デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
30款 教育関係諸資料 4. 諸学校
■綱文

第46巻 p.254-260(DK460079k) ページ画像

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■資料

渋沢栄一 日記 明治四二年(DK460079k-0001)
第46巻 p.255 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四二年         (渋沢子爵家所蔵)
七月十日 曇 冷
午前八時起床、入浴シ、畢テ三好長暉氏ノ来訪ニ接シ、高等学校ノ事ヲ談ス、朝飧後大山昇平氏来話ス
○下略
   ○中略。
九月十六日 晴 冷
○上略 九時頃ハルゴニ抵リ、地方人士ノ案内ニテ、合衆国政府及州政府合力ニテ設置セル大学及農事試験場ヲ一覧ス○中略 午後二時半グラントホークニ抵リ○中略 又農学校ヲ一覧シ○下略
   ○中略。
九月二十日 晴 冷
○上略 食後○午食ミネソタ州立大学ヲ一覧ス、前州長タリシ人案内セラル
○下略
   ○中略。
九月二十二日 雨 冷
○上略 八時半マヂソンニ着ス、ウエスコンシン大学ヨリ歓迎ノ人車中ニ来ル、州知事モ来リ迎フ、自働車ニテ大学ニ抵リ、総長ノ案内ニテ校内ヲ一覧ス、日本ヨリ来リテ修学スル学生ニ一場ノ訓示ヲ為ス、夫ヨリ農科大学ニ抵リ、牛馬飼養ノ方法及牛酪・バタ等製造ノ方法ヲ見ル畢テ総長ニ謝辞ヲ述ヘ○下略
   ○中略。
九月二十五日
○上略 ミルウオーキー鉄道会社ノ催ニ係ル午飧会ニ列シ○中略 後市加古大学ニ抵リ校内ヲ一覧ス、校長宅ニテ茶菓ノ饗応アリ○下略
   ○栄一、是年八月十九日、渡米実業団長トシテ一行ト共ニ渡米、十二月十七日帰国ス。本資料第三十二巻所収「渡米実業団」参照。


渋沢栄一 日記 明治四三年(DK460079k-0002)
第46巻 p.255 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四三年         (渋沢子爵家所蔵)
八月十五日 晴夕雷雨 暑
○上略 十時ヨリ小汽船ニテ湖水ヲ航シ、下諏訪ニ抵リ神社ヲ参拝シ、宝物ヲ一覧ス、三島中洲・股野藍田・森村・成瀬其他同行ノ人随伴ス、松葉楼ニテ午飧ス、地方銀行者ヨリノ饗宴ニ係ル、席上各詩ヲ賦シ文ヲ論ス、頗ル清興ナリ、宴散シテ又小舟ニテ湖水ヲ航シテ湊村ニ抵リ浜半兵衛氏ノ涵秋楼ニ小憩ス、黄昏ニ至リ更ニ舟ヲ〓テ帰寓ス、六時頃ヨリ地方人士ノ需ニ応シテ学校ニ抵リテ実業ト教育ニ関スル一場ノ講演ヲ為ス○下略
   ○栄一、森村市左衛門・成瀬仁蔵ト共ニ八月四日東京ヲ発シ、日本女子大学校寄付金募集ノタメ信越地方ヲ遊説ス。十三日長野ヨリ、上諏訪ニ来リ、洪水ノタメ帰京スルヲ得ズ。是日尚滞在、十六日帰京ス。本資料第四十四巻所収「日本女子大学校」明治四十三年八月四日ノ条参照。


渋沢栄一 日記 明治四四年(DK460079k-0003)
第46巻 p.255-256 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四四年         (渋沢子爵家所蔵)
三月十四日 曇 暖
 - 第46巻 p.256 -ページ画像 
午前七時起床、入浴シテ朝飧ヲ食ス、後石川角次郎氏ノ訪問ニ接ス、聖学院中学校長ナリ、其卒業証書授与式ニ案内セラル○下略
   ○中略。
十二月五日 晴 寒
○上略 西山悊治氏来リ学校設立ノ事ヲ談ス○下略


渋沢栄一 日記 大正三年(DK460079k-0004)
第46巻 p.256 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正三年        (渋沢子爵家所蔵)
六月一日 曇 風強クシテ雨ヲ催フスニ似タリ
午前六時起床、二・三ノ来客ニ接見ス、朝飧後支度ヲ整ヘテ九時旅宿ヲ発シ、自働車ニテ停車場ニ抵リ、旅順ニ赴ク○中略 一行十時過旅順ニ抵リ○中略 旅順ニ抵レハ長官○白仁武来リ迎ヘ、共ニ馬車ヲ駆リテ工業学校ヲ一覧セシム。途中各所ヲ指点シテ戦争当時ノ事ヲ説ク○下略
   ○栄一、五月二日東京ヲ発シ、中国旅行ノ途ニ上ル。是日大連ヨリ旅順ニ着ス。本資料第三十二巻所収「中国行」参照。


集会日時通知表 大正四年(DK460079k-0005)
第46巻 p.256 ページ画像

集会日時通知表 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
三月十日 水 午後三時 第一○東京府立中学校長川田氏来約(兜町)
   ○中略。
三月廿五日 木 午前九時 第一○東京府立中学校卒業ヘ御出向
   ○詳細未詳。


渋沢栄一 日記 大正四年(DK460079k-0006)
第46巻 p.256 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
五月十六日 半晴
○上略 川越町ニ新築セル図書館ニ抵リテ、学生一同ヘ一場ノ訓示ヲ為ス
○下略
   ○訓示筆記ヲ欠ク。


竜門雑誌 第三二六号・第七四―七五頁 大正四年七月 ○日支共同の儒教大学(DK460079k-0007)
第46巻 p.256-257 ページ画像

竜門雑誌 第三二六号・第七四―七五頁 大正四年七月
○日支共同の儒教大学 医学博士井上通泰氏、高等師範学校教授細田謙蔵氏等の主唱に依り、青淵先生、服部・市村両文学博士及び有力なる支那官民の賛助を得て、青島に日支共同にて儒学主義の大学を建設する計画ある由なるが、之れに就て井上博士が東京朝日新聞記者に語れる所は左の如くなりと云ふ。
    青島の儒教大学
 「今回青島に建設せんとする学校は、其規模から云ふと、素より微微たるものなるには相違ないが、其経営の方法如何に依つては、蓋し得る処は日支両国共多大なものがあることと信ずるのである、最初は日本人五万円、支那人五万円、計十万円で遣らうと思つて居た所が北京山東地方の有力なる支那人等は却々熱心で、五万円位では承知せず、十万円乃至二十万円も出さうと云つて来たので、日本側でも余り少くする訳にも行かず、更に増加して日支同額とし、三十万円の資金で、最初の仕事は十万だけで遣らうと思つて居る、校舎の如きも新築するのは容易でないから、空いた建物を借りるのが一番捷径だと信ずる、それで生徒は多くは望まず、最初、四・五十人位募集すれば沢山である、勿論支那人たると日本人たるとを問はず
 - 第46巻 p.257 -ページ画像 
共に歓迎するのである、而して学校の制度に就ては未だ何等具体的成案はないが、自分一己の考へでは、予科と本科とを置き、予科では常識を養成して衣食に窮せしめない様に法制経済の大体を教へ、本科に入つてから儒教を授ける事とするが宜いであらう、青島附近の曲阜は孔子発生の地で、其霊廟もあるから、此地に時時参拝させ学生をして孔子の遺徳に感奮せしむるの機会を与へる様にしたれば精神的の効果は偉大なるものがあるであらう、又日支学生が混つて居るのだから、日本人には支那語を教へ、支那人には日本語を授ける、之れは最も必要な事で、両国の親善を助長する事が多大であらう、そして日支両国の儒教を比較研究する事が出来るのは此大学の特長である、北京の文科や東京帝大でも斯かる便宜は得られないのである、尚学校経営の附帯事業として、一年に一回又は二回位、東洋哲学とか東洋倫理とかを研究する者又は一般旅行家の為め、孔子遺蹟視察の団体を世話する事とすれば一層有益だと思ふ」云々


竜門雑誌 第三二七号・第六六頁 大正四年八月 ○青島大学設立に就て(DK460079k-0008)
第46巻 p.257 ページ画像

竜門雑誌 第三二七号・第六六頁 大正四年八月
○青島大学設立に就て 先頃来井上博士、細田氏等の主唱により青島に大学を設立せんとし、実業家諸氏の賛同を求めつゝある由伝へられしが、之に就て青淵先生が東京日々新聞記者に語られたる所は左の如くなりと云ふ。
 「青島大学設立の事は過日井上通泰博士から相談を受け、本日(七月廿六日)又復二松学舎の細田氏の来訪を受けたが、自分としては猶別に見る処があるから、発起人として立つことは今の処見合せて確答は後日に譲ることとして置いた、初め
 △井上博士の意見 では同大学は主に支那の学問即ち支那在来の古典を主にして、日支両国人を教育する主意らしかつたが、細田氏に依ると、現代の科学を教へると共に、支那在来の道徳を教へると云ふ風で、大分両者の間に意志の相違があるらしい、夫れは兎も角も愈大学を建てるとなれば、少しばかりの金銭で出来る訳ではないので、発起側の学者達の意見を聴くと
 △日支実業家 の間に寄附金を募集し、一方政府が有する青島の土地建物を下附して貰へば、なんでもないやうに云うて居るやうであるが、実業家が金銭を出すことは、学者が智識を出す程易いものではないので、青島大学以外に出資すべき事項は山程横はつて居る、殊に今日の時期は、果して青島に大学の設立を急務とするや否やと云ふことを考へると、如何しても此の計画に進んで賛成すると云ふやうな意志は起らぬ、青島は未だ
 △未解決の地 である、平和克復の後何う処分さるゝかも全く不明で、政府との交渉もそう易くは行くものではない、又日支両国人は同時に教育すると云ふのも、言語の相違、思想の懸隔等種々困難なる問題が襲ひ来ると思ふ、斯の如き次第だから実業家としては直に賛成はしかねる、現に自分と同時に相談を持ちかけられた大倉喜八郎氏などは公然不賛成を称へて居る位である」云々

 - 第46巻 p.258 -ページ画像 

集会日時通知表 大正五年(DK460079k-0009)
第46巻 p.258 ページ画像

集会日時通知表 大正五年         (渋沢子爵家所蔵)
六月卅日 金 午前九時 高等師範学校ニテ御講演ノ約
   ○詳細未詳。


渋沢栄一 日記 大正六年(DK460079k-0010)
第46巻 p.258 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正六年         (渋沢子爵家所蔵)
一月九日 快晴 寒強シ
○上略 午飧後兜町事務所ニ抵リ○中略 高橋琢也氏来リ、医学校ノ事ニ付賛助ヲ求メラル○下略
   ○中略。
一月二十九日 晴 寒
○上略
午前十時佐藤博士・頭本元貞氏来リ、北海道大学ヘ寄附金ノ事ニ付依頼アリ
   ○栄一ノ寄付ニツイテハ未詳。


集会日時通知表 大正六年(DK460079k-0011)
第46巻 p.258 ページ画像

集会日時通知表 大正六年         (渋沢子爵家所蔵)
六月十四日 木 午前十一時 豊島師範学校ニテ御講演
   ○詳細未詳。


御揮毫物控 【(大正六年七月) 大分師範学校 四】(DK460079k-0012)
第46巻 p.258 ページ画像

御揮毫物控                (渋沢子爵家所蔵)
(大正六年七月)
大分師範学校 四
  先年御出向之際


竜門雑誌 第三六一号・第八四頁 大正七年六月 ○宗教大学の救済展覧会(DK460079k-0013)
第46巻 p.258 ページ画像

竜門雑誌 第三六一号・第八四頁 大正七年六月
○宗教大学の救済展覧会 五月廿一・二の両日、巣鴨庚申塚の宗教大学○大正大学に於て、新に開設せられたる社会事業研究室開設記念として都下救済団体の成績品展覧会を催したるが、其初日の挙式は報恩明照会総裁山下現有師の式辞、青淵先生、水野・岡田両相、其他の祝辞ありたる由。
   ○祝辞筆記ヲ欠ク。


集会日時通知表 大正七年(DK460079k-0014)
第46巻 p.258 ページ画像

集会日時通知表 大正七年         (渋沢子爵家所蔵)
九月十四日 土 午後三時半迄ニ 青年会館附属東京主計学校記念会ニ御講演ノ為メ御出向
   ○「竜門雑誌」是年十月号所載ノ『九月日誌』ニ拠レバ、十四日当日恰モ颱風ノ余波帝都ニ襲来セル由見ユ。恐ラクハ出席セザリシモノナランカ。
十一月十六日 土 午后一時 高等師範学校ニテ御講演
   ○詳細未詳。


渋沢栄一 日記 大正八年(DK460079k-0015)
第46巻 p.258-259 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正八年         (渋沢子爵家所蔵)
二月一日 曇 寒
午前七時起床、入浴・朝飧例ノ如クシテ、後、国井泉氏ノ来訪アリ、朝鮮ニ於テノ国語学校助力ノ依頼アリ○下略
   ○中略。
六月五日 雨 暑
 - 第46巻 p.259 -ページ画像 
午前六時半起床、入浴・朝食ヲ畢リテ後、国井氏ノ来訪アリ、又高山辰巳二氏来リテ、川越工業学校ノ談アリ○下略


集会日時通知表 大正一〇年(DK460079k-0016)
第46巻 p.259 ページ画像

集会日時通知表 大正一〇年        (渋沢子爵家所蔵)
六月廿六日 日 午后三時半―四時 日本大学ニテ御講演ノ約(同校)
   ○詳細未詳。


諸会発起趣意書 (四) 【(印刷物) 学生訪欧飛行趣意書】(DK460079k-0017)
第46巻 p.259-260 ページ画像

諸会発起趣意書 (四)          (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
    学生訪欧飛行趣意書
本学は世界の大勢に鑑み、航空事業の発達が我邦の現状に於て最も喫緊事なるを思ひ、昭和四年七月本学学生に依りて法政大学航空研究会の組織せらるゝや、極力之が後援と指導とに努めたり、爾来学生の真撃なる研究、熱心なる練習により大に其成績を挙げ、技倆亦頗る熟達し、遠距離飛行に十分の確信を得るに至れり
今回本学は、日本学生航空聯盟より其の代表校たるの推薦を受け、本年初夏の候を期して、学生訪欧飛行を実施せんとす、本学は此の計画の実現に依りて、本邦航空界に貢献すると共に、全日本青年学徒の意気を海外に宣揚し、併せて彼我国交の親善に資する所尠からざるべきことを確信す、幸に諸賢の御賛助を得、欧米諸国に率先して学生機による欧亜交驩の壮挙を達成することを得ば、独り本学の光栄のみにあらざるなり、冀くば微衷を諒し、翼賛を賜はらんことを
  昭和六年四月
            法政大学学長事務取扱 秋山雅之介
            学生訪欧飛行委員長 成毛基雄
    計画大要
一時期  第一予定 本年五月 第二予定 同八月
二航路  東京ヨリ西比利亜経由、莫斯科・伯林・倫敦・巴里・羅馬全航程一三、八九〇粁
三飛行機 純国産二人乗軽飛行機一機(石川島飛行機製作所R三型)
四操縦者 正操縦士 本学々生 栗村盛孝
     附添 本学嘱託一等飛行士 熊川良太郎
     賛助員芳名(イロハ順)
 政友会総裁           犬養毅
 大蔵大臣            井上準之助
 内閣総理大臣          浜口雄幸
 衆議院議員           鳩山一郎
 衆議院議員           秦豊助
 衆議院議員           床次竹二郎
 法学博士            岡田朝太郎
 貴族院議員           若槻礼次郎
 司法大臣子爵          渡辺千冬
 文学博士            和田万吉
 文学博士            高野辰之
 - 第46巻 p.260 -ページ画像 
 衆議院議員           滝正雄
 元鉄道次官           中川正左
 陸軍大臣            宇垣一成
 報知新聞社長          野間清治
 衆議院議員           熊谷直太
 文学博士            矢吹慶輝
 衆議院議員           山崎達之輔
 衆議院議員           山口万一
 九州帝大総長          松浦鎮次郎
 拓務大臣            松田源治
 法学博士            松井茂
 農林大臣            町田忠治
 法学博士            米田実
 法学博士            松田道一
 逓信大臣            小泉又次郎
 鉄道大臣            江木翼
 内務大臣            安達謙蔵
 海軍大臣            安保清種
 衆議院議員           秋田清
 経済学博士           木村増太郎
 貴族院議員法学博士       水野錬太郎
 子爵              渋沢栄一
 外務大臣男爵          幣原喜重郎
 衆議院議員           島田俊雄
 衆議院議員           広岡宇一郎
 衆議院議員           森格
 法学博士            泉二新熊
 貴族院議員法学博士       鈴木喜三郎
 法学博士            杉山直治郎