デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

8章 軍事関係諸事業
3節 軍事関係諸問題
1款 師団増設問題
■綱文

第48巻 p.677-681(DK480184k) ページ画像

大正元年(1912年)

是年、二個師団増設問題ニ関シ国論沸騰ス。栄一民力休養ノ見地ヨリ増設反対ノ意見ヲ表明ス。


■資料

竜門雑誌 第二九三号・第三八頁 大正元年一〇月 ○二師団増設に就て(DK480184k-0001)
第48巻 p.677 ページ画像

竜門雑誌  第二九三号・第三八頁 大正元年一〇月
    ○二師団増設に就て
 本篇は青淵先生が東京朝日新聞記者の訪問に対し語られたる要領にて、八月初旬発行の同紙上に掲載せるものなり(編者識)
近来朝鮮二個師団増設計画は随分喧しき問題となつて居る様であるが予は本問題に就ては絶対に反対意見を有するものである、新聞紙の伝ふる所に拠れば、上原陸相と山本蔵相とは該問題に就き意見を異にし互に固く執つて譲らず、為めに現内閣の財政計画を立つる上に行悩みつつありと云ふ、若し果して新聞紙の伝ふる所の如しとせば実に以ての外の次第にて、陸軍大臣の不心得も亦甚だしと云ふべきである、一体陸軍大臣なるものは内閣の一員として国政に参与する以上は、国家の財政経済上の事情に就ては、恰も大蔵其他の大臣が国防に関して憂ふると同様の程度に於て、憂へなければならぬのである、陸軍大臣は軍人であるから単に軍事上の立場から都合のよい計画を立てればよいでは相済まない、陸軍の立場から云へば二個師団でも三個師団でも多ければ多い程都合のよいのは極り切つた話であるが、それでは我国の財政を奈何にする積か、我国は既に日露の戦役の為め莫大の負担を負ひ、政費は過度に膨脹して、財政上の圧迫に依り兌換券は著るしく増加し、物価は益々騰貴し、為めに輸入額愈増加し、輸出減少し、若し此趨勢を持続するに於ては我国の兌換の基礎も漸く危からんとする、一方に於て国民は重税の負担に堪へず塗炭に苦しみつゝあるではないか、陸軍大臣には是れが見えないのか、斯く云へば彼等軍人は必ず云はん、我は軍人なり、金銭の事はよく解らんが、軍人の専門眼より見て師団増設は已む可らざるのである、而して国民は其経費を負担すべき余力ありと信ず、之に対して予は云はんと欲す、我国財政経済上の事情は此上軍備を拡張して政費を膨脹するを許さず、若し夫れ国防に関しては我海陸軍人は今日の軍備を以て能くし得べしと信ずと、斯くては水掛論の如くなれども、我国の如き貧乏国が、彼の歳入剰余金五億に上り金の費途に苦しむ米国が海軍を拡張せりとて之に応じて軍艦を建造し、某々国が陸軍を拡張せりとて等しく師団を増設せざるべからざる様にては、国家は破産するより外はない、宜しく際限もなき軍備の拡張は今日の程度に止め、先づ以て我国焦眉の急たる政費の緊縮をなし、財政の基礎を鞏固にし、兌換券の膨脹を防ぎ、減税を断行し民を塗炭の苦より救ひ、以て民力を休養すべきである。

 - 第48巻 p.678 -ページ画像 

東京日日新聞 第一二九三四号 大正元年一一月二三日 渋沢男大に怒る 増師問題に就て(DK480184k-0002)
第48巻 p.678 ページ画像

東京日日新聞  第一二九三四号 大正元年一一月二三日
    渋沢男大に怒る
      増師問題に就て
増師問題に対する渋沢男の軟化説は政治経済界に於て大に注目せらるる所となりたるが、其結果として尾崎行雄氏は同男に対し一応注意するの必要ありとして、二十二日午後竜門社に渋沢男を訪問し、増師の絶対に不可なる事、其理由として増師の結果は国費増大して国民の負担を現在以上に重からしむるに至る事、従来国民の忍びに忍びし税制の整理は為に全く犠牲となるべきこと等諄々として説明し、尚ほ陸軍側は二箇師団の増設を唱ふと雖もこれ当座の方便に過ぎずして、其実従来の拡張計画なる六箇師団増設の前提に外ならず、従つて此際二個師団増設を行はんか続いて四個師団増設するの已むを得ざるに至り、国民は塗炭に苦むべしとて会談一時間余、切に男の再考を求め引取りたるが、時しも会見を求めたる記者に対して同男は曰く、過日井上侯邸に於て聴取したる田中軍務局長の談によれば、這回の増師に対する財源は従来の経費の振替によりて足り、決して累を他の財政に及ぼさずと明言せしを以て賛同の意を表したる次第なるが、尾崎氏の説にして真ならんには、陸軍当局は正に国民を欺瞞するの甚しきものたると共に、誠にこれゆゝしき国家の大問題にして、吾人も亦更めて大に研究せざるべからず、二個師団増設問題にして尾崎氏の所謂六個師団増設の前提たりとせんか、恰もこれ数冊を購ふとも後編続編を得ざれば何等の得る処なきなり、加之我国に於て増師を行はんか、関係列国亦相当以上の軍備拡張を為すは当然の事実たり、斯くて軍備の拡張競争ともならんか、我国の前途は真に寒心に堪へざるものあらん。
  ○田中軍務局長ハ陸軍少将田中義一。


竜門雑誌 第二九六号・第三五―三六頁 大正二年一月 ○増師と財政 青淵先生(DK480184k-0003)
第48巻 p.678-679 ページ画像

竜門雑誌  第二九六号・第三五―三六頁 大正二年一月
    ○増師と財政
                      青淵先生
 本篇は青淵先生が雑誌「地球」記者の訪問に対し語られたる意見の梗概にして十二月十五日発行の同誌上に掲載せるものなり(編者識)
△軍費節約は予の宿論 二個師団問題に付ては、私が一時注意の宜しくなかつた為めに、世間からひどく説を二・三にする者の様に疑はれるに至つたのを遺憾とします。去りながら私は此軍備の拡張と云ふことに就ては、最初から不同意な論旨を持つて居つた。既に日露戦争以後即ち明治三十九年の頃からして、努めて政費の節約を望むと同時に軍備拡張を止めて貰ひたいと云ふことは、時の内閣に度々申したことである。其の時の大蔵大臣は阪谷氏であつたから、姻戚の間柄故に尚其事を切実に話した訳であつた、併し其時の西園寺内閣は已むを得ぬ事情があつたものと見えて、私などの希望する如き節約は為し得られなかつたやうに後から承知して、大に之を遺憾とした訳である。
 元来今日の日本の財政、歳出入と云ふものは、一国の富の力から見ると、他の富裕なる列強に較べて大層割合が加重であると云ふことは
 - 第48巻 p.679 -ページ画像 
もう事実争ふべからざるものである、而して其歳出中軍備に向ふ金額が、又やはり他の国々の割合よりは強くなつて居ると云ふことも事実と思ひます。
△尚武の余弊 蓋し我帝国の如き兎角武を尚ぶと云ふ国柄であつて見ればどうしても一国の力が武に傾くといふことは免れぬことである。ズツと昔は知らぬが武門制度になつてからは、人民は武家の為に働く一の道具であつた。徳川家の政治が三百年の太平を保つたから、東洋に於ては文明的制度が行はれた形であつたけれども、其の精神骨子に至つては人民は武家の威張る材料に供せられたるに過ぎなかつた。それであるから、亜米利加は勿論のこと其他の国々に較べると、まるで成り立ちの根原が違ふ。彼の国々では人民が大勢集つて一箇村を成し一国を成し、それから政治も生じ、軍備も出来た、謂はゞ人民あつて軍備が出来たのである。然るに日本では昔時軍人が四方を平らげて、己れ達の威服を張る為め、人民をば物資を取立る一の道具として居つたのであるから、既に根本に於て相違がある。故に日本では因襲の久しき、勢ひ武力が強くして武備のために力不相応に金を投ずると云ふ傾きが強い。
△国防充実の意義 けれども何時までもさう云ふ姿で行くことは、所謂憲法を以て治めるところの国柄としては私は余り好まない。成るたけ他の国々の有様と出合ふやうな同じ制度に追々傾きたいものと自分等は切に希望して居つた。けれどもなかなか吾々が思ふやうには行かかない。故に自分等は軍備に対しては努めて節約の方針に出でんことを希望する一人であつたと自ら信じて居ります。斯く申したからとて軍人に対してえらい攻撃的の意味を以て申す所存などは微塵もない。明治維新以後の政府に、軍人の勲労と云ふものは実に容易ならぬものがある。其顕著なる功績に対しては、国民挙つて推尊せねばならぬ。国民は常に軍人の労苦に対しては思遣つて居るのであるが、併し同時に軍人も亦経済界の人々の務めを能く思遣つて、さうして相俟つて行くやうにせねばなるまいと思ふ。所謂隻手鳴らず一翅飛ばずで、軍人だけ盛になれば国が強いとは云へないし、又唯事業が発達して富みさへすれば、それで足りると云ふものではない。相俟つて始めて宜しきを得るやうに自分等は思ふ。
 国防充実と云ふ言葉は、始終軍人の唱へることであるけれども、此国防充実と云ふことは唯単に師団が増した、軍艦の堅牢なるものが出来たと云ふばかりでは私はなからうと思ふ。やはりスワと云ふ場合に之に伴ふ軍費が何時でも国から出し得ると云ふ力があつて、始めて国防充実と言ひ得るではなからうか、若し唯戦器だけが充実すれば国防足れりと云ふならば、其一を知つて其二を知らぬと、申すまでもないが、謂はざるを得ぬことゝ思ふ。


東京日日新聞 第一三二九九号 大正二年一一月二三日 ○余録(DK480184k-0004)
第48巻 p.679-680 ページ画像

東京日日新聞  第一三二九九号 大正二年一一月二三日
○余録 増師案の弥次り屋田中少将が二十二日欧洲へ向け旅行の途に上つたのには曰くがある△去る秋中内閣の茶話会があつた時、愈増師案が出ると田中と渋沢が八釜しく騒ぐだらうから、此二人を何とか始
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末を付けないと困るだらうといふ話が持ち上つた△それで田中は今度出発といふ段取になつたのだが、渋沢の方は、中国興業の倉知副総裁に旨を喞めて説付けさせることになり、結局渋沢は其手に乗つて、北京で越年するまでに運んだのは善つたが、生憎の事には渋沢が病気に罹つて出発見合せとなつたので、当事と何とやらで計画はすつかり向ふから外れて了ひ、政府筋の策士もこれにはスコ弱りで居るさうだ△本郷陸軍次官が板挟みになつて辞表を提出したといふやうな噂が立つのも意味があるのだと、楽屋の消息を漏らすものがある△しかし政府当局は渋沢が何故そんなに恐いのか、権兵衛ドンも余んまり神経が昂ぶり過ぎて居るではないか。


竜門雑誌 第三〇九号・第八四頁 大正三年二月 ○軍費節約と民力休養(DK480184k-0005)
第48巻 p.680-681 ページ画像

竜門雑誌  第三〇九号・第八四頁 大正三年二月
○軍費節約と民力休養 軍備と財政に関する青淵先生の主張は終始一貫、其の所論は各新聞雑誌に掲載せられ、本誌亦た之を転載したること一再ならず、尚ほ刻下朝野の一大懸案となれる廃減税問題に就て、雑誌「金星」記者の訪問に答へられたる意見の概要は左の如くなりと云ふ
 元来租税は可成公平を得て偏軽過重なく大に負担の均衡宜しきを得せしむべきであるから、苟も其減廃又は改正を為すに方りては慎重の上にも、調査を為さねばならぬ、然るに予は之に付き調査するの遑を得ず、従つて之に関する計数も明かでないから、当局の立場となつて如何なる方面から幾何の余裕財源を得、如何なる租税を幾何の程度迄軽減し又は廃税するのが均衡を得るかと具体的説明を為すことは出来ないが、併し減税に対する予の主義、予の希望を語れとならば一言を試みやう。
 即ち予の抱持する主義をと云ば、先づ一般国民の幸福に重大の関係ある穀物消費税の如きものは勿論、国富の増進、産業の発展に障害少なからざる営業税の如きものを大に軽減するか又は進んで廃止せんことを主唱するものである、之に反して今期議会に軽減案提出さるべしと伝へらるゝ相続税の如きものや、前議会に於て軽減せられたる所得税の如きものは左まで軽減の必要なしと思ふものである、公債の利息で安楽に日を送る人や、莫大の資産を相続する分限者の為めに減税するよりも減廃税の急なるものがあるだろう、米国と日本とは個人主義と家族制度で自ら社会的組織の根本を異にして居るから一律には云はれぬが、米国の巨富鉄王のカーネギー氏は曾て全財産の半額迄相続税を課するも可なりと云ふて居る位である、是は極端かも知れぬが、現行相続税の如きは決して軽減を急ぐものでもないから、他の急切なる減税を計りたる後で宜かろうと思ふ、更に又世間には営業税と穀物税とかを軽減するは可なるも財源なきを如何せんと云ふ論者もある、而し予算案を見ると不生産的なる海軍拡張費に莫大の財源を割いて居る切り取り強盗は武士の慣なりと敵地を荒らして兵糧を得た古代の戦争ならばイザ知らず、今日の戦争は殆んど軍費の戦争である、如何に精鋭の将卒、如何に雄大の艦隊あるも、スハ愈々開戦と云ふことになれば第一に先立つものは軍資の用意である、其軍費の資源たるべき民力
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を休養して財源を涸渇せしめざることを平素計つて置かねば、一朝事ある日武器を擁して餓死すると云ふ事になる、徒に軍備を先にして財力の涵養を後にするは本末前後の順序を誤るものである、故に予は軍備拡張費を制限するも或程度迄の廃減税を断行し、民力の休養に資せんことを望むものである。