デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
8款 財団法人理化学研究所
■綱文

第47巻 p.148-152(DK470023k) ページ画像

大正7年6月20日(1918年)

栄一、是ヨリ先五月二十四日ノ当研究所理事会ニ出席シ、更ニ是日開カレタル理事会・評議員会ニ出席、評議員会ニテハ寄付情況ヲ説明ス。尚、引続キ関西地方ノ寄付募集ニツキ尽力ス。


■資料

集会日時通知表 大正七年(DK470023k-0001)
第47巻 p.148-149 ページ画像

集会日時通知表  大正七年         (渋沢子爵家所蔵)
 - 第47巻 p.149 -ページ画像 
五月廿四日 金 午前九時 理化学研究所理事会(同所)


自第壱回 至第三十八回 理事会決議録(DK470023k-0002)
第47巻 p.149 ページ画像

自第壱回 至第三十八回  理事会決議録  (財団法人理化学研究所所蔵)
    第二十回理事会
大正七年五月二十四日午前九時、当事務所ニ於テ第二十回理事会ヲ開ク、所長開会ヲ宣シ、柴山参事官ハ大正六年度決算案ニ付詳細ニ説明シテ一同ノ承認ヲ得、次テ評議員会開催期日ノ件、所員推薦ノ件、商議員嘱託ノ件、桜井博士渡欧ニ付研究所制度等調査方ヲ依頼スル件ヲ附議シ、左ノ通リ決議セリ、尚渋沢男爵ハ資金勧募ニ関スル其後ノ経過ヲ、柴山参事官ハ化学部附属家工事入札ノ結果ヲ報告シ、同十一時半散会セリ
      決議事項
一、大正六年度決算ハ原案ヲ承認シ、評議員会ニ提出スルコト
二、評議員会ハ六月中旬開催スルコトトシ、渋沢男爵ノ帰京ヲ俟テ其期日ヲ決定スルコト
三、左ノ諸氏ヲ各頭書ノ通兼務所員ニ推薦
       研究員 工学博士 子爵 大河内正敏
       同      工学博士 鯨井恒太郎
       研究員補    工学士 西健
       同       理学士 真島正市
       同       工学士 瀬藤象二
四、商議員ニ関シテハ商議員規程ヲ承認シ、原案五十二名ノ外実業ニ従事セル専門学者十名位ヲ追加推薦スルコト、但シ其人選方ヲ所長ニ一任スルコト
五、京浜ニ於ケル従来ノ寄附者以外ノ富豪ヨリ資金ヲ募集スル為、寺内伯爵ヲ煩ハシテ協議会ヲ開クコト、尚招待スヘキ富豪ノ選定方並ニ寄附金予定調書作成方ヲ、大橋・和田両理事及柴山参事官ニ一任スルコト
六、桜井博士渡欧ニ付、欧米ニ於ケル研究所制度等調査方ヲ依頼スル為、相当ノ費用ヲ支給スルコト、但シ其額決定方ハ渋沢男爵及古市所長ニ一任スルコト
当日ノ出席者
 大橋・和田・高松・高峰・古市・桜井・渋沢各理事、原監事、柴山参事官
 追テ前記第五項資金勧募方ニ関シテハ、大橋・和田両理事及柴山参事官翌二十五日午前十一時鉄道協会ニ会合スルコトトシ、第六項桜井博士ニ支給スヘキ調査費ハ金弐千円ト決定セリ
                        以上
  ○商議員会ハ成立セズ、建設委員会之ニ代リテ成立ス。本款大正六年七月十日ノ条ノ按文参照。


集会日時通知表 大正七年(DK470023k-0003)
第47巻 p.149 ページ画像

集会日時通知表  大正七年        (渋沢子爵家所蔵)
六月二十日 木 午前十時 理化学研究所評議員会(商業会議所)

 - 第47巻 p.150 -ページ画像 

自第壱回 至第三十八回 理事会決議録(DK470023k-0004)
第47巻 p.150 ページ画像

自第壱回 至第三十八回 理事会決議録  (財団法人理化学研究所所蔵)
    第二十一回理事会
大正七年六月廿日午前十時卅分、東京商業会議所ニ於テ第廿一回理事会ヲ開キ、所長ヨリ所員ニ対スル大正七年上半期手当及賞与支給ノ件並ニ評議員タル志立日本興業銀行総裁更迭ニ付後任土方久徴氏ヲ評議員ニ推薦スルコトヲ附議シ、左ノ通決議シ、次テ前理事会ニ於テ決議シタル実業家側ヨリ商議員ヲ追加推薦ノ件ハ、三井・三菱・古河・住友・久原・藤田ノ六家ヨリ各一名宛、及平賀義美・中沢岩太両博士都合八名ヲ推薦スル旨ヲ報告シ一同ノ承認ヲ経、午前十一時閉会セリ
      決議事項
一、所員ニ対スル大正七年上半期手当及賞与ハ原案ノ通
二、土方久徴氏ヲ評議員ニ推薦スルコト、但シ志立評議員解嘱方ハ済生会ノ例ニ傚ヒ上申スルコト 以上
出席者
 古市・桜井・渋沢・大橋・和田・高松・高峰各理事及柴山農商務参事官


評議員会決議録 自設立総会 至大正十年九月(DK470023k-0005)
第47巻 p.150 ページ画像

評議員会決議録 自設立総会 至大正十年九月  (財団法人理化学研究所所蔵)
    第六回評議員会議事録
一、日時  大正七年六月二十日午前十一時開会、十二時三十分閉会
二、場所  東京商業会議所
三、出席者 評議員古市公威外十八名、桜井・高松両評議員ヲ以テ代理人ト為ス旨通知セシ者二十八名
四、議事  出席評議員ノ推薦ニ依リ古市公威氏議長ト為リ、開会ヲ宜シ、柴山農商務参事官ヨリ大正六年度決算ニ就キ説明シテ一同ノ承認ヲ得、次テ日本興業銀行総裁土方久徴氏ヲ評議員ニ推薦スルコトヲ決議セリ
五、報告  渋沢男爵ハ寄附金ニ関スル件ヲ、柴山農商務参事官ハ事業上ニ関スル件ヲ、詳細ニ報告シ、近ク第一回事業報告書ヲ刊行シテ会員ニ頒布スル旨ヲ陳述セリ○中略終テ一同午餐ヲ共ニセリ
右之通ニ候也
  大正七年六月二十日
          財団法人理化学研究所
            議長 評議員 古市公威(花押)
               同   桜井錠二(印)
               同   高松豊吉(印)


中外商業新報 第一一五九八号大正七年七月一四日 ○理研へ拾万円(DK470023k-0006)
第47巻 p.150 ページ画像

中外商業新報  第一一五九八号大正七年七月一四日
○理研へ拾万円 理化学研究所副総裁渋沢男爵及所長古市博士は旧臘関西地方に赴き、同所基金の勧募に就き同地方の富豪及官民有志に諮る所ありしが、今回住友吉左衛門氏より十万円の寄附申込あり、又、久原・藤田・川崎・鈴木等よりも近く寄附の申出ある筈なるが、名古屋・京都・福岡地方の富豪有志間にも寄附申込の議ありと

 - 第47巻 p.151 -ページ画像 

渋沢栄一書翰 杉田富宛(大正七年)六月三日(DK470023k-0007)
第47巻 p.151 ページ画像

渋沢栄一書翰  杉田富宛(大正七年)六月三日  (杉田富氏所蔵)
其後御疎音ニ打過候得共、賢台益御清適奉賀候、然者客年末ニ貴地ヘ罷出種々御助力相願候理化学研究所寄附金之件ハ、大坂方面ニ於る富豪之人々兎角気乗不充分ニ付、貴方のミ相促候モ如何と差控居候義ニ御坐候、先日も地方官会議にて清野知事も出京面会候ニ付、夫是打合候も、知事ハ頗る冷淡にて、心配致呉候摸様も無之ニ付、第一ニ大坂之方決定候様と久原氏へ会見を求め、懇切ニ依頼致置候間、其中決定可致と存候、就而ハ貴方之分も其機会ニ於て大挙決定相願可申ニ付、予め御含置被下度候、山下・内田両氏ニハ毎度申談候処、適当之場合ニハ相応之尽力可致と申居候間、例之金子氏ヘ御内話被下、前陳大坂方面ニて幾分にても決定候ハヽ貴方之催促方ハ何卒御助力被成下度候
○中略
  六月三日                 渋沢栄一
    杉田賢契
       梧下
  ○追書略ス。
  ○金子ハ神戸ノ鈴木商店支配人金子直吉。


渋沢栄一書翰 山下亀三郎宛(大正六年)七月一四日(DK470023k-0008)
第47巻 p.151 ページ画像

渋沢栄一書翰  山下亀三郎宛(大正六年)七月一四日  (山下亀三郎氏所蔵)
○上略
更ニ一事申上候義者、近日神戸地方之船主諸君を例之理化学研究所寄附金依頼之為め寺内総理より御案内之筈ニ付、其際老生よりも一書を以て可成御出京相促し申度と存候、右ニ付而ハ其前一応御面話も相願度候間、両三日中ニ事務所まて尊来被下度候、右拝願匆々如此御坐候
                            敬具
  七月十四日
                       渋沢栄一
    山下亀三郎様
         梧下


渋沢栄一書翰 杉田富宛(大正七年)七月二六日(DK470023k-0009)
第47巻 p.151-152 ページ画像

渋沢栄一書翰  杉田富宛(大正七年)七月二六日  (杉田富氏所蔵)
  尚々神戸ニ於る周旋方ハ清野知事不熱心ニ候ハヽ鹿島市長ニ助力相頼候御工夫ハ無之候哉、御参考まて申添候也
○上略
兼而毎々御高配相願候理化学研究所寄附金之義も、大阪方面之事ハ爾来数々之手続より運動之歩を進め、漸く住友と久原とハ各金拾万円と決定仕候、藤田家ハ従是尚勧誘之手を尽し同額之応募相成候様心配中ニ候、就而神戸之方ハ目下川崎と鈴木とニ大阪同様各家とも金拾万円宛応募相成候様先以金子氏ヘ御誘導被下度候、先頃同氏と東京ニて面会之際金高ハ不言ニて依頼候処、相当之時機ニ於て申込取斗候積と被申候間、此節ハ即適当之時機と存候間、精々御慫慂被下度候、山下氏ヘ昨日申談候処、五万円位と被申候ニ付、是非其倍額ニ相成候様尽力頼置候、鈴木ハ幸ニ応諾候も川崎之方小生ニハ手続無之ニ付、賢兄よ
 - 第47巻 p.152 -ページ画像 
り清野知事ニ御依頼ハ被下間敷哉、且又川西・伊藤抔も数万円之寄附者と存候得共、是等ハ勝田・内田其他船主側ヘ之勧誘と同時ニいたし秋冷之時ニ小生・古市氏出張ニて依頼之方可然哉、其辺之取扱方ニ付而も賢慮御示し被下度候、尚為念知事ヘも一書進呈いたし候ニ付、御打合可被下候、右之段拝願旁過日之尊書貴酬まて匆々如此御坐候
                           敬具
  七月廿六日               渋沢栄一
    杉田賢兄坐下


渋沢栄一書翰 杉田富宛(大正七年)八月二〇日(DK470023k-0010)
第47巻 p.152 ページ画像

渋沢栄一書翰  杉田富宛(大正七年)八月二〇日(杉田富氏所蔵)
貴方八日附之尊書拝見仕候、爾来賢兄益御清適之段欣慰之至ニ候、然者毎々御高配を煩し候理研寄附金之義、貴地鈴木氏之分ハ金子氏之厚意ニて金額七万五千円と取極呉候由、而して右様決定致候も全く金子氏之尽力ニ出候趣感謝之至ニ候、就而同氏ヘ一書差出候様との来示拝承、爾後日一日と遷延候中ニ、頃日来米価騰貴ニ関する暴動ニて鈴木家ハ襲撃を受、其家屋も焼失と申新聞伝承候も事実ハ何様之有様ニ候哉、右ニ付而も金子氏ヘなりとも一書之慰問必要と存候ニ付、可相成ハ実況御申越被下度候、然時ハ御礼と見舞とを併せて早々一書差出候様可仕候
川崎氏之方ハ総理大臣又ハ海軍大臣より勧誘相願候方可然由、是又拝承仕候、今日之処時機不宜と存候ニ付、騒動鎮定之後相願可申と存候而して其他之向々に対してハ、詰り秋冬之際今一回参上して自身ニ勧誘可致と存候も、尚其節ハ御助力被下度候
○中略
  八月二十日
                      渋沢栄一
    杉田富様
       梧下
  ○追書略ス。


渋沢栄一書翰 杉田富宛(大正七年)八月三〇日(DK470023k-0011)
第47巻 p.152 ページ画像

渋沢栄一書翰  杉田富宛(大正七年)八月三〇日  (杉田富氏所蔵)
  匆々之執筆書不尽意候ニ付、宜敷御判読被下度候也
御細書拝読、賢台益御清適遥賀之至ニ候、理化学研究所ニ対する鈴木家之寄附金七万五千円と決定致呉候ハ全く金子氏之決意と別而拝謝仕候義ニ付、兎ニ角別封礼状差上候間可然御伝声可被下候○中略
  八月三十日               渋沢栄一
    杉田賢台
       拝復
  尚々金子氏への一書ハ封入いたし候、可然御取斗可被下候