デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
10款 大日本文明協会・財団法人文明協会
■綱文

第47巻 p.293(DK470069k) ページ画像

昭和2年5月10日(1927年)

是ヨリ先、大正十五年五月渡英留学中ナリシ、当協会編輯理事宮島新三郎、是日帰国ス。栄一、留学ニ際シテ、学資トシテ金千円ノ援助ヲナス。


■資料

財団法人文明協会三十年誌 同協会編 第一六二―一六四頁昭和一三年六月刊(DK470069k-0001)
第47巻 p.293 ページ画像

財団法人文明協会三十年誌 同協会編  第一六二―一六四頁昭和一三年六月刊
 ○第三期 社会的進出
    宮島編輯理事の帰朝
 本会編集理事宮島新三郎君は○中略大正十五年五月に出発して、彼地○イギリス国に赴いた。以来英国並に欧洲大陸にあつて専ら文学研究に従事したのである○中略
 宮島編輯理事は滞欧二年研鑽を了へ、其使命を果して昭和二年五月十日帰朝された。越えて六月二十一日に華族会館に於て帰朝報告の会を開いて、会員に滞英雑感を語つた。同月廿四日青山の大隈会長邸で同氏の歓迎を兼ねて臨時理事会を開催した。予ねて申出のあつた浮田編輯長が宮島理事が帰朝したからその編輯長の職を新進の宮島理事に継承して貰いたいとの申出でがあつたので理事会はそれをいれ、浮田博士に編輯顧問として従前通り尽力を請ひ、宮島理事が編輯長の任に当る事に決した。爾来の氏は新しく得たる知識と抱負とを以て本会事業の進展につとめて来たのであつたが、去る七年病の為めに倒れて目下は専ら静養中である。同氏は未だ充分に自己の志を本会の為に実行するに至らずして此病に罹られた事は、本人は勿論本会としても尠なからざる遺憾である。
 因に同氏留学に際して諸方より学資の援助を受けた事が少なくなかつた。
  一金 弐千円也   早稲田大学殿
  一金 五百円也 男爵森村開作殿
  一金 千円也    昆田文二郎殿
  一金 五百円也   増田義一殿
  一金 五百円也 侯爵大隈信常殿
  一金 参百円也   小野英二郎殿
  一金 壱千円也 子爵渋沢栄一殿
  一金 弐百円也   日本女子大学殿
  ○宮島新三郎ハ大正四年早稲田大学英文科ヲ卒業、後、大日本文明協会ノ編輯員トナル。同九年、早稲田大学講師トナリ、英国ヨリ帰国後同大学教授トナル。(平凡社人名辞典ニヨル)