デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

8章 軍事関係諸事業
2節 軍事関係諸団体
5款 財団法人報効会
■綱文

第48巻 p.649-655(DK480179k) ページ画像

大正9年2月5日(1920年)

是日栄一、早稲田大隈重信邸ニ開カレタル軍人後援会役員会ニ出席シ、当会設立ノ経過ヲ説明シ、当会トノ合同ニ就キ言及ス。合同ヲ見ズ。


■資料

報効会歴史(DK480179k-0001)
第48巻 p.649 ページ画像

報効会歴史               (財団法人報効会所蔵)
 大正九年一月九日
銀行倶楽部ニ於テ設立委員会開催
渋沢会長、井上副会長決定
理事大倉喜八郎・郷誠之助・中島久万吉・大橋新太郎・和田豊治・串田万蔵・団琢磨・原富太郎決定
監事早川千吉郎決定


渋沢栄一 日記 大正九年(DK480179k-0002)
第48巻 p.649-650 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正九年       (渋沢子爵家所蔵)
一月二十二日 曇 寒気ハ甚シカラス

 - 第48巻 p.650 -ページ画像 
○上略 十一時日本銀行ニ抵リ、井上総裁ト会見シテ報効会ノ事ニ関シ来ル廿六日会同ノ事ヲ約ス
○下略
  ○中略。
一月二十六日 晴 寒
○上略 午前十一時半銀行倶楽部ニ抵リ、報効会ノ協議会ニ出席ス、井上大倉・大橋其他諸氏来会ス、協議畢テ食事ヲ共ニス
○下略
  ○中略。
一月二十九日 雪 寒
午前七時半起床、入浴シテ朝飧ヲ食ス○中略 陸軍士官烏谷章氏来リ報効会ノ事ヲ談ス○下略
  ○中略。
二月五日 曇 寒
○上略 午飧後早稲田大隈侯邸ニ抵リ、軍人後援会ノ役員会ニ出席シ、客年十月頃ヨリ陸軍大臣ト協議シ来レル報効会設立ニ関スル沿革ヲ説明ス、来会者ト共ニ夜飧ヲ共ニス○下略
二月六日 晴 寒
○上略
大阪池上四郎氏ヘ報効会設立ノ件ニ付、京阪ノ処置同一ノ必要ノ事ヲ書送ス○下略
  ○中略。
二月十日 晴 厳寒
○上略 午飧後宮内大臣ヲ官舎ニ訪フテ協調会其他ノ御下賜金ノ事ヲ依頼ス、日曜学校・慈恵会及報効会ヘノ御下賜ハ略決定スルモ、協調会ヘノ御下賜金ハ未定ノ由内話セラル○下略
  ○中略。
二月十七日 晴 寒
○上略 井上○準之助氏ニハ報効会ノ事ヲ協議シ、大阪市長池上氏ノ来書ヲ交付ス○下略


帝国軍人後援会所蔵文書(DK480179k-0003)
第48巻 p.650-654 ページ画像

帝国軍人後援会所蔵文書
  大正九年
    議決事項
 大正九年二月五日大隈会長邸ニ於テ渋沢男爵・烏谷陸軍省恩賞課長並理事集会ノ席上ニ於テ
大隈会長口演ノ摘要
時恰モ寒冷加エ悪性寒冒流行ノ折柄万障差繰リ御出席アリタルハ難有存ス、唯玆ニ遺憾ナルハ陸軍大臣ノ突然病気ニ罹リ欠席セラレタルコトナリ、併シ其代理トシテ烏谷大佐ガ出席セラレタルニ付キ多分種々ノ御話シモ有ル事ト存ズ、後援会ノ事ニ付テハ寺内陸軍大臣時代以来歴代ノ陸軍大臣ガ御尽力ニ成リ居ルガ、田中君ハ次官・参謀次長ノ時代ヨリ力ヲ尽サレ、今日ニ在テハ当局者ニモ在リ、昨年十一月訪問ヲ受ケ報効会ニ関スル談話アリ、又タ大阪ニテモ代表的紳士ノ同意ヲ得
 - 第48巻 p.651 -ページ画像 
ラレタリトノ話モ聞キタリ、殊ニ渋沢男爵ガ之ニ力ヲ添ヘラレテ東京ノ重ナル紳士ガ数回ノ集会ヲ重ネテ略ホ其端緒ニ就ク事ト成リタル由ノ話ヲ聞ケリ、而シテ玆マデ進捗シタル以上ハ我帝国軍人後援会ト結合セバ大ナル利益アルベシト考ヘ、渋沢男トモ相談セリトノ事ナリシ吾輩ハ此事タルヤ極メテ結好ナレトモ、折角力ヲ尽シテ多数ノ有力ナル同意ヲ得テ成立シタルモノニ対シ、後援会ヨリ先キニ立チテ自ラ入ルト云フ事ハ如何カト思ハルニ就キ、之ハ大臣ト渋沢男両閣下ノ御配慮ヲ願フ事コソ穏当ナラント考ヘ、本日御案内ヲ為シタル次第ナリ。申ス迄モナク時局ハ大ニ変化セリ、国民ノ義務トシテ尽シタルモノヲ救済スル事必要ナレドモ、最早法律ノ力ノミニテハ及ヒ難シ、社会ノ力ヲ以テセザル可ラズ、未ダ国際ノ努力ガ戦争ヲ止メサスル事ヲ得ルヤ否ヤハ疑ハレ、露国ガ今日六千七千ノ海外放逐ヲ断行スルノ止ムヲ得ザルハ其例ナリ、即チ武力忽ニス可カラズ国防一日モ忽ニスベカラザルナリ。現世ハ極メテ不利ナリ《(ル)》競走場裡《(争)》トナレリ、国家的競走《(争)》トナレリ、徳ヲ以テ人心ヲ収ムルコト能ハズ、裁判必要トナリ警察必要トナル、国際的力ノ集リハ軍隊ナリ、然ルニ近来著シク士官ノ志願者激減スルニ非スヤ、之ニ就テ思ヒ起スハ「ルーズベルト」カ平和条約ニ就テ非常ニ力ヲ尽シ、日本モ公平ニ友誼的ニ尽力サレタルガ独逸ニテ演説セルトキ『国家カ兵ヲ嫌ヒ婚姻ヲ嫌ラヒ子ヲ生ム事ヲ嫌フトキハ此等国民ハ遂ニ亡ブベシ』ト云ヘリト言フ、是等ハ覇気熾ナル為メニ発シタル言葉ニハ非ルベク、国防ノ事ヲ歴史的ニ観察シタルニ相違ナシ、将来日本ノ状態ハ果シテ如何ニ在ルベキヤ、形チハ兎モ角トシテ其内容ノ如何ヲ疑ハサルヲ得サルハ軍隊ノ激減之ナリ、
凡庸ナル者カ軍隊ヲ率フルトキハ戦敗ル可シ、此ノ故ヲ以テ後援事業ニ力ヲ尽スハ即チ国家ニ尽ス所以ニシテ国民ノ大ナル義務ナリト考フ玆ニ渋沢男爵等ガ大ニ尽力セラルヽト云フコトヽナリ、我軍人後援会モ之ニ合シテ力ヲ尽スコトヲ得ルハ誠ニ幸ヒニシテ、此度コソハ吾人ノ力ヲ延ハスノ時機来レリト考ヘラル、此好機ニ会遇スルニ当テハ寧ロ我々ハ一会員トシテ力ヲ尽スモ意トスル所ニアラス、宜敷御相談ヲ願フ、
烏谷大佐口演ノ摘要
初メテ皆様ニ御面会ヲ得タルモ自分ハ烏谷大佐デアリマス、今夕ハ陸軍大臣ガ御招待ニ預リ特ニ大臣ノ為メニ時間マデモ繰リ合ハセタルニモ拘ハラズ、突然ノ疾病ニテ出席スルコト能ハサリ《(マヽ)》レハ誠ニ遺憾ニ存スル故、皆様ニ対シ宜敷御詫セヨトノ事デアリマス、
会長閣下其他ノ各位モ既ニ大臣ヨリノ御話ニヨリテ概略御承知ナランモ極メテ簡単ニ述フレバ、今般大阪ニテハ住友氏等ノ援護会、東京ニテハ報効会ナルモノガ出来ル手筈トナリ、之レヲ合同シテ全国ノ軍人ヲ援護セントスルノ計画中テアリマス、然ルニ帝国軍人後援会ト其目的事業ガ全然一致スト云フモ差支ナシ、然ル上ハ之ヲ分離シ置クコトハ之ヲ一丸トシテ力ヲ尽スコトニ比シ、大イニ不利ナル感アルニツキ是等ノ会ガ皆ナ合同シテ此事業ヲ益々発展セシムルコトニセバ幸ヒナリ、併シナガラ其合同ニ就キテ如何ナル方法ヲ以テスベキヤニ付テハ実ハ大臣ニ於テモ未ダ考案無キモノノ如シ、又タ今日之ヲ如何スル事
 - 第48巻 p.652 -ページ画像 
モ出来ザル場合ニ在ル如ク思ハルレドモ、唯今会長閣下ヨリ御話シノ御言葉モ有リタルニ付、其趣キハ大臣ニ復命致スベシ、先ツ大臣ノ考ヘニテハ渋沢男爵ト後援会トノ間ニ於テ御相談ヲ願ヒ度シト思フト云フニ在リシ、
大体ニ於テ合同ハ結好ナレトモ、唯今ノ通リノ次第ヲ玆ニ申述ブル次第デアリマス、
渋沢男爵口演ノ摘要
自分ハ帝国軍人後援会ニハ久敷関係シ居リ、会長閣下ニハ其事ニ就キテ折々御面会シテ勉強セヨトノ御言葉ヲ受ケタルコトアリ、又副会長ニハ度々御相談ヲ受ケタルコトアリ、而シテ十分力ヲ尽シ度ク思フモ遺憾ナガラ意ノ如クナラザルヲ残念ニ思フ、報効会ノ成リ立チノ行キ懸リハ次ノ如クデアリマス。
軍事方面ニ対シテ如何カニカシテ力ヲ添フル事ニ就キテ、自分ハ未ダ実業会《(界)》ノ有力者ガ真面目ニ尽力スルコト不足ナリト思フ、元来現役ニ非ル軍人ニ対シテ援助ヲ与フルニハ、少シク有力ナル資本ヲ玆ニ備ヘサレバ廉立シタル援助ヲ為スコト能ハズト思フ、打チ明ケテ申サバ寄附金尠少ナリト思ハルヽナリ、而シテ之レハ国家ニ対シテ誠ニ残念ニ堪ヘザル事ナリ、唯今モ会長閣下ヨリ富ト力ト並行セザレバ、武力ノ必要アルコトヲ云ハレシガ如何ニモ然リト考フ、即チ道徳ト経済ノ一致ト同様ニ富ト力ト一致セザレバ国家ハ危シト思フナリ
併シナガラ日本ノ現在ハ普通ノ事務ニ従事スル吾人ト軍人トノ関係ガ動モスレバ全ク他人視スル嫌ヒアリ、即チ軍人ハ俗人ガ金ヲ惜ムト考フルト同時ニ、俗人亦軍人ヲ厄介視スル傾アリ、之ハ寧ロ実業会《(界)》ノ人ノ感念ガ間違ヒナリト考フ、我国兵農分レシ以来、吾人ガ軍事上ヲ度外視スルニ至リタル事ハ、其時代ノ然ラシムルトコロニシテ亦止ムヲ得サリシナリ、頼山陽ガ当時ノ事ヲ論ジ実ニ克ク尽セリト考フ、然レドモ今日吾人ハ軍事ニ尽ス人ト同様ニ国家ニ尽サヽル可ラザルモノト考フルモノナリ、此理ヨリ推シテ後援会ニ対シテ厄介視スルノ感ヲ抱ク者アルガ如キハ実ニ慨嘆ニ堪ヘザルナリ、副会長ヨリ御相談アリシトキ予ハ今少シ軍人ト俗人トヲ連繋セシムル策ヲ望マシキモノナリト述ヘタルコトアリ
多分十月十一日《(二)》ナリト記憶ス、小石川後楽園ニ於ニ京浜ノ実業家ト共ニ陸軍大臣ノ招宴ニ列席シ、是処ニ於テ自分ノ曾テ希望スルガ如キ意味ノ御話シヲ承リ、且ツ恤兵ニモ同情少シトノ御話シモ有リタリ、折カラ予ハ井上日銀総裁・郷男爵等ト卓ヲ同フシ在リシガ為メ、此儘ニテハ何等物足ラヌ様ナレバ、一同ニ謀リ臨時委員ヲ設ケテ評議シテハ如何トノ問題ヲ起シ、直チニ十人ノ委員ヲ作ル事トナリ、銀行倶楽部ニ集マリテ意見ヲ交換シテ大略次ノ事ニ一致セリ、即チ会ヲ組織シテ金ヲ集ムル事及ビ事業ハ永久的ニ属スルモノナレドモ、之ヲ一時ニ集ムル事ハ巨額ノ出資ヲ求メザルベカラザルガ故ニ、寧ロ年限ヲ定メテ引受クル事ニセリ、蓋シ一時ニ数百万ノ巨額ヲ救護ニ要スル事モ無カル可ク、醵金者ニ盛衰アリシトスルモ新陳代謝スル事ヲ得ルモノト考フルモ可ナルベク、且ツ巨額ノ金ヲ一時ニ貯ヘテ利子ヲ得ル代ハリニ租税的ニ醵金ヲ年々徴集スルモ差支ナケレバナリ、而シテ之レハ一口
 - 第48巻 p.653 -ページ画像 
ヲ百二十円位トシ(未ダ確定シタルニ非ズ)報効会ト命名シ東京丈ケハ先ツ組立テヽ見ントノ大体ノ相談トナリ、大臣ニモ御出席ヲ請ヒ烏谷君ニモ御意見ヲ尋ネタル次第ナリ、
未ダ確定シタル訳ニハ非レドモ、趣旨・目的・規約等ヲ定メ有力ナル向キニ承諾ヲ求メントシツヽアリ、京浜ノ紳士ニ対シ一口百二十円トシ一口以上ヲ引受ケラルヽトセバ少クモ東京ニテ三十万内至四十万ヲ年々醵出スルコトヲ得ル計画ナリ、年々百万円位ヲ各処ニ分付シタナラバ可ナラント存ス、大阪方面モ然リトセバ国ヲ挙ゲテ百万位ハ出来得ベシト考フ、其分配法ニ就テハ其筋ノ御調査ニ倚リテ定メテ貰フコトヽ為ルベシト考フ、
然ルニ大臣トノ間ニ玆ニ帝国軍人後援会ハ如何ニスル考ヘナルヤトノ問題ガ起リタル際、大臣ハ合同スルコト可ナルベシト思フモ此事ハ暫ラク予ニ任カセヨトノ事ニテ其儘ニナリ居レリ、
京浜間ニテハ約三十乃至四十万位ノ見込ヲ以テ約十五人ノ人ニ依頼シ在リ、近々回答ヲ得バ相当ノ会ヲ作リテ一般ニ募集セントス、但シ気分ハ大体ニ於テ既定セリト云フ事ヲ憚ラズ、既ニ三井・岩崎氏ニハ五百口ヅツ、古川二百口・大川二百日・浅野百口・山下百口ヲ依頼シ在レドモ果シテ如何ニ成行クカ未定ノ問題ナリ、而シテ十年後ニ於テハ如何ニスベキカト云フ議論モアリシガ、其時ハ第二期ノ募集ヲ行フカ否ラザルモ現在ノ人ガ更ニ第二ノ承諾ヲ為スト云フ理屈トナルナリ、猶ホ大阪方面ニ在テハ大臣ガ大演習ニ趣カレタル際御話シアリシ趣ニテ、東京ト懸ケ離レタルコトナク組織スルコトニ成リタルモ、大阪ハ大阪地方ノミニテ用ヒ度シトノ事ナリシ、併シ井上君ヨリ地方ヲ限ラザル方可ナル事ヲ切論シタル結果大分理解シタル如キモ、今日ノ処ニテハ全然之ニ同意セリトモ思ハレズ、但シ池上市長ハ合同説ヲ主張シ居レル由ナリ、何レニシテモ是レ亦大臣ヨリノ話シニ倚リテ生レタルモノユヘ、結局ハ可能性ノモノナルベシト想像セラル、
事後ノ仕事ノ進捗ハ後援会ニモ協議ヲ遂ケ、在郷軍人会・癈兵院等ニモ相談スル必要アリト考フ
以上ノ理由ニ倚リ唯今ノ御話シノ如ク後援会ニシテ合同ノ意志ヲ有スレバ必ズ合同ハ易々タルベシト思ハル、甚ダ出過キタル次第ナルヤモ知レザルガ現時ノ有様ヲ玆ニ概述スル事以上ノ如クデアリマス
理事加藤政之助氏口演ノ摘要
唯今大臣代理、会長並ニ渋沢男爵ノ御話シヲ承リ、吾々多年力ヲ我後援会ニ尽シツヽアル者ニ対シ非常ニ力ヲ得タル心地セリ、吾々ハ十数年間之ニ関係シ在ルモ力ヲ得ズ、殊ニ今日之ヲ如何ニセンカト焦慮シ居タルニ、先般大阪東京間ニ会ヲ組織セラレ或ハ互ニ提携セントシ、或ハ合同スル事ニ就キ御尽力中ナリトノ事ヲ承知シタルニ就テハ、其如何ナル形式ニ拠ルトシテモ本会ノ目的ヲ達スル事ニ大ナル満足ヲ与フルモノナルガ故ニ、其方面ニ向テ御尽力アラン事ヲ願ヒマス
 全会賛成ノ意ヲ表ス
江原理事(先是、江原理事ハ救護ト云フヨリモ寧ロ尊敬ノ意義ニ致度シトノ意ヲ一言述ベラレタリ)
同感デアリマス
小原理事
 - 第48巻 p.654 -ページ画像 
私モ同感デアリマス。一寸伺ヒ置キ度キハ合同云々ノ事ヲ他ニ吹聴シテモ差支ナカルヘキヤ
渋沢男
先刻申上タル通リ、大体方針ガ定マリ居ルモノナルユヘ差支ナラ《(カ)》ルヘシト思ハル
大隈会長
大臣ノ伝言ハ会長ト渋沢男爵ト協議セヨトノ事ナリシガ、主義トシテハ合同ガ宜敷カラントノ事ニ過ギザルユヘ、本会ハ如何ナル形式ニテモ可ナルユヘ大臣ト渋沢男トニテ可然御願ヒ申シ度シ、蓋シ後援会ヨリ持出シテハ如何カト思ハルレバナリ、宜敷御伝言ヲ乞フ
烏谷大佐
大臣モ多分御同意ナルヘシト思ハレマス
渋沢男爵
唯今諸君ノ御意見ヲ伺ヒタルニ就テハ早速相談ヲ進メテ完結スル事ニ致スベシ
御参考迄ニ
 発起ニ立ツ人ノ総計ハ六十人余ニシテ大抵京浜ノ人ナリ
 委員ハ 藤山雷太  早川千吉郎  井上準之助
     郷誠之助  和田豊治   大倉喜八郎
     渋沢栄一  串田万蔵   中村房次郎
副会長
唯今マデ渋沢男爵ノ御話シヲ承リタルガ御話シ以上御苦心ノ事モ有ルヘシト思フ 之マデニ進メラレタルハ一ニ閣下ガ陰ニ陽ニ御苦心ニ成リタル事ガ基本トナリ、田中大臣ノ共鳴ヲ惹起シタルモノト存ジ、特ニ男爵ニ感謝スル所ナリ
尚此場限リトセラレ度キ事ナレドモ、宮内省ノ方モ早晩運ブヨウ致シ度考ナリ
列席者
  大隈会長  堀内副会長  長堀部長
  加藤理事  山根理事   植村理事
  江原理事  小原理事   亀岡理事
  中台監事  安田課長   山科課長
  渋沢男爵  大隈評議員
  烏谷大佐
  ○是日ノ大隈邸ニ於ケル会議ハ帝国軍人後援会ト設立中ノ報効会トノ合同ニ関スルモノナリシガ、合同ハ結局成立セズ、後此ノ二会及ビ愛国婦人会、帝国在郷軍人会ノ四会ハ、各々其特色ヲ発揮シツヽ国家ノ為ニ尽スコトニ決定ス。



〔参考〕報効会歴史(DK480179k-0004)
第48巻 p.654 ページ画像

報効会歴史                (財団法人報効会所蔵)
 大正十年一月十八日
田中陸軍大臣宮邸ニ於テ帝国軍人後援会・報効会・愛国婦人会・義済会ノ各代表相会シテ協議ス

 - 第48巻 p.655 -ページ画像 

〔参考〕高梨慶三郎談話筆記(DK480179k-0005)
第48巻 p.655 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。