デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

7章 行政
1節 自治行政
5款 深川区関係 2. 浅野セメント深川工場降灰問題
■綱文

第48巻 p.342-344(DK480106k) ページ画像

大正6年12月25日(1917年)

是ヨリ先、浅野セメント株式会社、深川工場ノ降灰防止施設ヲ完備セシメタルヲ以テ、前年ノ誓約ヲ解消シ、工場移転ヲ中止ス。是日栄一等立会人トナリテ深川区民代表者ト今後一層其防止ニ努ムベキ旨契約書ヲ交換シテ懸案解決ス。


■資料

浅野セメント株式会社営業報告書 第一一回大正七年一月刊(DK480106k-0001)
第48巻 p.342 ページ画像

浅野セメント株式会社営業報告書 第一一回大正七年一月刊
    処務要件
一東京深川工場ハ曩ニ大正五年拾弐月弐拾日附追加契約書ニ因リ、大正六年拾弐月弐拾五日限リ現在工場ヲ撤廃スヘキ協定ナリシニ、現ニ設備シタルコツトレル式防塵工事ノ有効ナルコトヲ認メ、且ツ一層其効力ヲ完全ニスルコトヲ約シ、玆ニ永年ノ懸案ハ円満ニ解決ヲ告クルニ至レリ


竜門雑誌 第三五六号・第七六―七七頁大正七年一月 ○浅野セメント会社粉塵問題解決(DK480106k-0002)
第48巻 p.342-343 ページ画像

竜門雑誌 第三五六号・第七六―七七頁大正七年一月
 - 第48巻 p.343 -ページ画像 
○浅野セメント会社粉塵問題解決 明治四十四年以来、深川区民と浅野セメント会社との間に懸案中なりし同社深川工場の降灰に基ける同工場撤廃問題も、昨年十二月二十五日を以て会社側の撤廃期限となり居りし処、会社側に於ても爾来極力粉塵防止に苦心の結果、一昨年来同工場に装置中なりしコツトレル式沈塵機旧臘竣成を告げ、殆ど完全に粉塵を防止し得ることとなりしに依り、区民側に於ても会社の誠意を諒とし、即ち去月二十五日工場撤廃期当日、区民・地主・有志総代等同社工場に集りて粉塵防止に関する設備の検分をなしたる上、当初より此問題に配意せられたる青淵先生の兜町事務所に於て、会社側重役諸氏と会し、区民側立会人たる黒岩周六・塩谷恒太郎の二氏及び会社側立会人たる中野武営氏も来会の上種々交渉協議の結果、左記証書の如き条件にて円満に此問題を終了することに協定相整ひ、前後八年間に亘れる該問題も、玆に円満なる解決を告ぐるに至りたる由。尚当日会社側より区民に交付せし契約書は左の如くなりといふ。
    証
 大正五年十二月二十日附深川区有志中村富三郎氏外二名と当会社との間に締結したる追加契約に依れば、当会社の深川セメント製造工場は、本年十二月廿五日を撤廃期限として、如何なる設備をなすも之を口実として撤廃を拒む事を得ざる約定の所、同工場のセメント製造より生ずる粉塵防止の設備をなし、尚深川区の公共資金として金五万円を深川区に寄附し、且つ発企地たる深川区材木町・東永代町・永堀町大住町の四ケ町に対し、将来の塵害補償の微意を表し金三万円を差出し、深川区有志及び青年団にても之を諒とし、前記追加契約により右工場の撤廃を求めざることを承諾相成り候に就ては、当会社は八割五分以上の粉塵を防止する事を責任とし、常に九割若くはそれ以上の粉塵を防止することを努め、現に設備したる防塵工事を益々有効ならしむるやう怠らざる事を、玆に誓約致候也。
  大正六年十二月二十五日
            浅野セメント株式会社々長浅野総一郎
              取締役大川平三郎・同白石元治郎
                同八十島親徳・同浅野泰治郎
    深川区有志 中村富三郎殿
    青年団長  菊地量平殿
  追て会社は一ケ月に三回以上防止程度を測定し、之を深川区有志中村富三郎氏に通知すべきものとす、又会社は深川区有志中村富三郎氏の請求により何時にても右の測定をなし、之を同氏に通知すべきものとす。
    立会人 渋沢栄一・中野武営・黒岩周六・塩谷恒太郎


渋沢栄一 日記 大正七年(DK480106k-0003)
第48巻 p.343-344 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正七年         (渋沢子爵家所蔵)
二月十五日 晴 寒少シク減スルヲ覚フ
○上略 午後五時半三谷八百善楼ニ抵リ、浅野セメント会社ノ深川区内地主及有志者トノ紛議落着ノ謝意ヲ表スル為メ開催スル宴会ニ列ス、河野・中野・塩谷・松本ノ諸氏来会ス、余興種々アリテ宴散シテ後十一
 - 第48巻 p.344 -ページ画像 
時帰宿ス○下略