デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

8章 軍事関係諸事業
1節 第一次世界大戦関係
10款 ドイツ国難民救助
■綱文

第48巻 p.607(DK480166k) ページ画像

大正11年12月18日(1922年)

是年九・十月ノ交、栄一、ドイツ国各方面ノ人人ヨリ、窮状ヲ訴ヘテ援助ヲ乞フ旨ノ書百余通寄セラル。仍ツテ是日栄一、ドイツ大使館ニ駐日大使ヴィルヘルム・ゾルフヲ訪ヒ、同情ノ意ヲ表シ、邦貨金千円ヲ贈ル。翌大正十二年三月九日、ドイツ国首相クノーヨリ感謝状ヲ受ク。


■資料

竜門雑誌 第四二〇号・第三八頁 大正一二年五月 ○本社晩餐会に於て 青淵先生(DK480166k-0001)
第48巻 p.607 ページ画像

竜門雑誌  第四二〇号・第三八頁大正一二年五月
      ○本社晩餐会に於て
                      青淵先生
 本篇は昨年十一月廿九日開催の本社新旧評議員及会員有志晩餐会に於ける青淵先生の講演なりとす(編者識)
○上略
 それから独逸の現状に就て、脇田君のお説がありましたが、私は最近二ケ月許りの間に独逸人から七・八十通の手紙を受取つて居りますどう云ふ訳であるか、渋沢は大層金持だとでも誤聞したものか、頻々と窮迫を訴へて救護を求めて来ます。どうしたら宜からうかと目下頻に考慮して居ります。過日阪谷男爵にも相談をしましたが、何としても其窮民に直接に救助金を送る訳にも行くまいが、兎に角日本人が左様に外国から救助を訴へて来られたからには、仮令私に富が無いにもせよ、諺にいふ気は心だ、何程づゝでも遣つた方が宜いではないか、是は独逸大使に相談をして、送つたら宜からうと云ふ事にして居ります。既に八十通余百通許り来て居ります。何処の誰か分らぬ、其書状の中には貴君は大層慈善家で而して金持ださうだ、依つて救助を頼むと云ふやうな厚かましい意味の手紙もあります。脇田君のお勧告に従つて、日本人は実に友情が厚い、と言つて将来屡々来られては困りますけれども、何とか適当の処置をと頻りに評議をして居るのです。脇田君のお談話は簡単であつたが、斯る場合に独逸に対して日本国民として大に注意したら宜からうと云ふ、御注意に応ぜんとして居る訳であります。但し此事は一般的なる事ではない、単に私の所へ来たゞけでありますから一言申し添へて置きます。(拍手)
  ○其他ノ資料ハ本資料第四十巻所収国際災害救助中「ドイツ国難民救助」ニ収ム。