デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
10款 大日本文明協会・財団法人文明協会
■綱文

第47巻 p.260-261(DK470061k) ページ画像

大正9年11月7日(1920年)

是日、大隈重信邸ニ於テ、当協会難関突破記念大会開催セラレ、栄一、評議員ヲ委嘱セラル。


■資料

財団法人文明協会三十年誌 同協会編 第五五―六三頁昭和一三年六月刊(DK470061k-0001)
第47巻 p.260-261 ページ画像

財団法人文明協会三十年誌 同協会編  第五五―六三頁昭和一三年六月刊
    第二期 文明的運動の拡張(大正五年―大正十年)
○上略
翻て見るに此間欧洲大戦は愈々拡大され○中略凡ての物価は天上知らずの騰貴を来たした。○中略印刷料の値上げ、用紙の騰貴は最初の予算に倍加したので、会員が増せば増す程不足金を過大にすると云ふ現象に行あたり、非常に当事者として苦悶したのである。今日此当時の出版物を繙いてその紙質の劣悪なるを見る時は、自ら愕然たるを禁じ得な
 - 第47巻 p.261 -ページ画像 
い様な有様である。然れども此の方面は七年度より制定したる特別賛助会員の募集が非常な好成績を挙げたので、幸に此難関を無事に通過して結了○第四次刊行に到達せんとするに至つた○中略此の経済問題は本事業経営上の最大厄事であつたが、之れと同時に編輯部の苦痛も之れに劣らぬものがあつた○中略独仏に於ては全然此間に学術的著述なく、英米に於ても頗る寥々たるものであつた為めに、世界名著の翻訳を信条とする立場より刊行書の撰択には想像だも及ばざる苦心があつたのである。実に本期間に於て此の如く不覚の二大事に遭遇したのであつたが編輯経営相協力して此難関を突破した次第である。依て之を記念する為めに会員並に朝野の名士を大隈会長邸に会して、その喜悦を分つたのである。
 九年十一月七日、花園の菊花満開の時、会長邸に於て記念大会が午後一時より開催された。来会者は将に四百人○中略二時半に市島理事長は立つて開会の挨拶をした。
○中略
 次で大隈会長は温顔を上げて次の様な挨拶をされた。
○中略
 会長の挨拶が終つて後引続き、本会の事業拡張の為めに更に会長より依嘱された顧問高楠順次郎・田中穂積・金子馬治・姉崎正治・沢柳政太郎・平沼淑郎の諸博士を、引続き新会則により会長より依託された左記の評議員の方々を杉山理事が紹介した。
 来会者を代表して全権公使日置益氏が祝辞を述べられ盛大裡に此の式を終つた。
      評議員氏名
   井上公二      岩崎清七    今井五介
   石丸竜太郎     服部金太郎   原富太郎
   早川千吉郎     堀内文次郎   小川為次郎
   小野金六      和田豊治    若尾謹之助
   渡辺和太郎     金子元三郎   柿沼谷蔵
   柿崎欽吾      神戸挙一    神田鐳蔵
   横山章       田中武兵衛   田中次郎
   田崎忠恕      内藤久寛    中村房次郎
 男爵中島久万吉     村井吉兵衛   久須美東馬
   山地土佐太郎  伯爵松平頼寿    松尾寛三
   松木幹一郎     増田義一    福川忠平
   小池弘造      小池国三    古賀春一
   昆田文二郎     青木菊雄    赤星陸治
   浅野泰次郎     朝比奈貞英   斎藤精一
   皆川広量      白井新太郎   志村源太郎
 子爵渋沢栄一      平田譲衛    土方久徴
   諸井恒平      須田利信
○下略