デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

8章 軍事関係諸事業
2節 軍事関係諸団体
5款 財団法人報効会
■綱文

第48巻 p.656-660(DK480181k) ページ画像

大正10年9月4日(1921年)

是日栄一、帝国在郷軍人会聯合分会代表者会同席上ニ於テ、当会ヲ代表シテ演説ヲナス。


■資料

竜門雑誌 第四〇一号・第二〇―二五頁 大正一〇年一〇月 報効会に於て 青淵先生(DK480181k-0001)
第48巻 p.656-660 ページ画像

竜門雑誌  第四〇一号・第二〇―二五頁 大正一〇年一〇月
    報効会に於て
                      青淵先生
 本篇は大正十年九月四日帝国在郷軍人会聯合分会代表者会同席上に於ける青淵先生の講演なりとす。(編者識)
 満堂の諸君、私は御見掛の通りの老人で、斯の如く御多数の軍人諸君の前で、意見を述べます事は、空前絶後と申して宜いと思ひますが玆に当報効会の成立及事業経営の概略を、会員の総代として述べる機会を御作り下すつた事を、田中男爵閣下に深く感謝致します。
 今日私は諸君に対して、講演をするのでもなければ、又国家社会の事に付て、意見を陳述するのでもない、唯実業界の人々が、如何に諸君と密接して居るか、又密接しなければならぬかに付て、一言心から申上げたいと思ふのであります。而も昨日は我が 皇太子殿下、欧羅巴の御旅行を済ませられて、御滞りなく御帰朝遊ばされ、又吾々は実に涙の出る程忝けない御沙汰を今朝新聞紙にて拝承致しましたが、諸君も定めし深く御喜でありませう、殿下が此度諸外国から、受けさせられた御歓待は、吾々国民として心に銘して記憶せねばならぬ、又御令旨中の我国体の精華、固有の美質は飽迄保存せねばならぬが、彼の長を採つて我短を補ふ事にも、大に努めなければならぬと云ふ御趣意は、賢明なる殿下として当然の御言葉と思ひますが、吾々実に感銘致すのであります、斯る御目出度い機会に於て、多数国家の干城たる諸君に御目に掛つて、一言を述べるのは、此の老人真に感極つて、涙を以て陳述する程であります、而して今日は私個人の意見でなく、会員を代表して、我が報効会は、東京・大阪・横浜の有志者の間で成立つて、其期念は斯様である、そうして現在は誠に微々たるものであるが追々之を大に拡張して、聊か軍事に裨補したいと云ふ、其発端から現在の有様及び未来の希望に付て申上げたいと思ふのでございます。
 此の会の起りましたのは、大正八年十月、田中男爵閣下が陸軍大臣の時、特に東京・横浜の実業家六十余名を小石川の後楽園に御案内なされて軍事と実業との関係に付て、御懇切なる御訓話がありました、さうして現に西伯利出兵の悲惨なる有様を、詳細に御話下され、吾々の知らぬ事迄御示し下さいました、蓋し田中男爵の其時の御考は、全国皆兵の制度は、保元・平治の頃より段々変遷して、軍人と実業家との差別が生じ、終に武門政治の所謂階級制度が長く継続し、維新の改革以後相当の歳月は経て居るが、何分七百年の武門政治は一般人心に固執して居つて、取除く訳に行かない、従つて両者の間に溝渠が次第
 - 第48巻 p.657 -ページ画像 
に拡がる虞がある、此の溝渠を取除く事が自分の宿望である、実業界と軍人との間の離隔を、何とかして密接することに努めたいものであると云ふ、御趣意でありました、其日来会した人々にも、男爵の御希望と意見を一にして居りましたので、仰せ迄もない事、誠に御尤であると、御同意申上げ、私が其席の年長者であつた為めに、田中男爵の御演説に対して、答辞を述べました、さうして斯る趣意に依つて、此集会があつた以上は、唯一場の談話に終らないやうにしたいと云ふのが、一同の希望で、其際十人の委員を選定し、即ち私、井上・大倉・郷・藤山・和田・大橋・串田・中島等の諸氏が委員となつて、此報効会を創立するに至つたのであります、而して軍事に対して、実業界が力を致すのは、如何にして宜いか、吾々は其方法も熟知せず、又直接に御世話か出来ませぬから、当時の陸軍大臣たりし田中男爵に御願を致し且つ山梨次官にも御相談をして、追々に進行したのであります、此会は現在は極く小規模であつて、斯く申上げるも御恥しい位であります、其の時参集した五十七八人と、及び大阪に於て組織された一団体と合同して、此の会の趣意書が次の通り出来たのであります。
      報効会趣意書
 帝国軍人の一意君国に忠にして、一旦緩急有らは義勇公に奉するの精神に至りては、屡次の戦役之を証し、内外の斉しく認むる所なり左れは国民各々力を協せて之か後援を全ふし、以て我か軍人をして後顧の憂無く安んして其任務に赴かしむるは、国民自ら国家を防護すへき所以の大義に鑑み、固より其進て為すへき当然の事と謂はさるへからす、殊に近時社会の状態緊張して国民生計の余裕其乏しきを致し、軍人の家族・遺族並に傷病軍人等に至りては、其生活上に脅威を感すること洵に甚しきものあり、此秋に当り軍人・軍属の其生活上に於ける不安を一掃し、益々其報効犠牲の美風を長せしめ、以て愈々我か国防の基礎を鞏固ならしむへきは、帝国の一大急務にして、官民相協同して大に施設する所莫かるへからす
 現時軍人・軍属の保護後援に関しては政府素より施設する所あり、民間の経営に係るもの亦二・三之れ無きに非すと雖、自ら種々の検束を受け、直に現下の情形に適応して保護の実効を奏し難く、之か運営に於て未た大に遺憾有るを免れす、是吾等の敢て自ら揣らす報効会の名の下に新に此種事業の機関を創設し、軍人後援の目的に向て更に大に経始する所あらむと欲する所以にして、庶幾くは政府の経営と相待て、啻に帝国軍人の忠勇を奨励するに止らす、即今動もすれは社会不安の状態に伴ひ国民思想の矯激に流れんとするの傾向有るの際に、亦能く一部の人心を緩和し、其固有の中正穏健なる風尚を維持するを得へきか、果して然らは新事業亦以て社会匡済の一端と称するに足るへきなり、大方の君子幸にして本会趣旨の存する所を諒とし、進て其計画を賛襄し、以て本会をして克く其目的を達成するを得せしめは、豈に独り本会一個の慶福のみに止らむや
 又此会は如何なる事業をするかと申しますと、次の事をするのであります。
 一、在職在営中自己の重大なる過失に依るに非すして死亡したる者
 - 第48巻 p.658 -ページ画像 
の遺族の保護慰藉
 二、在職在営中自己の重大なる過失に依るに非すして不具癈疾と為りたる者の保護慰藉
 三、出征又は特別の事情ある在職在営中の者及其家族の保護慰藉
 四、在郷者の身上相談に対する応承又は其職業紹介
 五、其他軍民和衷協助の実顕に必要なる事業
  本会の事業は主として准士官・下士・兵卒に係るものに対して之を行ふを常例とす、但し時宜に依り将校・同相当宮及軍属の遺族に対して之を行ふことあるへし
 而して是等の事業は、未だ悉く行ひ得たとは申しません、第三項以下の事は、著手して居りません、追て著手のことに致しますが、例の「ニコライウスク」事件に対しては、吾々は何とか同情を表さなければならぬといふて、陸海軍関係の諸君に御相談して、同情の意を表しましたのを初めと致しまして、次の事業を致しました。
 イ、尼港殉難陸海軍将校以下及軍属の遺族三百七十余名に慰問金贈呈
 ロ、西伯利事件関係死歿者陸軍准士官以下及軍属の遺族二千四百三十余名へ慰問金贈呈
 ハ、大正六年二月以降地中海・印度洋・沿海州等の事件関係死歿海軍准士官以下及軍属の遺族五百七十余名へ慰問金贈呈
 ニ、西伯利事件関係の陸軍准士官以下軍属の不具癈疾となりたるもの百五十名へ慰問金贈呈
 ホ、大正六年二月以降地中海・印度洋・沿海州等の事件に関係し不具癈疾となりたる海軍准士官以下及軍属八十余名へ慰問金贈呈
 ヘ、明治十年戦役以降戦傷及公傷に基因したる不具癈疾者にして、生計困難なる陸軍准士官以下千十七名、海軍准士官以下二百三十余名に対し慰藉保護金贈呈
     (以上の人員は本年八月二十日調べの概算なり)
 報効会の成立は、唯今申上げた通り、当時相集つた者が首唱者となり、直ちに寄附者たることを同意したのであります、而して其方法も一定の原本を積んで、それより生ずる利子を以てすると云ふのが一般寄附の振合でありますが、本会の如きは、金高も余り小さくては援助すべき人が多い為めに効が薄い、殊に原本の利子で経営すると云ふのは取扱に繁雑を来しますから、各自が年々其の引受けた額だけを出す即ち一口の高を少くして、其の口数を多くし、詰り大なる金額を集めたい、其一口の金額は、毎月十円一年に百二十円として、十口又は五十口、百口を持つと云ふやうにして、十年を一期と定め、満期となれば又十年を継続し、更に十年と云ふやうに世のあらん限り約束して行く、但し人には盛衰があるから、或は継続の出来ぬ人が生ずるかも知れない、さう云ふ場合は他の人を撰んで補欠すれば何時迄も継続が出来る、一口の金類は百二十円でも或は一万二千、五・六万も年々引受けた人もあります、之を形から申しますと、例へば済生会の如き、協調会の如き、原本を出金して之れより生ずる利子を以て経営すれば、名は大きいが金は少い、報効会は出す金高を一口百二十円と云ふ極め
 - 第48巻 p.659 -ページ画像 
て少いやうであるが、実から云ふと大きいのであります。
 田中閣下は此募金は、全国にも及ぼしたいと言はれたが、本会にても其希望でありますが、斯る事柄は時機を図らないと、一般に貫徹せずして、厭忌の感じを起しますから、機会の来るを待つて居りましたが、今日の如きは、之を全国に発表するに、千載一遇の好機会と思ふのであります、本会の成立に対しては、前に申上げたやうな次第でありますが、有難い事には、此会に対し、唯今田中男爵より御話がありましたやうに、帝室に於せられても、特に大なる御下賜金を頂きました、而しそれは一時でなく、年々御下賜あらせられる事と想像致します、併し此御下賜金は、年々の経営に混入せず基本金として、其利子を用ゆる事にしたのであります、実は吾々の希望として一年に総計一百万円位を、集めたいと思つて居りますが、未だ其半分にも達しませぬから、幹部の者は、熱心に拮据経営致して居ります、而して前にも申述べた、帝室より御下賜金のありましたる事は、吾々実に感泣の至りでありますが、諸君も御喜び下さる事と思ひます、元来此の事は、田中男爵が、後楽園に於て御示しの通り、軍人と実業家との連絡と云ふことが其の精神で、詰り申せば全国皆兵の意味で、戦争はなくも、尚軍人に対して、深く同情をして居ると云ふことを表白したいと云ふのであります、故に出す金は成べく声を高くせずに、実物を成べく多くしたいのであります、卑近な例でありますが、仮に他人に進物を送るとしても、其包紙其他の形容を大にして中身は甚だ少いと云ふ事がありますが、吾々は粗末な紙に包んでも、中の物品は豊富にして上げたいと云ふのが精神であります、要するに本会の趣意は、先刻田中男爵の御演説、又私が玆に一同を代表して申上げる通り、軍人たる諸君と、実業家たる吾々とが、一身同体となつて始めて、国の富強を為すのであります、例へば軍務に従事する諸君は、恰も針の如きもので、其強い力で布帛を通して行く、貫徹の力甚だ大でありますが、此の針に糸がなければ、縫ひ合せる事は出来ぬ、針が鋭き貫通力があつて、糸が後を縫留めて行くので、著物も羽織も出来る、総て事物が針と糸の如く両者相扶けて、其成功を見るのであります、恰も軍務に従事する人が針なら、其糸を造るのは吾々で、此の両者協力して完きを得るものと思ひます、糸を造る吾々実業家が、斯の如き念慮を以て、針である軍人諸君に対して、同情を注ぎます以上は、諸君も亦此の糸の十分製造し得るやうに、勉めて其活動を妨げないのみならず、大に之を援助するやうに願ひたい、田中男爵は、欧羅巴の戦乱は世界の経済上に変化を与へ、殊に我帝国の現在は製産力に大欠点を生じて居る、消費力は増進したが、生産力は反比例であると云ふ御説であつた、実は私は軍人の方々は、左様な御気付はなからうと思つた、右様実業家以上の御観察あるのは、是は隅には置けないと深く敬服しました、諸君も亦御同案と思ひます、果して然らば、此糸を製造するは、どれだけ困難であるか、糸は斯くせねば出来ないぞと云ふ、実験も御持ち下さるであらうと思ひます、又持つて頂きたいと思ひます、終りに望んで申上げたいのは、各地方の諸君に此の報効会の事を陳述致す事は、私に於ては此上もない好機会と思ひますと同時に、此機会を御与へ下す
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つた田中男爵に厚く感謝しますが、私は各地方の実業家所謂糸の製造者に、此の報効会に対して寄附金の御伝言を願ふのではありませぬ、それは却つて宜しくないが、東京・大阪・横浜の有志が報効会なるものを組織したのは、斯る精神であると云ふ事を諸君から御伝へ下すつて、他日吾々から照会を致した場合に、成程左様であつたか、此の事は疾く承知して居つた、即ち待つて居ましたと云ふやうに御高配を願ひます、呉々も斯る機会を私如き老人が諸君に向つて報効会を代表して本会の趣旨を申上げる事を得られたのを重ねて深く感謝致します。


高梨慶三郎談話筆記(DK480181k-0002)
第48巻 p.660 ページ画像

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