デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

7章 行政
2節 内務行政
3款 帝都復興審議会
■綱文

第48巻 p.458-468(DK480137k) ページ画像

大正12年11月25日(1923年)

是日及ビ翌二十六日、栄一、当会特別委員会ニ出席ス。復興計画案討議ノ結果調停的協定案成立ス。


■資料

渋沢子爵親話日録 第一 自大正十二年十一月至同年十二月 高田利吉筆記(DK480137k-0001)
第48巻 p.458 ページ画像

渋沢子爵親話日録 第一 自大正十二年十一月至同年十二月 高田利吉筆記
                     (財団法人竜門社所蔵)
十一月廿五日(日曜)
○上略
△大橋新太郎氏参邸、昨日の審議会の模様につき談話し且今日の会に対する希望を陳述す
○中略
△午後一時復興審議会に御出席、昨日の決議により特別委員会を開かれしも議尚決せす、更に明日を期して散会せらる
○下略
○十一月廿六日
△朝大橋新太郎氏又飛鳥山へ参邸、審議会に対する意見を陳述す
○中略
△午後一時復興審議会の特別委員会に出席せらる、昨日に引つゞき種種の議論ありたる後、委員長たる伊東伯より修正意見書を提出し、子爵よりも希望条件として商工業に対する注意並に輸入品免税の事工業倶楽部の意見を参酌すべき事等を付記すべしと提議せられ、多少の異議ハありたるも結局各委員とも之に同じ、明日の総会に之を報告することに決定す、即ち原案に対し一種の調停的協定案成立せしなり


中外商業新報 第一三五四六号大正一二年一一月二六日 小委員は何れも縮小的修正の意見 昨日は各自の意見開陳だけで未決 復興審議会特別委員会内容(DK480137k-0002)
第48巻 p.458-460 ページ画像

中外商業新報 第一三五四六号大正一二年一一月二六日
    小委員は何れも縮小的修正の意見
      昨日は各自の意見開陳だけで未決
        復興審議会特別委員会内容
最初から大波瀾をじやく起した復興審議会は、その特別委員会を日曜にも拘らず廿五日午後一時半から首相官邸に開会
 伊東委員長・後藤内相・岡野文相・田農相・犬養逓相・井上蔵相、高橋・加藤・渋沢・青木・江木の閣外委員並に樺山・松本・宮尾・塚本の各幹事、傍聴者として山本総裁を始め大石・市来の諸氏出席
伊東委員長、委員長席に着いて
伊東伯 私は昨日(廿四日)の審議会席上において大体の意見を述べてその概要を尽したと思ふから、具体的意見は更に論ずる事として本日(二十五日)は私は委員長であるから、先づ各委員諸氏の腹蔵なき御意見から陳述あらん事を希望します
と述べて審議に入つたが
 - 第48巻 p.459 -ページ画像 
  修正提議
渋沢子 私は此復興計画案が今少し早く出来たならば相当考慮する余地があつたであらうに、遅延に遅延を重ねた結果遂に審議の余裕なく、急速に決定しなければならぬ事となつたのは甚だ遺憾である事をこゝに一言して、さて自分としては審議会が此計画案の細目に亘つて審議をする事は甚だ困難であると思ふから、此際大体論から審議して結局該計画は過大であると信ずるから大体に亘つて修正したいと思ふ、例へば道路の幅員の如きは一日も早く帝都の復旧を希望する今日においては今少し修正しては如何か、尤も東京築港の如きはその計画の大小は兎に角としてこれを採用したいと思ふ
江木氏 東京の築港の如きは曩に東京府会の協議会の決議で陳述して来てゐる位であつて、これは府自身に一任し国家として為す必要がないと信ずる、殊にこれを臨時議会に提出する事は如何か、また道路に就ては大体渋沢子と同意見であつて相当の修正を希望する、殊に京浜運河に至つては国家の現状から見て不急の事業と思ふからこれは他日に譲るを至当とする
  道路反対
高橋子 私はこの計画案が余りに他の国家事業を閑却してゐると思ふから、これを大に縮小して予算を少くしなければならぬ、しかして此計画中最も多大の費用を要するは道路に関する費用である、故にこの計画案中から道路を修正すべきである、即ち道路は現在の道路に多少修正を加へる位の程度に止めて新に道路を造る事は反対である、これを外国の例に徴すればロンドンの市街の如きもこの計画案の様に広大でないが、しかも何等混雑を見ない
青木子 私は江木氏の所論に同感の点があるが、要するに復興計画も畢竟予算が問題である、即ち国家の財政と対照比較してその軽重等を考慮するの必要がある、また国防上における空中の防禦等は甚だ必要なものであらうと思ふが、上下水道の完備とか築港運河等の開鑿の如きは今日この重大事に処しては不急の事業なりと信ずるからこれ等は修正の必要がある、しかし私は此審議会においては単に各位が意見を述べるに止めてその決定は政府に一任したい
  内相弁明
加藤子 京浜運河及築港等はその何れか一方に築造せば他は他日に譲るも可なるべく、又道路の如きも余り広きを要しないと思ふ、然しかくの如き可否を一々審議会で詳細に決定する事は事実上困難であるから、其選択はこれを政府に一任したいと思ふ
これ等の議論に対し政府側から主として後藤内相・井上蔵相から答弁があつたが、要領は即ち
後藤内相 種々御意見を承り御もつともと存ずる点もありますが、政府は決して此案を固執する考へでなく、他に有力な方法があらば直ちに夫れに賛成する意向であります、然し京浜運河、隅田川の内港築造の如きは横浜の外港が貿易上緊急設備を要する事であるから、その結果として荷物の集散その他の便益を増す為に必要の事で、これが出来すれば従つて運賃の低減その他に依つて製産費が安くなり
 - 第48巻 p.460 -ページ画像 
その影響する所多大であります、また道路の拡張の如きも此際実行するを最も便宜とし、また実際上からも道路の狭あいは諸種の災害をじやつ起する原因となるから之を拡張する必要がある、また国防問題に関し度々専門家の意見を徴したが、彼等も未だ具体的意見を有してゐないから之は他日に譲るより外ない
と詳細にわたつて説明した
  懇談説明
途中渋沢子から一度休憩して計画地図その他に付懇談的に説明を聞いては如何んとの提議あつて、直にこれに決して懇談会に入り、更に会議を続行する事を渋沢子が述べたが、伊東委員長本日はこれ位にしてなほ一日考慮することゝし明日(二十六日)更に開会しては如何と諮り、結局その如く決定して午後五時半散会した


中外商業新報 第一三五四七号大正一二年一一月二七日 政府案を縮小して復興計画の修正 昨日審議会小委員会で協定(DK480137k-0003)
第48巻 p.460-461 ページ画像

中外商業新報 第一三五四七号大正一二年一一月二七日
    政府案を縮小して
      復興計画の修正
        昨日審議会小委員会で協定
復興審議会小委員会は二十六日午後一時より首相官邸に開会
 伊東委員長・加藤・高橋・青木・渋沢・江木の閣外委員、後藤・犬養・田・岡野・井上の各閣僚委員出席
まづ閣外委員のみにて懇談することゝなり、閣僚委員の退席を求め、伊東委員長外五委員は午後二時から同三時半まで懇談協議の結果、成案を得たので、閣僚委員の出席を求め伊東委員長から懇談の経過並びに結果を報告した。もつとも閣外委員も各自別個の意見を持つて居ることであるけれども、その間帰一する処の点だけを拾つて協定案及び希望条件を作つた次第であるから、将来における各委員の自由なる意見の発表を妨げるものでないといふことにした旨を伊東委員長から附け加へて報告した、これに対し後藤幹事長は
 閣外委員の労を多とする、自分はこの成案に対して尊敬して考慮する積りである、また総理に対しては直に詳細なる報告をいたすが、自分の考へは総理において大体異議はあるまいと思ふ
次に伊東委員長から
 それでは廿七日午後一時総会を開いてこれを報告することとする
旨を述べ四時過ぎ散会した、尚ほ委員協定案及び希望条件の正文左の如し
  委員協定案
 線路 に付ては東京の部において品川町より三の輪町に至り、また九段坂下より亀戸町に至る二幹線道路の幅員に適当の収縮を加へこれを承認するの外、爾余の各路線及び横浜の部における各線路は財政上の見地より旧道路を利用し、必要止むを得ざる個所に限り適当の拡張を為さしむる事
 埋設物 東京の上下水道及び地下埋設物は一時国費を以て速成を計らしむる事
 公園 の配置に付ては東京・横浜両市の分共大体賛成を表し、各公
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園内に消防に要する充分の貯水設備を為さしむる事
 市場 の配置に就ては東京・横浜の分とも大体賛成を表する事
 宅地割 市街宅地割の整理は、東京・横浜両市の自治体に一任する事
 防火 そ置は必要なるしん酌を加へ、大体賛成を表する事
 築港運河 東京の築港並に京浜間の運河施設は、震災復興事業中よりこれを切り離し当局のそ置に一任する事
 市内の運河は大体賛成を表する事
 完成期限 帝都復興計画事業年度及財政方針は完成期限を五ケ年と改め、その他大体賛成を表する事
 官制問題 帝都復興法の制定に就ては曾て本会の諮問を経ずして制定せられ、しかも現行の市制・都市計画法・道路法等の諸法律と抵触するものなりと認めらる復興院官制と関聯するものなるが故に、本会としてはこれに対し意見を留保すべき事
  希望条件
 一、商工業復興に要する資金融通の為め、政府当局において相当の設備をなされ度き事
 一、家屋新築の為め投ずる資金の安固を謀る為め政府も完全なる火災保険制度の創設に尽力せられ度き事


帝都復興史附横浜復興記念史 復興調査協会編 第一巻・第一八七―一九九頁昭和五年五月刊(DK480137k-0004)
第48巻 p.461-468 ページ画像

帝都復興史附横浜復興記念史 復興調査協会編 第一巻・第一八七―一九九頁昭和五年五月刊
 ○第二編 第五章 第五節 特別委員会の経過
    特別委員会(第一回)
 特別委員会は引続き十一月二十五日午後一時から首相官邸に開かれた。伊東巳代治伯委員長席に就き
 自分の意見は二十四日に述べた通りであるが、本日は特別委員諸君の腹蔵なき御意見を承り、而してなるべく速かに審議を進められん事を望む。
と述べて開会を宣し直ちに質問に入つたが、各委員とも其の大体論は既に前日に於て尽したるを以て、復興計画の各部分に就て交々その所見希望を述べた。概要左の如し。
渋沢栄一子「復興計画に就て慎重に審議すべきは勿論であるが、徒らに審議を遅延せしむるは此際謹しむべきである。既に該計画が今日まで遅延せるは頗る遺憾にして、此の上の遅延は到底黙視すべからざるを以て、政府原案に修正を加へて之を認むべきであらう。されど東京湾築港の如きは其の方法は暫く措くも、築港・運河の如きは東京市将来の発展並に復興の意味に於て是非実現せしめねばならぬ即ち築港の如きは横浜を外港とし東京を内港とすれば物資は豊富となり、之に要する運賃は低廉となつて其の益する所尠少ならぬものであらう。又運河の如きも羽田沖の如きは常に波浪高きが故に入船の通路としては困難である。従つて横浜・東京連絡の安全は勿論、鉄道に比して運賃の低廉を図る上に於て必要である。尚ほ案の詳細に亘つて議論するに於ては到底尽き難く殆んど際限なきにより、大体に於て街路其他の修正に止めては如何であらう」
 - 第48巻 p.462 -ページ画像 
江木千之氏「東京湾築港及び京浜運河の如きは、今日賛成者ありと雖も、僅かに一人の賛成に過ぎざるを以て、政府はなるべく之を中止しては如何、元来かくの如き事業は市民の自らなすべき事業にして復興院の為すべきものではなく、且つ其性質上臨時議会に提出すべきものにあらざるは、憲法第四十三条に、臨時議会は臨時緊急の場合云々と規定せるに依つて明白である。抑も京浜運河は遠く日清戦争当時に於て既に論議され、東京湾築港問題も亦尾崎行雄・阪谷芳郎氏等が東京市長たりし時代に於て夙に計画され、唯財源なきため実現に至らざる一種の懸案である。斯るものを緊急を要するものとして臨時議会に提出するは其の当を得ない。次に街路計画は築港及運河等に比して遥かに緊急を要すべき性質のものにして、市民は一日も速かに市の回復を希望して建築を手控へてゐる状態なるに依り此点は大いに考慮すべく、徒らに長年月を要する尨大なる計画をなさずして、なるべく既設の道路を基礎とし且つ経費節約の趣旨に即して企画されん事を希望する。要するに政府の立案せる復興計画は全体に於て尨大に過ぎ、復興のために全国力を傾注して地方を閑却し、且つ我が国防の将来を考慮せざるは、甚だ憂ふべき結果を招致するの虞れあり。吾人の賛成し能はざる所以である」
高橋是清氏「渋沢子爵は政府案の運命に就て少なからず心配してゐられるが、自分は政府案の成否を案ずる前に市民の生活を如何にすべきかを心配するものである。元来今日の急務は尨大なる復興よりも緊切なる復旧にある。然るに政府は意を玆に用ひず東京湾の築港・運河の開鑿・街路の拡築等を計画せるも、東京湾の築港は今日急を要するものとは信じ難く、運河の開鑿の如きは横浜港が港として完成を期する上に、附帯事業としての必要は認めるが、之亦緊急欠く可らざる底のものではなく且つ臨時議会に提出すべき性質のものではない。街路に至つては大々的に拡築又は新設の必要なく、従来の道路を基調として是れに改修を加へれば足る。敢て大改修を加へずとも交通の能率、道路本来の使命は交通整理、交通道徳の涵養等に依つて之を発揮せしめ得るは、之を倫敦の街路に見れば容易に想像し得られるであらう。之を要するに政府は宜しく震災善後の第一策として不急の復興に考慮を費さず、復旧の促進、市民の安定、経済の復興等に向つて速かに其の全力を傾注すべきであらう」
青木信光子「復興事業は緊要なること勿論であるが、政府当局の如く其の全力を此の方面に注いで他を顧みざるは、国費多端の折柄大いに考慮すべき問題である。今日急を要するは復旧にして、運河・築港・街路等に就ては吾人は必ずしも急施の要を認めないが、今回の震災に鑑み上水道の施設及び国防上の見地より空中防備の完全を期することは、最も考慮すべきであらうと思はれる。而して此の点に関する政府の所見は吾人の所見と相距ること余りに遠きを以て、吾人は政府案に修正を加へることは難く、政府自身が吾人の主張に同意して其案を立直すことが必要であらう。此の点を篤と御承知あらんことを望む」
加藤高明子「財政窮乏の際に鑑み節約し得るものはなるべく之を節約
 - 第48巻 p.463 -ページ画像 
すべきであり、京浜運河と東京湾築港の如きは重複するを以て何れかその一を採つて他を廃する程度に節約しては如何、又道路の如きも、今後徒らに幅員の広きものを作ることは必ずしも策の妙なるものではあるまい。其他各部分に意見はあるが、審議会に於て逐条審議して原案を修正するは事実上頗る困難なるのみならず、時日切迫の折柄徒らに審議を重ねて荏苒日を送るに於ては、政府は予算案の編成及び其印刷等の諸準備を完うして臨時議会に臨み得ざる虞れあるを以て、審議会は相当の意見を立てゝ之を政府に示し、其の取捨選択を政府に一任するのが最も穏当であらう」
これら諸委員の議論乃至希望に対し、政府側に於ては井上蔵相先づ政府の財政方針を明示し、更に後藤内相自ら矢面に立つて弁明大いに努めた。
後藤内相「政府提出の原案は決して帝国の財政を無視せるものではない。帝都復興は復旧にあらずして飽くまで復興を意味するものにして、先般渙発せられたる詔勅の聖旨に明かなるが如く、啻に帝都を震災前の状態に復せしむる事を以て満足せず。更に進んで其の面目を一新すべきを期するものである。従つて政府の帝都復興計画は凡て此の趣旨に基いて樹立せるものにして、聖旨を奉戴して国家百年の大計を慮り、以て此の計画案を得たのである。該案東京湾の築港及び京浜運河開鑿に対して委員諸君は概ね反対の意見を有せられるが、政府がこれを必要とする所以は鉄道輸送の能力頗る低率にして復興計画に必要なる材料を輸送することすら困難なる現状に鑑み、之を補足する意味に於て切実にその必要を認めるのである。水道に就ては今回の震災に当り消防の効力薄弱なりしは弱圧にして充分に効力を発揮し得ざりしに因ることに鑑み、政府に於ても又市当局に於ても其の改善の必要を認めてゐる。次に道路の幅員に就て拡張不要を説かれる者もあるが、政府は将来高速度鉄道敷設の前提として道路拡張は絶対的に必要なるものと認める。のみならず東京市内の道路狭少は既に震災前に於てすら何人も之を認むる所にして、此の際幅員を拡築することは必要欠く可らざるものと信ず。国防計画に就ても政府は夙に考慮したが、専門的研究を必要とするため直ちに実行し得ないのである。その他種々の意見を承つたが、就中東京湾築港・京浜運河等に対して反対論を聞くは政府の最も遺憾とする所である。何となれば帝都をして政治経済乃至文化の中枢として充分に其の機能を発揮せしめんには、是れらの計画は必須欠く可らざるものなるが故である」
後藤総裁は反対論に屈せず、帝都復興は飽くまで復興にあらざれば不可にして、因循姑息なる復旧策に止めるが如きは復興院の本旨にあらざる所以を滔々として論じ帝都百年の大計としては此の復興計画にては猶ほ不足なる所以を力説した。其の後を享けて渋沢栄一子も亦東京湾築港及び京浜運河に就て政府案に賛成の意を述べ「東京を内港とし横浜を外港とすれば、鉄道に依るよりも遥かに利便にして物資供給は潤沢且つ安価になし得る」とて横浜港に於ける艀の情況等に就て具体的に詳細なる説明をなし大いに傾聴せしめた。その他にも運河民業説
 - 第48巻 p.464 -ページ画像 
を唱へる者などもあつたが、之を以て運河・築港、及び街路に関する質疑を打切り、伊東委員長は「渋沢・江木両氏の修正は程度に於て多少の相違あるも政府案を修正せんとする意見に於ては同一なるが故に両氏の意見を纏めれば審議上便利である。又青木・高橋両氏の説も大体に於て一致し委員長としても亦之に同感である」云々と述べ、午後三時半休憩を宣した。休憩時間中に於て稲葉氏は図面によつて区劃整理問題を詳細に説明し、宮尾副総裁も亦東京湾築港及び京浜運河に就て補足説明した。再開後渋沢子は各委員の意見を纏むべしと提案したが、伊東委員長は猶ほ考慮の余地ありとし、翌日重ねて委員会を開くべきを諮つて満場異議なく之を可決して散会した。而して此の委員会の形勢に依つて政府は
 一、閣外委員の意見を容れて復興計画を根本的に立直すか
 二、原案の大修正に従ふか
 三、閣外委員の意見を排して断乎たる態度を以て原案又は原案に近き修正案を提げて議会に臨むか
 右の内その一を選ばざれば内閣を投出すの外途なきに至り事頗る重大となつた、依つて直ちに閣議を開いてその対策を講じたが何等の名案も得られず。不安と焦燥に駆られながら翌日の特別委員会に望まざるを得なかつた。
    特別委員会(第二回)
 第二回委員会は前日に引続き二十六日午後一時から首相官邸に於て開かれた。伊東委員長は「昨日の如く議論を続けては殆んど際限なきを以て、委員相互に胸襟を開いて意見の交換を行ふ必要上会議を改めて懇談会と致したい」と希望し、青木信光子其他此の提議に賛成して議事に入るや、渋沢栄一子は
 政府の原案に悉くは賛成し得ざるも、京浜運河の新鑿及び東京湾築港の設備は将来の産業上の大なる関係あるを以て、此の建設に就ては是非実現を希望する。
と述べ、昨日の説明を敷衍して委員の賛成を促したが、之に対し江木千之氏は左の如く反対意見を陳べた。
 渋沢子は昨日以来重ね重ね京浜運河の必要と東京築港の急務を説かれたが、自分は遺憾ながらその御意見には反対せざるを得ない。元来京浜運河も東京湾築港も既に久しきに亘る懸案にして、今更事新らしく之を復興計画の一部に包含せしめるが如き必要は毫も認められない。のみならず此の計画実現には莫大の資金を要するを以て、財政窮乏の刻下之を行はんとするは策の得たるものではない。況んや築港と運河は其の目的に於て多少相異る点ありと雖も、交通上乃至運輸上に於て殆んど重複の嫌ひあるに於て猶更急遽実現の必要はなく、かゝる事業は後日の研究に譲つて然るべきである。
此の時伊東委員長は「諮問に対してはなるべく議論を避け、単にその是非賛否に就て意見を纏めたいと思ふが、之に関して何等か良法はないものか」と諮り、渋沢子之に答へて「根本的に意見の相違せるは止むを得ざれども、諮問に対する各自の意見を纏めるには小異を捨てゝ大同に就くの一途あるのみ。此の方針を以て進んでは如何」と提議し
 - 第48巻 p.465 -ページ画像 
伊東委員長は直ちに同意して「渋沢氏の提議は頗る妥当なる説と思ふ故に、委員諸君も此の方針を酌んで頂きたい」と諮るや満場異議なく之に賛成した。次で伊東委員長は
 特別委員には閣内よりも選ばれ又閣外よりも選ばれてゐるが、只今の場合は原案を支持する意見よりも諮問案に対する意見即ち閣外委員の意見が重要であることを信ずる。故に議事の進行を円滑ならしめ一刻も速かに意見を纏めるため、閣内委員は一時此処を退席して貰ひたい。
と諮つた。依つて後藤総裁を始め閣内委員は之を承知の旨答へて順次退席したが、傍聴のため此の席に連つて居た大石正巳・市来乙彦両氏は依然その席に在つて熱心に傍聴を続けてゐた。而して閣内委員退席後、渋沢子を始め高橋・加藤両政党首領、貴族院の江木・青木等諸委員は、何れも腹蔵なく意見を開陳し或は希望を述べ、委員間相互の質問応答もあり、江木千之氏が修正案を示さんとすれば、青木・渋沢両子から「委員長に於て何等か相当の案もあるべきを以て、先づそれから承らう」と江木氏の提案を阻止すれば、伊東委員長之に答へて
 政府の復興案に対し自分としては相当の意見を持つては居るが、先づ予め諸君の意見を承つた次第である。されど其の結果は当然原案修正の外なしと認めたるを以て、各委員の意の在る所を忖度し一箇の修正案を作製した。
即ち左の如き修正案を朗読した。
    伊東委員長の修正案
一、路線に就ては東京の部に於て、品川町より三輪町に至り、又九段坂下より亀戸町に至る二幹線道路の幅員に適当の収縮を加へて之を承認する外、爾余の各路線及び横浜の部に於ける各路線は、財政上の見地より旧道路を利用し必要止むを得ざる箇所に限り適当の拡張をなさしむる事。
二、東京の上下水道、及び地下埋設物は一時国費を以て速成を図らしむる事
三、公園の配置に就ては、東京・横浜両市の分とも大体賛成を表し、各公園内消防に要する充分の防水設備をなさしむる事
四、市場の配置に就ては、東京・横浜の分とも大体賛成を表する事。
五、市街宅地割の整理は東京・横浜両市の自治体に一任する事。
六、防火設備は必要なる斟酌を加へ大体賛成を表する事。
七、東京の築港並に京浜間の運河施設は、震災復興事業中より切離し当局の措置に一任する事。
八、市内の運河は大体賛成を表する事。
九、帝都復興計画事業年度及財政方針は、完成期限を五ケ年と改め、其他は大体賛成を表する事。
十、帝都復興法の制定に就ては、曾つて本会の諮問を経ずして制定せられ而も現行の市制・都市計画法・道路法等の諸法律と牴触するものと認めらるゝ復興院官制と関聯するものなるが故に、本会は之に対し意見を留保すべし。
    希望条件
 - 第48巻 p.466 -ページ画像 
一、商工業復興に要する資金融通のため、政府当局に於て相当の設備をなされたき事。
二、家屋新築のために投ずる資金の安固を計る為め、完全なる火災保険制度の創設に尽力せられたき事。
 右修正案は伊東委員長の作成せる案に就て各委員が意見を述べ字句の修正を加へたるものである。
 第十条の帝都復興法案に関しては各委員から意見百出して相当物議を醸したが、結局「復興計画の根本機関たる復興院を創立する時に於て吾々審議会に諮問せず、政府の独断を以て決したるに拘らず、今に至つて突如復興法案を提出して吾々に諮問するが如きは本末顛倒も甚だしと謂ふべく、加ふるに該復興法案は復興院官制とも関連し、且つ都市計画法其他各種の法律と牴触する点あるを以て宜しく後日に保留するが適当であらう」との意見に一致して右第十条の如き内容となつたのである。其他修正案に対する各委員の意見左の如し。
渋沢栄一子「只今委員長から修正案を提出されたが、自分は小異を捨てゝ大同に就くといふ趣旨に基いて本案に賛成する者である。固より自分は先刻も述べたる如く京浜運河の新鑿及び東京湾築港の両計画に就いては飽迄政府案の実現に賛成する。修正案は此の点に就いて「復興計画より切離し当局の措置に一任す」とあり、自分の意見は容れられない観があるが、併し修正案の内容を吟味すれば「両計画は全然其の必要を認めざるが故に之を復興計画より削除し去つて事業そのものを葬る」との意味にはあらずして、単に之を計画より切離して政府の措置に一任する、即ち政府が考慮の上その実現を必要と認むれば何時たりとも実行し得るとの意味である。故に自分は此の場合自説を固持することを避けて修正案に同意する次第である。
高橋是清氏「此の修正案は総括的のものにして毫も内容に触れてゐない。故に自分は修正案そのものに対しては何等異議はないが、修正案に同意せるが故に内容の個々の問題に就いても諸君と一致せる意見であると見做されたくない。故に修正案には賛成するがその為めに外に向つて拘束を受けることになつては甚だ迷惑である。此の点は充分御諒承あらんことを望む」
加藤高明子「自分も亦高橋氏と略同様の意見である。即ち修正案そのものに対しては異議はないが、対外的の束縛を受けることは絶対に御免蒙る」
渋沢栄一子「両者の御意見は、至極尤もである。されど高橋氏も加藤子も共に大政党の首領にして、力を以て及ばざれば口を以てなすの途があるに反し、我々は其の方途を有せぬ。此の辺も御諒承ありたい」
尚ほ修正案の各条に対しては各委員夫々意見を持し、腹蔵なく意見の交換をなせる結果
一、街路は二大幹線を認めるもその幅員縮少は絶対に之を実行すべく修正案には単に幅員収縮として具体的明記はないが、二十四間のものは二十間、又は十八間に縮少すべしとの意味である。
 - 第48巻 p.467 -ページ画像 
二、爾余の道路はなるべく旧道を用ふべしとの意味は、今一時に理想的設備をなすは経費の関係上好ましからざるを以て、出来得る限り旧道を用ひて経費を節減すべしとの意に外ならぬ。
三、市の宅地整理を自治体に一任する所以は自治体の尊重に基くものにして、且つその実行の可能性を確認する故である。
等の意見に一致し、骨子に触れざる程度に修正案の字句を修正し、高橋・江木両委員の提議に依り満場一致を以て可決したのである。右終つて渋沢子は
 復興計画には何等経済方面に関する事項がないが、斯くの如きは甚だ不都合なるを以て、此の際希望条件として之を政府に伝達し置く必要があらう。即ち自分の考ふる所に依れば、先づ復旧乃至復興に於て最も重要なる建築を速かならしめるため、其の助成機関として会社を設立するか或は他の適当なる方法を講ぜしむべきである。
とて、商工業復興に処する資金融通に関し縷述した。続いて伊東委員長も
 此の点に関し希望条件を附することは自分も素より賛成する所である。就中保険問題の如きは実に由々敷大事にして、一般国民が万一の場合を慮つて保険に加入せるに拘らず、今回の如き保険金不払の問題を惹起せるは実に憂ふべき現象である。故に政府は此の間の事情に鑑み、喫緊を要する重大問題として火災保険制度を確立すべく此の二者を希望条件として修正案に附加しては如何
と諮り、満場挙つて之に賛成したるを以て伊東委員長は直ちにその文案を作成して之を朗読し、異議なく、修正案に附することゝなつた。即ち右修正案と共に掲ぐる希望条件左の如し《(マヽ)》。
 修正案及希望条件を可決し終るや、傍聴委員としてこれまで黙々として其の成行を注視しつゝあつた大石正巳氏は、突如として数日来高唱し来れる復興院無用論を叫び
 ……自分は当初から斯くの如き尨大なる機関の必要を絶対に認めなかつた。財政逼迫の今日、何等此の点に留意せず国力に副はざる大計画――而も杜撰極まる大計画を樹立するは実に言語同断である。復興院の如き尨大なる機関を設けずとも、復興事業は之を地方自治団体に一任し政府が厳重に之を監督すれば即ち足る。徒らに無用の機関を設置して、政府の看板を飾らんとするが如きは醜中の醜である……
とて、痛烈なる口調を以て政府の措置を難詰した。かくて伊東委員長は退席中の閣内委員に出席を求め、委員会に於ける右の如き経過を具さに説明したる後
 特別委員会は玆に終了せるを以て、明二十七日午後一時より総会を開き委員会の経過及び結果を報告する。尚ほ此の成案に対しては各委員の意見必ずしも一致せざれども、大体に於て一致せるの故を以て可決せられた。故に将来に於ける各委員の自由なる意見の発表は之を妨ぐるものではない。
と述べ、後藤総裁は之に対し「昨日来特別委員諸氏が専心諮問に対して御協議を尽されたる労を謝する」旨を述べて玆に特別委員会は閉ぢ
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られた。