリ、罹災地区ハ東京府ヲ初メ二府二十八県ニ及ビ「臨
 - 第46巻 p.189 -ページ画像 
時水害救済会」設立セラレ、栄一副総裁トシテ尽力ス。本資料第三十一巻所収「臨時水害救済会」参照。


拾週年記念号入間学友会 大正四年四月 入間学友会史(DK460048k-0002)
第46巻 p.189 ページ画像

拾週年記念号入間学友会 大正四年四月
    入間学友会史
 創立。本会は其前身を学生大会と呼び、明治三十八年夏季日露戦争の将に終局を告げんとせる時の創立に係る。其目的は郡内学生の意志を疏通し、懇親を厚くし、知識を交換し、以て時勢の推移に応ぜんとせるものにして、時の知事大久保利武氏・郡長島崎広太郎氏熱心に此挙を賛し、先づ其援助を得て此夏第一回の会合を川越中学校講堂に開く。事突然に出て猶一般の了解と注意とを惹くに至らざりしかど、而も十有余名の来賓と八十余名の学生とを得、一堂に会し、飯沼氏開会の辞を述べ、次で島崎氏其の他諸氏交々抱負と気焔とを吐き、以て本会の出発点を明瞭にせり。
○中略
 四十三年度。一月四日前年の例に依りて評議員幹事及び会員の有志新年会を川越仙波喜多院奥座敷に行ふ。○中略
 大会○第六回は例に依つて九月第一日曜四日川越中学校体操場に行はる午前九時開会、会頭の開会の辞に次いで、君が代の合唱、会務の報告あり、二・三の協議を経て市川郡長・遠賀亮中氏の演説に移り、正午一度休憩。午後一時再開、直ちに優良学生及優良青年の選奨を行ひ、又郡内出身各学校卒業生の氏名を報告し、会頭より将来の事業に関する希望演説ありて、来賓渋沢男爵の演説に入る(会報第二号所載)。次で川上参三郎氏の南京博覧会視察談、発智会頭板垣伯代演あり、最後に高田博士立憲国民の覚悟につき講話する所ありて午後四時半散会す、時恰も水害後なりしにも係らず定刻(九時)には既に講堂立錐の余地なきに至れり、本会の発展以て見る可し。
○下略
   ○「会報」二号見当ラズ、栄一演説不詳。