デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

8章 軍事関係諸事業
3節 軍事関係諸問題
1款 師団増設問題
■綱文

第48巻 p.681-683(DK480185k) ページ画像

大正3年12月(1914年)

是ヨリ先、大正四年度政府予算案中ニ、二個師団増設費計上セラル。是月栄一、都下各新聞記者ニ対シ、右ニ関スル意見ヲ述ブ。


■資料

竜門雑誌 第三一九号・第一八―二〇頁 大正三年一二月 ○増師問題に就て 青淵先生(DK480185k-0001)
第48巻 p.681-682 ページ画像

竜門雑誌  第三一九号・第一八―二〇頁 大正三年一二月
  ○増師問題に就て
                      青淵先生
 今回政府より衆議院に提出せられたる増師問題に付て都下各新聞記者が青淵先生の意見を聞きて、各々其の紙上に掲載したる概要は即ち左の如し(編者識)
△中外商業新報所載 余が前西園寺内閣瓦解の時に際し増師賛成を表明せしに拘らず、今日反対するは恰も其説を二・三にするが如く感ぜらるべしと雖、当時田中少将は増師を決行するも実際の軍事費は却つて減少すべきを数字にて説明したるを以て、若し果して然らば増師問題の為め、鋭意財政行政の整理に任ぜる西園寺内閣を瓦解せしむる必要なきを思ひ、増師の必しも不可ならざるを言明したり。余は最初より軍備の充実は常に国力に伴はざるべからざるを信じ、国力に伴はざる軍備は国家の前途を危からしむとの見解を持し、敢へて始めより毫も変はる所なし。而して我が財界の現状を見れば内外貿易は不振を極め、生糸市価の如き三割方の低落を示して当業者の苦痛酸鼻に耐へざるあり、而かも政府は彼等の苦境に対し冷然として之を救済するの余地なきを明言せるに拘らず、他方に於て軍備の充実は已むを得ずとなせる根本的の理由は何処にありや。若夫れ欧洲の大乱が我国の軍備拡張を必要とすと云はんか、余は其何の意たるを知るに苦しむ。蓋し軍備は平時に之を充実すべきものにて戦乱に乗じ俄かに其完成を期すべからず。加之富国強兵は吾人の望む所なりと雖、国力に伴はざる軍備の充実は虚飾的外観を壮ならしむるに過ぎずして軍隊の質実なる美風を失はしむる恐れあり。国民と軍隊とを問はず質実の美風地を払ふに於ては国家の富強繁栄之を期待し得ざるなり。結局財界は負担の過重に苦しみ、国防費の増加殆んど底止する所を知らず、若夫れ財界にして知覚を有するものならんには、其境遇の不幸豈に一掬の涙なからんや。要するに余の増師反対は大隈内閣に対する何等反感を有するが為めにあらずして、実に国家の前途に対する深憂の然らしむる所なり。
△日本新聞所載 今回内示されたる大正四年度予算の大体を見るに、政府は多年上下の懸案たる二個師団増設を来年度より実行せんとするが如しと雖、吾人は現下の状勢に鑑みて容易に之れに賛する能はざるなり。過日手形交換所懇親会の席上に於ける蔵相の演説に依るも、政
 - 第48巻 p.682 -ページ画像 
府当局者は案外目下の我が経済界を楽観せるが如くなるが、時局の為めに、我が財界の蒙りたる打撃は日露戦争当時の夫れに比す可くも非ず。寧ろより以上なりと謂ふ可し。欧洲の禍乱は世界経済界を閉息せしめ、米国の如き中立国すら財界は著しき打撃を受け、唯一の望を繋ぎ居たる我が対米貿易も影響を蒙りて、生糸は実に三割の激落を来したる抔、其他一般財界の萎縮せること甚し。顧みるに我が財界は維新以降漸次伸張せんとするの機に向ふや、屡々戦役に遇ひて其力を削減されたり。而して日露戦後我が国力は偉大の発展を為したるも多くは虚飾的発展に過ぎざりし為め、多年財界不振の状を呈し、之が為め朝野の間に民力の休養並に国費整理の必要を叫ばしむるに至りたり。現内閣も成立当時は多額の剰余金を保有して行政整理を標榜し、吾人は多くを政府当局に期待し居たるが、不幸大戦の勃発に遭ひたるを以て之を遂行する能はざるは亦已を得ずとせんも、斯の如く財界は萎縮し民力の疲弊甚しき時に於て増師を実行せんとするは不可なり、先づ国力の充実を図りての後ならば増師も不可なからんが、国富に伴はざる増師は増師根本の意義に悖るものならざる乎、真の増師は財界を救済し、民力を休養し、国富を増進したる後に成し得べきものなるを信ずるなり。
△東京毎日新聞所載 我が国現今財界未曾有の不況なる際に当り、敢て増師問題を提出せる現内閣は今日の我が経済状態に関し甚だ楽観的観察を下せるも、経済界が政府の観るが如き楽観的状態に立到るまでには尚ほ幾多の歳月を要す。殊に戦勝後の軍備拡張は得て国力を無視したる軽挙に陥り易し、行政整理、民力休養に就いて多少の期待を為せし現内閣にして、尚此の事を敢てせんとするは言語道断なり云々。


竜門雑誌 第三二〇号・第三六―三七頁 大正四年一月 ○偏武政策(DK480185k-0002)
第48巻 p.682-683 ページ画像

竜門雑誌  第三二〇号・第三六―三七頁 大正四年一月
    ○偏武政策
 本篇は青淵先生が中央新聞記者の訪ひに対し語られたるものゝ由にて、同紙上に掲載せるものなり(編者識)
古来幾千年尚武の気風上下に普く国民の意気愈々旺盛にして挙国皆兵の覚悟益々鞏固なるは、寔に我帝国の一大誇りとす可き所なれど、此尚武の気風を濫用して国力に伴はざる軍備拡張を計らんとするが如きは大に慎まざる可らず、吾人は某国の如き富国弱兵を悦ぶ者に非ざれど、同時に又国家の資力を無視せる偏武政策に反対す、ベルンハルデイ将軍の著述に成れる「独逸の主戦論」は時局勃発以来各種各様の意味に於て我国の読書界を賑はしつゝあり、予も亦最近一読したるが、大体に於て孟子の所謂敵国外患無きものは国常に亡ぶを立論の根蒂とせるものゝ如く、其意気や洵に旺なりとす可きも、而も斯の如き極端なる偏武政策が内に在りては独逸帝国を誤り、外に在りては英仏諸国の平和政策と衝突して、終に世界の一大災害を惹起するに至りたる事実に想到すれば、戦争其者の勝敗は如何にもあれ、少くもベルンハルデイ一流の極端なる軍備拡張が、終に国家を殃するの他到底害有りて益なき無暴の政策たるに過ざりしだけは明白となりたる訳なり、今の世は最早武力主義の切取強盗を許さる可き時勢に非ず、徒に独逸の強
 - 第48巻 p.683 -ページ画像 
兵に心酔してベ将軍一流の軍国主義を理想とするが如きあらんか、国家の災厄これより大なるは莫かるべし。
 而も不幸にして我国に於ても往々にして斯の如き誤れる理想を抱ける人あるを見る、予の深憂に堪ざる所なり、極端なる軍備拡張既に非なり、況んや国家の資力を無視せる軍備拡張に於てをや、今日の我国が何物を措いても、先づ経済界の休養発展を第一の急務とせざる可らざるは今更呶々を要せず、大隈伯は今回の増師案提出を以て単に既定の二十五個師団を実現せんとするに過ぎずと称するも、吾人は寧ろ国力の疲弊今日の如き場合、強て増師を断行せざる可らざる理由の那辺に存するかを問はんと欲す、富国弱兵の厭ふべきと共に貧国強兵も亦惧れざる可らず、偏武政策を以て起つの国は必ず武のために滅亡せん海軍は米国に対して軍艦を増加し、陸軍は又露国を仮想敵として兵員を増加せんとす、海陸相競うて軍備に汲々たる事今日の如くんば、恐らく国家の財力涸渇して武装せる骸骨たらんも或は遠きにあらざる可し、此意味に於て予は増師問題に断乎として反対す、豈啻に眼前の二個師団のみならんや。
  ○本資料第三篇第二部実業・経済中「民間諸会」所収「日本実業協会」参照。