デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

8章 軍事関係諸事業
3節 軍事関係諸問題
3款 対支問題
■綱文

第48巻 p.686-689(DK480187k) ページ画像

大正4年5月7日(1915年)

是ヨリ先、日支交渉不調ニ帰シ、中華民国政府ニ対シテ最後通牒ヲ発スルコトニ閣議決定ス。是日大隈首相、栄一外八名ノ銀行業者ヲ官邸ニ招致シ、日支事件ニ関スル軍費調達方ヲ予備的ニ交渉ス。


■資料

竜門雑誌 第三二四号・第六一頁 大正四年五月 ○大隈首相の緊急招待会(DK480187k-0001)
第48巻 p.686 ページ画像

竜門雑誌  第三二四号・第六一頁 大正四年五月
○大隈首相の緊急招待会 日支交渉事件不調に帰し、慎重閣議の結果愈々支那政府に向つて最後通牒を送附することに確定せるや、五月七日大隈首相は第一銀行頭取青淵先生、三井銀行常務取締役早川千吉郎十五銀行頭取松方巌、三菱銀行部長串田万蔵、第百銀行頭取池田謙三安田銀行安田善三郎諸氏、三島日銀総裁、志村勧銀総裁、志立興銀総裁を官邸に招待し、若槻蔵相も臨席して、殊に日支事件に対する軍資調達につき前記出席者に予備的交渉を試み、万一の場合に応分の努力を乞ふ旨挨拶ありたるに対し、青淵先生以下衆口一致、東洋永遠の平和維持、邦家百年の計を立つる上に於て、此際政府は最も強硬の態度を持し果断以て全要求条件の貫徹を期せん事、及一朝国交断絶の場合に臨んでは奉公に吝ならざるべきを約したり、尚銀行家は即時巨億の資金を市場に調達し得る様申合せたる由なるが、幸に袁政府の覚醒により平穏に解決を告げたるは、日支両国の為め洵に喜ぶべき事なり。


竜門雑誌 第三二四号・第一二―一四頁 大正四年五月 ○最後通牒に就て(DK480187k-0002)
第48巻 p.686-688 ページ画像

竜門雑誌  第三二四号・第一二―一四頁 大正四年五月
    ○最後通牒に就て
 本篇は我政府が袁政府に対し最後通牒を送致するの閣議決定せりと伝はるや、各新聞記者が青淵先生を訪ひて聴き得たる談話なりとして其の紙上に掲げたるものなり。即ち左の如し(編者識)
△中外商業新報 新聞紙の報道するが如く三日の臨時閣議に於て、愈愈最後通牒を支那政府に送致するの止むなきに立到れりとせば、寔に遺憾に堪へすと云ふの外なく、何とか他に良策なかりし乎、政府の従来採り来れる手段に対しては遺憾ながら満足を表する能はざる筋もあれど、今は死児の齢を算ふるの場合にも非ず、断じて行へば鬼神も避く可しと云へば、或は兵を動かすに至らずして局を結ぶやも知る可らず、若夫れ干戈に訴ふるが如き場合に立至るとせば、日支の実業関係は全く滅茶々々となるの外なく、中日実業公司の如きも其本能の発揮を事実中断せざる可らざるの運命に立至らむを遺憾とするものなり。
△東京日々新聞 支那に対する我国の要求に対し、支那政府は甚だ不満足なる回答を与へたる結果、我政府は愈々最後の通牒を発するに決したる由、元来日支両国は政治経済共に相提携して飽迄親善なる国交を保持せん事は、両国々民の等しく仰望したる所なるに、交渉の結果
 - 第48巻 p.687 -ページ画像 
終に是に到れるは実に遺憾至極とする所なり、外交の巧拙如何に対しては種々の議論あるべく、予の如き門外者に於ても、最後の手段に訴ふるが如きは外交上最も拙策なりと信ずる所なるも、支那政府の態度は、我をして余儀なく最後の手段を取ざるを得ざらしめたりとせば、議論の余地なきのみならず、此場合兎角の誹議は国民として大に慎まざるべからず、而も最後の通牒を発せしとは言へ、未だ必ずしも国交断絶となれるにあらざれば、尚平和の解決に一縷の望みなきにあらず希くは支那政府の当局にして大局を察する明あり、且我国の真意を諒解して平和の解決に努力せん事を切に待望するものなり云々。
△報知新聞 支那との外交危急に瀕したるにも拘らす当局者の処置宜しきを得て、支那は我正義の精神を認め我要求を容れ事を円満に解決せしめたるは国家の為め実業界の為めに祝賀すべき事なりとす、斯の如くにして日支の交渉円満に解決せんか両国の親善は益々加はり、其結果として我実業界に目覚しき活気を生ぜしむるならんと思ふ云々。
△万朝報 我が最後通牒に対し支那政府が全部之を承認したりとの報を齎らして渋沢男を訪ふ、男曰く『私は未だ其報に接しないが支那が全部を承認するのは当然の事と思ふ、私は常に支那に対するには恩威許りでは不可ない、即ち拳骨と金とだけでは不可ない、恕と云ふ事を以てせよ、小児をつねる様では不可ぬ、外交は縁日商人的で掛直を云つては不可ぬ、正直な所を云はなくてはならぬと主張して居ました、世間には我国の要求が余り譲歩し過ぎたと云ふ人もあらうが、干戈を交へずして多年の懸案であつた数多の条項が承認されたのは実業界に取つても大に幸福であると思ふ、私は一昨年頃から支那の有力なる人と共に日本並に支那の実業界をして振作せしめんとの計劃を立て、中日実業公司なるものを組織せしめんと奔走して居り、其後支那に在つては揚士埼、我国に在つては私が黒幕となつて大に劃策して居つたので、若し干戈を交ゆる様な事があつては一頓挫を来す事として憂慮して居ました、幸に此事業も歩を進める事が出来る、同仁会に就ても医薬救療等に関し今後大に事業を拡張進歩せしめる事が出来る、又先日井上(通泰)博士からの話でしたが、昔時に比して支那に於ける道徳思想と云ふ様なものは著るしく退歩してゐる、須らく之を廓清して其古へに復らしむる方法を採つては如何との事でしたが、私も同感であり、此辺にも留意して支那を啓発するのも面白い事と思ふ云々。
△東京朝日新聞 予は七日夜首相官邸に於て最後通牒発送の報告と之を断行するに至りたる顛末とを聴取したる際、到底開戦の免る能はざるべきを覚悟したるが、賢明なる袁総統の英断によりて、急転直下円満なる解決を告げたるは単り東洋平和の為のみならず、又東洋実業界の為にも大に慶賀すべきなり、抑も日支両国及び両国民は誠心誠意を以て協力して東洋平和の維持と実業の発展とに努力せざるべからず、然るに往往互の意思の疎通を欠きて、此の大目的の遂行に故障を生じたること敢て珍らしからず、日本及び日本人は東洋繁栄の先駆者たるべき天職を負ふに拘らず、日本人は動もすれば支那人を遇するに単に威力を以てのみ接し友愛の情を以て迎へず、随つて支那人も亦深く日本及び日本人を誤解せるに起因す、予は昨年支那を漫遊せる際に此の
 - 第48巻 p.688 -ページ画像 
謬見を根絶して、日支提携事業経営の必要を痛切に感じたり、予は支那人を導くには徹頭徹尾王道を以てすべき所以を確信し居れり、支那政府が我邦に向つて、心血を流したる青島の無条件還附、青島戦争の損害賠償、日独講和談判への参列を要求し来れるが如きは、実に暴戻の極にして、我邦の最後通牒を発するに至れるは蓋し已むを得ざる所なるも、斯の如く支那が傲慢なる態度に出でたるは、畢竟対支要求に対する我が政府の真意を誤解せるによる、何故に我が政府は最初より率直に最後に譲歩せる程度の要求を提出して支那の誤解を避けざりしや、さすれば何も百日に亘る長時日を費し、或は最後の通牒を発し或は兵士を動かすが如き大騒ぎを演ぜずとも、僅々三十日内外の日子にて円満なる解決を告げ得たりと思はる。


竜門雑誌 第三二五号・第三〇―三一頁 大正四年六月 ○日支の国交際に就て 青淵先生(DK480187k-0003)
第48巻 p.688-689 ページ画像

竜門雑誌  第三二五号・第三〇―三一頁 大正四年六月
    ○日支の国交際に就て
                      青淵先生
 本篇は日本の最後通牒に対し、袁政府の反省に依り満足の回答に接し、国交断絶を危機一髪の間に防ぎ得たる際、時事新報記者が青淵先生を訪ひて、日支今後の国交際に就きて其の意見を問ひて同紙上に掲載せるものなり(編者識)
△相互の幸福 袁政府の満足なる回答により日支国交の断絶を防ぎ得たるは両国民の為めに至大の幸福にして、戦ひを見ずに終らしめたる両国当路者の労は大に多とせざる可らず、顧みれば最後通牒の送られたる七日の夜、我々実業家は招かれて首相官邸に政府当局者と会し、親しく日支交渉の顛末に関する説明を聴くを得たり、交渉の半途支那の態度に俄然変化を来し、不承諾は峻拒となり、哀願は侮慢と変じ、殊に青島還附に対し不遜の言辞を弄し、更に誠意の認むべきなき事情に就き詳細なる説明を受けたるより、事玆に至りては帝国の威信上最後通牒の外途なきを思ひ、或は開戦の不幸を見ることあるべきを覚悟せり、然るに彼に於て反省する所あり、我に於て譲歩に譲歩を重ねたることなれば反省せること寧ろ当然なりと雖、万一頑迷不霊にして尚ほ反省する所なき場合には、其結果や悲しむべきものなりしならんに幸にして事なきを得たるは相互国民の為めに慶賀に堪へず、既に我要求の承諾する所となりたる以上、今後外交上の商議に依り円満なる解決を見、一時の暗雲全く払はるゝことならんが、此機会に於て余は、我国民が今後如何なる態度を以て支那に対すべきかに就き識者の注意を乞はんと欲す、邦人の支那を談ずるもの唇歯輔車を口にせざるものなし、又相扶け相輔くるの要を説かざるものなし、然かも其の実際行ふ所を見るに、恩威併び行はれんことを努むるに止まり、其間一点友愛の念を懐き親善の情味を含める態度を以て彼に対するもの尠し
△指導の任 支那の現状は今更説く迄もなきも、欧米文明の輸入に努めて以来尚ほ年浅く、諸般の制度未だ完からじ、之を産業に就きて見るも、従来支那人の経営せる会社事業は多く満足なる成績を示さず、将来彼の広漠なる国土に於ける天恵富源を開き世界の富に新なる累積を加へんとせば、国外に人と資本とを求めざるべからず、我国は往昔
 - 第48巻 p.689 -ページ画像 
に於てこそ支那の文明に負ふ所極めて大なるものありしと雖も、開国以来着々国運の伸張を計り、今や彼に比し一日の長あり、斯る事情より考ふるも、又同文同種の誼より云ふも、彼を扶け導くこと正に我国の任ならざる可からず、唇歯輔車を説くもの元より此理に基くものなるべきも、其行ふ所にして友愛を欠かんには、我誠意を徹底せしむること望むべからず、今回の交渉に就きても、最初の要求と最後の結果とが著しく懸隔せる一事は、人をして我主張に懸値ありしやとの疑念を起さしむるやも保すべからず、これ彼をして我誠意を信ぜしむる途なるや、又友愛の義に適へるものなるや、余は今回の交渉の経過に批判を加へんとするものに非ず、衷心平和の維持せられたるを悦ぶ外他意なきものなるも、将来支那人に対する態度に就きては、我国民一般に多大の注意を払ふの要あるを思ものなり云々。