デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
2節 演芸
1款 帝国劇場
■綱文

第47巻 p.411-413(DK470105k) ページ画像

昭和6年3月4日(1931年)

是月当劇場ハ、明治四十四年開場以来二十周年ニ相当セルヲ以テ、是日東京会館ニ於テ、ソノ記念午餐会ヲ開催ス。栄一出席ス。


■資料

中外商業新報 第一六一九三号 昭和六年三月五日 帝劇開場廿年記念会(DK470105k-0001)
第47巻 p.411 ページ画像

中外商業新報  第一六一九三号 昭和六年三月五日
    帝劇開場廿年記念会
帝国劇場では、明治四十四年第一回興行開場以来丁度廿年になるので本日○四日正午から東京会館で、当時の顧問である渋沢子、坪内雄蔵・和田英作氏をはじめ、男女優出席盛大な記念午餐会を催した


東京朝日新聞 第一六一〇七号 昭和六年三月五日 けふ帝劇の二十年記念 『感慨無量』で午餐会へ(DK470105k-0002)
第47巻 p.411-412 ページ画像

東京朝日新聞  第一六一〇七号 昭和六年三月五日
    けふ帝劇の二十年記念
      『感慨無量』で午餐会へ
四日は帝劇開場以来二十周年に相当するので、その記念の意味で、当日正午から東京会館で記念午餐会が開かれた
      ◇
 集つたのは、主人側として山本帝劇専務を筆頭に、西野・益田・手塚・根津・三島・平沼の諸重役、主賓として、帝劇創立に尽力した渋沢老子爵を中心に、旧帝劇俳優の梅幸・幸四郎・宗十郎・勘弥・幸蔵・森律子・河村菊江・初瀬浪子・村田嘉久子・藤間房子・東日
 - 第47巻 p.412 -ページ画像 
出子以下、現在松竹大部屋女優としてはかないその日を送つてゐる旧帝劇七期生にいたるまで、皆厚化粧、一帳羅で出席した、その他福沢桃介・和田英作・井上角五郎・伊坂梅雪・林和・河竹繁俊・邦枝完二、常磐津文字兵衛・松尾太夫、杵屋寒玉・六左衛門、たれも彼も旧帝劇に因縁浅からざる連中ばかり八十七名
      ◇
故宗之助の遺児宗之助・雄之助兄弟も末席にしよんぼり控へてゐる、一番うれしさうな顔をしてゐるのが山本専務、真紅な昂奮した顔で、部屋中を歩き回り「感慨無量ですな」を連発する、やがて、食堂が開かれ午後三時散会した


礼状往復(三)(DK470105k-0003)
第47巻 p.412 ページ画像

礼状往復(三)             (渋沢子爵家所蔵)
 (葉書)(表手書)
  市外滝野川町西ケ原
  一〇三六
   渋沢子爵閣下
      (別筆朱書)
      記念写真贈呈

(謄写版)
拝啓時下愈々御清適奉大賀候、陳者過日東京会館ニ於テ開催ノ帝国劇場開場満二十週年記念午餐会ノ節撮影致候記念写真ノ義、本日出来致候間、一部別包ニテ御贈呈申上候、何卒御笑納被成下度候
 先ハ右不取敢得貴意度如斯ニ御座候 敬具
  昭和六年三月十六日
               帝国劇場株式会社
               専務取締役 山本久三郎
                 (別筆)
                 「控 6/3/19 郵送済」
拝復益御清栄奉賀候、然者過日御開催の貴劇場開場満二十週年記念午餐会記念写真壱葉御恵投被下正ニ受納、永く珍蔵可仕候、右不取敢御礼申上度如此御座候 拝具
  昭和六、三、一九
                       渋沢栄一
                         秘書役
  帝国劇場株式会社
    専務取締役 山本久三郎様



〔参考〕礼状往復(三)(DK470105k-0004)
第47巻 p.412-413 ページ画像

礼状往復(三)              (渋沢子爵家所蔵)
                  (別筆)
                  帝国劇場従事員一同
拝啓
時下愈々御清祥被為渉奉大賀候
陳者今般西野・山本両氏へ贈呈の記念帖へ御揮毫御願申上候処、御繁用中特に御聴届被成下、御染筆賜り候段、誠に忝なく生等一同深く感佩罷在候
早速拝趨の上御礼言上可申上筈に御座候得共、御繁多の折柄却て御迷
 - 第47巻 p.413 -ページ画像 
惑の御儀と拝察仕り、乍失礼以書中謹而御礼申上候
 先は不取敢御厚礼申上度如斯に御座候 敬具
  昭和六年五月廿三日
                   帝国劇場株式会社
                     従事員一同
    渋沢子爵閣下