デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
2節 演芸
1款 帝国劇場
■綱文

第47巻 p.393-394(DK470097k) ページ画像

明治44年12月5日(1911年)

是ヨリ先、当劇場ニ上演セラレタル第二回文芸協会演劇好評ニ終リタルヲ以テ、是日当劇場ニ於テ、出演者及ビ文芸協会幹部ヲ招待シテ慰労会催サル。栄一出席シテ挨拶ヲナス。次イデ是月二十八日当劇場重役会ニ出席ス。


■資料

渋沢栄一 日記 [明治四四年](DK470097k-0001)
第47巻 p.393 ページ画像

渋沢栄一 日記 [明治四四年]                (渋沢子爵家所蔵)
十二月五日 晴 寒
○上略 十二時帝国劇場ニ抵リ、慰労会ヲ開キ、文芸協会ノ人々ト会食シテ卓上一場ノ演説ヲ為ス○下略
  ○栄一、夫人ト共ニ、文芸協会賛助員タリ。本資料第二十七巻所収「文芸協会」参照。
  ○当興行ハイプセン作森鴎外訳「人形の家」・坪内逍遥作「寒山拾得」・「お七吉三」・シェークスピア作坪内逍遥訳「ヴェニスの商人」ナリ。


竜門雑誌 第二八三号・第四六頁 明治四四年一二月 ○帝国劇場に於ける慰労会(DK470097k-0002)
第47巻 p.393-394 ページ画像

竜門雑誌  第二八三号・第四六頁 明治四四年一二月
○帝国劇場に於ける慰労会 帝国劇場に於いて十一月廿八日より開演したる第二回文芸協会劇は、頗ぶる好結果を以て本月四日芽出度く千秋楽となりたるが、同劇を見物せし横浜有志演劇団のスチーブン氏は過日監督島村氏に書を寄せて激賞する所あり、殊に東儀氏のシヤイロ
 - 第47巻 p.394 -ページ画像 
ツクは出色の出来栄なりと賞揚したるよしにて、劇場にても其成功を祝さんがため、青淵先生主人役となり、五日正午同劇場二階大食堂に出演者を始め幹部の人々を招待し、慰労の宴を開きたりと云ふ。
  ○当劇場ニ於ケル文芸協会ノ第一回公演ハ明治四十四年五月二十日―二十六日ノ七日間ニシテ「ハムレット」ヲ上演ス。


渋沢栄一 日記 明治四四年(DK470097k-0003)
第47巻 p.394 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四四年         (渋沢子爵家所蔵)
十二月二十八日 晴 寒
○上略 午前十一時半中央亭ニ抵リ、劇場会社重役会ニ出席ス、大倉・浅野・西野・村井・福沢・手塚・田中諸氏来会、西野氏身上ニ付種々協議ス、且来一月興業ノ事ヲ談話ス、午飧○下略