デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
7款 帰一協会
■綱文

第46巻 p.587-588(DK460139k) ページ画像

大正4年3月29日(1915年)

是日及ビ四月二十八日、上野精養軒ニ於ケル当協会第一回及ビ第二回時局問題研究委員会ニ、栄一出席シテ意見ヲ述ブ。


■資料

集会日時通知表 大正四年(DK460139k-0001)
第46巻 p.587 ページ画像

集会日時通知表 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
参月廿九日 月 午後五時 帰一協会(上野精養軒)


渋沢栄一 日記 大正四年(DK460139k-0002)
第46巻 p.587 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
三月廿九日 曇
○上略 五時頃ヨリ上野精養軒ニ抵リ、帰一協会ノ特別委員会ニ出席ス、中島力蔵博士《(中島力造)》ヨリ戦後国民ノ覚悟ト題シテ種々ノ意見ヲ提出セラレ、山田三郎《(山田三良)》、阪谷・添田二氏等ノ意見アリ、余モ一ノ企望ヲ述ヘ、尚中島・服部二氏ニ於テ一ノ意見書ニ作成シテ、更ニ委員会開催スヘキ事トシテ散会ス、夜十時帰宅○下略


帰一協会会報 第六号・第二七七―二七八頁大正四年一一月 ○第一回委員会(DK460139k-0003)
第46巻 p.587 ページ画像

帰一協会会報 第六号・第二七七―二七八頁大正四年一一月
    ○第一回委員会
 三月二十九日午後五時、上野精養軒に於て時局問題研究第一回委員会を開く。出席者十一名。
本会合に於て中島力造氏は主として教育の立場より、阪谷芳郎氏・添田寿一氏は主として経済上より、各々国是問題を論じ、其他の委員より意見続出し、論談甚だ盛なりき。


集会日時通知表 大正四年(DK460139k-0004)
第46巻 p.587 ページ画像

集会日時通知表 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
四月廿八日 水 午後五時 帰一協会時局問題研究会(上野精養軒)


渋沢栄一 日記 大正四年(DK460139k-0005)
第46巻 p.587-588 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
 - 第46巻 p.588 -ページ画像 
四月廿八日 雨
○上略 午後五時上野精養軒ニ抵リ、帰一協会委員会ニ出席シテ、時局ニ対スル国民ノ覚悟ニ付テ種々ノ討論アリ、秋月・中島・成瀬・添田・佐藤海軍少将等来会ス、充分ノ意見交換アリ、夜十時過散会○下略


帰一協会録事第二(DK460139k-0006)
第46巻 p.588 ページ画像

帰一協会録事第二            (竹園賢了氏所蔵)
 四月廿八日○大正四年
午後五時、第二回時局問題委員会を上野精養軒ホテルに開く
 渋沢男爵  佐藤鉄太郎氏
 添田寿一氏 成瀬仁蔵氏
 石橋甫氏  中島力造氏
 片山国嘉氏 秋月左都夫氏
来会者きわめて少数なりし為め意見も少なかりしが、佐藤氏は、身体と国家・社会・世界との関係を説き、将来に於て世界の王者たるべき者は日本の如き不易の国体を有する国ならさるべからずと説き、之に対し中島・秋月・成瀬・添田諸氏の質問あり、要するに日本の目的は能化といふに在りて此の為には先づ所化たらざるべからずと。


帰一協会会報 第六号・第二七八頁大正四年一一月 ○第二回委員会(DK460139k-0007)
第46巻 p.588 ページ画像

帰一協会会報 第六号・第二七八頁大正四年一一月
    ○第二回委員会
 四月二十八日、時局問題研究委員会開会。出席者八名。
 当日は来会者極めて少数なりしは遺憾なりしが、佐藤鉄太郎氏は身体と国家・社会及び世界との関係を説き、将来に於て世界の王者たるべき国は日本の如き不易なる国体を有する国ならざるべからずと論じ之に対し中島・秋月・成瀬・添田諸氏の質問ありき。