デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
2節 演芸
5款 坪内博士記念演劇博物館
■綱文

第47巻 p.437-442(DK470114k) ページ画像

昭和2年6月8日(1927年)

是ヨリ先、早稲田大学名誉教授坪内雄蔵ノ業績ヲ記念シ、同大学構内ニ、演劇博物館ヲ設立セントノ議アリ。是日栄一、ソノ設立発起人代表タルコトヲ承諾ス。


■資料

坪内博士記念演劇博物館書類(DK470114k-0001)
第47巻 p.437-440 ページ画像

坪内博士記念演劇博物館書類        (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
拝啓 愈々御清穆之段慶賀致候、陳者早稲田大学名誉教授逍遥坪内雄蔵博士が我が国劇向上の殊勲者たりし事に関しては、何人も異議なき所と存候が、明年は同博士の古稀の賀に相当すると同時に、其半生の研精に成れる沙翁全集四十巻の翻訳も完成せらるべき筈に御座候、就いては之を機会に博士の業績の記念として、東洋未曾有の一演劇博物館を創建し、以て前後四十有余年に亘れる博士が多方面の文勲を顕彰し、兼ねては之を以て永く斯道の公益機関たらしめたく切望致候
演劇博物館の創建を以て博士を記念すべく思ひ立ち候は、一にはそれが博士多年の宿願たりし故に候へども、二には此挙が、諸外国に比して遥かに多く演劇図書・資料及び記念品に富める我が国の現在に於てこそ最も適当なる、又特に有意義なる、計劃と存じたる故に御座候
公私御多端の折柄御迷惑とは存候へども、何卒前陳の趣旨御諒察成下され、深厚なる御賛助を賜はりたく悃願致候 敬具
  昭和二年六月
         坪内博士記念演劇博物館設立発企人
          代表 子爵渋沢栄一
            市島謙吉    五十嵐力
            池内信嘉    石渡敏一
         侯爵 大隈信常    大谷竹次郎
            川村徳太郎   金子馬治
            幸田成行    上遠野富之助
            高田早苗    田中穂積
            中村歌右衛門  中村雁次郎
            永富雄吉    上田万年
            山崎覚次郎   山本久三郎
            小林一三    安田善次郎
            増田義一    福沢桃介
         侯爵 小村欣一    三上参次
            白井松次郎   平田譲衛
            砂川雄峻    (いろは順)
         殿
               (別紙説明書御覧被下度候)
 - 第47巻 p.438 -ページ画像 
(別紙、印刷物)
      (別筆)
      寄附金ヲ引受ケ、世話人タルコトヲ承諾セラル
                   昭和二年六月八日
    演劇博物館建設に就いて
             (其の由来・構造・内容其他)
一 演劇博物館は其敷地を早稲田大学構内に卜して、同学園附属の建物として建設するのではありますが、必ずしも一学園の専有物とするわけではありません。広く斯道の研究機関として公開し、洽く一般の利用に供するのが目的であることは、趣意書中に申し述べた通りであります。
二 演劇博物館と称するものは、欧米には多少設けられてありますが東洋にはまだ一つもありません。西洋のとても、さほど完備したものではないやうに聞いてをります。その然るは、古今東西に亘つて演劇の資料・図書・記念品を蒐集することが容易でないからでありませうところがわが国は、坪内博士が屡々唱説せられた通り、不思議にも前後五・六百年乃至千年といつてもよい長期間の国劇図書・資料・記念品に富んでゐる上に、全く世界に類例のない歌舞伎といふ特殊の劇を有してをる以上、かういふ建造物を設けることは極めて有意義でもあり、必要ともなるのであります。のみならず、其実現が坪内博士の多年の宿願であつた事は、其所蔵の劇画・劇書を早大図書館に寄贈された事によつても、又昨年『逍遥選集』の刊行に際して其収益(印税)の全部を右の目的のために寄贈された事によつても明らかでありますから、かたがた此計劃は博士の記念といふ事の為には、至つて適当であらうと考へます。尚ほ博士は、今後更に前述の基金以外の寄与をもせらるべき旨を約されてをりますが、具体的な事は、後日改めて御報告致します。
三 右博物館の建築様式は、博士の案に本づいて、挿入姿図の如く殆ど全部を沙翁時代の劇場(主として運命座《フオーチユーン》)に則ることゝ致しました。玄関と見做すべき部分が当年の舞台です。又研究室・展覧室に充つべき両翼は其当時の桟敷なのであります。随つて之を其儘適用してエリザベス朝の劇場さながらの演出を試みることも可能であります。斯く沙翁劇場其儘を模しましたのは、建物其物が既に演劇博物館の一大資料たる観もあり、展覧場としても比較的都合よろしく、且つ我が国唯一人の沙翁学者《シエークスピリヤン》である博士を記念するには、最も有意義であると信じたからであります。而も斯ういふ工夫に成つた博物館は世界の如何なる文化国にも未だ曾て存在した事がありません。
  ついで乍ら予定を申上げておきますが、構造は耐震耐火の鉄筋コンクリート、総三階(塔は四階建)にて延坪約三百坪、此の工費約十万円、設備費約五万円、将来の内容充実基金として十万円、合計金弐拾五万円の予算で、今秋九月起工し、明昭和三年秋までには完成の見込であります。
四 演劇博物館には、広く劇に関する内外の図書及び物品を備へ附くることの外に、常に実物・絵画・模型・標本等を陳列して展観に供し研究に資するを主眼と致します。例へば、国劇に関する図書、錦絵中
 - 第47巻 p.439 -ページ画像 
の芝居絵・役者絵等の組織的年代的の展覧によつて、能及び歌舞伎の変遷を示し、或は模型・図版の配列によつて、舞台構造の進化を一目瞭然たらしめ、或は衣裳・鬘・小道具・鳴物等の器具類、従来一般の研究者に開放されなかつた資料をも得て陳列する。尚ほ内外の劇に関する資料の有意義なる整理・保存・研究にも任ずる。劇に関する特殊な展覧会・講演会・研究会を開き、或は実演上の研究をも試みるでありませう。将来此館の使命とする所は甚だ多からうと信じます。
  演劇博物館の材料となるべきもので、早大図書館に保管されてゐるものが既に可なりあります。その中の主なるものを左に列記しておきます。
   一、芝居絵(錦絵)           約参万枚(内約一万枚坪内博士寄贈)
   一、舞台芸術に関する図書        約二千五百冊(洋和を合せて)
   一、歌舞伎台帳             五百余部約二千冊
   一、評判記     (自元禄至元治)  二百八十八冊
   一、狂言及顔見世番附(自享保至明治)  約四千枚
   一、狂言絵本    (同前)      約千五百冊
   一、役割番附    (同前)      約四百冊
   一、劇場絵看板   (坪内博士寄贈)  二十八種五十七枚
   一、逍遥文庫    (和洋書共)(同前)五千六百五十七冊内洋書一千九百八十一冊
   外に坪内博士寄贈の実演舞台面及俳優の写真。絵端書。明治以後の芝居番附・筋書。演劇雑誌。新聞切抜帖。模型舞台等
五 演劇博物館は、右に述べたやうな性質・内容の物として建設されるのですから、文壇・劇壇と限らず、坪内博士の「人と芸術」に理解を持ち、此記念事業を賛助せられる方々の御寄附又は御寄託は悦んでお受けします。さうして、お互ひに自分の演劇博物館として愛育して成長せしめ、内容の充実を計り、使命を全うしたいと存じます。
 然し、内容が内容ですから、御寄附は金銭と限りません。劇に関して多少なりとも参考となるべき物品、例へば内外(欧・米・支那・印度等)の劇は勿論、舞楽・能・神楽・舞踊等に関する図画・書籍・模造品、諸種の記録・台本・書抜きの類、又は衣裳・鬘・仮面、諸種の器具類、或は名優・名士の遺墨・遺品等に至るまで、よしそれが如何なる断簡零墨であつても、わが博物館に取つては貴重な材料であります。さういふ物品をも各方面より豊富に御寄贈又は御寄託あらん事を切望いたします。(昭和二年六月)

    ○御寄附の金額には制限を附しません。
    ○御寄附金は「即時払」、「三回払」の二種といたし、「三回払」は今年七月・十二月及び昭和三年五月に分割御払込を願ひます。
    ○物品の御寄贈又は御寄託の場合は、荷造り費・運賃等は当方で負担致します。
     御申込並に払込は左記宛に願ひます。
       東京牛込早稲田大隈会館内
               坪内博士記念演劇博物館設立事務所
 - 第47巻 p.440 -ページ画像 
                     振替東京   番


(市島謙吉)書翰 渋沢栄一宛(昭和二年)六月二四日(DK470114k-0002)
第47巻 p.440 ページ画像

(市島謙吉)書翰  渋沢栄一宛(昭和二年)六月二四日
                     (渋沢子爵家所蔵)
拝啓 時下益御清適之段奉賀候、陳ハ先般ハ演劇博物館設立之儀に就き、発企人代表たる事を御快諾被下奉深謝候、尚今後とも御指導御後援を賜り度、此段乍略儀以書中御礼旁々御願申上候 敬具
  六月廿四日               市島謙吉
    子爵 渋沢栄一殿
 追而別封を以て趣意書数葉御目ニかけ候間御一覧被下度御願申上候


坪内博士記念演劇博物館書類(DK470114k-0003)
第47巻 p.440 ページ画像

坪内博士記念演劇博物館書類        (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
拝啓 時分柄愈々御清適賀し奉ります。なほ此のたび本会発起に当つて特に貴下の格別なる御好意を得ました事を深謝申上げます。
さて、去る七月廿八日の発起人会には大暑の候にも不拘四十余名の御出席を忝ういたしました。同会にては、(一)委員指名をば当夜の座長高山圭三氏に一任、(二)その委員に実行方法を一切委託されました。就ては高山氏は
    石割松太郎  大林義雄   後藤源之助
    河野駿郎   伊達俊光   谷村一太郎
    土屋充    坪内士行   豊岡佐一郎
    原田譲二   山本為三郎  横田滝三郎
    渡部正直           (五十音順)
右十三氏を選び、此の事業達成に尽力を願ふことに定められました。そして、委員に於ては着々と歩を進めて居りますから、遅くとも本月下旬までには書類を調製し具体的運動にとりかゝることと存じます。右経過を御報告申上げますと共に、今後一層の御尽力賜ります様懇願奉ります。
  昭和二年八月十三日
             坪内博士記念演劇博物館設立関西期成会
                    仮事務所 東区寺山町土屋方 電話東四四八三番


渋沢栄一書翰 控 大倉喜八郎宛昭和三年一月二〇日(DK470114k-0004)
第47巻 p.440 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  大倉喜八郎宛昭和三年一月二〇日   (渋沢子爵家所蔵)
拝啓 爾来御疎情に打過候得共老台益御清適の条奉賀候、然者今回劇壇の耆宿坪内逍遥博士を記念するの目的を以て、早稲田学園内に演劇博物館設置の挙有之、老生抔も微力相添候事と相成候に付ては、御迷惑の義とは拝察仕候得共、予而斯道に御趣味深き老台には是非何分の御援助相願中度候間、老生より特に拝願致呉候様関係社中一同の懇望に任せ、乍略義書中御願申上候、何卒御採用の程懇祈仕候、右得貴意匆々如此御座候 敬具
  昭和三年一月二十日          渋沢栄一
    大倉鶴彦大人
         研北

 - 第47巻 p.441 -ページ画像 

坪内博士記念演劇博物館書類(DK470114k-0005)
第47巻 p.441 ページ画像

坪内博士記念演劇博物館書類        (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
拝啓 時下益々御清適の段奉慶賀候、陳者坪内博士記念演劇博物館設立に対しては多大の御厚配を蒙り感銘罷在候 お蔭を以て該事業も追追進捗致し、建築工事請負者も競争入札の結果上遠組と決定致し、本月二日地鎮祭並に起工式を挙げ候間、何卒左様御承知置被下度願上候就て工事進行と同時に資金補給の要を切に感じ居り候次第に就き、先般当事業へ寄附御申込被成下居候御寄附金の御払込方に就きては、何卒特に御配慮賜り度、此段御報告旁々御願申上候 頓首
  昭和三年二月
               実行委員長 市島謙吉
             発起人代表子爵 渋沢栄一


坪内博士記念演劇博物館書類(DK470114k-0006)
第47巻 p.441-442 ページ画像

坪内博士記念演劇博物館書類        (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
拝啓 愈々御清康ニ被為渡候段奉慶賀候
陳者段々御高配を蒙り候坪内博士記念演劇博物館建設之件、以御蔭順調ニ進行致し、別紙記載之通り寄附御申込額十七万余円ニ達し、既ニ御払込を受けたる金額十万円を超え、建築工事も著々進行致し、来ル九月迄にハ竣工を見るべき筈ニ有之候処、何れの途結局数万円の不足を免れざるのみならず、差当り寄附金の払込を待ちては建築費の支払にも間に合兼ね、頗る苦慮罷在候際、坪内博士より牛込区余丁町の邸宅敷地四百坪、建物約八十坪を挙げて該事業の為め寄附致し度旨御申出有之候間、兼て御通知申上候通り、六月二十三日大隈会館ニ於て事業御報告旁々今後の方針ニ関し発企人会開催御協議申上候処、将来金融上並ニ開館準備の都合も有之候へば、竣工を待たずして早稲田大学へ寄附の手続を了し、大学へ事務の引継を致す事に満場一致を以て可決致し、一面大学へ交渉致し候と同時に、他面一般寄附者へも此旨御諒解を得る事に申合せ候次第、実は親しく拝眉を得て委曲御報告申上くべき筈に有之候へ共、乍略儀以書中得貴意度、尚今後共偏に御高援奉願上候 匆々敬具
  昭和三年七月五日    坪内博士記念事業
                実行委員長 市島謙吉
    (宛名手書)
    渋沢栄一様
         侍史
(別紙、謄写版)
    坪内博士記念事業概要報告
               (昭和三年六月廿日現在)
一、発表 昭和二年六月十日(爾後寄附金募集ニ着手)
一、寄附金募集成績
                       口
      申込口数         一、四六〇
                       円
      申込金額      一七五、五〇六・六四
一、収支
 - 第47巻 p.442 -ページ画像 
                       円
     払込金額       一〇四、三二五・八六
     支払金額        四八、五四九・九〇
      内募集費        八、八八一・――
       雑費         一、六九九・――
       建築費支払額    三七、九六九・――
     差引現在手許在高    五九、七七五・九六
      経費予算(参考案)
                          円
(一)建物建築費(上遠但請負既定額) 一二一、一〇五
(二)暖房電灯工事費(予想額)     一五、〇〇〇
(三)什器其他   (予想額)     五〇、〇〇〇
(四)募集費    (一部支払済)   一三、〇〇〇
(五)雑費     (一部支払済)    三、〇〇〇
        合計         二〇二、一〇五
                          坪
  ○建築総面積               四四八・四六
    内
                          坪
    地階                 一一三・
    一階                 一二一・四〇
    二階                  九八・〇
    三階                  九九・七六
    塔屋四階                 四・三〇
    〃五階                  三・〇
    別ニ書庫一階分              九・〇
    (参考=坪当リ約参百円也)
  ○右工事進行状況
    地鎮祭        昭和二年二月二日
    根切           〃三月廿日 終了
    基礎工事         〃四月九日 〃
    三階コンクリート打上ゲ  〃六月十二日 〃
    コンクリート全部打上ゲ  〃六月廿七日ノ予定
    上棟式          〃七月九日 〃
    金物工事         〃八月卅日 〃
    屋根鉄骨及ビ瓦葺工事   〃八月卅一日 〃
    内部雑作         〃九月十五日 〃
    石工事          〃九月三十日 〃
    雑工事 其他       〃十月五日 〃
    竣工          〃十月廿日 〃
            (以上)