デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

8章 軍事関係諸事業
1節 第一次世界大戦関係
1款 対独開戦
■綱文

第48巻 p.482-489(DK480141k) ページ画像

大正3年8月16日(1914年)

是日、総理大臣大隈重信、都下ノ実業家ヲ官邸ニ招キテ、ドイツ国ニ最後通牒ヲ発シタル事情ヲ説明ス。栄一出席シテ答辞ヲ述ブ。


■資料

東京日日新聞 第一三五五四号大正三年八月五日 ○帝国政府の声明 四日外務省公示(DK480141k-0001)
第48巻 p.482 ページ画像

東京日日新聞 第一三五五四号大正三年八月五日
    ○帝国政府の声明
      四日外務省公示
帝国政府は欧洲政局の最近の形勢に対し政治上及経済上憂慮の念を禁ずる能はず、而して帝国政府の切に冀望する所は、右紛争が一日も早く解決を告げ平和の克復を見るに在ること固より言を俟たずと雖も、不幸現時の戦局が継続する以上、帝国政府は右戦局が可成紛争の現に感染せる地方以外に波及せざらんことを冀望し、且帝国政府は厳正中立の態度を確守し得べきことを期待するものなり、然りと雖も時局今後の転変に就ては最も細心の注意を有するものあり、万一英国にして戦争の禍中に投ずるに至り、且日英協約の目的或は危殆に瀕する等の場合に於ては、日本は協約上の義務として必要なる措置を執るに至ることあるべし、此の如き時期の遂に到達すべきや否やは今日固より予言し得ざる処なるのみならず、帝国政府は斯る場合の発生せざることを切に冀ふものなりと雖も、政府は諸般の情勢に対して現に慎重なる注意を加へつゝあり


中外商業新報 第一〇一六九号大正三年八月一四日 風雲と財界 渋沢栄一男談(DK480141k-0002)
第48巻 p.482-483 ページ画像

中外商業新報 第一〇一六九号大正三年八月一四日
    風雲と財界
                   渋沢栄一男談
△深憂の要なし 欧洲に大禍乱あるに拘はらず、日本内地現在の金融界は取分けて逼迫の摸様もなく、何れかと云へば平穏也と評するの当れるに近し、只欧洲の戦禍は勢ひの及ぶ所世界的となり、各国相互の国際取引は事実上不能の状態に陥りたる結果として、此頃万事が稍々世界的となり来りし日本も、間接に其影響を受け、民間の外資輸入は頓挫し、又為替の杜絶と運賃保険料の暴騰、乃至は銀塊相場立たざる為に外国貿易不振の事実は掩ふ可らず、之が金融界に多少安心なり難き感じを起さしむるは、蓋しマタ止むを得ざるの成行なれど、今日の場合深く憂ふべき問題に非ず
△万一の金融 今後戦局が如何に発展する乎、日本は此間に立つて奈何に身の振方を附くる乎は、事将来の問題にして、素より予測の限り
 - 第48巻 p.483 -ページ画像 
に非らずと雖も、伝ふるが如く、日本政府に於て愈々最後の決心に出で、進んで戦列に入るべく、某国に対して宣戦を布告する事ありとするも、其用ふべきの力は全体に及ばず、或程度の海軍と万一の場合僅かの陸軍を動かすに過ぎざるべし、随つて仮令不幸にして日本が某国に宣戦を布告して軍事行動を起す、凡そ程度の知れた軍費にて足るべし、故に日本の軍事費が直ちに内地金融に悪影響を与ふるに至らずして済むべき也
△兌換擁護の必要 日本が進んで宣戦を布告すると否とを問はず、事に局に当るものは兌換の基礎を飽迄も擁護せざる可らず、此事の為には上下挙つて謂はゞ挙国一致して、出来得る丈け正金の蓄積に努力するの要あり、正金を蓄積して放散せざる事は、啻に今日の時局に際してのみ必要あるに非ずして、実は常平生に於ても其必要大にあり、国民の用意を希望する所なれど、火を視て夜警を置き、痢して慎食するの風は、凡そ免る可らざる人情の欠点なるが故に、現在目前に於て正金を放さゞるの必要迫まりたる今日、特に国民の覚悟を望まざる可らず、正金を蓄積して国外に放散せざるは即ち日本の兌換制度を擁護すべき所以也


中外商業新報 第一〇一七二号大正三年八月一七日 対独最後通牒 十五日附を以て通告す(DK480141k-0003)
第48巻 p.483 ページ画像

中外商業新報 第一〇一七二号大正三年八月一七日
    対独最後通牒
      十五日附を以て通告す
帝国政府は英国政府と協同動作の交渉成立したるを以て、十五日を以て左の最後通牒を独逸政府に発したり(十六日午後四時外務省発表)
 帝国政府は現下の状勢に於て極東の和平を紊乱すべき源泉を除去し日英同盟協約の予期せる全般の利益を防護するの措置を講するは、該協約の目的とする東亜の平和を永遠に確保するが為めに極めて緊要の事たるを思ひ、玆に誠意を以て独逸帝国政府に勧告するに、同政府に於て左記二項を実行せられむことを以てす
    (第一)
  日本及支那海洋方面より独逸国艦艇の即時に退去すること、退去すること能はざるものは直に其武装を解除すること
    (第二)
  独逸帝国政府は膠州湾租借地全部を支那国に還付するの目的を以て、一千九百十四年(大正三年)九月十五日を限り無償無条件にて日本帝国官憲に交附すること
 日本帝国政府に於て叙上の勧告に対し、一千九百十四年(大正三年)八月二十三日正午迄に、無条件に応諾の旨独逸帝国政府よりの回答を受領せざるに於ては、帝国政府は其必要と認むる行動を執るべきことを声明す


中外商業新報 第一〇一七二号大正三年八月一七日 首相外相蔵相説明 最後通牒説明、時局と財界(DK480141k-0004)
第48巻 p.483-486 ページ画像

中外商業新報 第一〇一七二号大正三年八月一七日
    ○首相外相蔵相説明
      最後通牒説明、時局と財界
大隈首相は別項の如く十六日貴衆両院代表者・実業家・新聞通信記者
 - 第48巻 p.484 -ページ画像 
を招待し、我国が独逸に対し最後通牒を発したる次第を説明したるが其席上に於て、大隈首相及加藤外相(新聞通信者招待)並に若槻蔵相(実業家招待)の為したる演説左の如し
  △総理演説
欧洲大戦乱の結果今や東洋の平和攪乱せられんとし、我国は日英同盟の精神即ち東洋平和確保の目的に依つて英国と協同動作を開始せざるべからざるの場合に際会せり、英国政府は去七日此ことに関し我政府へ通知する所あり、我政府は廟議を重ね外交上の交渉往復を為したる末、遂に十五日最後の決定を為し之を闕下に伏奏し、畏くも 陛下の御裁可を得たり、玆に於て政府は独逸に対し外交上の所謂最後通牒なるものを発せり、独逸政府にして我要求を無条件に承認すれば此に日独両国の親善は依然確保せられ、両国の為め此上もなき幸福なるが、若し承認せざるに於ては不幸我国は自由行動を執り、此に戦闘開始を見ざるべからず、欧洲の大乱が欧洲に局限せられ東洋に何等波及する所なくんば、我国は単に経済上の影響に止まるべきも、今や叙上の如き形勢となりては、我国も実に重大なる立場になりたるを知らざるべからず、而して恐くは戦闘の開始せらるゝことなからんとは信ずれど若し万一開始さるゝことあるも、決して大戦争を惹起するが如きことなし、彼の日露戦争に於ける旅順の閉塞、日本海の大海戦、沙河奉天の大会戦の如き花々しき戦闘のなきは無論のこと也、我国が若し戦闘を開始するとするも我国は将に危機に瀕せる東洋の平和を確保し、我国の信用及声望を世界に発揚するにあり、我国今回の目的は此に存す而して今後の我国は戦争よりも外交上に於て最も重要なる時期に入るべし、勿論今日迄と雖も外交上頗る重大なりしも、今日以後の我日本は外交的の活動最も注目に値すべし、世界列強は今や刮目して我の態度及行動を視つゝあり、諸君は此際最も慎重の態度を以て事に処せられんことを望む云々
  △外相演説
外交に関する事柄の中には何時迄も発表し得ざるものあり、又発表し得るものも未だ其時機に達せざるものもあれば、今は概略だけを述ぶるに止めて、欧洲の戦争起りて以来之に対する日本の態度如何は列国の大に注意せる所にして、帝国政府は同盟国たる英国が此戦争に参加せず、其の影響が東洋に及ばざるに於ては別段のことなけれど、戦局推移し英国が之に参加し、其の影響が東洋に波及し日英協約の期待する東亜の平和が危殆に瀕する場合は、同協約の正条に拠り東洋の平和を確保するため日英協同の動作に出でるの余儀無きに至るべしとは、曩に我政府の声明せる所也、然るに去七日英国政府より大陸の戦争に参加し、而して其の影響が已に東洋に波及し、東洋にある英・独両国の軍艦が互に其跡を追ふ状態にて、此方面に於ける通商航海の安全を期する能はざることゝなりたるを以て、同方面に於ける平和を保障し且つ英国の貿易を安全ならしむるため、日英協約に従ひ日本政府の助力を得ば幸なりとの提議あり、帝国政府は此提議に対して応諾することの日英協約の本義に副ふのみならず、帝国の利益を増進する所以なりと考へ、其主旨にて其後数次交渉を重ねたるが、何分電信に依り行
 - 第48巻 p.485 -ページ画像 
ふ上電信円滑に疏通せざるため意外の時日を要し、殊に一方東京にて交渉すると同時に倫敦に於ても交渉さるゝ有様にて前後重複することもあり、膝を交えて談判する如く捗々しく進行せざりしが、終に両国政府に於て日英協約の予期せる全般の利益を防護するため、相当にして且つ必要なる措置を取らざるべからずとの結論に到達したり、唯此時に於て若し平和の手段を以て其目的を果たさるゝに於ては之に過ぐること無かるべく、成功甚だ覚束無きも一応其手段を執ることゝなり十五日の御前会議に於て決せられ御裁可を経たり、其の結果独逸に対し一ツの通告を発することゝなり、十五日伯林に於ては船越代理大使より直接独逸政府に、東京に於ては小官より本邦駐箚独逸大使に送致したるが、其通牒は本日午後四時外務省にて発表したる通にて(別記参照)之に対する独逸政府の回答は固より予期すべからずと雖、若し幸に満足を得れば我帝国は戦争の渦中に投ずること無くして済むべきも、不幸にして全然回答に接せず、又回答に接するも無条件にて帝国政府の通牒にある勧告的要求に応ぜざるに於ては、已むを得ず必要なる行動を取るに至るべく、事甚だ重大なり、而して其の玆に至りたるは全く日英協約の精神に従ひ東洋永遠の平和を確保せんとするに外ならず、帝国政府の態度は飽く迄公明正大にして其間領土の獲得其他の野心を挟まず、此点に就ては中外に対し誤解されざらんことを望む、尚外交上の慣例に依れば、此種の通牒に対する回答の期限は廿四時間乃至四十八時間とするを普通とすれど、電信に故障あり通信意の如くならず、之を独逸政府に致すべく在伯林の船越大使に訓令するに際し七・八種の方法に依りて通信し、尚且つ予期の如く到達するかを懸念し居る位なれば、特に慣例を破り中一週間の余裕を置き、発送後九日目の廿三日の正午を回答期限とせる也云々
  △蔵相演説
今次欧洲の戦乱は有史以来未曾有の出来事にして、欧羅巴人が多年苦心を重ねて建設したる有らゆる文明的事業は一朝にして破壊されんとし、之に伴ふ惨禍を想像するときは慄然として肌に汗を生ぜしむるものあり、従て経済方面に於ける恐怖は極度に達し、ために戦乱の初期に於て金融市場は既に恐慌の状態を呈し、海上保険の拒絶、為替の停止、貿易の杜絶等一般の通商は多大の打撃を蒙むりたるが、最近戦乱の前途に関し稍々冷静に考がへらると同時に、関係国政府亦之に対し相当施設する所ありたる結果、幾分回復の傾向を生ずるに至りたる誠に喜ぶべき現象なり、然るに一方戦局は益々拡大して遂に東洋に波及し、其の平和を確保する能はざる状態に陥り、首相及び外相より説明されたる如く、今や帝国政府は日英協約の精神に基づき、東洋永遠の平和を維持するため独逸政府に対し二箇の要求を含める最後の通牒を発表することとなれり、幸にして独逸政府が指定せる期日迄帝国政府の勧告的要求を無条件にて是認すれば、之に依りて東洋の平和は確保さるべきも、然らざれば帝国政府は必要と認むる行動に出づるの已む無きに至らん、其結果現内閣成立以来鋭意計画し又計画しつゝある財政及経済上各般の施設に煩ひを生ずべく、就中廃減税に関する計画の如き一時之れを打ち切らるゝやも測られず、延て財政経済の前途を悲
 - 第48巻 p.486 -ページ画像 
観する如きことなしとせず、されど又一面に於ては、亦之に依て国運の発達を期し得るのみならず、之がため東洋に於ける通商貿易を永遠に安全ならしむべきを以て、寧ろ好影響を齎らさざるにもあらず、若し之に要する経費に関しては万一の場合、政府の予想せる戦争の程度に於て現在の国庫剰余金一億有余円を以てせば差当り大なる不足を感ずる如きことなからん、さあれ有益に且つ生産的に使用せらるべき財源が、予期せざる国交上の問題のため消費せらるゝが如きことは、政府の甚だ遺憾とする所なれど、誠に余儀なき次第なり、此点に於て経済方面に密接の関係ある、実業家諸君の援助を乞はざるべからず、尚今夕は汎く全国の実業家諸君を招待して懇談を遂ぐる考なりしも、切迫せる場合其の遑なく取り敢へず都下実業家を煩はしたる次第也云々


東京日日新聞 第一三五六六号大正三年八月一七日 首相実業家を招く(DK480141k-0005)
第48巻 p.486 ページ画像

東京日日新聞 第一三五六六号大正三年八月一七日
    首相実業家を招く
大隈首相は十六日午後六時左の実業家を永田町の官邸に招待し、加藤外相より外交経過顛末、若槻蔵相より財政上に関する談話あり、大隈首相よりも種々懇談する所ありて午後七時過散会したり
 原六郎・菊池長四郎・安田善三郎・三村君平・南部球吉・古河虎之助・団琢磨・高松豊吉・根津嘉一郎・浅野総一郎・服部金太郎・中野武営・藤山雷太・森村市左衛門・日比谷平左衛門・大倉喜八郎・和田豊治・郷誠之助男・早川千吉郎・前川太郎兵衛・高田慎蔵・大橋新太郎・村井吉兵衛・加藤正義・近藤廉平男・園田孝吉・池田謙三・福井菊三郎・福原有信・豊川良平・益田孝・佐々木勇之助・水町袈裟六・志村源太郎・井上準之助・志立鉄次郎・馬越恭平・渋沢栄一男・末延道成・荘清次郎・柿沼谷蔵・小野金六・朝吹英二・阿部泰蔵


中外商業新報 第一〇一七二号大正三年八月一七日 △実業家の招待 経済関係の問答(DK480141k-0006)
第48巻 p.486-487 ページ画像

中外商業新報 第一〇一七二号大正三年八月一七日
    △実業家の招待
      経済関係の問答
大隈首相は十六日午後六時より永田町首相官邸に渋沢男を始め都下有数の実業家を招待し、別項貴族院其他に試みたると同様の時局に関する演説を為し、次いで加藤外相亦外交の顛末を陳述し、最後に若槻蔵相は又別項の如き時局と財界との関係に就いて演説を試む、玆に各相の演説畢るや渋沢男起ちて
 各相の演説により時局に対し我が政府の執らんとする態度を明かにするを得たるを謝す、偖て演説中に見ゆるが如く時宜によりては戦争開始の運びに至らんとするものあるが、由来戦争は国家の財政経済の発展に対し或種の打撃を与ふるものにして悲観すべきものなりと雖、又他の一面より見るに於ては国運伸張の基を此機会に啓くことあり、而して我が帝国の過去三・四十年間の史実を竅ひ、十年目毎には殆ど外征の師起り、常に叙上の過程を辿りたるの形跡ありしに想倒せば、此際転々感慨に堪へざる也
 庶莫、形勢今やかの如くにして大事将に決せんとす、只其の上は国
 - 第48巻 p.487 -ページ画像 
民一致協力以て邦家に奉ずるを念とすべきのみ
と述ぶ、語気洵に悲壮を極む、次いで志村源太郎氏は外相に一質問を試みて曰く
 世説の伝ふるが如く政府は今回の時局に関し、今日迄に何等かの交渉を米国に試みたりや、又時局の進展に連れ近き将来に之を試むるの必要生ずべきや如何、経済上関係する所深きを以て幸に説明あらんことを望む
と、加藤外相之に対し
 将来に於て或は如何に成行くや予じめ玆に断ずるを得ざれども、過去に於ては何等交渉を重ねたる事無し
と答ふ、更に近藤廉平男は
 一朝干戈相交ゆるに至らんか国費多端を告げ、従つて生産的施設に費されんと予期せられたるかの剰余金の如きも、戦費として不生産的に使用せらるゝ一方、貿易も杜絶する等財界に悪影響を及ぼすこと深からんが、去迚此際消極的方針を採ること能はざる事情もあればそれも已むを得ざるべく、国民は共同一致以て国難に処すを要すされど政府に於ても之を諒として徒らに悲観説伝はり不景気の襲来するが如きを、未然に防止さるゝの策を講ぜんことを望む
と陳ぶ、応対玆に畢りて別室に入り立食の饗応ありて散会したるは同八時半なりき、出席者左の如し
 安田善三郎、○以下二八名、欠席者一四名、氏名略ス


東京日日新聞 第一三五六七号大正三年八月一八日 ○首相実業家を招く 若槻蔵相の演説(DK480141k-0007)
第48巻 p.487-488 ページ画像

東京日日新聞 第一三五六七号大正三年八月一八日
    ○首相実業家を招く
     若槻蔵相の演説
大隈首相は時局の推移が経済上にも影響する処あるを以て、既報の如く十六日午後六時より主なる実業家を首相官邸に招待し、首相及外相は貴衆両院の各派代表者及新聞通信記者に説明せると同一の演説を為し、次で若槻蔵相は大要左の如き演説を為せり
 今回の事変に対し、独逸の回答如何によりては不幸開戦を見るに至るやも知れずとせば、剰余金も戦備に使用するの已むなきは国家の為に悲むべき事なるも、国家の重大事件なりとせば詮方なく、延いて商業上に悲観を惹起する事多かるべきも、挙国一致財政経済の悪影響の排除に努めざる可らず
右畢るや渋沢栄一男は
 今回の事件は財政経済上より論ずれば、日本のために一時的悲観の行はるゝは已むを得ず、併しながら国家の発展上より見れば却て楽観して可なるべく、斯る不祥事が恰も十年毎に勃発するは、予等の感慨に堪へざる所なり、要は挙国一致国運の隆昌を図るべし、云々
と述べ、次で志村源太郎氏は加藤外相に質問し、道途伝へらるゝ処に依れば、事変に関し米国と何等かの交渉ありしが如く見ゆるも、右は事実なりや否やと質せば、外相は将来交渉を要するものあるに至るや否や疑問なれど、現在は全然さる事なしと答弁し、更に近藤廉平男は
 若し開戦するが如き事あらば、剰余金の使用は勿論経費多端は已む
 - 第48巻 p.488 -ページ画像 
べからず、即ち不生産的に費用を要すると同時に、生産的なる貿易の一時停止するは洵に遺憾の次第なり、政府は経済界が起す不景気に対し、出来得る範囲に於て救済の途を講ぜられん事を望む、云々
斯て同七時半頃より立食の饗応あり、懇談あり、八時半散会したるが出席者は昨報の如し


東京毎日新聞 第一四一〇五号大正三年八月一八日 挙国一致を望む 渋沢男爵談(DK480141k-0008)
第48巻 p.488 ページ画像

東京毎日新聞 第一四一〇五号大正三年八月一八日
    ○挙国一致を望む
                    渋沢男爵談
十六日夜首相官邸に我々実業家を招待せられたる席上、大隈首相及加藤外相は今回日本帝国が独逸帝国に対し声明をなすに至りたる次第を説明し、日英同盟の条項に基き、東洋の平和を維持する為に已むを得ざる所以を縷述せられたり、我々は元来平和論者なるも事玆に到りては已むを得ざるものとし、且今次帝国の執りたる手段は邪道にあらずして、正道なるを以て予は直に之を賛成せる次第也、而て果て独逸が日本帝国を満足せしめ得るの回答をなすや否やは大なる疑問なるも、恐らくは日独開戦の已むなきに至るべし、事果して然らば挙国一致日英同盟の効果を完ふすると共に東洋永遠の平和を保持するに努力せざるべからず、固より開戦の結果は我々各種階級に影響し多大の打撃を被るは必然ならんも、之が為に各自不満を訴ふるは決して国民の為すべき途にあらず、挙国一致とは換言すれば総べてのものを犠牲に供する意なり、故に此際廃減税論者も其他の生糸業・紡績・海運・金融業者、一切の商工業者も国家の為め挙国一致の実を挙げ、以て日英同盟の義務と東洋永遠の平和を確保するに努めざるべからず、予は必ずしも大隈内閣なるが故に之を賛するにあらず、主義の為めに賛意を表するものなるを以て、仮令西園寺内閣又は原内閣たると其他の内閣たるとを問ふ処にあらざるなり、而して今回の日本政府の措置たるや、覇道にあらず実に王道なるを以て予の最も賛意を表する所以なり、云々


中外商業新報 第一〇一七四号大正三年八月一九日 □王者の要求也 無事の解決を望む 不十分なれど満足(DK480141k-0009)
第48巻 p.488-489 ページ画像

中外商業新報 第一〇一七四号大正三年八月一九日
    □王者の要求也
      無事の解決を望む
      不十分なれど満足
□渋沢栄一男語るらく
平和を好む自分にありては、カイゼル陛下の如き御多端なる遣口には感服する能ず、随て今回の如き重大の事態を醸たるを多大の遺憾とすされど事の爰に至りし今日としては、冀くば欧洲の戦乱速に治平に帰するを祈ると共に、日本政府が東洋永遠の平和を維持するに必要也と認て、独逸政府に致せる最後通牒に対し、干戈に訴ふるなくして無事に解決せんことを望みて切也△想ふに日本の態度は万止むを得ざるに出でたるものにして、自分としては元々戦ひを好まず△殊に十年目毎に不思議にも戦乱相継の有様なれば、成るべく泰平無事ならん事を欲したれど、素是れ日本の独逸に対して二ケ条要求の通牒は、王者の道として辞すべき事柄に非ざる而已か、政府が王者の態度を以て、好意
 - 第48巻 p.489 -ページ画像 
に締盟国の考慮を求めたるに対して、自分は賛成也△膠州湾を支那に返還するが為に、最後の通牒を致したるに就ては、世間多少の不満足あるが如けれど、翻つて一度び眼光を将来に廻らせば、膠州湾を支那に返還するが為に、日本が何等益する事なしと思へば間違ひなるべし自分としても眼の辺り幾分不充分の感なきに非らざりしも、王道に依りて起ちたる日本の将来の立場を思ひて満足し居れり